非課税少女ミミカ   作:税の作文

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最終回です


第10話 非課税少女ミミカ

「動かないでください」

「いや、普通に歩けますけど」

「膝から出血しています」

「歩けることと出血は両立しますよ」

「担架へ乗ってください」

「……はい」

 

 徴収者(コレクター)を倒してから、五分後。街を救った俺は、救護班の人に怒られていた。膝の傷は開いている。右肩は打撲。背中には細かい擦り傷。魔力は空っぽで、今になって全身が「さっきまで無理してました」と順番に自己申告を始めている。

 こうして並べると、確かに歩かせない方がいい。しかも俺、つい最近ルナに「怪我した本人の大丈夫は信用するな」とか言ってたんだよね。言行一致という言葉が、担架の横で腕を組んでいる気がする。

 

「ミミカ、ちゃんと診てもらってね」

 

 声の方を見ると、ルナも別の担架に乗っていた。

 

「お前も乗ってるじゃん」

「私は魔力切れと軽い打撲だけだよ」

「軽いかどうか決めるのは医者」

「ミミカもね」

「……はい」

 

 アカリたちも順番に救護車へ運ばれていた。ナナセの灰色の使い魔は主人の膝から離れようとせず、結界班の二人は地面に座って水を飲んでいる。誰か足りない気がして二度数えたけど、ちゃんと全員いた。

 

「ミミカ! 討伐後の簡易報告を始めるね!」

 

 ココが担架の上へ光の画面を出した。

 

「今?」

「忘れないうちがいいよ!」

「今、救護中なんだけど」

「音声入力もできるよ!」

「入力方式の問題じゃないんだよ」

 

 怪異は倒したのに、事務処理だけは元気だった。世界の終わりが来ても、たぶん締切だけは生き残る。

 

 

     ◇

 

 

 翌日。俺は管理庁の会議室で報告書を書いていた。

 

「負傷発生時の状況……」

 

 入力欄へ、

 

徴収者(コレクター)の物理攻撃を回避しきれず、右肩へ被弾』

 

 と打つ。よし。簡潔。嘘もない。

 

「ミミカ」

「なに?」

「原因、それだけ?」

「それだけだけど」

「徴収が効かないって分かったあと、ちょっと前に出すぎてなかった?」

「……」

「事故原因を正しく書かないと改善できないよ?」

「お前、どこでそんな正論覚えた?」

「ミミカがいつも言ってる!」

 

 最悪だ。自分で育てた正論に殴られている。仕方なく一行足した。

 

『敵能力の無効化確認後、一時的に警戒水準が低下した』

 

「急に役所っぽくなったな」

「正しいよ!」

「意味は『ちょっと調子に乗りました』だけどね」

 

 こういうのを残す意味は分かる。次に同じ怪異が出たとき、知らない誰かが俺と同じ順番でパレットへ突っ込む必要はない。ただ、未来の誰かへ有益な情報を残す行為と、自分の失敗を文章にする気まずさは別問題である。

 向かいではルナも報告書を書いていた。口元に小さな保護テープ。診察では二日間の戦闘活動禁止を言い渡されたらしい。

 

「あと一日休まないといけないんだよね」

「当たり前だろ」

「でも低危険度なら――」

「休め」

「まだ『行く』って言ってないよ?」

「言おうとはしたよね?」

「……ちょっとだけ」

 

 ルナは笑いながらスマホを開いた。

 

【出動可能】

 

 指が一度止まり、そのまま、

 

【休養中】

 

 へ変わる。

 

「復帰したら、一緒に行こうね」

「怪我が治って、依頼内容がまともなら」

「そこ確認するんだ」

「そこ捨てたら俺じゃないから」

 

 街を救ったくらいで人格まで別物になってたまるか。

 

 

     ◇

 

 

 二週間後、北中央駅前の規制はようやく全部解除された。徴収されていた魔力や生命力も少しずつ戻り、寿命まで対象にされていた魔法少女についても、はっきりした損失は確認されなかったらしい。そこは本当によかった。

 ただし道路も街路樹もバス停も、怪異が壊したまま勝手には戻らない。駅前では普通に工事が続き、ニュース映像の端では作業員のおじさんがカラーコーンを並べていた。

 

「非課税、道路には効かないんだね」

「効いたら俺が一番驚くよ」

 

