過労死したから美食屋なろう   作:ボーイッシュ大好きっ子

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セリフ周りでどうしても違和感を覚えます。これがゲシュタルト崩壊……?書きやすかったサニーが恋しい……


前話で、鉄平の洗脳について感想で教えてくれた方々ありがとうございます。独自解釈できる部分は補足を入れつつ書いて、不安な部分は皆さんに聞こうかと思います。
作品への応援、感想大変励みになってます。ありがとうございます。


17話

 

 

 吹き付ける強い風に煽られながら、俺は切り立った断崖のギリギリの縁に立っていた。

 一歩でも足を踏み外せばすべてが終わるその場所で、そっと息を呑んで視線を落とす。

 眼下に広がるのは、隠すように地面を覆い尽くした森林。

 落ちたら最後、地面に辿り着くまでにどれだけの時間がかかるのかすら想像もつかない、絶望的な断崖絶壁だ。

 

(チビやリーガルママの背中から飛び降りるのとは、わけがちがうな……)

 

 吹き上げてくる強風に目を細めながら、ギリギリの崖際から下を覗き込んでいると、ふいに背後から声がかかった。

 

「中々の高さじゃろう? 着地、できるかのう。モノクくん」

 

 振り返ると、そこにはヨボヨボで白髪のリーゼント——ではなく、背筋が真っ直ぐに伸びた、三十代、下手したら二十代後半ほどに見える、黒髪のリーゼントをビシッとキメた男が立っている。

 その男、『ノッキングマスター次郎』が、気さくに声をかけてくれる。

 

「高さは大丈夫だと思います。掴み技もあるので」

 

 最近は、トングを利用すればある程度の空中制御も可能になってきている。精度を上げるための特訓は地道に積んでいるし、着地ぐらいであれば問題ないだろう。着地だけなら、だけど。

 

「うむ、しっかりと考え準備しておるのは偉いぞモノクくん。ほとんどの美食屋がそもそもこの高さで命を落とす。着地の算段もないのに飛び降りる阿呆(あほう)どもじゃ」

「そのレベルの人たちでも、この崖を飛び降りようと思えるのが凄いですけどね。普通は足がすくんで崖際にすら行けないでしょ」

 

 前世の自分だったら、まともに立っていることすらできないだろう。

 この世界に来てからは肉体が前世とは比べ物にならないほど成長、進化して、感覚もトリコの世界基準になってきてはいるが、この高さはさすがに本能的な恐怖心が湧く。

 落ちてペチャンコになると分かりそうなもんだが、この世界の美食屋は簡単に命を投げ打ちがちだ。それもこれも……。

 

「命をぞんざいに扱ってしまうほど、グルメ界の食材に惹かれてしまうんじゃよ。ただ食べたい一心で飛び降りておる」

 

 ——そう、ここは人間界とグルメ界を繋ぐ数少ない入り口の一つ、ザーベル島『命の滝壺』

 数多の美食屋たちが未知なる食材を求めて身を投げ、そして文字通り命を散らしてきた狂気の崖である。

 

 美味いものを食うことが何よりも至福なグルメ時代。食うために、この世界の人は死をも恐れない。「死んだら元も子もない」という言葉は、美食屋には存在していないんじゃないかというレベルだ。

 人間の三大欲求の一つである『食欲』は、本来、生命を維持するための栄養補給をしたいという欲求のはずだが、この世界の食欲は、ただただ美味いもんを食べたいという欲求にすり替わっている。グルメ細胞持ちであればまた別なんだが……人体の根源的な欲求の概念を変えてしまうほど、この世界の食は美味すぎるのだ。

 

「だが、ワシもグルメ界では酒は断つ。ワシの大好物である酒をじゃ。この意味を、阿呆(あほう)な美食屋どもには理解してほしいもんじゃよ」

 

 だが、強者であればあるほど、逆に命の大事さを理解している。ある意味で、前世の世界の感覚に近しい。常に死と隣り合わせのこのグルメ時代を生き抜いてきたからだろう。

 

「まぁ、無理言ってグルメ界への同行をさせてもらっておいて、僕も人のことは言えませんけどね……」

「君はトリコくんの安否を心配して、じゃろう? それとも、あわよくばと喰らいにきたか?」

「いえ、『まだ』食べませんよ。今回は、約束を守ってくれなかったトリコに、罪悪感を喰らわせようかなと」

 

(ま、グルメ界の空気を今のうちに経験しておきたいっていう気持ちもあるから、腕試し目的のトリコのこと強くは言えないんだけどね)

 

「ほっほっほ、『まだ』か。野心家じゃのう」

 

 若返った姿でありながら、いつもの癖のように次郎は顎髭のあたりを撫でて笑った。

 

(原作でも特に突っ込まれないけどどういう原理で若返ってんだろうこの人。ノッキングらしいけどノッキングで若返るってなに……?)

