悪夢   作:samiho

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金縛りなし。目覚めよし


8/24 夜

その日の僕は、大学のオープンキャンパスを見に行っていた。たぶん。

 

「たぶん」と付けたのは、夢の中の僕自身も、なぜそこにいるのかよく分かっていなかったからだ。僕はもう社会人である。今さら大学を見学する理由はない。だが夢はそういう細かいことを気にしない。とにかく僕はオープンキャンパスの帰りらしく、バスに揺られていた。

 

車内では、女性の乗客二人がクロスワードパズルのようなものを解いていた。困っていそうだったので僕は横からそれを一瞬で解き、アドバイスをした。夢の中の僕は謎解きが得意らしい。現実の僕は、そこまでではない。

 

そのせいかどうかは知らないが、降りるバス停を乗り過ごした。

 

携帯で帰り道を検索する。かなりの遠回りをしないと帰れないらしい。仕方ない。バスを降り、最寄りの駅へ向かう。

 

その駅の、次の駅の名前が「きさらぎ駅」だった。

 

オカルト好きなら誰でも知っている、あの駅である。乗ったら帰ってこられないと噂の、実在しないはずの駅。「へえ、本当にあるんだ」と僕は感心していた。感心している場合ではない。この時点で全力で引き返すべきだった。だが夢の中の僕は、好奇心のほうが勝っていたらしい。

 

「そろそろ出ます。あと一名しか乗れないですよ」

 

そう言われて、慌てて乗り込んだ。

 

乗ってから車内を見ると、そんなにギュウギュウではない。なんなら倍の人数は入れそうだった。あと一名とは何だったのか。急かして乗せる手口である。今にして思えば、あれは「残り一席」の詐欺商法だ。

 

しまった、逆方向かもしれない。そう思って携帯で調べると、乗りたかった電車の出発時刻と現在時刻がぴったり一致した。一安心である。安心する要素がどこにもないのに、夢の中の僕は安心した。行き先がきさらぎ駅方面である時点で、時刻表の一致に何の意味があるのか。

 

電車は一両編成だった。中は電車というより、部屋。それもかなりボロボロの部屋である。座席も壁も、明らかに何かの役目を終えた後の姿をしていた。

 

それを見た太った乗客が「何かあったときの保険だ」と言いながら、僕のそばに寄ってきた。

 

何の保険なのかは説明されなかった。ただ、僕の理解では「何かあったら僕を盾にする気だな」である。人間を保険扱いするな。せめて掛け金を払え。

 

電車が発車した。

 

目の前に、線路がなかった。

 

誰かが叫んだ。その瞬間、車両は真下に急降下した。ものすごいGがかかる。内臓が浮く。ジェットコースターである。いや、ジェットコースターのほうがまだ安全基準を満たしている。あれには安全バーがある。この電車にあるのは、ボロボロの座席と、保険のつもりで隣にいる太った人だけだ。

 

速度が乗る区間は、三回あった。

 

一回目の急降下で、誰かが車内から消えた。二回目、また消えた。三回目、さらに消えた。一回につき二人ずつ。合計六名、落下死。落ちた人がどこへ行ったのかは分からない。線路がないのだから、下に何があるのかも分からない。僕は生きていた。なぜ生きていたのかは分からない。たぶん主人公補正である。

 

そうして列車は、謎の館に到着した。

 

館では、ゲームマスターらしき男二人が出迎え、案内をしてくれた。その説明の途中で、二人がわざとらしい小芝居を始めた。

 

「実はさっきの列車、掴まれる場所の強度を下げておいたんですよ」

「何やってんだよ〜」

 

何やってんだよ、ではない。六人死んでいる。それを「てへっ」みたいなノリで白状するな。しかも、そのノリに僕は特に怒らなかった。夢の中の僕は、どうも感情が少ないキャラクターとして設定されているらしい。ジェットコースターの直後だというのに、心拍数はたぶん平常である。

 

案内されて館を進む途中、女の子が泣いていた。僕は励ました。感情が少ないなりに、人を励ますことはできるらしい。そのとき、誰かから紙を渡された。「何か書いてやれ」ということらしい。

 

さすがの僕も、何か書いた。「さすがの俺も」と、そのとき確かに思った記憶がある。感情の少ない僕が、自分に「さすがの」を付ける場面である。相当な出来事だったのだろう。書いた紙はくるくると巻いて、何かに貼り付けた。

 

見ると、他の参加者の紙も貼ってあった。しかも、明らかに多い。参加者の人数より多い。誰が何枚書いたのか。それとも過去の参加者の分まで残っているのか。この館の「励まし」システム、運用が雑である。

 

さて、次のゲームは反射試験だという。

 

ディスプレイには、刀が何枚も映し出された。ゲームマスターが何やらルールを説明している。その最中、後ろで男二人が喧嘩を始めた。

 

——デスゲームでそれは、死亡フラグだろ。

 

俯瞰している僕は即座にそう思った。案の定、二人は処された。

 

ここで人数を整理しよう。列車で六人。今ので二人。合計八人が死んで、参加者はだいたい半分になった。まだゲームが一つも始まっていない。反射試験は説明の途中である。人数調整、下手すぎないか。デスゲームというのは普通、ゲームを一つ進めるごとに少しずつ減らしていくものだ。導入で半減させてどうする。運営、焦りすぎである。

