非課税少女ミミカ 作:税の作文
『
神代さんの声と同時に、配送センターの天井へ映っていた街の地図が切り替わった。場所は北中央駅前。
「……昨日の場所じゃん」
昨日、高危険度怪異と戦って舗装をめちゃくちゃにされ、俺が全身を痛めた駅前である。二日連続で決戦会場に選ばれる場所としては、あまりにも運がない。
画面の中央には駅の入口より大きな銀色の円盤が浮かび、その下から黒い人型の身体がぶら下がっていた。何十本もの細い線が街のあちこちへ伸び、線の先では魔法少女たちの反応が少しずつ弱くなっている。
『駅周辺の避難は昨日から継続中です。規制区域をさらに拡大しています。現在の低下速度と移動時間から計算すると、皆さんが到着した時点で結界維持には10分前後の余裕がある見込みです』
「10……」
短くない? カップ麺を作って、熱いから少し待って、食べ終わるくらいしかない。街中から魔力だの寿命だのを持っていく怪異を倒す時間としては、だいぶ心許なかった。
「移動手段は?」
『緊急車両を手配済みです』
「動ける魔法少女も集めてください」
『すでに招集しています。ただし、多くの活動者が魔力を半分以上失っています』
「半分残ってるなら、まだできることはある」
ルナは床に座り込んでいた3人を見る。アカリたちは、さっきの端末を倒したことで多少は魔力が戻っていた。立てるし、変身も維持できる。ただし全快にはほど遠い。
「私も行く」
アカリが短剣を拾った。
「いや、お前さっき倒れてただろ」
「ミミカちゃんもパレットに突っ込んでたよね?」
「……見てた?」
「目の前だったから」
反論できない。腹は今も痛いし、膝には昨日からの包帯。魔力も残り何発あるか怪しい。客観的に見れば、俺も完全に「休め」と言われる側だ。それでも徴収を受けない魔法少女は、今のところ俺しかいない。
「行こう」
口に出してから、ほんの少しだけ後悔した。誰か「いや、お前は休め」と言ってくれないかな。誰も言わなかった。
「じゃあ行くよ。救護班が来るまで無茶しないこと」
「ココに言われると不安になる」
「なんで!?」
◇
北中央駅へ近づくほど、街の空気が妙に薄く感じられた。信号も街灯も普通に点いているのに、窓の外の景色だけが妙に遠い。変身中の身体まで少し重い。緊急車両の窓からは、管理庁の職員と警察が規制線を広げているのが見えた。消防が一般人を外へ誘導し、まだ動ける魔法少女は結界の薄くなった場所へ走っている。
雑な制度だと思うことは今でも山ほどある。未成年を怪異と戦わせるし、税金の通知を怪異警報の間に埋めるし、寿命を使う必殺技まで普通に存在する。でも、少なくとも今は誰か一人が全部やっているわけではなかった。
『徴収領域まで100メートル』
ココの表示に赤い境界線が出る。駅前広場の少し手前で車を降りると、そこから先は黒い霧だった。中央に
「まず俺が入る」
「ミミカ」
「分かってる。確認するだけ」
ルナは止めず、代わりに広場の右側を指した。
「二十メートルごとに残量を教えて。徴収以外が来たら右。そっちは瓦礫が少ない」
「了解」
初出動のときは「前に出ないで」と言われた。今日は逃げ道まで指定された。そっちの方が、なんとなくありがたい。
「ココ、測って」
「うん!」
黒い霧へ足を踏み入れる。冷たい何かが身体の内側へ入り込み、細い針で探られるような嫌な感触が走った。
【魔力徴収:開始】
【徴収処理:拒否】
「魔力残量、変化なし!」
「よし」
10メートル。銀色の円盤に付いた針が全部こちらを向き、黒い線が一本、二本、三本と伸びてくる。