 

「いつになるかはわからないですけどね……。急なお願いだったのに、無理言って同行させてもらってありがとうございます」

「いいんじゃよ。小松くんから連絡をもらってからすぐにおぬしからも連絡が来て、もしやと思うたが、案の定、同じ要件じゃったな。かまわんよ。おぬしのことは『セっちゃん』がえらく気に入っておったからのう。それにウィスキぃ茸を生み出してもらった恩がある。ワシは、酒の恩は一生忘れんぞ」

「出た……酒好(さけず)き……」

 

 俺は苦笑しながら、ついさっきトリコが飛び降りたであろう崖に改めて視線を向ける。もうお気づきの通り、トリコが腕試しがてらグルメ界にチャレンジする回が現在進行形である。

 

 ではひとまず、なぜ俺がその回でのお助けキャラである『ノッキングマスター次郎』と一緒にいるのか説明しよう。元を辿ればそれは、一週間ほど前の【超高級店】での出来事が始まりだった。

 

 

◇

 

 

 炭火が赤々と燃えている。ジュージューと食欲をそそる心地よい焼き音。

 案内された完全個室は壁一面が窓張りになっており、眼下にはライトアップされたグルメタウンの煌びやかな街並みが広がっている。とても良い景色だ。

 ジュージューと焼いているのは、ジューシーな肉——ではなく、『へるスィ〜』な野菜たちだ。

 そう、ここはグルメタワーの273階に位置する超高級焼肉店『焼肉へるスィ〜』。273階ともなると、エレベーターに乗っている時間だけで五分くらいかかった。あんな垂直の長旅、初体験すぎてちょっとビビった。

 前世も、そして現世を含めても、俺の財布事情では超高級焼肉店に来ることなど夢のまた夢だった。だが、今の俺はしっかりとトングを握り、きっちり紙エプロンまで装着して高級野菜たちをひっくり返している。

 別に急に大金を得たとか、そういうことではない。ではなぜか。それは、この『焼肉へるスィ〜』のオーナーから【招待券】をいただいたからだ。

 新食材を発表してからは、第一ビオトープに俺宛てに色々な手紙やメールが届くようになったんだが、久々にそれらを整理していた時のこと。郵便物の中に、招待券が同封された一通の上質な封筒を見つけたのだ。

 中には、俺の生み出した新食材に対する感謝の意がとてつもない熱量で書き連ねられており、ぜひ一度当店に来店してほしいと綴られていた。

 

 タダでこんな高級店で飲み食いするのはさすがに悪いかも……とも一瞬思ったが、ここはあの『焼肉へるスィ〜』だ。トリコ好きでこの店が嫌いなやつなどいるだろうか? いや、いない。だろ?

 

 作中屈指の食欲をそそる名店だと思う。この店での食事シーンは、後に控える『ベジタブルスカイ』への期待を最高に膨らませてくれる、本当に良いシーンだったのだ。

 

 今スリット入りの鉄板の上で焼いているのは、ネギ、ナス、玉ねぎといった見慣れた通常の野菜たちだ。だが、どれも一級品ばかり。

 そんな野菜たちの焼ける匂いに喉を鳴らしていると、

 

「お待たせいたしました」

 

(来た……!)

 

 上品な店員さんが、次々と大皿に盛られたメインの食材たちを運んできた。

 

『かぼちゃいも』『マツタケノコ』『甘キャベツ』『人参トマト』『レンダイコン』『ベーコンの葉』『スナックさんちゅ』

 

 画面越しに夢にまで見たあの野菜たちが、色鮮やかにテーブルへと並べられていく。しかし忘れちゃいけない、野菜がメインの店だがここは焼肉店。肉だって俺にとっては主役級だ。

 上カルビに上ミノ、ハラミに続いて、

 

『酒乱牛』『マルヤキブタ』『にんにく鳥』

 

 原作でも聞き覚えのある名だたる肉たちの様々な部位が、美しいサシを光らせて鎮座している。

 窓の外の夜景? そんなもの目じゃない。俺は今、目の前のテーブルに広がる圧倒的な絶景に完全に釘付けだった。並べられた全てが、いつか食べてみたいと願っていた憧れの食材たちなのだ。

 ちなみに、今回のコースはで既に決められていた。オーナーがわざわざ、店が誇る自慢の特別コースを用意してくれていたらしい。もう、俺からもオーナー宛てに分厚い感謝の手紙を送り返したいぐらいだ。いや、帰ったら絶対に送ろう。

 

 気分はすでに最高潮。俺は固く握りしめていたトングで、いい感じに焼き上がった通常の野菜たちを素早く皿に引き上げ、いよいよ届いた本命の食材たち鉄板に乗せていく。

 本当は店員さんが一番美味しい状態に焼き上げてくれるフルサービスが基本らしいが、それは丁重に断らせてもらった。今日はなんだか、自分で焼いてこそだという謎のこだわりが爆発しているのだ。

 肉や野菜を焼く順番の定石? そんなものは知らない。

 ただ、自分の食べたい順に、本能の赴くままに焼いて喰らうのみだ!!

