非課税少女ミミカ   作:税の作文

12 / 14
あと少しで一旦完結させます。


第9話 世界からの請求を拒否します

徴収者(コレクター)本体を確認しました』

 

 神代さんの声と同時に、配送センターの天井へ映っていた街の地図が切り替わった。場所は北中央駅前。

 

「……昨日の場所じゃん」

 

 昨日、高危険度怪異と戦って舗装をめちゃくちゃにされ、俺が全身を痛めた駅前である。二日連続で決戦会場に選ばれる場所としては、あまりにも運がない。

 画面の中央には駅の入口より大きな銀色の円盤が浮かび、その下から黒い人型の身体がぶら下がっていた。何十本もの細い線が街のあちこちへ伸び、線の先では魔法少女たちの反応が少しずつ弱くなっている。

 

『駅周辺の避難は昨日から継続中です。規制区域をさらに拡大しています。現在の低下速度と移動時間から計算すると、皆さんが到着した時点で結界維持には10分前後の余裕がある見込みです』

「10……」

 

 短くない? カップ麺を作って、熱いから少し待って、食べ終わるくらいしかない。街中から魔力だの寿命だのを持っていく怪異を倒す時間としては、だいぶ心許なかった。

 

「移動手段は?」

『緊急車両を手配済みです』

「動ける魔法少女も集めてください」

『すでに招集しています。ただし、多くの活動者が魔力を半分以上失っています』

「半分残ってるなら、まだできることはある」

 

 ルナは床に座り込んでいた3人を見る。アカリたちは、さっきの端末を倒したことで多少は魔力が戻っていた。立てるし、変身も維持できる。ただし全快にはほど遠い。

 

「私も行く」

 

 アカリが短剣を拾った。

 

「いや、お前さっき倒れてただろ」

「ミミカちゃんもパレットに突っ込んでたよね?」

「……見てた?」

「目の前だったから」

 

 反論できない。腹は今も痛いし、膝には昨日からの包帯。魔力も残り何発あるか怪しい。客観的に見れば、俺も完全に「休め」と言われる側だ。それでも徴収を受けない魔法少女は、今のところ俺しかいない。

 

「行こう」

 

 口に出してから、ほんの少しだけ後悔した。誰か「いや、お前は休め」と言ってくれないかな。誰も言わなかった。

 

「じゃあ行くよ。救護班が来るまで無茶しないこと」

「ココに言われると不安になる」

「なんで!?」

 

 

     ◇

 

 

 北中央駅へ近づくほど、街の空気が妙に薄く感じられた。信号も街灯も普通に点いているのに、窓の外の景色だけが妙に遠い。変身中の身体まで少し重い。緊急車両の窓からは、管理庁の職員と警察が規制線を広げているのが見えた。消防が一般人を外へ誘導し、まだ動ける魔法少女は結界の薄くなった場所へ走っている。

 

 雑な制度だと思うことは今でも山ほどある。未成年を怪異と戦わせるし、税金の通知を怪異警報の間に埋めるし、寿命を使う必殺技まで普通に存在する。でも、少なくとも今は誰か一人が全部やっているわけではなかった。

 

『徴収領域まで100メートル』

 

 ココの表示に赤い境界線が出る。駅前広場の少し手前で車を降りると、そこから先は黒い霧だった。中央に徴収者(コレクター)。奥に駅舎と薄い青色の結界。俺たちは道路側。

 

「まず俺が入る」

「ミミカ」

「分かってる。確認するだけ」

 

 ルナは止めず、代わりに広場の右側を指した。

 

「二十メートルごとに残量を教えて。徴収以外が来たら右。そっちは瓦礫が少ない」

「了解」

 

 初出動のときは「前に出ないで」と言われた。今日は逃げ道まで指定された。そっちの方が、なんとなくありがたい。

 

「ココ、測って」

「うん!」

 

 黒い霧へ足を踏み入れる。冷たい何かが身体の内側へ入り込み、細い針で探られるような嫌な感触が走った。

 

【魔力徴収:開始】

【徴収処理:拒否】

 

「魔力残量、変化なし!」

「よし」

 

 10メートル。銀色の円盤に付いた針が全部こちらを向き、黒い線が一本、二本、三本と伸びてくる。

 

【生命力徴収:拒否】

【徴収対象移行:未来生命力】

【徴収処理:拒否】

 

