過労死したから美食屋なろう   作:ボーイッシュ大好きっ子

3 / 16
一龍はグルメ細胞をあえて使っていませんでしたが、モノクはなんとしてでも使いたいと思っています。

※原作沿いというタグ付けしておきながら、かなり脱線してしまっています。今後もこういう脱線は増えるかと思います。


3話

「あ、あのっ……一応『ホテルグルメ』で料理長をさせて頂いてます。こ、小松と申しますっ!」

 

 上空から人型のクレーターを作って降って来た変な人間——だとしても、まずは名刺代わりに挨拶をするのが社会人の性である。小松はビクビクと身をすくめながらも、ひとまず丁寧なお辞儀をして自己紹介をした。

 

「ご丁寧にどうも、小松シェフ。僕はモノク。よろしくね」

 

 モノクは服の土を適当に払うと、笑みを浮かべて小松に右手を差し出した。

 小松は恐る恐るその手を握り返す。

 

(——あれ、意外と常識があってちゃんとしてる人だ——?)

 

 言葉遣いも穏やかで、握手も丁寧。先ほどの規格外の登場の仕方から「とんでもない野生児」を想像していた小松は、少しだけホッと胸を撫で下ろした。

 

「普段はここ、第一ビオトープでリーガルマンモスと暮らしてるんだ」

「…………はい?」

 

(——やっぱりめちゃくちゃ変わった人だった——!!)

 

 小松の内心の絶叫と同時に、横で聞いていたトリコが目を丸くして身を乗り出した。

 

「おいおい、第一で暮らしてる人間がいるって噂は本当だったのかよ……! 通称『地獄の庭』だぞ……?」

「俺も会うまで信じちゃいなかったがな」

 

 サニーが腕を組み、長い髪をファサッと揺らしながら言葉を継ぐ。

 

「ここに向かう移動中、こいつ、あそこのマンモスとふつーに会話してたし。マジみたいだぜ? トリコ」

「へぇ、なんだサニー。お前が初対面の人間にあまり抵抗感が無さそうなのも珍しいな? 仲良くなったのか?」

「仲良くねぇしっ!」

 

 トリコのからかいに、サニーは即座に牙を剥いて否定した。

 

「——でも、どんな不潔な野生児かと思ってたが、俺に引けを取らねーほどの『肌ツヤ』と『髪サラ』だ。高レベルのビオトープで暮らしてるんだ、相当良いもん食ってんだろうよ?」

 

 サニーは品定めするように、モノクの全身をジロジロと見回した。

 ……実のところ、さっきチビの背中に乗ってここまで来る道中、サニーの極細の触覚で全身をサワサワと探られていたのだ。どうやら彼の厳しい美意識の審査において、俺の肌や髪の質は合格点だったらしい。

 原作でサニーの触覚に触られたシーンは舌で舐め取られているような描写がされていたが、俺の感覚としてはそこまでではなく、ただちょっとこそばゆい程度だった。

 

「いやまあ、危険な区域に入らなければ意外とどうとでもなるしね。美味いもんもいっぱいだよ?」

 

 俺があっけからんと答えると、トリコは悔しそうに顔を歪ませた。

 

「クゥッ! 羨ましいぜッ! ……あ、遅れてすまねぇ。俺はトリコだ。よろしくな、モノク!」

 トリコがニカッと白い歯を見せ、丸太のように太い腕を突き出してきた。

 おぉ、ついにジャンプ主人公との握手か。

 俺は内心で少しだけテンションを上げつつ、その大きな手をしっかりと握り返した。

 

「四天王トリコだよね。よろしく!」

「おう!」

 

 がっちりと握手を交わした直後、トリコは物珍しそうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「ていうか俺も第一に住んでみてーんだけど! お前、どうやって住んでんだ? ここに一泊するのでさえIGOに承認されるの厳しいって聞くぜ? なにか特例でもあるのか??」

「いや、特例ではない。——いや、特例といえば特例か?」

 

 トリコの疑問に答えたのは、所長のマンサムだった。

 マンサムがスキンヘッドを撫でながら苦笑すると、俺はトリコたちに向かってあっさりと真実を口にした。

 

「僕はここで、リーガルマンモスに育てられたんだ。赤ん坊の時からね」

「な、なにィ〜〜ッッ!!?」

 