 

 まずは、焼いている間に先ほど引き上げておいた、通常の一級品野菜たちからだ。

 このレベルの野菜なら、タレの味で誤魔化すのはもったいない。小皿に用意されていた淡いピンク色の岩塩を、ほんの少しだけつけて口に運ぶ。

 

 最初は、表面に綺麗な焦げ目のついた長ネギ。

 サクリ、と香ばしい外側を噛み破った瞬間、中からトロットロに甘い熱々の水分がジュワッと口いっぱいに溢れ出した。澄んだ極上の甘みが、岩塩の塩気でさらに引き立てられている。

 

 次にナス。鉄板の熱で自身の旨味を内側にギュッと閉じ込めたそれは、箸でつまむだけでフルフルと震えるほど柔らかい。

 火傷に気をつけながら頬張ると、舌の上でスッととろけて消えた。皮の程よい歯ごたえと、果肉の信じられないほどクリーミーな味わい。油を吸わせたわけでもないのに、ナス自身の水分だけでここまでジューシーに仕上がるのか。

 

 そして玉ねぎ。ほんのりと透き通った飴色の断面が美しい。

 小気味良い音を立てて噛み切ると、スナック菓子もかくやというほどの圧倒的な『甘み』が押し寄せてきた。大地の栄養だけを限界まで濃縮したような濃厚で優しい味わいが、口の中をリセットしつつも次への食欲を強烈に掻き立てる。

 

(美味い……! なんだこれ、ただのネギ、ナス、玉ねぎの時点で次元が違うぞ……焼いたことによる相乗効果なのか、ベジタブルスカイの野菜たちとも引けを取っていないじゃないか……!)

 

 これだけで白飯が何杯でもいけそうな完成度だ。ただの脇役であるはずの野菜が、一切の妥協のない一級品であることを舌が完全に理解した。

 結構な量を焼いていたはずなのに、美味すぎるがゆえにあっという間に平らげてしまった。

 鉄板の上には、次なる出番を待つ本命の食材たちがずらりと並んでいる。

 

 焼き上がりをジッと見つめる。ただ待つだけの時間がひどく長く感じる。しかし、焦ってトングで何度も突っつくのはご法度だろう。食材たちが自ら「今が一番美味いぞ」と輝きを放つ瞬間を、生唾を飲み込みながらひたすらに待つ。

 

 そして、ついにその時が来た。

 まずは『かぼちゃいも』。ほっくりと焼き上がった黄色い身をかじると、舌にねっとりと絡みつくような濃密なカボチャの風味と、ジャガイモ特有の温かな食感が同時に広がる。バターが練り込まれているかのようなコク深さだ。

 

 続いて『マツタケノコ』。こんがりと焼き色がついた表面を噛み割った瞬間、タケノコ特有の心地良い歯切れの直後、松茸の芳しい香りが鼻をくすぐる。

 

 『甘キャベツ』は熱が入ることで葉脈から蜜のようなエキスがじんわりと染み出しており、『人参トマト』は噛んだ途端に弾ける爽快な酸味と、根菜の力強い旨味が見事なグラデーションを描く。合間に『レンダイコン』を挟めば、レンコンのシャキシャキとした軽快な響きと大根のさっぱりとした汁気が、口内の熱を心地よくリセットしてくれた。

 

(美味い……。いや、美味いなんてありきたりな言葉じゃ足りない。夢にまで見た憧れの野菜たちが今、確かに俺の血肉になっている。

 ここ『焼肉へるスィ〜』が、肉ではなく野菜をメインに据えている理由が痛いほど分かった。ベジタブルスカイの野菜たちがもちろんトップなのは変わらないが、この野菜たちだって負けてない。一つ一つが間違いなく一級品だ。圧倒的なクオリティ。……この世界に来れてよかった)

 

 深い溜息とともに、全身を包み込む多幸感に浸る。夢にまで見た至高の野菜たちを味わい尽くし、俺の胸はすでに言い表せないほどの深い満足感で満たされていた。

 

 さて、ひと通りメインの野菜たちは食べたし、次は後半の肉たちだ。

 

 最初は『マルヤキブタ』

 野生の段階で既に背中がこんがりと焼け上がっているという規格外の生態を持つ豚だが、鉄板でさらに火を入れることで、内に秘められていた旨味が極限まで引き出されている。

 こいつを特製ダレにたっぷり潜らせ、満を持して『スナックさんちゅ』の登場だ。くるりと包み込む頬張る。パリッという、スナック菓子のような軽快極まる音が脳裏に響き渡る。直後、上質な焼豚特有のギュッと詰まった濃厚な甘みと、香ばしさが合わさり、たまらない満足感が押し寄せてきた。さんちゅの涼やかな食感が絶妙に交わり、無限に食えそうな錯覚に陥る。

 

 続いて鉄板に乗せたのは、『ベーコンの葉』と……なんと、『ステーキ白菜』のコンボ。

 俺の生み出した新食材をこの特別コースに取り入れてくれていたらしい。混ぜて食べるわけではないが、系統が似た野菜を並べて提供してくれるという粋な計らいだ。こんな超高級店で自分の食材を取り扱ってくれるなんて、生産者冥利に尽きて本当に胸が熱くなる。

