悪夢 作:samiho
その日の昼寝で、僕は夢を見た。正確に言うと、「夢を見ている夢」を見た。
入れ子構造である。夢の階層を一つ降りたところから、この話は始まる。
夢の中の夢で、僕は教室にいた。懐かしの学生時代の教室だ。どうやら部活をサボったらしく、部活の先生からグラウンド10周を言い渡される。理不尽である。サボった僕が悪いと言えば悪いのだが、そもそも僕はもう社会人だ。部活に所属した覚えはないし、サボった覚えもない。冤罪である。
だがこの時点で、僕には自覚があった。——これは夢だ、と。
夢だと分かっているなら、走らなくてもいい。罰を無視してもいいし、なんなら空でも飛べばいい。明晰夢とはそういう自由を得られるものだと聞く。
ところが僕は走り始めた。しかも、グラウンドではなく教室の中を。
夢だと自覚した上で、教室内を一人でぐるぐる10周し始めたのである。夢の中の僕は、罰の内容を「グラウンド」から「教室内」へ勝手にスケールダウンしつつも、「10周走る」という罰そのものには律儀に従った。反抗心と従順さの絶妙なブレンド。それでいいのか。よくない。どうせ逆らうなら全部逆らえ。
数周した、そのときだった。ふと嫌な予感が頭をよぎる。
——これ、あの怪談になりそうじゃないか?
4人で部屋の四隅に立って、順番に角を走っていくやつ。一人ずつ次の角へ移動を繰り返すと、本来なら誰もいないはずの角に「誰か」がいないと成立しない、あの怪談である。一人で教室をぐるぐる回っている今の僕は、控えめに言ってもあの構図に近づきつつある。回り続けたら、角で「誰か」と出会ってしまうかもしれない。
まずい。僕はお化け方面が苦手なのだ。夢の中でまで怪談の再現に巻き込まれてたまるか。自分の脳が用意した舞台で、自分の脳が生成したお化けに怯える。そんな自作自演の恐怖体験があってたまるか。
僕は決断した。起きよう。
自分の意思で夢から脱出する。明晰夢ならではの緊急脱出装置である。空を飛ぶ自由は使わなかったくせに、逃げる自由だけはしっかり行使する。
——目が覚めた。
体がしびれる感覚があるが、とにかく起き上がって電気をつける。
つかない。
……ああ、これ、いつものやつだ。
「起きた」と思ったが、実際は起きていない。体は本当は動いていない。電気がつかないのは、この偽物の目覚め——いわゆる「偽りの覚醒」の定番サインである。半年もこの生活をしていると、夢の手口も読めるようになってくる。読めるようになったところで、回避はできないのだが。攻略本を読んだのに操作キャラが言うことを聞かない状態である。
僕は頑張って起きようとした。力を入れる。動かない。もう一度力を入れる。動かない。
起きられなかった。
仕方ないので二度寝した。すると金縛りになった。いつものやつである。
整理しよう。怪談から逃げるために夢を脱出したら、偽の目覚めに着地した。そこから二度寝したら金縛りが待っていた。三段構えの罠。どこに逃げても次の搦め手が用意されている。うちの睡眠、ダンジョン設計が丁寧すぎる。この設計力を僕の脳が持っているなら、8/22 夜のゲームといい、本当に何か別の形で活かしてほしい。
そんなこんなしているうちに、今度こそ本当に、現実で目が覚めた。電気は、つけるまでもなく昼の光が部屋にあった。ようやく現実である。
得られたもの:若干の頭痛と、疲れた体。
失われたもの:昼寝の意味。
僕はただ、昼寝がしたかっただけなのだが。