過労死したから美食屋なろう   作:ボーイッシュ大好きっ子

4 / 8

書きたいと思った内容が、リーガルマンモス編を書き切らないと書けないことに気づいたので、ひとまずリーガルマンモス編書き切りました。書きたかった話含め5話分投稿します。対戦よろしくお願いします。




4話

「ええい! こんな呑気に食べとる場合かぁあ! 美食會が迫っとるんじゃぞ! 急げい!」

 

 新種食材の宴で完全に吹っ切れた——いや、欲望の底が抜けたかと思われていたマンサム所長だったが、そこは腐ってもIGOのトップ層。突如として本来の責任感を思い出し、口の周りについたウィスキーを手で拭いながら、雷のような一喝を飛ばした。

 その喝を合図に、俺たちは後ろ髪を引かれつつも食材をしまい、標的であるリーガルママを目指して出発した。

 

 ちなみに、ここまで乗せてきてもらったチビは、第一ビオトープのメイン施設に置いてきた。

 理由は単純。これから向かう先には美食會の連中がうろついているからだ。あいつらは目的のためなら手段を選ばないし、これ以上チビを危険な戦闘に巻き込みたくなかった。

 

 それに、チビの体内にも『宝石肉(ジュエルミート)』が生成されていることは分かっている。

 原作の知識通りなら、チビは捕獲された後研究施設で機械によって宝石肉(ジュエルミート)を取り出すために拘束され、暴れていたはずだが、出発前に俺が「ちょっとIGOの機械でチクッとされるけど、我慢してそれ取り出してもらったら絶対スッキリするから」と顔を寄せて説得したところ、チビは賢く「パオォ……」と鳴いて大人しく頷いてくれたのだ。

 これでチビが暴れることはない。早く機械で摘出してもらって、スッキリ身軽になってほしい。

 

 ——ただ。

 前を走るトリコたちの背中を追いかけながら、俺の脳内にちょっとした疑問が浮かんだ。

 

(チビの体内から無事に取り出したジュエルミートって……当然、あとでみんなで食う流れになるよな?)

 

 チビとは、物心ついた時から一緒にこのビオトープで育ってきた、文字通りの『兄弟分』だ。その兄弟の肉を食うって、冷静に考えるとどうなんだろうか。チビだけじゃない…育ての親であるリーガルママのもだ。

 いや、命を奪うわけじゃない。自然に生成されたエネルギーの塊なのだから、いわば「親知らず」とか「盲腸」を取る感覚に近いのかもしれない。

 なんならチビのことだ。自分の体内でそんな凄いお宝が出来ていたと知ったら、むしろ「見てよ! 俺の肉、めっちゃ輝いてるっしょ! 美味いから食ってみてよ!」と、パオパオ誇らしげに勧めてきそうな気すらする。

 

(うーん……兄弟の肉かぁ……。いくら何でも最初は少し抵抗が——いや、小松シェフが極上の調理をして目の前に出してきたら、絶対美味そうすぎて普通に食っちゃうんだろうな、俺)

 

 あっさりと食欲に負けて舌鼓を打つ自分の未来が容易に想像できてしまって、俺は走りながら苦笑いした。この世界の「食」の引力は、倫理観すらも軽く凌駕してくるのだ。

 

「おいモノク! どうした、遅れてるぞ!」

 

 前方を走るトリコが、振り返って大きな声を上げた。

 その顔は、これから未知の肉が食えるという期待でキラキラと輝いている。

 

「あ、ああ! 今行くよ!」

 

 とにかく今は、リーガルママの体内へ入って美食會より先に宝石肉(ジュエルミート)を確保するのが先決だ。俺は思考を切り替え、地面を蹴るスピードを上げた。

 

 道中、隣を歩いていた小松が、再度、思い出したように感嘆の声を漏らした。

 

「何度も言いますが、モノクさんは本当に凄いですね。あんなにいっぱい、美味しくて実用的な新食材を作り出せるなんて。僕、料理人としてすごく感動しました!」

「いやいや、あれは本当にたまたま運が良かったんだよ」

「そんなことないですよ! 食への深い愛情がないと、あんな奇跡は起きません!」

 

 小松は尊敬の眼差しを向けてくると、ふと、純粋な好奇心からこんな質問を投げかけてきた。

 

「ねぇ、モノクさん。モノクさんは一体『何』が一番好きなんですか?」

「え?」

「いや、あんなにいっぱい美味しい食材を作っているモノクさんだから、ご自身が一番気に入っている食材も、さぞかし凄いものなのかなって気になりまして」

「気に入っているもの……か……」

「あ…! 沢山あるのに、1番なんて聞いちゃダメですよね…すみませんすみません…!」

 

