非課税少女ミミカ 作:税の作文
明日は9話と閑話を投稿します。
「寿命を削る技とか、二度と見たくない」
俺がそう言うと、ルナはペットボトルのラベルを見た。
「まだ怒ってる?」
「怒ってるよ」
「即答だね」
「三年を、これくらい、で処理しようとした件については、まだ怒ってる」
「まだ、なんだ」
「たぶん明日も」
そこでルナが少し笑った。
高危険度怪異との戦闘から一日が経ち、俺たちはまた特殊魔法資源管理庁の会議室にいた。白い壁に長机、黒いディスプレイ。昨日とほとんど同じなのに、椅子へ座ると膝の包帯が引っ張られて痛い。ルナの口元にも細い傷が残っている。
朝、ルナは俺の分の飲み物まで買ってきた。だから喧嘩中というわけではない。ないんだけど、何を話しても昨日の「寿命三年」が机の端に置かれている感じがする。
「次は使わないで勝つよ」
「それなら文句ない」
「昨日も勝ったけど」
「全員ボロボロだったでしょうが」
「はい」
素直だ。
「……そろそろ始めてもよろしいですか」
神代さんが端末から顔を上げた。
「あ、すみません」
「昨日の代償魔法について、戦闘ログを再確認しました」
ディスプレイに文字が並ぶ。
【ルナ・エクリプス】
【代償算定開始】
【対象:ルナ】
【変換予定:未来生命力】
「未来生命力……」
「寿命です」
「分かってます。ちょっと言ってみたかっただけです」
夢のある名前を付けても中身は増えない。三年は三年だ。
「この直後、ミミカさんがルナさんへ接触しています」
ログに俺の識別番号が重なった。そこから先だけ、妙だった。時刻表示は進んでいるのに、処理欄が空白になっている。
「通常は、術式が途中で中断されても、それまでの算定記録は残ります」
「昨日は残ってない」
「はい」
神代さんが画面を拡大した。拡大しても空白は空白だった。
「俺が触ったせいですか?」
「分かりません」
「出た」
「接触と術式中断がほぼ同時です。現時点で因果関係は確定できません」
ココが俺の肩へぺたっと前足を置いた。
「じゃあミミカに触ってれば、みんな寿命減らないってことかな??」
「それも分かりません」
「便利そうなのに」
「便利そう、で試す内容じゃないからね」
「再現試験は行いません」
神代さんが先に釘を刺した。
「えー。起動だけして途中で――」
「ココ」
「はい」
「寿命でテストするな」
「はい……」
珍しくルナが何も言わない。俺は横目で見た。
「ルナは?」
「何が?」
「『ちょっとくらいなら平気』って言わないんだな」
「今日は言わない」
「今日は」
「明日は分からない」
「そこは一生分かっててくれ」
ルナはペットボトルで口元を隠した。たぶん笑ってる。
「通常の魔力測定と契約時記録の解析を続けます。危険を伴う再現はしません」
「お願いします」
「それと、能力の対象外と思われるものも増えました」
今度は俺の戦闘ログが出た。魔力弾を撃ったところだけ、グラフが素直に下がっている。
「ミミカさんが魔法を使用した際、魔力は通常どおり消費されています」
「はい。昨日、空になるまで撃ったので知ってます」
無限魔力だったらもっと早く教えてほしかった。威力が豆鉄砲でも、数を撃てばそのうち何とかなる――ような気がする。たぶん。
「走行による疲労も通常範囲。負傷の治癒速度にも特異な点はありません」
「……今から急に治ったりしません?」
「しません」
「ですよね」
「記録にもそう残します」
「そこまで念押ししなくても」
神代さんの端末が短い電子音を鳴らすと、ルナの指がペットボトルから離れた。神代さんは音を止めるより先に画面を開き、ココも俺の肩から机へ飛び移る。
「西地区で、魔法少女三名の魔力反応が同時に急落しています」
「戦闘中?」
「低危険度怪異への対応中でした。ただ、この減り方は通常ではありません」
画面に三本の線が出る。なだらかだったグラフが、途中から崖みたいに落ちていた。