 マンサム以外の全員——トリコ、サニー、リン、そして小松が見事にハモって驚愕の声を上げた。

 

「どういうことだ!? 赤ん坊の時からって……お前、一体どこから来たんだ?」

「うーん、わからない。気づいたらここに居たから」

 

 トリコが身を乗り出して聞いてくるが、転生者である俺がまともに答えられるはずもない。肩をすくめて誤魔化すと、マンサムがフォローするように口を開いた。

 

「わしらも見つけた時は驚いたぞ。モノクが四、五歳ぐらいの時に、上空を偵察してた職員が見つけたんだ。子リーガルちゃんの上で、飛び跳ねて遊んでるモノクをな。至急全職員のDNAと鑑定したが誰とも合致はせんかった」

 ……ああ、あの時のことか。

 あの時は遊んでいたわけじゃない。初めてチビが採ってきてくれた『サーロインキノコ』があまりにも美味すぎて、思わずトランポリンみたいに跳ね回って喜んでいただけだ。

 てか、確かに血取られたけど…DNA鑑定してたんだ。びっくり。

 

「なっ、数年間もIGOの目に見つからなかったのか!?」

「おそらく、リーガルちゃんが意図的に隠してたんだ。わしらに見つかったら、人間の赤ん坊を連れて行かれるとでも思ったんだろうな」

 

 トリコの驚きに、マンサムがしみじみと頷く。

 

「なるほどな。種族は違えど、本当の我が子のように大切にしていたのか。……つーか」

 

 トリコはそこで言葉を切ると、すぐ傍で大人しくしている超巨大なリーガルマンモスを見上げて、完全に困惑した顔になった。

 

「子リーガルちゃんとか、リーガルちゃんって……本当にこいつ、子供なのか?」

「そうだよー。僕と一緒に育ったんだ。チビって呼んでる。リーガルママはこれの比じゃない、山よりデカいね」

「や、山よりって……想像もできないですぅ……」

 

 小松が顔を引きつらせて後ずさる。戦車よりデカいチビですら規格外なのに、それが小犬に見えるほどの親がいるなど、常識の範疇を超えている。

 

「そんなサイズ、どうやって捕獲するし?」

 

 リンが呆れたように腰に手を当てて尋ねた。

 

「捕獲するわけじゃないかな。お目当ての宝石肉(ジュエルミート)はリーガルママの体内で生成されてるから、口から体内に入って、直接肉を取り出せば良いんだ。まあ、機械で取り出すこともあるみたいだけど、リーガルママのサイズだと機械は使えないしね」

「なんだモノク。そこまで知っとるのか」

 

 俺の的確な説明に、マンサムが少し感心したように目を細めた。

 

「いかにも。宝石肉(ジュエルミート)は数十年に一度しか体内で生成されない希少な食材だ。それがついに生成されたと、生態観測のデータから報告を受けた」

「あぁ、やっぱり。最近リーガルママ怒りっぽいし、食欲無いし、やたら匂いに敏感だなぁって思ってたんだよね」

「……そんな妊婦さんみたいな感じになるんですねぇ……」

 

 俺の観察結果を聞いて、小松が呟く。

 

「ほぉ、それは興味深いな。リーガルちゃんは基本わしらを近づかせてくれないからのう。そういう間近で見た報告はじゃんじゃんしてくれ。……それに、そういう苦しい症状があるなら、早く宝石肉(ジュエルミート)を取って身軽にしてあげた方がいいだろう」

「あぁ」

「だね」

「言われなくても取るしっ」

「そうですね! 早く取ってあげましょう!」

 

 トリコ、俺、サニー、そして小松が、それぞれの思いを込めて力強く頷いた。

 一同の顔に迷いがないことを確認すると、マンサムは纏う空気を一変させ、IGOの所長としての鋭い眼光を放った。

 

「お前たち、頼んだぞ! なんとしてでも宝石肉(ジュエルミート)を確保するんだ! 美食會の連中に奪われるより先に——!」

 

 第一ビオトープに響き渡るマンサムの号令。

 こうして、俺はいよいよ原作の激動のシナリオへと本格的に巻き込まれていくのだった。

 元社畜としては、こういうでかい仕事をする前はエナドリだろうがなんだろうが胃に何か入れるのが鉄則だ。俺は腰に下げていた粗末なポーチに手を突っ込んだ。

 