 

そして、男二人のゲームマスターは、何やらそれっぽいことを言って自害した。

 

内容は覚えていない。「それっぽい」ことである。ゲームマスターが自害するデスゲームは初めて見た。運営が先に死ぬな。

 

続いて、扉から血まみれの女が出てきた。

 

狂気に満ちた笑い声。たぶん、片腕がなかった。そして、大切ない人を殺した、というようなことを言っていた。話を聞く限り、この女は元プレイヤーで、生き残るために男を殺し、ゲームマスターの立場になったらしい。

 

なるほど。——いや、待ってほしい。さっきのゲームマスター二人は自害した。ゲームマスターになっても死ぬなら、必死に人を殺してまで昇格する意味はないのではないか。転職先も同じくブラックだった。それはもう、館そのものが呪われている。

 

ちなみに反射試験は、結局行われなかった。

 

いや、正確には分からない。もしかすると、最初のジェットコースターが反射試験だったのかもしれない。掴まれる場所の強度を下げて、掴んだやつから落ちる。それは反射というより、運である。もしあれが反射試験なら、ディスプレイの刀は何だったのか。二人分の死亡フラグ回収装置か。

 

話は、励ました女の子の件に戻る。

 

「お前は何か書いたの?」と、誰かに振られた。僕は貼り付けてあった自分の紙を剥がし、くるくる巻きを開いた。

 

クロスワードパズルだった。

 

そして、こう書いてある。「ここから出たいなら、答えがヒント」。

 

……僕は、泣いている女の子を励ますために、クロスワードを書いたらしい。しかも脱出のヒント付きで。感情が少ないにも程がある。「励ます」の解釈が、辞書から一番遠い。

 

そして、ここで思い出してほしい。この夢は、バスの中で他人のクロスワードを一瞬で解くところから始まっている。あれは伏線だったのだ。乗り過ごしのきっかけどころか、この館で僕が生き残るための能力紹介だった。夢は伏線を張るし、回収もする。張った本人が回収するまで気づかないだけだ。

 

他の参加者は、全然解けなかった。仕方ないので、答えを教えてあげた。自分で作って自分で解く。自作自演の謎解きである。

 

すると周りが「建物の名前から引くと、血まみれ女の名前(三文字)になる!?」みたいな反応をした。

 

それが何のヒントになるのかは、俯瞰している僕には分からなかった。この夢は、登場人物としての僕と、それを俯瞰している僕の二視点で進んでいたのだが、登場人物のほうの僕には、「答えはこれだ」という確信があった。なぜそれがヒントになるのかまでは読み取れていなかったが、手応えはあったのだ。一方、俯瞰している僕は、答えの意味も、確信の根拠も、何一つ分からない。同じ脳のはずなのに、情報共有ができていない。夢の中の僕だけが攻略情報を握っている。

 

そんなこんなしているうちに、喉が渇いた。

 

なぜか開いている扉の向こうに男が立っていたので、「喉渇きました」と声をかける。

 

「だめだ」

 

俺様系のような人だった。理由なし、即答。デスゲームの運営は水すら出さない。労働基準法どころか、人権が存在しない。

 

断られた瞬間、次のゲームが始まった。射撃ゲームである。

 

会場へ向かう途中、ヒントをあげた女の子が感謝してきた。

 

だがここで、白状しておく。あのときの僕の内心はこうだった。

 

——ここから出る方法は、ほぼほぼ分かっている。だが、その方法を使っても、出る直前で殺されるかもしれない。だったら先に、この子に試させよう。

 

感謝されながら、僕はそう考えていた。「励まし」の正体は、実験台の確保である。夢の中の僕は、感情が少ないだけでなく、計算高い。8/22の夢で「現実の僕より少しだけ好戦的」と書いたが、訂正する。「少しだけ」ではない。

 

会場では、さっきの俺様系が仕切っていた。

 

「三チーム合同でやる。優秀なやつは俺のチームと交換する」

 

三チーム合同、ということは、この館には少なくとも三チームいる。つまり僕らと同じような目に遭っている集団が、他にも二組はいるのだ。そしてこの男は、優秀なやつを自分のチームに集めようとしている。何かの目的で、精鋭チームを作ろうとしているのだろうか。そう思った記憶がある。何の目的かは、例によって不明である。デスゲームで人材を選抜して、その先に何があるのか。運営、規模だけは大きい。

 

射撃は苦手なんだよなあ、と思った。

 

同時に、こうも思った。ルールは「ポイントが高いやつが勝ち」としか言われていない。言われていないことは、ルールにない。距離の指定もない。ならば、ゼロ距離射撃をしよう。的に銃口をくっつけて撃つ。それで満点である。

 

もう一つ。交換するという言いぶりからして結果が悪くても、もしかしたら死なないのではないか。そんな都合のいい仮説を立てているところで——

 

目が覚めた。

 

脱出方法が正しかったのかも、ゼロ距離射撃が通用したのかも、結果が悪くても死なないのかも、すべて不明である。仮説の検証は、目が覚めたせいで永遠に持ち越しになった。

 

分かっていることは一つ。降りるバス停を乗り過ごすと、きさらぎ駅に着く。皆さんも、乗り過ごしには気をつけてほしい。

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