【生命力徴収:拒否】
【徴収対象移行:未来生命力】
【徴収処理:拒否】
「寿命も変化なし!」
「……よし」
声は普通に出た。脚はちょっと震えている。画面に「拒否」と出ているからといって、身体の中へ何かを突っ込まれる感覚まで消えるわけじゃない。目の前には駅舎よりでかい化け物。怖いものは怖い。
『ミミカさんへの徴収処理開始以降、他区域の魔力低下速度が約3割低下しています』
『結界維持限界予測を14分へ更新』
「伸びた」
「俺に手間取ってる?」
『その可能性が高いです。抵抗する対象へ処理能力を優先的に割いていると推測されます』
「じゃあ、こっち向かせ続ければいい?」
『理論上は』
「現場で聞く『理論上』って嫌な響きだな」
『保証はできません』
「もっと嫌になった」
試しに魔力弾を一発。桃色の光が円盤の端で弾けた。焦げ跡なし。俺の魔力だけ減った。
「そこはちゃんと減るのかよ!」
「ミミカが使ったからね!」
「知ってるよ!」
知ってるけど、最終決戦くらい少しサービスしてほしい。
「右!」
ルナの声に反射して跳ぶ。直後、さっきまで立っていた場所へ腕が叩きつけられ、舗装の破片が背中に当たった。
「痛っ!」
はい。物理は普通に効きます。
「今、徴収が弱くなった!」
アカリが領域へ飛び込み、赤熱した短剣を街へ伸びる黒い線へ叩き込んだ。別方向からは光弾。ルナも左側へ回り込み、円盤の縁を斬り上げる。
「効いてる!」
そう思った直後、傷の奥へ街中から集めた光が流れ込み、銀色の表面がするすると閉じていった。
「再生!?」
「取った魔力を使ってる!」
壊した端から直される。しかも徴収者は、今度は俺ではなくアカリたちへ腕を振った。
「伏せて!」
黒い腕が広場を薙ぎ、結界が一枚割れた。アカリが転がり、二人の魔法少女も外周近くまで吹き飛ばされる。
「俺から取れないなら他を殴るのかよ!」
嫌なところだけ判断が早い。
「一回下がって!」
ルナの指示で全員が領域の外へ戻る。俺も後退しようとしたところで腕が追ってきた。
「うわっ!」
避けたつもりだった。先端が肩へ当たり、身体が横へ飛ぶ。ルナが受け止め、そのまま二人で道路を滑った。
「……重い?」
「今それ聞く?」
「ちょっと気になって」
「軽いよ。あとで怒るね」
「怒る予定増えた?」
「増えた」
いつものルナだ。そこだけちょっと安心した。肩は全然安心できないくらい痛いけど。
◇
「表面を壊しても戻される」
ルナが遠くの
「核は円盤の中央。でも外から魔力が入ってる間は、傷を閉じられる」
『主な徴収線は4本。本体の四肢へ集中しています』
神代さんから解析図が届く。
『4本をほぼ同時に切断し、その直後にミミカさんへ徴収処理を集中させれば、供給が止まる時間を作れる可能性があります』
「何秒?」
『最大4.2秒』
「4秒か」
「十分」
アカリが即答した。
「外殻なら開ける」
「その後が問題だね」
ルナが残量表示を見る。41パーセント。
「私が切り札を使えば――」
「却下」
「まだ寿命って言ってないけど」
「『切り札』に前科がある」
「前科扱いなんだ」
「俺の中では」
ルナが少しだけ困った顔をした。
「ルナ・エクリプスなら核ごと消せる」
「未来の生命力も寿命だからな」
「分かってる」
今回はそこで引いた。
「じゃあどうする?」
ルナが周りを見る。アカリ、結界班、別区域から来た魔法少女たち。少し離れたところには、灰色の使い魔を抱えたナナセもいた。使い魔は毛を逆立て、何度も円盤の中央を前足で指している。