「とりあえずこれ、親睦の証に……ほいっ」

 

 俺はポーチの中から取り出した赤い果実のようなものを、トリコたちに向かってポンポンと放り投げた。

 

「おっと! なんだこれ?」

 

 トリコは飛んできたそれを丸太のような太い腕でがっちりとキャッチし、サニーは手は使わずに自身の髪の毛を一本だけ伸ばして空中で器用に受け止めた。

 

 小松は「わわっ!」と慌ててお手玉のようになりながらもギリギリでキャッチし、リンには直接手渡しをしておいた。マンサム所長にも……まぁ、一応渡しておくか。

 

「ん? トマト……ですかね?」

 

 手の中の赤い果実を見つめながら、小松が首を傾げた。

 流石はプロの料理人。ただ漫然と受け取るだけでなく、鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、指の腹で表面の感触を確かめている。

 

「あれ、でもなんか……外皮が違う……? 薄く何層にも重なっていて、まるで……たまねぎみたいな……」

「おぉ! 当たり! さすが小松シェフ!」

 

 俺はパチンと指を鳴らし、ドヤ顔で言い放った。

 

「それは名付けて『オニオントマト』。僕が丹精込めて作ったんだ。さ、食べて食べて」

「「「「つ、つくったぁ!?」」」」

 

 その瞬間、四人の声が、第一ビオトープの空に綺麗にハモった。

 

「え、うん。それは、微塵切りにしたタマネギを土に見立てて、そこにトマトの種を植えたらできたやつ」

 

 そう。せっかくトリコの世界来たんだしいっちょ野菜とか育ててみようかなーと思い立ち数十年。農業ド初心者の俺でも種植えて水をあげれば基本的な野菜はポンポン育つのだ。

 グルメ細胞が満ちたこの世界の土壌、まじパネェ。

 だが、俺のその極めてカジュアルな説明を聞いた全員が、完全に時間が止まったかのような驚愕の表情で固まっていた。

 

「ちょ、ちょっと待てモノク! お前、存在しない新食材を農耕したのか!?」

 

 いつも酒で顔を赤くしているマンサム所長が、完全に酔いが覚めた顔でずいずいっと俺の目の前まで詰め寄ってきた。スキンヘッドに冷や汗までかいている。

 

「んー、存在しないかどうかはわかんないけど、なんかできたから。安心して? 毒とかないし、美味しいよ?」

 

「うまいかどうかを心配してるわけじゃないわい! こんな食材、IGOのデータに存在せんわい!」

 

 マンサムの剣幕に、俺は思わず一歩後ずさった。

 隣では、トリコが手に持ったオニオントマトをまじまじと見つめながら、ひどく真剣な顔で口を開く。

 

「あぁ。タマネギとトマトが完全に合わさったこんな食材、俺も今まで見たことねぇ。完全に新種だ……」

「え、なに? まずかった?」

 

 親睦の証に配ったのに、揃いも揃って深刻な顔をしている。何かIGOの規約にでも違反してしまったのだろうか。

 

「まじかこいつっ! なんも理解してねぇっ!」

「新種の食材を作るなんて、やろうと思ってもそう簡単に成功するものじゃないんですよ! モノクさん!」

 

 キレ気味にツッコミを入れるサニーと、身を乗り出して必死に説明しようとする小松。

 

「そうだ! ここ第1から第8までの全ビオトープでも、優秀な職員達が日々、最新の設備で研究改良を重ねて新種を作り出そうとしておるが、数年に一度成功するかどうかというレベルだ!」

 

 マンサムが頭を抱えるようにして叫ぶ。

 

「前回成功した新種の『ベーコンの葉』が出てから、もうすぐ十年が経とうとしとる! 我々IGOも、新食材の開発に焦っとるという時に……微塵切りのたまねぎに種を植えただけじゃと!?」

「なんかできそーだなーと思ったらできちゃって…」

 

 完全に酔いが覚めて詰め寄ってくるマンサムに対し、俺は頭をぽりぽりと掻きながら適当に答えた。

 マンサムは大きく、それはもう深いため息を吐いて頭を抱えた。

 

「なぁ! これ、もう食っていいか!?」

 

 そんな俺たちのやり取りの横で、トリコが待ちきれない様子でオニオントマトを握りしめ、ダラダラとヨダレを垂らしている。

 マンサムはまた一つため息をつくと、諦めたように手を振った。

 