 一番好きな食べ物。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、『モノク』としてではなく、前世の記憶が唐突によぎった。

 耳元で蘇る、電話越しの呆れたような、でも少し嬉しそうな声。

 

『——じゃあ、今週末ね。まったく、アタシが連絡しないと全然実家に帰ってこないんだから……。ちゃんと帰って来るのよ? あんたの好きな唐揚げ……作っておくから』

 

 もう二度と帰れない世界。もう二度と食べられない、あの味。

 

「……唐揚げ……かな」

 

 無意識のうちに、俺の口からポツリとその単語がこぼれ落ちていた。

 

「か、からあげ……ですか……?」

 

 小松がパチクリと瞬きをした。

 無理もない。この『トリコ』の世界の美食屋なら、「なんとか牛の肉」や「なんとかの実」といった『食材本来の味』を挙げるのが普通だ。特定の『調理された料理名』が出てきたのが意外だったのだろう。

 

「あ、ごめん。食材じゃなくて料理なんだけど……」

「い、いえ! なるほど、唐揚げですか……! でも、どうしてまた唐揚げなんですか?」

「……母親が……昔、よく作ってくれたからさ……」

 

 少しだけ感傷的になりながら、俺は遠い目をして答えた。

 

「おかあさんですか……すごいっ、リーガルマンモスも肉を揚げるんだぁ……!!」

 

 小松の脳内では、巨大なリーガルママが巨大な鍋に油を張って、唐揚げを揚げている……そんなシュールすぎる映像が再生されていた。

 

 ピュアすぎる、この料理人。

 

「唐揚げ……唐揚げ……モノクさんの好きな物は、お母さんの唐揚げ……よし、覚えました……!」

 

 小松は俺の好物をしっかりと脳内のメモ帳に刻み込んでいる。

 

(別に覚えなくていいのに…)

 

 そんな少しおかしなやり取りをしているうちに、鬱蒼としたジャングルを抜け、視界がパッと開けた。そこには、見渡す限りの漆黒の絨毯が広がっていた。太陽の光を浴びて黒光りする、柔らかそうな草の群生地——

 

「おぉ! 黒草の草原、ブラックカーペットじゃねぇか!」

 

 トリコが目を輝かせて歓声を上げた。

 

「うわぁ、すごい……! 栄養満点の黒草がいっぱいですね! サラダにしたら最高だろうなぁ〜」

 

 小松も料理人としての想像力を膨らませ、喉をごくりと鳴らす。

 ここは第一ビオトープの中でも、俺が特に気に入っている場所の一つだった。

 

「いいよね〜ここ。僕のお気に入りスポットなんだ。よくそこらへんのむしって食べてるよ」

 

 このブラックカーペット一帯は、凶暴な猛獣があまり寄り付かないからのどかで危険も少ないし、何より肉系が続いて胃がもたれた時にありがたい、サッパリした食材が多いのだ。

 俺の言葉を聞いて、トリコが「おお、美味そうだな!」と同調しようとした——その時。

 

「むしって食うとかきしょい!!」

 

 サニーが顔を盛大にしかめ、全身で拒絶反応を示した。

 

「地面にあんだぞ!? 泥もついてるし、だれが踏んだかもわかんねぇまま食えねーしっ!」

「潔癖症だなぁ。ちょっと払えば平気だって」

(つく)しく食いたいだけだ!!」

 

 俺の適当な返しに、サニーは髪を逆立てながら反論した。

 しかし、サニーの鋭い矛先は、なぜか隣でニコニコしていた小松へと向けられた。

 

「モノクはギリ良いとして……そこのお前、全然(つく)しさ足りてなくね?」

「えっ!? ぼ、僕ですか!?」

 

 突然流れ弾を食らった小松が、ビクッと肩を震わせる。

 

「美しさ……ですか?」

「なに食ってんだ、普段?」

 

 サニーはスッと通った鼻筋を少し高く上げ、小松を見下ろすように尋ねた。

 

「ふ、普段は……ごく普通のものを——」

「ふつー? だめだな、もっとビタミンとかコラーゲンとか、パネェ食材を取らないと」

 

 サニーはあからさまにため息をつくと、美しい指先で自身の額にかかる前髪をスッと払った。

 

「——今度、俺のフルコースをご馳走してやるよ。おいモノク! そんなに食べたいって言うなら、仕方ねぇからお前にも特別に食わせてやるよ!」

「え、いや、僕は一言も言ってない——」

「オードブルッ!!」

 