「……その子、核分かる?」
「怪異の気配が一か所だけ濃いみたいです。たぶん」
「それ使おう」
俺は解析図を見る。
「線、四本だよね」
『はい』
「一人で全部やる必要ないじゃん」
ルナがこっちを向く。
「右脚、左脚、右腕、左腕。二人ずつ付ける。アカリは外殻。ナナセたちは核。結界班は俺の前」
「ミミカは?」
「円盤の正面」
ルナの眉が動いた。
「物理攻撃は?」
「最初の3秒だけ結界で守ってもらう。4秒目は逃げる」
「逃げられなかったら?」
「引っ張って」
「分かった」
返事が早い。
「最後はルナ。普通のやつで」
「普通のやつって言い方、ちょっと傷つく」
「寿命使わないやつ」
「それなら普通でいい」
『各活動者へ魔力使用上限を送信しました』
全員の端末に数字が出る。これより下へ減らすな、という最低残量。
「最終決戦で安全残量出るんだ」
「駄目?」
「いや」
俺は数字を見て、少しだけ笑った。
「こういうのでいい」
◇
作戦開始。
俺が正面、アカリが右、ルナとナナセが左。結界班は俺の後ろ。残った魔法少女たちは四本の徴収線へ散った。
「ミミカ、領域入ったよ!」
黒い霧が足首を越える。銀色の円盤が回り、街へ伸びていた黒い線がぞわりと揺れた。
「じゃあ一発」
桃色の魔力弾を円盤の中央へ撃つ。今日撃てる、最後から二番目。ダメージはない。でも針が全部こちらを向いた。
【優先徴収対象:ミミカ】
「来た!」
黒い線が一斉に俺へ集まり始める。
【魔力徴収:不能】
【生命力徴収:不能】
【未来生命力徴収:不能】
「処理集中確認! 4.2秒!」
ココが叫ぶ。
「4!」
徴収者の四肢へ集まっていた光が弱くなり、アカリたちが右脚、別班が左脚の線を切る。
「3!」
俺の前へ結界が何層も重なった。徴収者の腕が振り下ろされ、一枚目が割れ、二枚目にひびが走る。その間にルナが左腕側を切断。
「2!」
4本目が切れた。
「今!」
アカリが円盤の縁へ短剣を二本差し込み、赤熱した刃で左右へ押し広げる。
「開ける!」
巨大な円盤が縦に割れた。
「……多くない!?」
中には黒い核が10個以上並んでいた。
「どれだよ!」
「上から3つ目!」
ナナセの使い魔が跳び、前足で一つを示す。
「ルナ!」
「見えてる!」
槍に青白い光が集まる。
「一!」
間に合う。そう思った瞬間、偽物の核が一斉に弾けた。
「え?」
黒い衝撃が広がり、アカリが吹き飛ぶ。ナナセを使い魔が押し倒し、俺の前の結界も残り一枚まで砕けた。
「ちょっと待て!」
徴収者の身体が崩れ――なかった。むしろ円盤だけがさらに大きく開く。
「第二形態とか聞いてない!」
やめろ。こっちに第三作戦はないぞ。
『全域の徴収量が急上昇!』
円盤の奥から黒い波が街全体へ走った。結界班の二人が膝をつき、アカリの短剣から熱が消える。ルナの槍へ集まりかけていた光までほどけた。
「不足」
「徴収。支払い。継続」
うるさい。怪異に会計用語を使われると妙に腹が立つ。
「ココ!」
「今度はミミカだけじゃない! 街全体に分散してる!」
「俺に戻せない?」
「優先指定が外れてる!」
円盤の奥、本物の核はまだ見えている。距離は十五メートル。普通なら近い。今は遠い。間に怪異の腕が二本、瓦礫、重くなった脚。魔力弾はあと一発。
「道作って!」
アカリが立ち上がる。
「右、止める!」
残った短剣を怪異の腕の関節へ投げ、反対側ではルナが槍で軌道を外へ流した。
「ミミカ、今!」
