非課税少女ミミカ 作:税の作文
「動かないでください」
「いや、普通に歩けますけど」
「膝から出血しています」
「歩けることと出血は両立しますよ」
「担架へ乗ってください」
「……はい」
こうして並べると、確かに歩かせない方がいい。しかも俺、つい最近ルナに「怪我した本人の大丈夫は信用するな」とか言ってたんだよね。言行一致という言葉が、担架の横で腕を組んでいる気がする。
「ミミカ、ちゃんと診てもらってね」
声の方を見ると、ルナも別の担架に乗っていた。
「お前も乗ってるじゃん」
「私は魔力切れと軽い打撲だけだよ」
「軽いかどうか決めるのは医者」
「ミミカもね」
「……はい」
アカリたちも順番に救護車へ運ばれていた。ナナセの灰色の使い魔は主人の膝から離れようとせず、結界班の二人は地面に座って水を飲んでいる。誰か足りない気がして二度数えたけど、ちゃんと全員いた。
「ミミカ! 討伐後の簡易報告を始めるね!」
ココが担架の上へ光の画面を出した。
「今?」
「忘れないうちがいいよ!」
「今、救護中なんだけど」
「音声入力もできるよ!」
「入力方式の問題じゃないんだよ」
怪異は倒したのに、事務処理だけは元気だった。世界の終わりが来ても、たぶん締切だけは生き残る。
◇
翌日。俺は管理庁の会議室で報告書を書いていた。
「負傷発生時の状況……」
入力欄へ、
『
と打つ。よし。簡潔。嘘もない。
「ミミカ」
「なに?」
「原因、それだけ?」
「それだけだけど」
「徴収が効かないって分かったあと、ちょっと前に出すぎてなかった?」
「……」
「事故原因を正しく書かないと改善できないよ?」
「お前、どこでそんな正論覚えた?」
「ミミカがいつも言ってる!」
最悪だ。自分で育てた正論に殴られている。仕方なく一行足した。
『敵能力の無効化確認後、一時的に警戒水準が低下した』
「急に役所っぽくなったな」
「正しいよ!」
「意味は『ちょっと調子に乗りました』だけどね」
こういうのを残す意味は分かる。次に同じ怪異が出たとき、知らない誰かが俺と同じ順番でパレットへ突っ込む必要はない。ただ、未来の誰かへ有益な情報を残す行為と、自分の失敗を文章にする気まずさは別問題である。
向かいではルナも報告書を書いていた。口元に小さな保護テープ。診察では二日間の戦闘活動禁止を言い渡されたらしい。
「あと一日休まないといけないんだよね」
「当たり前だろ」
「でも低危険度なら――」
「休め」
「まだ『行く』って言ってないよ?」
「言おうとはしたよね?」
「……ちょっとだけ」
ルナは笑いながらスマホを開いた。
【出動可能】
指が一度止まり、そのまま、
【休養中】
へ変わる。
「復帰したら、一緒に行こうね」
「怪我が治って、依頼内容がまともなら」
「そこ確認するんだ」
「そこ捨てたら俺じゃないから」
街を救ったくらいで人格まで別物になってたまるか。
◇
二週間後、北中央駅前の規制はようやく全部解除された。徴収されていた魔力や生命力も少しずつ戻り、寿命まで対象にされていた魔法少女についても、はっきりした損失は確認されなかったらしい。そこは本当によかった。
ただし道路も街路樹もバス停も、怪異が壊したまま勝手には戻らない。駅前では普通に工事が続き、ニュース映像の端では作業員のおじさんがカラーコーンを並べていた。
「非課税、道路には効かないんだね」
「効いたら俺が一番驚くよ」
ニュースでは「北中央駅周辺で発生した高位怪異を複数の魔法少女が討伐」と報道された。巨大な銀色の円盤と、光の中を走る小さな人影は映ったけど、俺たちの名前までは出ていない。その代わり、魔法少女の間では別の名前が広まった。
『非課税少女、お疲れさま!』
『非課税少女に税金の質問です』
『
「……これ定着してない?」
「分かりやすいよ!」
「お前、能力判明したときも同じこと言ってたな」
「分かりやすいのはいいことだからね!」
炎も氷も出ないし、必殺技で街を半分吹き飛ばしたりもしない。税金と、外から勝手に持っていかれるものを拒否する。華はないけど、間違ってはいないのが困る。