「出動要請を送ります」
「行きます」
ルナはもう立っていた。俺も立つ。膝が少し遅れて抗議してきた。今日は検査して帰るだけの予定だったんだけどな。画面の一本が、また下がった。予定表よりそっちの方が強い。
緊急車両の後部座席で、俺は三回くらい「今日、検査だけじゃなかったっけ」と思った。四回目は道路の段差で膝に響いて、それどころじゃなくなった。向かいのルナは窓の外を見たまま、槍を出す手だけ何度か握っている。ココは位置情報と現地の魔力残量を交互に読み上げていた。
「二人目、二十パーセント切った」
「あと何分?」
「三分」
「長いな」
「車に言って」
言えるものなら言いたい。
◇
現場は、使われなくなった配送センターだった。搬入口のシャッターは半分だけ開き、その奥には空のパレットが何段も積まれている。止まったベルトコンベアの上で蛍光灯がちらつき、床には黒い霧が薄く這っていた。
中へ入った瞬間、右奥の非常口の前にパレットが一枚はみ出しているのが目についた。怪異より先に「邪魔だな」と思ってしまうあたり、前世の職場はまだ俺の中に残っているらしい。
「中央!」
ルナの声で正面を見ると、いた。人間を細長く引き伸ばしたような黒い身体に、上から布を何枚も垂らし、顔の位置には銀色の円盤が貼り付いている。その上では時計の針みたいな細い棒がばらばらに回り、足元には三人の魔法少女が倒れていた。
「アカリ!」
ルナが走った。赤い髪のアカリが、短剣を床へ突き立てて身体を支えている。昨日、怪異の外殻をこじ開けていた子だ。
「来ちゃ駄目……」
「何された?」
「そいつ……持っていく……」
「何を?」
「魔力。勝手に」
ちりん。硬貨を落としたみたいな音がした。床の霧から細い黒線が伸び、三人へつながる。赤、黄、灰。三人の身体から淡い光が引き出され、線を通って怪異へ流れた。
「まだ減ってる!」
ココの表示で残量が落ち続ける。
「アカリ、変身解いて!」
「無理……奥に二人いる」
アカリが顎で事務室を示した。ガラスの向こうに作業員が二人。扉の前には黒い霧が固まっていて、外へ出られない。アカリは立つのも怪しいのに、そっちを見ていた。
「私が止める。ミミカは三人を外へ。ココ、道!」
「右! 一番短い!」
ルナが槍を出す。正面から突っ込まず、黒い線を大きく避けて円盤の横へ回った。青白い刃がぶつかる。甲高い音。怪異の首が傾き、三人につながっていた線が一度だけ切れた。
「今!」
「了解!」
一番近くの子の腕を肩へ回す。
「重っ……!」
変身してても人間一人は人間一人だった。しかも意識のない人は、こっちの都合に合わせて足を動かしてくれない。靴の踵が床の継ぎ目に引っかかるたび、身体がずるっと落ちる。
「ちょ、待って、落ちる落ちる」
「右の肩、もう少し上!」
「先に言って!」
ココに言われて抱え直す。衣装の腰飾りが俺の袖に引っかかった。見た目はかわいいけど、救助される側になった途端に急に邪魔だな、これ。
「非課税なら重量も引いてくれないかな……!」
「何言ってるの!」
「独り言!」
出口まで運んで寝かせる。その子が薄く目を開けた。
「……ごめん」
「何が?」
「重かった、よね」
「今それ気にする?」
返事はなかった。もう目を閉じている。こっちも変なところで申し訳なくなった。戻ろうとしたところで、また鳴った。ちりん。
「ルナ!」
黒い線がルナの胴へ巻き付いていた。
「っ……!」
槍に集まっていた光がほどける。青白い粒が線へ吸い込まれ、怪異の円盤へ消えていく。
「42パーセント! 36、32、28――!」
減るのが速い。ルナが槍で線を払う。刃は何もないみたいに抜けた。
「切れない!」
俺は中へ戻った。
「神代さん、見えてますか!」
『確認しています。魔力を外部へ強制移動――』
「待って!」
ココが叫んだ。光の画面を前足で叩く。
「分類が違う!」