走る。脚が重い。肩も膝も腹も痛い。そこは何一つ免除されていない。10メートル。右から腕が来る。結界が飛んできて、軌道を少しずらした。
「ありがとう!」
5メートル。瓦礫を踏み、膝に鋭い痛みが走る。
「っ……!」
止まらない。3メートル。
「これで最後!」
右手へ残った魔力を全部集め、至近距離から核へ撃ち込んだ。
「食らえ!」
壊れない。まあ、知っていた。俺の魔力弾にそんな火力はない。でも、核へ直接触れた魔力反応に、円盤の針が止まった。
【優先徴収対象:ミミカ】
「戻った!」
街へ広がっていた黒い波が一斉に方向を変える。魔力も、生命力も、寿命も、何百本もの冷たい線になって身体の中へ刺さった。
怖い。
もし今回だけ駄目だったら、なんて考えが一瞬だけ浮かぶ。でも画面には、見慣れた表示が出た。
【徴収不能】
「よし!」
声が裏返った。
「今! 全部使うな! 決めた分だけ!」
四方から魔法が飛ぶ。アカリの赤い短剣、黄色い光弾、細く束ねられた白い結界。ナナセの使い魔が示した一点へ攻撃が重なり、黒い殻が少しずつ剥がれていく。
「ルナ!」
「見えてる!」
ルナが走った。槍へ集まるのは、見慣れた青白い光だけ。
「ルナ・クレセント!」
三日月の刃が開いた傷へ吸い込まれ、赤い核を真っ直ぐに切り裂いた。
「徴収――」
円盤の針が動こうとする。
【徴収不能】
動かない。
「不足。支払――」
最後まで言わせず、銀色の円盤が中央から割れた。
音は意外なくらい小さかった。
もっと大爆発とか、空が真っ白になるとか、駅前全部に魔法陣が出るとか、そういうのを少し想像していたんだけど。
黒い身体は端から静かに砂になり、銀色の破片は光へ変わった。街中へ伸びていた線も一本ずつほどけ、奪われていた光が来た道を逆向きに戻っていく。
『市内全域の徴収反応、停止。魔力反応、回復へ移行。各結界も安定し始めています』
駅前の青い結界が少しずつ色を取り戻す。規制区域の外から通信がいくつも入り、倒れていた魔法少女が起きた、避難所の結界が戻った、と声が重なった。最後に、
カラン。
「……終わった?」
誰かが言った。今度こそ、本当に終わりらしい。
「はぁあ……」
その場へ座り込む。というか、座ろうとしたわけじゃなく、脚が勝手に曲がった。膝が痛い。肩も腹も痛い。魔力は空。汗も気持ち悪い。街を救った直後に最初に思ったことは、風呂入りたい、だった。
「ミミカ」
ルナが隣へ座った。こっちも息を切らしていて、槍はもう消えている。
「寿命、使わなくても勝てたね」
「最初からそうしろ」
「最初は方法分からなかったから」
「俺も分からなかったよ」
「でも今回は見つけた」
「みんなでね」
ルナは頷いた。それだけだった。
「ミミカ、すごい能力だったんだね!」
ココが俺の肩へ降りてくる。
「最初に教えてほしかった」
「ボクも知らなかったんだよ!」
「サポート端末」
「表示されてないことは分かりません!」
「だから胸張るなって」
『皆さん、その場で待機してください。救護班が到着します』
「あ、神代さん」
『何でしょう』
「これ、高危険度手当って出ます?」
隣でルナが吹き出した。
「今聞くんだ」
「今だから聞くんだよ」
『報酬処理は私の担当ではありません』
「出た。役所の回答」
『活動記録はすべて残っていますので、規定に基づいて処理されます』
「じゃあ出る可能性はある?」
『私からは回答できません』
「固いなあ」
まあいい。記録があるなら、後で確認すればいい。命懸けで働いたんだから、そのへんはちゃんと出してほしい。マジで。