(……聞いてないし)

 

 俺のささやかなツッコミは、サニーのよく通る美声に完全にかき消された。

 彼は両腕を優雅に広げ、まるで舞台俳優が観客に語りかけるような仰々しいポーズで、自身の誇る究極のメニューを高らかに読み上げ始めた。

 

=============================

【サニーのフルコースメニュー】

■ オードブル

『美肌キャビア』

[卵類・捕獲レベル30]

■ スープ

『カリスロブスター汁』

[甲殻類・捕獲レベル19]

■ 魚料理

『美白マグロ』

[魚類・捕獲レベル25]

■ 肉料理

『完美牛』

[哺乳獣類・捕獲レベル21]

■ メイン

 

■ サラダ

『もち肌もやし』

[天然野菜類・捕獲レベル15]

■ デザート

 

■ ドリンク

『カリスドラゴンの鱗酒』

[酒類・捕獲レベル35]

=============================

「メインとデザートはまだ決まってないが……どれも(つく)しい食材ばかりだろう?」

 

 メニューを発表し終えたサニーは、陶酔したように目を伏せ、自身の指先を見つめながら微笑んだ。

 リストに並ぶのは、名前に『美』や『肌』がつくような、美容と健康に極振りした食材の数々。徹底的に自分の美学を貫いたラインナップである。

 

「おぉ〜、食べてはみたいね」

 

 俺は素直に感嘆の声を漏らした。

 他人のフルコースメニューを聞くのって、なんでこんなにワクワクするんだろう。原作でフルコースシーンが出てくると一品一品どういった食材なのか想像が膨らむんだよなぁ…

 

「そうだろう、そうだろう?」

「うんうん、今度どんな食材なのか聞かせてよ」

 

 俺の好反応に、サニーは機嫌を良くして口角を釣り上げた。

 

「おいおい、サニーは四天王一の偏食野郎。美味さは保証できねぇぞ〜」

 

 サニーの仰々しいフルコース発表の余韻をぶち壊すように、トリコが黒草をガサゴソと選り好みしながら横槍を入れてきた。

 

「うっせ! トリコっ!」

 

 サニーがバッ! と振り返って鋭くツッコむ。

 

「で、お前のフルコースはどうなんだよ?」

「まだデザートしか決まってねぇよ」

「んだそれ! 一番食材みっけてるくせに優柔不断かぁっ!」

 

 サニーに文句を言われながらも、トリコは全く意に介さず、選りすぐった黒草をあーむと口に運んで咀嚼している。

 そんなトリコを見て、サニーは腕を組み、ふと声のトーンを落とした。

 

「……で、相変わらず『アレ』を、メイン料理に考えてるのか?」

 

 サニーの含みのある質問に、小松が不思議そうな顔をする。

 あれ。それはまさしく『アレ』のことだろう。この世の全食材の頂点に君臨し、それを食すことがすべての美食屋の究極の目標とされる伝説の食材。

 通称『GOD』

 しかし、そんなおとぎ話レベルの食材を「自分のフルコースのメインにする」と高らかに公言しているような美食屋は、このトリコと……グルメ騎士の愛丸ぐらいだろう。

 

「トリコさんのメイン料理って——」

「トリコ〜! ココマヨの木があるし〜!」

 

 小松が核心に触れようと質問を投げかけたその瞬間、少し離れた場所からリンの明るい声が響いた。

 

「ほんとだー!」

「……無視か?」

 

 一目散に駆け出していくトリコの背中を見て、サニーが呆れたように肩を落とした。

 トリコは先ほどむしった黒草の束に、ココマヨの木に実っているココアマヨネーズを力強く握り、ぎゅうっと絞り出した。中から、本物のマヨネーズのようなとろりとしたペーストが滴り落ちる。

 

「いただきます」

 

 ガブッ、と豪快に食すトリコ。

 

「うん! ココアのほろ苦さとマヨネーズの酸味の絶妙なバランスが、シャキシャキとした食感の黒草によく合うぜ! でかした、リン!」

「トリコに褒められたしっ」

 

 俺も以前、この場所でその食べ方を完全再現したことがある。トリコの言った通りの味わいだった。

 彼の食レポは本当に的確で、聞いているだけで腹が減ってくる。俺もあれくらい上手く食レポできるようにならなきゃダメかな……?