 

 鉄板の上でチリチリと煙を上げているベーコンの葉。漂う匂いは燻製肉そのものだ。表面がカリッと焼き上がったところを、何もつけずにそのまま単体で口へ運ぶ。

 サクッとした軽やかな食感の直後、濃厚な肉の旨味と、スモーキーな香りが溢れ出した。なんだかんだ原作でもこのベーコンの葉が一番そそられたんだよな。……本当に、笑っちゃうくらい美味い。

 

 そして、『ステーキ白菜』。

 葉脈に美しく刻まれた霜降りのようなサシが熱でトロリと溶け出し、まるで厚切り肉を焼いているかのような暴力的なシズル音と香りが立ち昇る。

 こんがりと焦げ目がついた熱々の葉をそのまま頬張れば、シャキッとした白菜特有の瑞々しい歯触りの直後、中から溢れ出した肉汁風のスープがジュワァッと口内を満たしていった。ガツンとくるステーキのような重厚さがありながら、本質はあくまで植物由来の脂。いくら食べても胃にもたれる感覚が全くない。

 ……家でも幾度となく食べてきた食材のはずなのに、家で食うのと外で食うのとじゃ、なぜか味が何倍も違って感じるんだよな。高級店ならではの空間も、最高のスパイスになっているのだろう。

 

 続いては『にんにく鳥』

 お品書きに書かれた組み合わせを見て、俺は思わず目を丸くした。添えられているのは、なんと『オニオントマト』をベースに仕立てられた、色鮮やかな赤と白の特製ソースだったのだ。

 俺は料理の腕はからっきしだから、自分の野菜を本格的なソースに加工するなんてできない。

 以前、小松シェフがオニオントマトを初めて食べた時に「これ、ソースにしたら絶対美味しいですよ!」と興奮気味に語っていたが、まさかこんな超高級店でその言葉の真髄を味わうことになるとは。天才料理人の直感ってすげぇな、と内心で驚きながら、皮目がパリッと黄金色に焼き上がった熱々の鶏肉にソースをたっぷりと絡め、豪快に口へ放り込んだ。

 

 噛み締めた瞬間、プリプリの肉から弾け飛ぶ熱い脂と共に、脳天を直接揺らすような強烈なニンニクの風味が爆発した。これだけでも単体として圧倒的に美味いが、ここにソースが加わることでさらなる真価を発揮する。

 オニオントマトの爽やかな酸味と甘いシャキシャキ感が、にんにく鳥の暴力的なパンチ力をふわりと包み込み、後味を驚くほどさっぱりとまとめ上げてくれるのだ。重厚なニンニクの余韻と、特製ソースの清涼感が見事なシナジーを生み出し、小松シェフの言っていた通り、冗談抜きでめちゃくちゃに美味い。

 

 そして、いよいよ最後だ。

 お品書きの最後に書かれていたその名前に、俺は生唾をごくりと飲み込んだ。

 特上の霜降り酒乱牛を鉄板に乗せると、ジュワァァッという暴力的な音と共に、クラクラするような甘い酒の香りが個室いっぱいに立ち込める。

 こんがりと絶妙なレア加減で焼き上げた肉を皿に移し、そこに添えられていた小鉢の中身をふりかける。それは、旨味と香りを極限まで凝縮させるために乾燥熟成を施し、まるで高級トリュフのようにスライスされた『ウィスキぃ茸』だった。

 熱々の酒乱牛の上にふりかけられた瞬間、肉の熱でウィスキぃ茸が温められ、スモーキーな香りと、キノコ特有の深い大地の匂いが一気に花開いた。

 酒乱牛の放つ「日本酒やワインのような甘く芳醇な香り」と、ウィスキぃ茸の放つ「重厚なウィスキーの香り」。相反する酒の香りが空中で絡み合い、嗅覚だけでほんのり酔いが回る。心地良い……。

 俺はそれを箸で掴み、一気に口へと運んだ。

 

「…………ッ!!」

 

 言葉が出ない。

 噛んだ瞬間、酒乱牛の極上の脂がトロリと溶け出し、深くまろやかな酒の旨味が舌をコーティングする。そこに、ウィスキぃ茸が合流し、噛み砕くたびにスモーキーな風味が肉汁の波に重なっていく。

 

 酒の肉に、酒のキノコ。『酒×酒』という掛け合わせ。それなのに、強いアルコールさや苦味はまったく感じずただひたすらに、奥深く底知れない『旨味の塊』だけが抽出されている。

 美味すぎる。

 酒にそこまで強くない俺でさえ、夢中になってその味わいの深淵を探求してしまうほどの圧倒的な美味しさ。酒好きにとって最高の一品なんじゃないか。

 俺が公表した栽培法を元に、この店の料理人が手塩にかけて育て、考え抜かれた最高の調理法で高められた新食材たち。

 俺は感謝の手紙を送ってくれたオーナーへの恩返しどころか、料理の無限の可能性を見せつけられ、完全にノックアウトされてた。

 食欲のリミッターが外れた俺は、もう誰にも止められない猛獣のように、最後の一切れまでただ無心に肉を貪り続けたのだった。

 