そんなある日、俺とルナはまた管理庁へ呼ばれた。今回は調査ではなく、討伐後の制度見直しについて説明があるらしい。会議室へ入ると、長机の上に資料の山が置いてあった。
「多くないですか?」
「詳細資料です」
「全部読むんですか?」
「概要版はこちらです」
神代さんが横から薄い冊子を出す。
「用意がいい」
「必要な情報が届かなければ意味がありませんので」
概要版という言葉に、勝手に開いた税務相談所の記憶がよみがえった。あの頃は案内が存在しているだけで「周知済み」扱いだった気がする。
俺は何も言わず、薄い方を受け取った。中には、高危険度怪異への単独出動制限、連続出動後の休養基準、戦闘後の診察、生命力や寿命を代償にする魔法の扱い――そして、見覚えのある項目が並んでいる。
【魔法少女活動者向け税務相談窓口】
「これ大事ですね」
「そこですか?」
「全部大事です。その上で、俺のところへ質問来なくなるのも大事です」
相談窓口は来月から試験運用。活動管理画面から直接問い合わせできるらしい。
「やっとココ以外に相談できる」
「ボクは相談端末じゃないよ!」
「知ってる。プリンターだろ」
「プリンターでもない!」
ルナが資料をめくる。
「使い魔の餌代も聞けますか?」
「個別事情を確認した上で、担当者が回答します」
「おお」
その瞬間、スマホが鳴った。ナナセからだ。
『正式な窓口ができると聞きました。使い魔の餌代について最初に相談します』
「早いな」
続けてアカリ。
『短剣の購入記録、全部日付順に整理したよ! 窓口できるまでミミカちゃんに一回見てもらっていい?』
「来月まで俺に来るんですけど」
「試験運用の前倒しを検討します」
神代さんはその場で端末を操作した。
「仕事が速い」
「需要が確認できましたので」
こういうところは本当に速い。
「それから、寿命を代償とする魔法についてです」
神代さんが次のページを開いた。
「原則として、単独判断での使用を禁止します」
「単独判断?」
「一律禁止ではありません。起動時の自動通報、複数人での使用判断、事後審査を導入します」
「完全禁止じゃないんですね」
「はい。緊急時の救命まで妨げる可能性がありますので」
俺としては「寿命なんて使うな」で終わらせたい。でも、昨日までルナはその場で三年払うと決められた。今後は技を起動した時点で誰かに知られる。
「……まあ、前よりはいいか」
「不満そうだね」
「寿命だからね」
「それはそう」
ルナが珍しく素直に頷いた。
「現場側の意見として、今後も検討会へ参加いただけますか?」
神代さんが俺を見る。
「会議時間って活動扱いになります?」
「なります」
「交通費は?」
「支給対象です」
「なら検討します」
「そこなんだ」
ルナが笑う。
「そこ大事だろ」
無償会議は前世だけで十分です。
「それと、ボクのサポート項目も増えたよ!」
ココが新しい画面を出した。
「出動前の負傷確認! 連続活動時間の警告! 休養中の出動制限! 代償魔法使用時の緊急通知!」
「すげえ、まともになってる」
「死亡時補償の案内も、すぐ見つけられるようになったよ!」
「急に縁起悪いな」
「大事な情報だよ?」
「大事だけどトップ画面に置くなよ」
「どうして?」
「怖いから」
ココは首を傾げた。そこはまだ分からないらしい。
「表示順位、下げる?」
「そうして」
「分かった!」
前なら「重要度が高いから上です」で終わっていた気がする。まあ、気がするだけかもしれない。
◇
その日の夜、俺は鏡の前で髪を乾かしていた。肩まである髪。14歳の女の子の顔。最初に見た日は鏡の中の自分へ反射的に謝ったけど、さすがに今はやらない。
「長いんだよな……」
髪を乾かす時間だけは、まだ慣れない。ドライヤーの音を聞いていると、前世の夜勤明けをたまに思い出す。帰ってシャワーを浴びて、冷蔵庫を開けたら麦茶しかなくて、コンビニへ行く気力もなく、そのまま寝た日。給料日に奨学金の引き落としを確認して、「今月も減ったな」と妙な達成感を覚えた日。
別に立派な人生訓なんてなかった。ただ、機械の止め方を知らない新人を一人にしないとか、「多分大丈夫」で動かした設備は大体あとで面倒になるとか、そういうどうでもよさそうな記憶だけ妙に残っている。