 

「あ! そーだモノク! さっき食べ損ねた新食材、俺にも食わしてくれよぉ……」

 

 振り返ると、トリコが大型犬のように悲しげな顔をして俺に擦り寄ってきていた。

 そういえば、さっき食べようとしたところでマンサム所長に怒られて取り上げられていたっけ。あの時、泣きそうな顔をしていた。ていうか、よく見たらちょっと泣いていた。

 

「うん、いいよ。はい。えーと、『キャロッとうがらし』と『ステーキ白菜』。あと『アップルビー』ね。ステーキ白菜は焼いた方が断然旨みが増すんだけど、そのままでも美味しいよ」

「うおおおっ! サンキュー!!」

 

 トリコは受け取るや否や、次々と食材にかじりついた。

 

「うおっ! 『ステーキ白菜』、生なのに噛むと濃厚な肉の旨味がジュワッと来やがる! でも白菜だから後味サッパリだ! こっちの『キャロッとうがらし』は、ポリッとした甘さの後にピリッとした辛さが追いかけてきてクセになるぜ!」

 

 二言ずつの簡潔な、しかしまさしく要点を突いた食レポ。

 

「ほら、お前らも食ってみろよ!」

 

 そう言うので俺は、袋に入った残りの食材を3人に配る。

 

「ああ……この透き通る赤、そして上品な甘み……たまんねぇ、(つく)しすぎるっ……!」

 

 サニーは相変わらず『アップルビー』にぞっこんで、太陽の光に透かしながらうっとりと感嘆の息を漏らしている。

 

「この『キャロッとうがらし』、すりおろしてソースやドレッシングのスパイスにしたら絶対に合いますよ!」

 

 小松は調味料としての可能性を見出し、目を輝かせている。

 

「ほんと、新食材ばっかだし……」

 

 リンは呆れたように笑いながらも、ステーキ白菜を美味しそうに咀嚼していた。

 そんな平和な光景を見ながら、俺が腰の袋を整理していた時のことだ。

 ポロリと、袋の隙間から何かが地面に転がり落ちた。

 

「おい、モノク! そりゃなんだ! すげぇ良い匂いのもんが落ちたぞ!」

「うわっ、近い近い」

 

 俺が拾い上げるより早く、トリコが目にも留まらぬ速さで顔を近づけてきて、ズズーッと鼻を鳴らした。

 

「あー、これはね。『憤怒貝(ふんぬがい)』」

「ふんぬがい…? 聞いたことないです…ま、まだ新食材あるんですかぁ、モノクさん……少し慣れてきた自分が怖いですー……」

 

 小松が遠い目をしている。

 

「貝がガッチリ閉まってるが……これ、このまま食べれるのか!? 焼かなきゃ無理か!?」

「いや、えーとね。いるかなぁ……—あ! いたいた! よいしょ」

 

 俺は近くの草むらに手を伸ばし、サッと一匹の虫を捕まえた。醤油の香りを漂わせる『醤油バッタ』だ。アニメだと虫嫌いに配慮されてタコに変更されてたやつ。

 

「この醤油バッタの醤油を……この貝の隙間に、こうやって垂らし込むと……」

 

 ポタッ、ポタッ。

 貝の僅かな隙間に醤油が流れ込んでいく。数秒の沈黙の後——ジュウゥゥッ! という香ばしい音と共に、貝の隙間から白い蒸気が吹き出した。

 そして、パカパカッ! と貝が高速で開いて閉じてを繰り返し始めた。

 

『フンヌッ! フンヌッ! フンヌッ! フンヌッ——』

 

「おおおおっ!? なんだぁぁ!? 貝から声が!!」

 

 激しい反復運動と共に響き渡る野太い音声に、トリコたちが目玉を飛び出させた。

 

「醤油に反応して、貝の内部に強烈な熱が発生するんだ。その熱を排熱するために貝が開いて閉じてを高速で繰り返すんだけど、その時に隙間風みたいな感じで音が鳴るんだよ。それが『フンヌッ』って声に聞こえるから、憤怒貝」

 

「聞こえるからっていうか、もう完全に『フンヌッ』って喋ってないですかー……この貝……」

 

 小松が引きつった顔でツッコミを入れる。

 

(うーん、流石に喋る貝では無いと思いたいな……俺もちょっと怖いし……)

 

「で、どうやって食うんだ?」

「待ってね、もうそろそろ……」

『——フンヌゥ……』

「あ、終わった。しばらくすると排熱が終わって、開いた状態で止まるから。そしたらもう食べれるよ。はい、どうぞ」

 

 完全にパカッと開いた貝殻を、トリコに差し出す。

 中には、熱気と共に醤油の色に染まった肉厚の貝柱が鎮座していた。

 

「うひょーっ! 内部の熱で焦げた醤油のいい匂いがするぜー! そんじゃ、いただきます!!」

 

 トリコは貝殻ごと鷲掴みにすると、巨大な身にガブリとかじりついた。

 

 ——ッ!!