 

◇

 

 

「ふぅー、食べた食べた」

 

 パンパンに膨らんだ自分の腹を撫でながら、とてつもない満足感に浸る。原作によって極限まで高められていた俺の期待感を優に超えてくる、間違いなく最高の食事だった。

 そういえば、トリコたちはいつ頃この店に来るんだろうか? そろそろベジタブルスカイ編が始まる時期だと思うが、原作のコースには無かった俺の食材も混ざっているから、二人のリアクションが気になるところだ。今度会った時にでも感想を聞いてみよう。

 

(……さて、名残惜しいが、そろそろ出るとするか)

 

「ごちそうさまでした」

 

 誰もいない個室の中で、しっかりと手を合わせて感謝を込める。

 よし、トイレトイレ、と。席を立ち、個室を出てトイレに向かう。

 大ではない。これから向かうベジタブルスカイの特殊野菜たちのように、食べた端から光の速さで消化されるわけではないからな。

 用を足し、手を拭きながらトイレから出る。

 

(酒に強くないとか関係あるのかわからんけど、アルコール摂取するとトイレ近くなるんだよなぁ……)

 

 そんなことを考えていると。

 

「いやぁ、美味しかったなぁ。特に酒乱牛とモノクさんのウィスキぃ茸が完璧にマッチしてたなぁ。まさに旨味の酒乱状態……いや、酒池肉林(しゅちにくりん)ならぬ『酒池キノコ林』ですね! なんちゃってっ。でも、お酒強くないからかトイレが近くなっちゃうなぁ。あートイレトイレ」

 

 と、どこかで聞き覚えのある独り言が聞こえてきた。

 目の前の曲がり角からひょっこり現れたのは、なんと小松シェフ。まさかの遭遇である。

 

「あっ、一人でうるさくしてすみません。少し酔ってま——って、モノクさん!?」

「や、やあ小松シェフ。まさかこんな所で鉢合わせるなんてね」

 

 すごいタイミングだ。まさか、ベジタブルスカイ前の『焼肉へるスィ〜』シーンの日とただ被りだとは……。ましてや、ここは完全個室の超高級店。基本的に他の客と鉢合わせることはない作りになっているもんだが、アルコールによる尿意という、全く同じ生理現象でトイレのタイミングが被ったことによって会ってしまった。

 

「わー! 奇遇ですねー! お一人ですか?」

「本当に奇遇だね。うん、一人だよ。ありがたいことに、招待されて食べに来たんだ」

「そうなんですか! 僕はトリコさんに連れて来てもらえて! いやーもう最高でしたよ! あ、トリコさんもモノクさんがいるって知ったらきっとびっくりしますよ? こっちです!」

 

 酔っているからなのか、いつもよりテンション高めの小松シェフ。いや、シラフでこんな感じだったか?

 小松シェフに腕を引かれるまま別の個室へと案内され、扉を潜る。

 そこには、パンパンに張ったお腹を撫でながら「ふぇー、美味かったぜぇ」とだらしなくくつろぐトリコの姿があった。

 

「お、トイレ早かったな小松——って、モノクじゃねぇか!! なんでいるんだ!?」

「びっくりですよね! トイレでばったり会ったんです!」

 

 と、トリコと小松シェフ。

 

「いやー、実はかくかくしかじかで」

 

 俺は、新食材の生産者としてオーナーから感謝され、特別招待券をもらったことなどを説明した。

 

「あーなるほどな! すげーよな! 今日のコース、モノクの食材めっちゃ取り入れられてるしよ! まじで美味かったぜ! 特に俺は、にんにく鳥とオニオントマトソースとの合わせが気に入ったぜ! にんにく鳥のガツンとくるにんにくと、オニオントマトのマイルドさがぁ……」

 

 味を思い出しているのか、トリコの顔面がだらしなく崩れていく。

 

「僕はやっぱり酒乱牛ですね! トリュフのように薄くスライスされたウィスキぃ茸が、酒乱牛のワインのような甘味をより引き立てて……しかも、お酒に強くない僕でも全然キツくなかったですし!」

「だよね! 『へるスィ〜』の料理人さんたちの腕が本当に凄すぎる! 自分が生み出した食材たちがあんな風に最高の一皿になるのを見れて、なんだか自分のことのように嬉しいよ!」

 

 俺が興奮気味に便乗して喜ぶと、二人は顔を見合わせてパッと破顔した。

 

「いやいや、何を言ってるんですか! ベースとなるモノクさんの食材が素晴らしいからこそ、あそこまでの味になるんですよ!」

「おう! 最高の食材に最高の調理、どっちが欠けてもあの味にはならねぇさ。モノクの作った食材は間違いなく一級品だぜ!」

 