「あぁ、まぁいい。手続きは後日、わしの方でやっておけばいいか」

「手続き?」

「手続きがいるのを知らんのか!!」

 

 素っ頓狂な声を出した俺に、マンサムが再び青筋を立てて怒鳴り込んできた。

 

「新種の食材としてIGOに申請し、正式に受理されなければ、市場での売買などは一切禁止なんだぞ! 法を通さずに流通させれば密売に当たるわい!」

「そうなの? いやぁ、そんなことリーガルママは教えてくれなかったなー?」

「当たり前じゃろうが!! マンモスが法律語ってたまるか!! 外の世界のことを教えるから偶には顔を出せとあれ程ッ——」

 

 ハァァァ……と、マンサムは今日一番の深いため息を吐き出した。IGOの所長も色々と苦労が絶えないらしい。

 

「よしっ! いただきます!!」

 

 そんな俺たちの面倒な会話など一切お構いなしに、トリコがオニオントマトを大きく口に運んだ。

 ガブゥッ! と豪快に噛み付く。

 パチンッ、という弾けるような心地よい破裂音。

 それは、完熟したトマトのピンと張った薄皮が噛み切られた音だった。だが、直後に響いたのはトマトを食べる時には絶対に鳴らないはずの咀嚼音。

 

『シャキッ! シャクッ! シャクシャクッ!』

 

「んんんんんめぇええええええええっ!!!」

 

 トリコがカッと目を見開き、全身の筋肉を躍動させて叫んだ。

 

「なんだこの食感! 外側は間違いなくみずみずしいトマトなのに、噛んだ瞬間に中からタマネギの強烈な『シャキシャキ感』が押し寄せてきやがる! 歯ごたえが最高だ!!」

 

 トリコが一口噛みちぎった断面からは、キラキラと輝く果汁が滝のように溢れ出し、彼の顎を伝って滴り落ちている。

 

「うおぉっ! しかもこの果汁、すげぇぞ! ただのトマトの酸味じゃねぇ。太陽の光を限界まで浴びた極上のフルーツトマトの『濃厚な甘み』に、タマネギが持つ『ツンとした辛味』と『火を通したような奥深いコク』が見事に溶け合ってやがる! ドレッシングなんて一切必要ねぇ、これ一個で完璧に計算された極上のサラダが完成してやがるぜ!!」

「えっ!? そ、そんなに美味しいんですか!?」

 

 トリコのあまりにも美味そうな食べっぷりに、小松もたまらず手の中のオニオントマトにパクリと齧り付いた。

 

「んん〜〜〜っっ!! 美味しいぃぃぃっ!!」

 

 小松の目から感動の涙がブワッと吹き出す。

 

「本当に不思議です! トマトのゼリー状の種の周りに、微塵切りにされた新鮮な新タマネギがびっしりと詰まっているような……! 噛めば噛むほど、タマネギの血液サラサラ成分とトマトのリコピンが、体の隅々の細胞に染み渡っていくのが分かりますぅっ!」

「ふん、騒がしいやつらだ」

 

 サニーは呆れたように髪を靡かせながらも、自身の極細の触覚でオニオントマトを器用に持ち上げ、気品を保ちながら小さく一口齧った。

 

「……っ!!」

 

 サニーの動きがピタッと止まる。

 その頬がポッと赤く染まり、恍惚とした表情で目を閉じた。

 

「…… 美(つく)しい。トマトの鮮やかな『赤』の旨味と、タマネギの透明な『白』のアクセント。二つの異なる個性が口の中で喧嘩することなく、完璧なハーモニーを生み出している。しかも、食べた後のタマネギ特有の嫌な臭みが全く残らねぇ……。なんという気高く、美(つく)しい食材だ……!」

「でしょでしょ?」

 

 俺はふふんと胸を張った。

 三人とも、見事なまでの食レポである。特にトリコのあの豪快な食いっぷりは、見ているこっちまで腹が減ってくるほどの凄まじい引力を持っているな。

 

「この『オニオントマト』……そのまま食べてもこれだけ美味しいなら、火を通したら一体どれほどの旨味が出るか……!」

 

 小松は手の中の赤い果実を見つめながら、ブツブツと独り言を呟き始めた。

 完全に『料理人の顔』になっている。彼の脳内では今、この未知の食材を使った無数のレシピが猛スピードで構築されているのだろう。

 