「んんっ!? なんだこの凄まじい弾力は!!」

 

 トリコが驚愕に目を見開く。

 

「そうか! さっきの『フンヌッフンヌッ』っていうあの超高速の反復運動! あれは一種の筋トレだ! 強烈な負荷のせいで、中の身が極限までパンパンに引き締まってやがる! 凄まじい『コリッッコリ』の食感だ!!」

 

「おぉっ——なのに……っ!」

 

 トリコの顔が、とろけるような至福の表情に変わった。

 

「これだけの歯ごたえがあるのに、突然、まるで上質なバターのようにまろやかに口の中でとろけて消えやがった! そこに、内部の熱で極限まで焦がされた醤油の香ばしさがフワァッと鼻を抜けていく……! 食感と口溶けのこのギャップ、たまんねぇええっ!!」

 

 

 その場にいる俺を含めた全員が、無意識にごくりと生唾を飲み込んだのだった。

 

(ほんと、うまそうに食べるなぁ)

 

「まだあるしみんなで食べようか」

 

 そう言いかけた俺の言葉は、一定の距離を保って静かに背後にいたテリーの、鋭い唸り声によって遮られた。

 

「トリコ——」

「うえぇ——っ」

 

 サニーが目を細め、小松が悲鳴のような声を上げる。

 全員の視線を向けた先、ブラックカーペットの奥から地響きと共に現れたのは、全身が硬い岩で覆われた巨大なモンスターだった。

 

「なんですかぁあ! あれぇ!!」

「ロックドラム……食欲旺盛で獰猛なやつらだよ。ブラックカーペットに出るなんて珍しいけど——」

 

 トリコが顔を引き締め、臨戦態勢をとる。

 

 ……そういえばあったなぁ、この展開。トリコ初期の記憶はあやふやなんだよなぁ。たしか、ここでサニーの能力解説をするんだっけ。

 

「小松とリンは下がってろ。サニー! と、モノク……お前は戦えるのか? って、第一で暮らしてるんだ。当然戦えるよな?」

「ああ、行けるよ!」

「やだ」

 

 俺が元気に返事をしたのに、サニーはそっぽを向いてひどく淡白に答えた。

 

 ——そうだった……。

 

「めんどくせっ」

「おぉい!」

 

 トリコのツッコミにも我関せず。

 

「めんどーってそういう問題じゃないし」

 

 リンが呆れ顔で片手を横に振る動作をしながらサニーをたしなめるが、彼は聞く耳を持たない。

 

「所詮、食うためには手段を選ばん生物。生き方に(つく)しさ全然無くね? 見た目もあれだし、相手する要素ゼロッ!」

「だが肉は珍味。倒す価値100だろ!」

「栄養とか豊富なの? ないなら倒す価値ゼロー」

「じゃあ間を取って50だ!!」

「トリコさん、モノクさん来てますぅ!!」

 

 トリコとサニーが言い合っている内に、しびれを切らしたロックドラムが目の前で巨大な両腕を振りかぶっていた。

 凄まじい風圧と共に岩の拳が振り下ろされる。俺とトリコは左右に飛んでそれを回避した。

 

「5連——釘パンチッ!!」

 

 トリコが回避の勢いのまま踏み込み、瞬時にロックドラムの手のひら部分に釘パンチを放つ。

 ガンッという重い5回の衝撃音と共に、ロックドラムの巨体が後ろに倒れ込んだ。しかし、トリコは痛みを堪えるように顔をしかめ、右腕を抑えた。

 

「コロシアムでの無理が響いてるぜ……これ以上の連射はきつい……。左手はGTロボとのバトルのダメージで使えねぇ……モノク! サニーは動く気ゼロだ! 一体は相手できるか!?」

「うん、ごめんトリコ! 無理させて!」

 

 トリコはグルメコロシアム編でかなり負傷しているんだった。完全に出遅れた。俺がトリコより先に動くべきだった……ごめんトリコ。でも、生の釘パンチを間近で見れたのはファンとしてめちゃくちゃ感動かも——。

 そんな呑気なことを考えている間にも、右腕を抑えて立ち止まっていたトリコの頭上に、二体目のロックドラムが影を落とし、巨大な足で踏みつけようとしていた。

 

『トングロック——!』

 

 俺はトングの張力を最大にし、ロックドラムの足を空中でガッチリと固定した。

 ピタリと、岩の巨獣の動きが止まる。

 

「おぉ! 助かったぜモノク! やるなー!」

 

 トリコが安堵の笑みを浮かべる。

 とりあえず危機は脱したが、初期の頃のサニーのめんどくささは本当に厄介だな……。こんときはたしか、サニーを動かす『餌』が——あった!