 今度感想を聞いてみようと軽く考えていたものの、いざ生で二人に面と向かって褒められると、思いのほか照れてしまう。

 頬を掻きながら笑う俺に、二人は「最高だったぜ!」「本当に美味しかったです!」と、満面の笑みを向けてきたのだった。

 

「あ、そうだトリコさん! モノクさんも誘いましょうよ!」

 

 小松シェフが、ポンっと手を叩き弾んだ声でトリコに何かを提案した。

 

「え、いや、それは……」

 

 しかし、途端にトリコが珍しく歯切れ悪くどもった。

 

「ん? なに?」

「あーいや! なんでも——」

「実は僕たち、あの『ベジタブルスカイ』に向かうんです! 野菜の王様を捕獲しに!」

 

 トリコの言葉を遮り、小松シェフがドンッと言い放った。

 

(あ、とんでもない誘いだ)

 

「言っちまった……」とボソリと零したトリコが、チラリとモノクの反応を窺う。

 

「へ、へぇ、ベジタブルスカイかぁ。凄いねー」

 

 なるべく興味が薄そうな、フラットな返事をするモノク。その反応を見て、トリコが少しホッとしたように肩の力を抜いたのだが……。

 

「はい! それで急ですけど、モノクさんもいかがですか!? みんなで食べれば、より美味しくなると思うんです!! 野菜の王様!」

 

 トリコの安堵など露知らず、小松シェフがさらに畳み掛ける。うん、やっぱり酔っているからか、いつもよりグイグイだ。美味しいものはみんなで分かち合いたいという、彼の根底にある優しさと純粋さがそのまま口に出てしまっている。

 ただ、その後ろでトリコが何かを言いかけてはやめ、ものすごく微妙な顔をしている。普段なら「おう! みんなで食おうぜ!」と真っ先に言うはずのトリコが、だ。

 

(まぁ、そりゃそうだ。『コンビ結成』を見据えてた大事な冒険なわけだし)

 

 そんな大冒険に誘ってもらえる関係性は純粋に嬉しい。が、さすがにその重要な局面に俺がしゃしゃり出るわけにはいかない。

 

「んー、そうだなぁ。ねぇ、トリコ。ベジタブルスカイに向かうのっていつ?」

「一応、明日だ……」

「あ! ごめん! 明日は厳しいなー! 残念だけど、二人で行って来なよ!」

 

 そう言って、俺は小松シェフから見えない角度で、トリコに小さくグッと親指を立てた。

 それを見て、トリコが少し驚いたように目を見開く。

 

「あぁ、そうですかー。しょうがないですね。無理には誘えません。じゃあ、お土産楽しみにしててください!」

「ごめんね。楽しみにしてるよ」

「はい! あ、そうだ僕トイレがまだでした! あはは、ばったり会ったんで忘れてました。トイレトイレ」

 

 用を足し忘れていたことを思い出した小松シェフが、慌てて個室を出ていく。

 部屋には俺とトリコ、二人だけが残された。

 トリコが気まずそうに、頬を掻く。

 

「わ、わりー、モノク。俺、そんなに表情に出てたか……?」

 

 モノクの断り方で自分に気を遣ってくれたと気づき申し訳なさを感じるトリコ。

 

「いやー、出まくりだね。全部出てた」

「そ、そんなにか!?」

「うん。『小松シェフとコンビを組みたいから、二人きりがいいんだー!』ってね」

「なっ、おまっ、なんでそこまで! そ、そんなに出てるか俺の顔!? いやでも、まだ組むと決まったわけじゃねぇよ! 悩み中だ!」

 

 トリコが俺の発言にギョッとして、自分の顔をくまなく触りながら慌てて弁解する。

 表情だけでそこまで読み取っていたら、俺は最強のメンタリストになれるだろう。実際はただの原作知(ズル)識なのだが。

 

「えー、僕はさっさと組んだほうがいいと思うけどね。会長にも言われたでしょ?」

「あ、なんだよ! オヤジが全部喋りやがったのか! あのおしゃべりジジイ……!」

 

 図星を突かれた原因にぐぬぬと唸るトリコ。

 

「でも、トリコも水臭いよねー。本当は二人で行きたいけど、僕に気を遣って何も言えなかったんでしょ?」

「いや、だってよ……小松が誘った手前、『来るな』なんて言えねぇだろ?」

 

 本当に困っていたことが伝わってくる言い方だ。

 

「え言っていいよ?」

「言えるか!!」

 

 トリコが即座にツッコミを入れるが、結構真面目に言っているんだ。

 

「いや、実際言ってほしいよ、そのぐらい」

「……?」

 

 俺が真顔で返すと、トリコが困惑した。

 

「いやだって、そんなのも言えない仲ってことでしょ? 悲しいなー。僕は、トリコとそのぐらい気にせず言い合える仲がいいよ」

 

 そう告げると、トリコは一瞬キョトンとした後、嬉しそうに笑った。

 

「モノク……いや、悪かった! 俺らしくなかったぜ! そうだな! 俺もお前とはそういう仲を希望だ! だから改めて断らせてもらうわ! コンビを組むかはまだ決まってねぇが、今回は小松と二人で行ってみたいんだ! だから今回は留守番しててくれ!」