まさか異世界で魔法少女になってから使うとは思わなかったけど。
「ミミカ!」
ココが飛んできた。
「新しい活動継続確認が来てるよ!」
「継続確認?」
「
スマホを見る。
【魔法少女活動を継続する】
【契約終了を希望する】
ずいぶん簡単な二択だ。
「ココ」
「なに?」
「報酬体系、変わる?」
「高危険度の追加手当は見直し中だよ!」
「装備補助」
「対象を広げる予定!」
「休養中に出動要請来る?」
「通常要請は非表示になるよ!」
「なるほどな」
そこまで聞いてから、もう一度画面を見る。辞める理由なら結構ある。怪異に潰されかけたし、道路も転がったし、役所にも何度も呼ばれた。寿命三年とかいう単語も聞きたくない。
それでも、明日から何も知らない普通の中学生に戻れる気もしなかった。ルナからは普通に連絡が来るだろうし、アカリもナナセもいる。神代さんは多分また何か聞いてくる。ふと、隣で浮いているココを見る。
「辞めたら、お前どうなるの?」
「担当解除になるよ。ボクは別の活動者支援へ回るか、管理庁へ戻ると思う」
「へえ」
「寂しい?」
「ちょっと」
「ボクも!」
即答された。ずるい。
「でもミミカが辞めたいなら、辞めていいよ」
「……そういうことも言えるんだ」
「継続確認だからね!」
理由は相変わらず事務的だった。画面へ戻る。目の前で誰かが危ないと分かっているのに、何もしないであとから寝るのは、多分気分が悪い。それと報酬はちゃんと欲しい。どっちも本音だった。俺は【活動を継続する】を押した。
「これからもよろしくね、ミミカ!」
「無茶な依頼は断るからね」
「内容と危険度を見て判断してね!」
「報酬安いのも断る」
「条件も確認してね!」
「……お前、ちょっと使えるようになったな」
「最初から使えるよ!」
そこは保留で。
◇
その翌週、また管理庁に呼ばれた。この建物、俺の第二の学校みたいになってない?
「神代さん。また調査ですか?」
「違います」
即答。最初に呼ばれたときと同じ速さだった。
「今回は、北中央駅周辺での高位怪異討伐について、特別報奨金の支給が決定したためです」
「特別報奨金」
俺は姿勢を正した。
「急に背筋伸びたね」
「金の話だからね」
神代さんの説明によると、支給されるのは俺だけではない。ルナ、アカリ、ナナセ、結界班、それ以外の参加者にも役割と危険度に応じて報奨金が出るらしい。
「アカリたちにも?」
「はい」
「よし」
そこは確認しておきたかった。
「ミミカさん分はこちらです」
スマホが鳴った。
【特別報奨金 3,000,000円】
「……」
見た。もう一回見た。
「ミミカ?」
「待って。桁数えてる」
「三百万円だよ?」
「口で言われると余計すごいな」
前世なら、まず奨学金の残高を開いていた。そのあと何割返すか考えて、生活費を残して、余ったら新作ゲームを一本買う。たぶんそんな順番だ。今は奨学金がない。三百万円が、そのまま数字として目の前にある。
「……すごいな」
「嬉しい?」
「めちゃくちゃ嬉しい」
そこは否定しない。
「怪異の核見るときより真剣な顔してる」
「金額確認は大事なんだよ」
「一桁違ったら?」
「大事故」
「戦闘より?」
「種類が違う」
ココまでスマホをのぞき込んでくる。
「ミミカ、すごい顔してるよ!」
「二人してうるさいな」
俺は通知の詳細を開き、支給日、振込先、支給根拠、条件を上から読む。何となくでは受け取らない。このくらいは、もう癖だ。最後まで見たところで、指が止まった。
「あの、神代さん」
「はい」
「一個確認いいですか?」
「どうぞ」
スマホを持ち上げる。
「この特別報奨金なんですけど」
「はい」
「課税されます?」
ルナが吹き出した。
「そこ!?」
「そこだよ!」
「ミミカらしいね!」
「金入るときに税金確認するの普通だろ!」
神代さんだけは笑わなかった。端末を操作し、支給区分と活動記録、俺の固有能力識別番号を順番に確認する。数秒。
「……非課税です」
「よし!!」
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!またどこかの物語でお会いしましょう!