 

「サニー! これ見て!」

 

 俺はさっきトリコの釘パンチで砕けて落ちたロックドラムの岩の欠片を拾い上げ、サニーに向かって放り投げた。

 サニーがそれを触覚で受け止め瞬時に触覚で解析する。

 

「この殻、超高タンパク質の表皮に(つく)しい炭酸カルシウム……微炭酸が付着している」

「え、それ……」

「俺がさっき砕いたロックドラムの甲殻だ」

「こいつは、完璧なる美の石! 完美大理石の材料となるっ! やがてそれは、美しきテーブルや食器へと生まれ変わるのだ……」

「ちょ、そんな説明してる間にまた迫ってるし! お兄ちゃんっ!」

 

 サニーの目の色が『美』への執着に変わった瞬間、動きを止めていたロックドラムが力任せに俺のトングロックを振り解き、サニーへ向かって強烈なパンチを放った。

 

(つく)しく散るがいい……『フライ返し——!』」

 

 ドゴォォォンッ!!

 サニーの髪の毛に触れた瞬間、ロックドラムの巨大なパンチが全く同じ力で跳ね返され、巨体が後ろへと大きく吹っ飛んだ。

 

「ど? てめーのパンチ食らった気分」

 

 サニーが髪をふわりと揺らし、冷たく見下ろす。

 ……うん、厄介さより格好良さの方が完全に勝るんだよなぁ。流石は四天王。

 

「射程距離はどのくらいだ? サニー」

「あぁそうだな…25メートルくらいか」

「昔より大分広くなったな! ダイニングキッチン」

 

 昔を知る二人が余裕の会話を交わす。だが、吹っ飛んだロックドラムはすぐさま体勢を立て直し、再びこちらへ向かってこようとしていた。

 

「ふん、そうか。もう一匹いたのか」

「もっと離れないと絡まっちゃうし!」

 

 遠く離れた岩陰から、リンが呼びかけてくる。え、俺の今の位置でもまだ範囲内なんだ。25メートルって、プールぐらいあるぞ。ひろっ。

 

「絡まるって……何がですか……?」

 

 疑問符を浮かべる小松の腕を引き、俺とトリコは急いでリンの方へ走って退避した。

 

「サニーの触覚だ!」

「触覚……?」

「サニーは伸縮自在の触覚……センサーを張り巡らせているんだ。髪の先からな」

「て、何も見えませんけど——」

「当たり前だ。髪の毛の三分の一の太さ、約0.1ミクロン。しかも丈夫だ」

「それだけじゃないし。お兄ちゃんのセンサーは皮膚で感じ取るような暑さ、寒さ、痛さはもちろん、味も感じ取るし」

「サニーのセンサーエリアに入るのは、身体中を触られ……皮膚を舐められるようなもんなんだ」

 

 なるほど、味もだったんだ。

 『舐められるような』という表現は、単なる比喩ではなく、サニー側の感覚機能としての意味合いだったのか。俺は一人で深く納得した。

 サニーに対峙するロックドラム。

 

「やつは野生の勘で気づいてやがる。サニーのセンサーに——」

 

 近づくのは危険だと悟ったのか、ロックドラムは自身の肩の岩をボキリと剥ぎ取り、サニーに向けて弾丸のように投げつけた。

 

「ヘアネット」

 

 投げつけられた巨大な岩が、サニーの髪が作り出した見えない網にキャッチされ、ふわりと緩やかに失速する。

 

「フライ返し——!」

 

 そして次の瞬間、岩がロックドラムへと撃ち返された。

 

「跳ね返したーッ!」

 

 小松が目を飛び出させて驚く。

 

「サニーのカウンター技『フライ返し』。あらゆる物理攻撃を全て同じ力で相手に跳ね返す」

 

 トリコはもう完全に解説役に徹していた。戦う必要がなくなったからか、先ほどむしった黒草をムシャムシャと美味そうに食べながら実況している。

 かくいう俺も、もう体育座りをして完全に見学モードだ。大好きなトリコの戦い……いや、今はサニーの戦いだが、それを生で見られていることにただただ感動している。

 