「寿命も変化なし!」

「……よし」

 

 声は普通に出た。脚はちょっと震えている。画面に「拒否」と出ているからといって、身体の中へ何かを突っ込まれる感覚まで消えるわけじゃない。目の前には駅舎よりでかい化け物。怖いものは怖い。

 

『ミミカさんへの徴収処理開始以降、他区域の魔力低下速度が約3割低下しています』

『結界維持限界予測を14分へ更新』

「伸びた」

 

 徴収者(コレクター)の針が忙しそうに回っている。

 

「俺に手間取ってる?」

『その可能性が高いです。抵抗する対象へ処理能力を優先的に割いていると推測されます』

「じゃあ、こっち向かせ続ければいい?」

『理論上は』

「現場で聞く『理論上』って嫌な響きだな」

『保証はできません』

「もっと嫌になった」

 

 試しに魔力弾を一発。桃色の光が円盤の端で弾けた。焦げ跡なし。俺の魔力だけ減った。

 

「そこはちゃんと減るのかよ!」

「ミミカが使ったからね!」

「知ってるよ!」

 

 知ってるけど、最終決戦くらい少しサービスしてほしい。徴収者(コレクター)の黒い腕が持ち上がった。

 

「右!」

 

 ルナの声に反射して跳ぶ。直後、さっきまで立っていた場所へ腕が叩きつけられ、舗装の破片が背中に当たった。

 

「痛っ!」

 

 はい。物理は普通に効きます。

 

「今、徴収が弱くなった!」

 

 アカリが領域へ飛び込み、赤熱した短剣を街へ伸びる黒い線へ叩き込んだ。別方向からは光弾。ルナも左側へ回り込み、円盤の縁を斬り上げる。

 

「効いてる!」

 

 そう思った直後、傷の奥へ街中から集めた光が流れ込み、銀色の表面がするすると閉じていった。

 

「再生!?」

「取った魔力を使ってる!」

 

 壊した端から直される。しかも徴収者は、今度は俺ではなくアカリたちへ腕を振った。

 

「伏せて!」

 

 黒い腕が広場を薙ぎ、結界が一枚割れた。アカリが転がり、二人の魔法少女も外周近くまで吹き飛ばされる。

 

「俺から取れないなら他を殴るのかよ!」

 

 嫌なところだけ判断が早い。

 

「一回下がって!」

 

 ルナの指示で全員が領域の外へ戻る。俺も後退しようとしたところで腕が追ってきた。

 

「うわっ!」

 

 避けたつもりだった。先端が肩へ当たり、身体が横へ飛ぶ。ルナが受け止め、そのまま二人で道路を滑った。

 

「……重い?」

「今それ聞く?」

「ちょっと気になって」

「軽いよ。あとで怒るね」

「怒る予定増えた?」

「増えた」

 

 いつものルナだ。そこだけちょっと安心した。肩は全然安心できないくらい痛いけど。

 

 

     ◇

 

 

「表面を壊しても戻される」

 

 ルナが遠くの徴収者(コレクター)を見ながら言った。

 

「核は円盤の中央。でも外から魔力が入ってる間は、傷を閉じられる」

『主な徴収線は4本。本体の四肢へ集中しています』

 

 神代さんから解析図が届く。

 

『4本をほぼ同時に切断し、その直後にミミカさんへ徴収処理を集中させれば、供給が止まる時間を作れる可能性があります』

「何秒?」

『最大4.2秒』

「4秒か」

「十分」

 

 アカリが即答した。

 

「外殻なら開ける」

「その後が問題だね」

 

 ルナが残量表示を見る。41パーセント。

 

「私が切り札を使えば――」

「却下」

「まだ寿命って言ってないけど」

「『切り札』に前科がある」

「前科扱いなんだ」

「俺の中では」

 

 ルナが少しだけ困った顔をした。

 

「ルナ・エクリプスなら核ごと消せる」

「未来の生命力も寿命だからな」

「分かってる」

 

 今回はそこで引いた。

 

「じゃあどうする?」

 

 ルナが周りを見る。アカリ、結界班、別区域から来た魔法少女たち。少し離れたところには、灰色の使い魔を抱えたナナセもいた。使い魔は毛を逆立て、何度も円盤の中央を前足で指している。

 

「……その子、核分かる?」

「怪異の気配が一か所だけ濃いみたいです。たぶん」

「それ使おう」

 