 

 いつもの豪快な調子を取り戻したトリコが、バシッと宣言する。

 

「冷たいなぁトリコ」

「どっちなんだよ!!!」

「あはは、ウソウソ。気をつけて行って来てね! いやーコンビ結成おめでとう」

「だからまだ決めてねぇんだって!」

 

 個室の中に、気兼ねのない笑い声が響き渡る。

 本音でぶつかって、腹の底から笑い合える。前世から憧れていた原作の主人公が、『友人』として接してくれている。その事実がたまらなく嬉しくて、俺の胸の奥には先ほどの極上の食材たちに負けないほどの温かな満足感が広がっていた。

 

「また絶対誘うからよ。次は一緒に美味いもん食いに行こうぜ!」

「うん、楽しみにしてるよ!」

 と返したが、『次』という言葉で、自ずと俺の脳内に次のエピソードが浮かんだ。あれ、ベジタブルスカイの次って、確か……。

 

「トリコ」

「ん?」

「グルメ界、行っちゃダメだよ?」

 

 次は確か、トリコが一人で腕試しにグルメ界へ行き、かなり危険な状況に陥る展開だ。

 

「……なぁ、俺そんなに表情に出てんのか?」

 

 俺の発言に本気で自分の表情を問題視するトリコ。

 まさかと思って釘を刺したが、もうこの段階でグルメ界に入りたいという野心が多少はあるようだ。

 

「トリコ、グルメ界はまだ早すぎるよ。僕が行ったら瞬殺されるよ? トリコだって危ない。やめとこうよ」

 

 しかし、今回ばかりは見過ごせない。

 

「瞬殺だと? モノクがか? いくらなんでも、ちょっと盛りすぎじゃねぇか?」

 

 信じられねぇといった感じでトリコが聞き返す。

 

「盛りなしだよ。まじだって」

「ホントかー? ならやめとくけどよー」

 

 口ではそう言っているが、あきらかに空返事。

 これ、絶対行くやつだ。

 まぁ、原作でサニーも「言っても聞かない」と考えていたくらいだし、そういう性格なんだ。自分の目で確かめないと気が済まない。だったら……。

 

「もし、どうしても行くんだったら、行く前に僕に声かけてよ。——僕も行くから」

 

 あのグルメ界だ。原作とのズレが現状ほぼ無いとしても、どこで綻びが出るかわからない。特にエアツリーなどは危険すぎる。原作ではたまたま酸素の割合が多く放出されたから命は助かったが、今回も同じように都合よく進むとは限らない。原作でトリコが言ってたように炭酸ガスや一酸化炭素が放出されたらイチコロだ。そうならないように、俺がついて警戒しなくては。

 いくら『食運』があるとしても、だ。食運なんてものが無い世界から来た俺にとってはいまいちそれを信用仕切ることができない。例え、俺がグルメラックを習得したとしても攻撃を避けにいっちゃうだろうなぁ……かわさず仁王立ちとか怖すぎる……。まぁそれに、先に行くと知れれば、早めにノッキングマスター次郎に助けを依頼できるし。

 

「なんだ、そんなこと言って、結局は俺のこと止める気じゃねぇのかー?」

 

 トリコがジト目で俺を見てくる。

 俺が少し真面目なトーンだったせいか、急に一緒に行くと切り替えたことに違和感を覚えているようだ。

 

「んー、止めたって聞かないでしょ」

「なんだよそれ。ま、そんなに言うなら行かねぇよ」

「絶対だよ?」

「あぁ」

「絶対に絶対だよ?」

「わぁーかったって! 何度も念押すなよな!」

 

 呆れたように、それでもどこか可笑しそうにトリコが豪快に笑い飛ばした。

 そんな彼の大きな笑い声が合図になったかのように、ガチャリと個室の扉が開く。

 

「お待たせしましたー! いやぁ、スッキリしましたよ!」

 

 満面の笑みを浮かべた小松シェフが戻ってきたことで、俺たちの間にほんの少しだけ漂っていたシリアスな空気は、いつもの明るい日常へと溶けていった。

 

(まぁ、せめて行く前には連絡してくれるだろうからいいか……)

 

 物語の大まかな流れは把握しているが、正確な日時まではわからない……いつ行くかと把握できるだけで全然助かる。

 

 その時の俺は、少し甘く見ていた。

 何度も「絶対」と言われると、逆に反発したくなるという——『人間の性(さが)』というものを。

 

 

 

◇

 

 

 そんな出来事から数日後。

 今日、俺はついにあの『節乃食堂』に行くことにした。

 ウィスキぃ茸の栽培法を詳しく解説したお礼にと、予約無しで食べに来ていいと言ってもらえたのだ。ありがたく、ほんとーにありがたくいただいた奇跡のアイテム『節乃食堂フリーパス1回分』。それを今日、ついに使う。