【魔力徴収:実行中】
「……徴収?」
見覚えがあるどころじゃない単語だった。
「吸収じゃなくて?」
「徴収って出てる!」
なんで怪異と戦って税務用語を見るんだよ。怪異が両腕を上げた。ルナへ伸びていた線がふっと消える。銀色の円盤がこちらを向いた。
「あ」
目はない。それでも、次が俺だということだけは分かった。
「ミミカ、避けて!」
黒い線が胸へ刺さった。皮膚ではなく、その内側へ直接冷たい指を突っ込まれ、身体の中を探られて何かを掴まれるような感触がする。俺の魔力は満タンじゃない。ルナがあれだけ減ったなら――ちりん。円盤の針が、全部止まった。
【徴収処理:失敗】
【対象:非課税】
「……は?」
怪異が首を傾げた。
お前も分からないのかよ。
「ミミカ! 残量変わってない!」
「俺も意味が分からない!」
『一度、距離を取ってください。偶発的な処理異常の可能性があります』
「それができれば!」
怪異の円盤がまた回り、一本、二本、三本と黒い線が飛んでくる。今度は胸だけではなく、手首と足元の影にまで刺さった。
「うわ、気持ち悪っ……!」
中から引っ張られる感覚は、さっきの魔力とは違った。息を吸ったときの熱とか、身体の奥で勝手に動いているものとか、普段わざわざ数えない何かにまで手を掛けられている。ココの表示が跳ねる。
【徴収対象移行:魔力/生命力】
「増やすな!」
魔力が駄目なら次へ行くな。
ちりん。
【徴収処理:拒否】
けれど何も起きず、線だけが震えて俺から離れた。怪異の方が一歩下がる。
なんでお前が引くんだよ……
「ミミカだけ……平気?」
ルナが槍を杖みたいについている。
「今のところは」
俺は胸を押さえた。痛くない。息もできる。魔力表示も変わっていない。偶然で二回は、ちょっと苦しい。
「ココ。俺が魔力弾撃ったときのログ、出せる?」
「今?」
「今」
二つの窓が並んだ。
【魔力弾発動:魔力消費】
【外部処理:魔力徴収】
「神代さん」
『見ています』
「俺が魔法を使ったら減るんですよね」
『はい』
「こいつが持っていこうとすると減らない」
『……はい』
神代さんの返事が少し遅れた。
「違うの、そこですか」
『可能性は高いです』
「どういうこと?」
ルナが聞いた。
『ミミカさんの能力は、損耗そのものを無効化しているわけではないのでしょう。少なくとも今回、外部から強制的に差し引かれる処理だけが拒否されています』
ココが俺の能力欄を開いた。
【固有能力:非課税】
「……税金も、徴収って言うよね」
『言います』
「嫌な一致だな」
もっとこう、必殺技が強くなるとか空を飛べるとか、そういう方向で能力の真価が判明してほしかった。税務用語から能力仕様を推理する魔法少女がどこにいる。ここにいた。
「じゃあ、ミミカが自分で使うものは普通に減る?」
「さっき魔力弾で減ってる」
「買い物したら?」
「金は払うよ。そこまで無法じゃない」
『契約時の空白や、昨日の代償魔法との関連については別途確認します。現段階では同一の現象と断定しないでください』
神代さんが先回りした。ココが「あ」と口を開いて、そのまま閉じる。たぶん今、契約時の記録のことを言おうとした。
「了解です」
ココが不満そうに耳を伏せた。怪異の円盤が、またかすかに回った。俺はそっちを見る。
「……俺、こいつ相手なら結構いけるんじゃない?」
怪異が腕を振った。
「え」
横から黒い塊が飛んできた。腹に直撃する。
「ぐえっ!」
床を滑って、空パレットの山へ突っ込んだ。ガラガラガラッ、と必要以上に派手な音がした。上から落ちてきた一枚が、遅れて俺の足首を叩く。
「痛っっっ!」
怪異に殴られた腹より、最後のパレットにちょっと腹が立った。
「ミミカ!」
「殴るのはありなのかよ!」
腹を押さえて起き上がると、怪異はもう次を構えていた。なるほど、徴収できないなら物理か。頭が柔らかいな、嫌な方向に。