 俺は解析図を見る。

 

「線、四本だよね」

『はい』

「一人で全部やる必要ないじゃん」

 

 ルナがこっちを向く。

 

「右脚、左脚、右腕、左腕。二人ずつ付ける。アカリは外殻。ナナセたちは核。結界班は俺の前」

「ミミカは?」

「円盤の正面」

 

 ルナの眉が動いた。

 

「物理攻撃は?」

「最初の3秒だけ結界で守ってもらう。4秒目は逃げる」

「逃げられなかったら?」

「引っ張って」

「分かった」

 

 返事が早い。

 

「最後はルナ。普通のやつで」

「普通のやつって言い方、ちょっと傷つく」

「寿命使わないやつ」

「それなら普通でいい」

 

『各活動者へ魔力使用上限を送信しました』

 

 全員の端末に数字が出る。これより下へ減らすな、という最低残量。

 

「最終決戦で安全残量出るんだ」

「駄目?」

「いや」

 

 俺は数字を見て、少しだけ笑った。

 

「こういうのでいい」

 

 

     ◇

 

 

 作戦開始。

 

 俺が正面、アカリが右、ルナとナナセが左。結界班は俺の後ろ。残った魔法少女たちは四本の徴収線へ散った。

 

「ミミカ、領域入ったよ!」

 

 黒い霧が足首を越える。銀色の円盤が回り、街へ伸びていた黒い線がぞわりと揺れた。

 

「じゃあ一発」

 

 桃色の魔力弾を円盤の中央へ撃つ。今日撃てる、最後から二番目。ダメージはない。でも針が全部こちらを向いた。

 

【優先徴収対象:ミミカ】

 

「来た!」

 

 黒い線が一斉に俺へ集まり始める。

 

【魔力徴収:不能】

【生命力徴収:不能】

【未来生命力徴収:不能】

 

「処理集中確認! 4.2秒!」

 

 ココが叫ぶ。

 

「4!」

 

 徴収者の四肢へ集まっていた光が弱くなり、アカリたちが右脚、別班が左脚の線を切る。

 

「3!」

 

 俺の前へ結界が何層も重なった。徴収者の腕が振り下ろされ、一枚目が割れ、二枚目にひびが走る。その間にルナが左腕側を切断。

 

「2!」

 

 4本目が切れた。

 

「今!」

 

 アカリが円盤の縁へ短剣を二本差し込み、赤熱した刃で左右へ押し広げる。

 

「開ける!」

 

 巨大な円盤が縦に割れた。

 

「……多くない!?」

 

 中には黒い核が10個以上並んでいた。

 

「どれだよ!」

「上から3つ目!」

 

 ナナセの使い魔が跳び、前足で一つを示す。

 

「ルナ!」

「見えてる!」

 

 槍に青白い光が集まる。

 

「一!」

 

 間に合う。そう思った瞬間、偽物の核が一斉に弾けた。

 

「え?」

 

 黒い衝撃が広がり、アカリが吹き飛ぶ。ナナセを使い魔が押し倒し、俺の前の結界も残り一枚まで砕けた。

 

「ちょっと待て!」

 

 徴収者の身体が崩れ――なかった。むしろ円盤だけがさらに大きく開く。

 

「第二形態とか聞いてない!」

 

 やめろ。こっちに第三作戦はないぞ。

 

『全域の徴収量が急上昇!』

 

 円盤の奥から黒い波が街全体へ走った。結界班の二人が膝をつき、アカリの短剣から熱が消える。ルナの槍へ集まりかけていた光までほどけた。

 

「不足」

 

 徴収者(コレクター)が初めて喋った。人間の声ではない。硬貨と金属板をまとめて潰したような音。

 

「徴収。支払い。継続」

 

 うるさい。怪異に会計用語を使われると妙に腹が立つ。

 

「ココ!」

「今度はミミカだけじゃない! 街全体に分散してる!」

「俺に戻せない?」

「優先指定が外れてる!」

 

 円盤の奥、本物の核はまだ見えている。距離は十五メートル。普通なら近い。今は遠い。間に怪異の腕が二本、瓦礫、重くなった脚。魔力弾はあと一発。

 

「道作って!」

 

 アカリが立ち上がる。

 

「右、止める!」

 

 残った短剣を怪異の腕の関節へ投げ、反対側ではルナが槍で軌道を外へ流した。

 