「触覚の射程距離25メートル……入ったな。『ヘアロック』」

「動きが止まってます!」

「結局入っちまうとはな。サニーのダイニングキッチン」

「ダイニングキッチン……?」

「サニーの触覚に捕まったら最後、ロックドラムのパワーでも脱出は不可能。サニーの触覚が伸びる範囲が『ダイニングキッチン』。その中で全ての食材、生物が調理され、味見されてしまう……」

 

 トリコが語り終えるのと同時。サニーは動けなくなったロックドラムの巨体を、自身の髪で軽々と宙に持ち上げた。

 

「調理完了……。生と死をまた調和する、いい巡り合いだった……お前の存在は、俺の(つく)しさを充分引き立ててくれた——」

 

 サニーが見えない髪の束を打ち込むと、ロックドラムは完全に意識を刈り取られ、地響きと共に倒れ伏した。ヘアノッキングを決めたようだ。

 

「ダイニングキッチン、無敵だ。あのゾーンの中でサニーに勝てる奴は居ない」

 

 トリコが誇らしげに友の強さを讃える。

 

「す、すごい……これが四天王サニー……」

 

 小松が圧倒されたように呟いた。

 美しい完勝劇。誰もがサニーの圧倒的な実力に酔いしれていた——が

 

「ま、無敵じゃないってことに気づかされたけどなっ。どっかの野生児野郎に」

 

 サニーのジト目が俺を射抜く。

 その視線の意味と不穏な言葉に気づいたトリコが、バッと目を見開いた。

 

「なっ、まさかお前ら、やり合ってたのか!? しかもサニーの今の言い方……モノクが勝ったのか!?」

「ちがうちがう! 勝ってないよ! 最後はサニーが寸止めでやめてくれたんだって!」

 

 これ以上サニーのプライドを刺激すると面倒なことになる。俺は必死に両手を振って否定した。だが、当のサニー本人が忌々しそうに顔を歪める。

 

「自慢の髪を数本切られ、絶対の自信があったヘアロックも抜けられ、おまけに手まで抜かれて——って、言わせんじゃねぇよこんなこと!!」

「ガハハハッ! 完敗じゃねぇかサニー!」

「だまれっ! わかってんだよ、んなことっ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るサニーと、腹を抱えて大笑いするトリコ。

 

(いやほんと、ハサミと髪の毛っていう単なる相性の問題なんですって……)

 

 俺は内心で弁解したが、トリコは感心したように俺の肩をバンバンと叩いた。

 

「しかし、あのヘアロックまで自力で抜けるたぁすげーなモノク! 初見であれに対処できるやつなんて、そうそういねぇぞ!」

「いや、まぁ……初見じゃないっていうか、なんていうか……」

 

 前世で単行本を読んで知っているのだから初見もクソもない。俺が誤魔化すように頬を掻くと、トリコは不思議そうに笑った。

 

「なんだよそれー。素直に喜べよー」

「あんま調子乗んなよモノク! 今は勝てないだけだからな! い・ま・は・な!」

 

 トリコに褒められている俺を見て、サニーが負け惜しみのように強調して凄んでくる。本当に負けず嫌いだなこの人。

 

「だからわかったって——」

 

 また始まった、と俺が呆れてツッコミを入れようとした、その時だった。

 

 ズズズズズズズズッ……!!

 

「え?」

 

 足元から、不気味な地鳴りが響いてきた。

 全員がハッとして音のする方へ振り向く。

 

「えええええええ!? ロックドラムぅぅ!?」

 

 小松の絶叫。

 視線の先、猛烈な土煙を上げながら、巨大な岩の塊がめちゃくちゃな猛ダッシュでこちらに向かって迫ってきていた。

 

「サニーが初っ端に『フライ返し』で吹っ飛ばしたやつが戻ってきたのかッ!」

 

「てか、全然元気だし!」

 

 トリコとリンが叫ぶ。

 その光景を見て、俺の脳内にようやく原作の記憶がフラッシュバックした。

 

 (あーっそうだ、また今頃になって思い出した…)

 

 迫り来るロックドラムを前にして、サニーはつらっとして言い放つ。

 

「ノッキングすんの忘れてたぁ」

「「「えぇぇぇぇええええ!!?」」」

 

(しかもここ、結構重要じゃん……)

 

 俺が己のポンコツな記憶力を呪い、激しく後悔したその瞬間。

 怒り狂ったロックドラムの巨大な足が、容赦なく俺たち全員をまとめて蹴り飛ばした。

 