「絶対にスープに最適ですよ! トマトの爽やかな酸味と、タマネギの奥深い甘みが、すでに細胞レベルで一つになっているんですから! じっくり煮込むだけで、余計な水やコンソメすら必要ない、極上のミネストローネやポタージュになるはずです!」

「おおっ! そりゃあ美味そうだな!」

「それに、ハンバーグを煮込む特製ソースのベースにしても絶品でしょうし、パスタに絡めても絶対に合います……! ああ、他にも色んな料理に使えそうですっ! どうやって調理しようか、考えるだけでワクワクしてきますよぉっ!!」

 

 目をキラキラと輝かせ、次々とレシピの構想を口走る小松。

 その横で、トリコも腕を組んで大声で笑った。

 

「がはははっ! 違いねぇ! 俺もいつも飯屋に行くと、『オニオンスープ』と『トマトスープ』、どっちを頼むか本気で悩んで結局2つ頼んでたからな! だが、こいつがあればもう悩まなくて済むぜ!」

「ふふっ、確かにそれは大きなメリットですね、トリコさん!」

 

 キャッキャと盛り上がる二人を見ながら、俺は内心でそっとツッコミを入れた。

 

(——いや、大絶賛だな)

 

 微塵切りのタマネギに種を突っ込んだだけの産物が、この世界のトッププロたちにここまでベタ褒めされている。なんだか少しだけ気恥ずかしくなって、俺は頬を掻いた。

 

「まぁ、気に入ってくれたなら何よりだよ。種ならいっぱいあるから、欲しかったら後で小松シェフに分けるよ」

 

「えっ!? 本当ですか!? ありがとうございますっ!! お店の新作メニューに——」

「だから勝手に流通させるなと言っておろうが!!」

 

 マンサム所長が再び青筋を立てて怒鳴り込んできた。

 だが、その大きな手にはちゃっかりとオニオントマトが握られており、すでに半分ほどシャクシャクと美味そうに齧られている。

 

「美味しかった?」

「むっ…うまいぞ…これが流通可能になれば注目の的だろう」

 

 ただ料理感覚で『これとこれ合わさったらいいなー』ぐらいのノリで上手くいったから、意外と簡単なことなのかと思っていた。

 だが、IGOの最新設備とエリート職員たちが束になっても、直近の新種が十年近く前だとなると、あんまりやりすぎない方がいいのかもしれない。下手したら表彰状とか貰うレベルの騒ぎになるんじゃないだろうか……いらないけど。

 

「モノクさんっ」

「ん?」

 

 振り返ると、小松シェフが両手で『オニオントマト』を大事に抱えながら駆け寄ってくるところだった。

 

 トリコたちはもう二口、三口で豪快に平らげてしまったというのに、小松シェフの手の中にはまだ半分ほど残っている。料理人として味をしっかり分析するために、大事に少しずつ食べてくれているのだろう。自分の作ったものをそんな風に扱ってもらえるのは、純粋に嬉しい。

 

「本当に、ありがとうございますッ!」

 

 バッ! と、小松シェフが九十度の深いお辞儀をした。

 

「え?」

「いや、こんなに美味しい未知の食材を生み出していただき、本当にありがとうございます!」

「いやいや、そんなに感謝されるようなことじゃ——」

「されるようなことですよ! 本当に凄いです! 料理人ならみんな感謝しますよ! なんなら、僕が全料理人の代わりに感謝しますッ!」

「料理人だけじゃないぜ」

 

 小松の言葉に被せるように、トリコが満足げに腹を叩きながら笑った。

 

「俺も美食屋として、こんなにうめー新種の食材に出会えて幸せだぜ、モノク! ありがとな!」

「いやいや、トリコだって新種食材を大量に発見してるでしょ?」

「『発見する』のと『生み出す』のじゃわけが違う。お前はゼロからイチを作れたんだ。すげーぜ、本当。美味いもん食わしてくれてありがとなッ!」

 

 屈託のない、心からの称賛と感謝。

 トリコの太陽のような笑顔と、小松の純粋な尊敬の眼差しを真正面から浴びて。

 

 うわ、なんか……やばい……。

 

 視界が、急にぐにゃりと滲んだ。

 こんなに真っ直ぐ、誰かに「ありがとう」と感謝されたのなんて、いつぶりだろうか。

 