「ミミカ、今!」

 

 走る。脚が重い。肩も膝も腹も痛い。そこは何一つ免除されていない。10メートル。右から腕が来る。結界が飛んできて、軌道を少しずらした。

 

「ありがとう!」

 

 5メートル。瓦礫を踏み、膝に鋭い痛みが走る。

 

「っ……!」

 

 止まらない。3メートル。

 

「これで最後!」

 

 右手へ残った魔力を全部集め、至近距離から核へ撃ち込んだ。

 

「食らえ!」

 

 壊れない。まあ、知っていた。俺の魔力弾にそんな火力はない。でも、核へ直接触れた魔力反応に、円盤の針が止まった。

 

【優先徴収対象:ミミカ】

 

「戻った!」

 

 街へ広がっていた黒い波が一斉に方向を変える。魔力も、生命力も、寿命も、何百本もの冷たい線になって身体の中へ刺さった。

 

 怖い。

 

 もし今回だけ駄目だったら、なんて考えが一瞬だけ浮かぶ。でも画面には、見慣れた表示が出た。

 

【徴収不能】

 

「よし!」

 

 声が裏返った。

 

「今! 全部使うな! 決めた分だけ!」

 

 四方から魔法が飛ぶ。アカリの赤い短剣、黄色い光弾、細く束ねられた白い結界。ナナセの使い魔が示した一点へ攻撃が重なり、黒い殻が少しずつ剥がれていく。

 

「ルナ!」

 

「見えてる!」

 

 ルナが走った。槍へ集まるのは、見慣れた青白い光だけ。

 

「ルナ・クレセント!」

 

 三日月の刃が開いた傷へ吸い込まれ、赤い核を真っ直ぐに切り裂いた。

 

「徴収――」

 

 円盤の針が動こうとする。

 

【徴収不能】

 

 動かない。

 

「不足。支払――」

 

 最後まで言わせず、銀色の円盤が中央から割れた。

 

 音は意外なくらい小さかった。

 

 もっと大爆発とか、空が真っ白になるとか、駅前全部に魔法陣が出るとか、そういうのを少し想像していたんだけど。

 黒い身体は端から静かに砂になり、銀色の破片は光へ変わった。街中へ伸びていた線も一本ずつほどけ、奪われていた光が来た道を逆向きに戻っていく。

 

『市内全域の徴収反応、停止。魔力反応、回復へ移行。各結界も安定し始めています』

 

 駅前の青い結界が少しずつ色を取り戻す。規制区域の外から通信がいくつも入り、倒れていた魔法少女が起きた、避難所の結界が戻った、と声が重なった。最後に、徴収者(コレクター)がいた場所から銀色の石が一つ落ちた。

 

 カラン。

 

「……終わった?」

 

 誰かが言った。今度こそ、本当に終わりらしい。

 

「はぁあ……」

 

 その場へ座り込む。というか、座ろうとしたわけじゃなく、脚が勝手に曲がった。膝が痛い。肩も腹も痛い。魔力は空。汗も気持ち悪い。街を救った直後に最初に思ったことは、風呂入りたい、だった。

 

「ミミカ」

 

 ルナが隣へ座った。こっちも息を切らしていて、槍はもう消えている。

 

「寿命、使わなくても勝てたね」

「最初からそうしろ」

「最初は方法分からなかったから」

「俺も分からなかったよ」

「でも今回は見つけた」

「みんなでね」

 

 ルナは頷いた。それだけだった。

 

「ミミカ、すごい能力だったんだね!」

 

 ココが俺の肩へ降りてくる。

 

「最初に教えてほしかった」

「ボクも知らなかったんだよ!」

「サポート端末」

「表示されてないことは分かりません!」

「だから胸張るなって」

 

『皆さん、その場で待機してください。救護班が到着します』

 

「あ、神代さん」

『何でしょう』

「これ、高危険度手当って出ます?」

 

 隣でルナが吹き出した。

 

「今聞くんだ」

「今だから聞くんだよ」

『報酬処理は私の担当ではありません』

「出た。役所の回答」

『活動記録はすべて残っていますので、規定に基づいて処理されます』

「じゃあ出る可能性はある?」

『私からは回答できません』

「固いなあ」

 

 まあいい。記録があるなら、後で確認すればいい。命懸けで働いたんだから、そのへんはちゃんと出してほしい。マジで。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。