 店が閉まるのは夜の22時辺り。それに合わせて、俺は朝から一切の食事を絶ち、極限まで腹を空かせている。このまま夜を迎えれば、間違いなくベストコンディションで節婆の料理を迎え撃つことができるだろう。

 本当、最近は良いことづくしだ。センチュリースープに始まり、焼肉へるスィ〜。これらを食せただけでもう人生に悔いはないレベルだというのに、さらにあの節婆の手料理まで好きなだけ食べられるとは。

 完全に浮き足立った気分のまま、より胃袋を空かせるために軽く運動でもしようかなどと考えていると、ポケットの中で端末が震えた。

 画面を見ると、着信の相手は小松シェフだった。

 

(ベジタブルスカイに向かってから数日経つし、タイミング的には帰還報告かな)

 

 そう思い、気楽なテンションで通話ボタンを押す。

 

「あ、もしもし小松シェフ? お疲れ様。オゾン草、無事捕獲できた? そうだ、コンビけ——」

『モ、モノクさん! たたたたたいへんなんですっ!!!』

 

 コンビ結成おめでとう、と伝えようとした言葉は、鼓膜を破らんばかりの緊迫した悲鳴に遮られた。

 

『トトト、トリコさんが!!』

 

 ……嫌な予感がする。

 

『グ、グ、グ……グルメ界に行ってしまったんです!!!』

「まじかぁ——……」

 

 思わず、深く重い溜息が漏れた。

 約束、守ってくれなかった。

 

 

◇

 

 ——で、現在に至る。

 あまりにも早すぎた。

 指を折って日にちを数える。ベジタブルスカイから帰還して、まだ数日どころか次の日ぐらいじゃないか? そんなペースでグルメ界にチャレンジしたの? サニーにレインタウンで話を聞いてから、その足で直行したとでもいうのか。いくらなんでも行動力バグりすぎだろ、トリコ……。

 

 俺はひとまず、パニックに陥って半泣きになっている小松シェフを電話越しに宥め、そして、サニーから貰ったという連絡先にしっかり連絡を入れたかを確認した。すでにかけたとのことだったので、俺にもその番号を教えてもらい、次郎さんに直接同行を頼み込んで今に至るというわけだ。

 約束をものの見事に破られたことへ文句を言いたい気持ちもある。だが、今はそれよりも安否への心配が完全に勝っていた。

 

(無茶しないでくれよ、トリコ……!)

 

「心の準備はいいかの、モノクくん」

 

 思考を現在に戻す。横に並び立った次郎さんが、猛烈な風が吹き上げる崖際から底知れぬ滝壺を見下ろして言った。

 

「はい、行けますよ」

「うむ。では、ワシから行くとしようかの。……どうじゃ? もし怖気づいたなら、今のうちに引き返してもええんじゃぞ。ワシは下で五分だけ待つ。五分待って姿が見えなければ、おぬしは諦めたとみなし——」

「なに言ってるんですか?」

 

 ザッ、と。

 俺は次郎の言葉を遮るように、躊躇いなく崖の縁から虚空へと足を踏み出した。

 

「——次郎さんは高所恐怖症なんですから、ゆっくり自分のペースで降りてきて大丈夫ですよー!」

 

 猛烈な重力に引かれ、逆巻く風の音に声を張り上げながら痛快に煽り返す。

 そのまま俺の身体は、真っ逆さまに吸い込まれていった。

 残された絶壁の上。

 次郎は愉快そうにニヤリと口角を吊り上げた。

 

「……フッフッフ、若いのぉ」

 

 まったく、底知れない度胸をした少年だ。

 一龍やセっちゃんが、こぞって彼に期待を寄せるのにも深く頷けるというもの。次郎の脳裏に、ふと、恐れを知らず無謀に命を張っていたかつての自身の姿が重なる。

 

(育ての親の種族は違えど、同じく野生の獣に育てられた身……。根本の行動原理というものは、どこか似通ってしまうものなのかのう)

 

 八王である狼王ギネスに育てられた自分と、巨大なリーガルマンモスに育てられたモノク。人間離れした環境で育った者特有の、ある種のネジの飛び方に深いシンパシーを感じながら、恐怖症にノッキングをかけ直し次郎もまた躊躇いなく奈落へと身を投げた。

 

 ——向かう先は、人間の常識など一切通用しない規格外の絶対領域『グルメ界』

 原作の知識を持つモノクは、この『命の滝壺』付近の環境や生息する猛獣たちを、ある程度は把握しているつもりでいた。

 だが、漫画という限られた枠組みの中で描かれていた景色など、ほんのひと握りの情報でしかなかったという残酷な事実。

 ザーベル島の底に待ち受ける未だ描かれていなかった未知なる規格外を、彼が己の身をもって知ることになるのは——ここからわずか、半刻足らずのことである。

 

 

 





焼肉、行こうかな。
焼肉ヘルスィ〜はどうしても書きたかったシーンの一つで、半ば無理やり入れました。構成として不自然だったらすみません。牛豚鳥は食レポ被りまくりなので断念です。

グルメ界、読みやすくなるように頑張って書きます!
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