「てか小松! 全料理人の代わりに——とか、全料理人代表のつもりかよー??」

「ちちちちがいますよ! みんな感謝しますよって言うのを伝えたかっただけで! 代表するつもりじゃ——」

 

(……前世じゃ、先方がブチギレてるからお前が対応しろとか……理不尽に頭を下げる、そういうのばっかだったな……)

 

「ほんとかー? 俺はてっきり、もうトップのシェフになったつもりなのかーって」

「そんなわけないじゃないですか! 僕なんて下の下ですよ、下の下!」

 

(……窓のないオフィスに篭りっきりで、人との関わりなんて、あのクレームの電話以外は完全に遮断されてたしなぁ……)

 

「って、ええええええ!? モ、モノクさん!!?」

「おいモノク! なんで泣いてんだよ!!?」

 

 小松とトリコの慌てた声で、俺は我に返った。

 ポロポロと、自分の頬を大粒の涙が伝い落ちていることにようやく気づく。

 

「おいおい、食ってる俺の姿が美(つく)しすぎて、感動しちまったか?」

「いや、それは絶対にないし」

「んだとっ!!」

 

 サニーの的外れなナルシスト発言をリンが即座に切り捨て、横でギャーギャーと騒ぎ始めた。

 なんだこれ。

 なんだかもう、全部が馬鹿馬鹿しくて、暖かくて。

 

「だ、大丈夫ですか……? モノクさん……」

「だいじょぶ、大丈夫……。面と向かってしっかり感謝されたら……なんか嬉しくてっ……」

 

 俺は腕で乱暴に涙を拭いながら、照れ隠しに笑った。

 

「なんだよモノク! めっちゃピュアじゃねぇか!」

 

 トリコがガハハと大口を開けて笑い、俺の背中をバンバンと遠慮なく叩いてくる。痛い痛い。

 

「うるさいよ……。——他にもあるけど、食べる……?」

「ほか? 他って……お前! まだ新種食材あるのか!?」

「なにィ!?」

 

 食いつくトリコの横で、マンサム所長が血相を変えて飛んできた。

 

「『キャロッとうがらし』とか、『ステーキ白菜』とかあるよ」

「まっ、まてっ! モノク! 何個あるんだ!? そんなに多いと、わしの申請手続きが——」

「『ウィスキぃ茸』っていう、噛むと中からウィスキーがじゅわっと滲み出てくるキノコもあるよ?」

「よ〜し! じゃんじゃん出せ! モノク! 酒のつまみ系を優先して頼むッ!!」

 

 さっきまでのIGO所長としての責任感はどこへやら。酒と聞いた瞬間に、マンサムは完全に欲望の奴隷と化していた。

 

「あーあ、所長もう吹っ切れちゃったし……」

「つかどんだけあんだよ……。多すぎて、流石にちょっと引けてきたし……」

 

 呆れ果てるリンと、顔を引きつらせるサニー。

 そんな二人の反応がおかしくて、俺は肩をすくめて言った。

 

「そりゃ、二十年以上ここに住んでるんだよ? 新種食材の三つや四つ、生産しちゃうよね」

 

「「「「しねぇよ!!!」」」」

「しないんですよッ!!!」

 

 四人の荒っぽい否定と、小松の丁寧なツッコミ。

 五人の声が見事なユニゾンを奏でて、第一ビオトープの空に響き渡った。

 

「あ、そう? ちなみに、こんなのもあるよ。——はい、『アップルビー』」

 

 俺は一番引き気味だったサニーに向かって、ルビーのように透き通った真っ赤なリンゴを放り投げた。

 サニーは反射的に髪の毛でそれを受け取ると、太陽の光を透かしてキラキラと輝く果実の美しさに、カッと目を見開いた。

 

「美(つく)しいッ! 美(つく)しいぃいいいッ!」

 

 宝石のようなリンゴをうっとりと見つめ、頬を染めて歓喜の声を上げるサニー。

 うん、いいリアクションだ。

 前世では味わえなかった『誰かに喜んでもらえる嬉しさ』を噛み締めながら、俺は大きく背伸びをするのだった。

 




当時、トリコの食レポが大好きでした。うまそうすぎて。
キャラ崩壊しないようにはしてるんですが、このキャラこんな言い回しするかな?って不安です。ココが1番不安です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。