「わぁぁぁぁぁっ!!」

 

 抗う間もなく、俺たちはブラックカーペットの空高くへと打ち上げられたのだった。

 

 

 

 

 うーん、めっちゃ飛ばされてるわぁ……

 俺は空中であぐらをかき、腕を組んで考えていた。

 そうだった。あのロックドラムの蹴りで、みんな散り散りになりながらリーガルマンモスを目指すんだった。

 

 インフレの弊害だよこれ……。物語後半のトリコ達が強すぎて、あんなただの岩のモンスターに遅れを取って吹っ飛ばされる展開とか、完全に記憶から抜け落ちていたよ……。

 

 失敗した。あのまま普通にリーガルママの方向に向かえていれば、今頃ジュエルミートを確保して終わっていたのに。

 リーガルママも、いつも定期的に俺とチビの様子を見にくる。今現在、俺とチビの姿が見えないから、きっとビオトープ内を探し回っているだろう。ジュエルミートを宿しているせいで情緒も不安定、暴れ回っているはずだ。

 結局、原作通りのルートか……

 原作知識を使って、うまいこと楽に済ませたかったんだが……

 ていうか。

 俺、飛ばされすぎじゃね?

 しかも一人だし。攻撃の中心に居たからか? さっきから結構な時間飛んでるけど、まだ全然地面に着きそうな感じがしないんだけど??

 

 このまま落下すれば流石にただでは済まない。俺はあぐらを解き、空中で体勢を立て直した。

 

「『トングロック』! あぁ! 『トングロック』! むずいって! 『トングロック』!」

 

 くそっ! 高速で移動しながら、落下している自分自身を正確な位置で掴むの、むずすぎる! もうちょっとトングの偏差撃ちを練習しておくべきだった!

 

「『トングロック』! ——よしいけた!」

 

 空を切っていたトングがようやく俺の体をガッチリと挟み込み、空中でピタリと落下を止めた。

 俺はそのまま張力を緩め、地面にひょいっと着地した。

 

「ここは……うわ、ここか……。結構遠いな……」

 

 周囲の景色を見渡して、ため息をつく。俺の頭の中でこの場所の地形と、周囲のある環境がパズルのように繋がる。

 トリコとリンのペア、小松とサニーのペアは、それぞれリーガルママから大体同じくらいの距離感に落ちたはずだが、俺はそれよりもさらに遠く——第一ビオトープの外周に近い端のエリアまで飛ばされてしまったようだ。

 

「まじかぁ。遠すぎるし、もう諦めようかな」

 

 俺はポリポリと頬を掻いた。

 このまま皆んなに任せても、なんだかんだで宝石肉(ジュエルミート)はしっかり確保してくれるでしょ。

 

 それなら俺は、この近くにある温泉にでも入ってダラダラ過ごして——

 

「ほう……。IGOに邪魔されぬよう、施設から一番遠い地点から侵入したのだが……」

 

 背後から。

 機械的で、ひどく無機質な声が響いた。

 瞬間。

 俺の全身の毛穴という毛穴がブワッと開き、心臓が早鐘のように鳴り始めた。

 

「——邪魔者が一人、いるようだな……」

 

 ゾワッ——。

 

 巨大な蛇に睨みつけられたカエルのように、体がピクリとも動かなくなった。

 空気が、異常に重い。

 酸素が薄くなったのかと錯覚するほどの、息が詰まるような圧倒的なプレッシャー。

 背後に『何か』がいる。それは頭で理解するより先に、細胞が、生物としての本能が、生存の危機を叫んでいた。

 振り向いてはいけない。振り向いたら殺される。

 まるで首筋に鋭い氷の刃を突きつけられているような、底知れない悪寒。第一ビオトープの凶暴な猛獣たちですら、こんな悍ましい気配は放たない。

 これは、純粋な『死』の気配だ。

 俺は首を無理やり動かし、ゆっくりと背後を振り返った。

 そこに立っていたのは、鳥のような、異形のロボット。

 

 ——美食會副料理長、スタージュンが操縦する『GTロボ』

 赤く光る単眼のレンズが、道端の小石を見るような無機質な視線で、俺を見下ろしている。

 

(まじかよ……)

 

 俺は冷や汗を滝のように流しながら、心の中で絶望的なツッコミを入れた。

 

(一番遠くに飛ばされたと思ったら、まさかの侵入地点かよ……!!)

 




フグ鯨ゾワッの衝撃を超えれるシーンない説
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。