「動ける?」
「動ける! 痛いけど!」
ルナが俺を見る。俺も怪異を見る。さっき二回とも、拒否表示が出る直前に円盤の針が止まった。
「ルナ。あいつ、俺から取ろうとしてる間、止まってたよな?」
「うん。ほんの一秒くらい」
「使える?」
「使う」
返事が早い。
「じゃあ、もう一回俺にやらせる」
「私が円盤を割る」
「魔力は?」
「一発分」
「十分」
ルナが槍を握り直し、俺も走り出す。膝も腹もきっちり痛むあたり、そこだけは相変わらず律儀だった。
「ほら!」
桃色の魔力弾を一発。円盤に当たる。小さく光って、俺の残量が少し下がった。怪異の針が一斉に回る。
「取れるもんなら取ってみろ!」
通じたのか、単に狙いやすかったのか。黒い線が全部こっちへ来た。
ちりん。
【徴収処理:拒否】
針が止まる。
「今!」
ルナが床を蹴った。怪異の腕を槍の柄で流し、そのまま肩へ飛び乗る。穂先に集まったのは、昨日のあの嫌な光ではなく、見慣れた方の青白い光だった。
「ルナ・クレセント!」
三日月の刃が銀色の円盤を斜めに裂いた。怪異の身体が大きく揺れ、床へ伸びていた黒線が消えると、三人から抜かれていた光が逆向きに走った。外に寝かせた子が咳き込み、アカリの短剣を握る指にも少し力が戻る。
「やった!」
ココが叫ぶ。怪異は倒れなかった。
「あれ?」
割れた円盤の奥に浮かんでいた小さな黒い球が、どくんと一度だけ脈打った。次の瞬間、配送センターの天井いっぱいに光が広がった。
「何だこれ」
街の地図だった。東、西、中央と、あちこちに黒い点が灯っていく。一個、三個、十個と増え、それでもまだ止まらない。
「ココ?」
「……待って」
いつもなら何か一言挟むココが、画面だけ見ていた。通信にも別の声が割り込んでくる。
『市内各所で魔力反応の急落を確認』
『東地区、魔法少女二名が活動不能!』
『中央区でも同様!』
『複数地点で徴収処理――』
「同時?」
目の前の怪異は、黒い砂になりながら床へ崩れ始めた。
「待て、まだ――」
魔石は落ちなかった。残った黒い球にひびが入る。その割れ目の向こうに見えた銀色の円盤は、さっきのやつとは比べものにならないほどでかい。ほんの一瞬だけだったのに、こっちを見られた気がした。
「……今の、本体じゃない」
ルナが小さく言った。黒い球が砕ける。地図だけが天井に残った。
「……倒した?」
アカリの声だった。ルナはすぐに答えなかった。床に落ちた黒い砂を槍の先で軽く払う。
「たぶん、ここのは」
「何その言い方」
「私も嫌だよ」
『ミミカさん』
神代さんの声が低い。
『各地点で同じ現象を確認しています。魔力を失った活動者の一部は、すでに生命力へ徴収対象が移行しています』
黒い点がまた増えた。さっきまで俺一人を相手にしていたものを、街中でやっている。
『現時点で、徴収の影響を受けていない活動者は――』
一拍。
『ミミカさんだけです』
「……俺だけ」
口に出したら、急に膝の包帯が気になった。ルナは壁際へ行き、倒れていた三人を一人ずつ確認している。自分もふらついているのに、事務室の作業員へ「もう出て大丈夫」と手を振った。
ココがこっちを見る。俺は見なかったことにして、天井の地図を見る。黒い点がまた一つ増えた。
「神代さん。あれ、何なんですか」
少し間があった。
『過去の高位怪異記録と一致しました』
「名前、あるんですか」
『あります』
天井の黒い点を見たまま、神代さんが言う。
『
ココが隣で小さく「うわ」と言った。俺も同じ気持ちだった。名前までそのままじゃん。視界の端には、さっき開いたままの能力欄が残っている。
【固有能力:非課税】
こんなときだけ頼もしく見えるな、その三文字。天井の地図で、また一つ黒い点が増えた。
「……とりあえず」
膝についた埃を払って立つ。
「払う気はないけど、向こうも帰してくれる気はなさそうだな」
ワルプルギスの廻天見ました。