 ニュースでは「北中央駅周辺で発生した高位怪異を複数の魔法少女が討伐」と報道された。巨大な銀色の円盤と、光の中を走る小さな人影は映ったけど、俺たちの名前までは出ていない。その代わり、魔法少女の間では別の名前が広まった。

 

『非課税少女、お疲れさま!』

『非課税少女に税金の質問です』

徴収者(コレクター)止めたって本当?』

 

「……これ定着してない?」

「分かりやすいよ!」

「お前、能力判明したときも同じこと言ってたな」

「分かりやすいのはいいことだからね!」

 

 炎も氷も出ないし、必殺技で街を半分吹き飛ばしたりもしない。税金と、外から勝手に持っていかれるものを拒否する。華はないけど、間違ってはいないのが困る。

 そんなある日、俺とルナはまた管理庁へ呼ばれた。今回は調査ではなく、討伐後の制度見直しについて説明があるらしい。会議室へ入ると、長机の上に資料の山が置いてあった。

 

「多くないですか?」

「詳細資料です」

「全部読むんですか?」

「概要版はこちらです」

 

 神代さんが横から薄い冊子を出す。

 

「用意がいい」

「必要な情報が届かなければ意味がありませんので」

 

 概要版という言葉に、勝手に開いた税務相談所の記憶がよみがえった。あの頃は案内が存在しているだけで「周知済み」扱いだった気がする。

 俺は何も言わず、薄い方を受け取った。中には、高危険度怪異への単独出動制限、連続出動後の休養基準、戦闘後の診察、生命力や寿命を代償にする魔法の扱い――そして、見覚えのある項目が並んでいる。

 

【魔法少女活動者向け税務相談窓口】

 

「これ大事ですね」

「そこですか?」

「全部大事です。その上で、俺のところへ質問来なくなるのも大事です」

 

 相談窓口は来月から試験運用。活動管理画面から直接問い合わせできるらしい。

 

「やっとココ以外に相談できる」

「ボクは相談端末じゃないよ!」

「知ってる。プリンターだろ」

「プリンターでもない!」

 

 ルナが資料をめくる。

 

「使い魔の餌代も聞けますか?」

「個別事情を確認した上で、担当者が回答します」

「おお」

 

 その瞬間、スマホが鳴った。ナナセからだ。

 

『正式な窓口ができると聞きました。使い魔の餌代について最初に相談します』

 

「早いな」

 

 続けてアカリ。

 

『短剣の購入記録、全部日付順に整理したよ! 窓口できるまでミミカちゃんに一回見てもらっていい?』

 

「来月まで俺に来るんですけど」

「試験運用の前倒しを検討します」

 

 神代さんはその場で端末を操作した。

 

「仕事が速い」

「需要が確認できましたので」

 

 こういうところは本当に速い。

 

「それから、寿命を代償とする魔法についてです」

 

 神代さんが次のページを開いた。

 

「原則として、単独判断での使用を禁止します」

「単独判断?」

「一律禁止ではありません。起動時の自動通報、複数人での使用判断、事後審査を導入します」

「完全禁止じゃないんですね」

「はい。緊急時の救命まで妨げる可能性がありますので」

 

 俺としては「寿命なんて使うな」で終わらせたい。でも、昨日までルナはその場で三年払うと決められた。今後は技を起動した時点で誰かに知られる。

 

「……まあ、前よりはいいか」

「不満そうだね」

「寿命だからね」

「それはそう」

 

 ルナが珍しく素直に頷いた。

 

「現場側の意見として、今後も検討会へ参加いただけますか?」

 

 神代さんが俺を見る。

 

「会議時間って活動扱いになります?」

「なります」

「交通費は?」

「支給対象です」

「なら検討します」

「そこなんだ」

 

 ルナが笑う。

 

「そこ大事だろ」

 

 無償会議は前世だけで十分です。

 

「それと、ボクのサポート項目も増えたよ!」

 

 ココが新しい画面を出した。

 

「出動前の負傷確認! 連続活動時間の警告! 休養中の出動制限! 代償魔法使用時の緊急通知!」

「すげえ、まともになってる」

「死亡時補償の案内も、すぐ見つけられるようになったよ!」

「急に縁起悪いな」

「大事な情報だよ?」

「大事だけどトップ画面に置くなよ」

「どうして?」

「怖いから」

 

 ココは首を傾げた。そこはまだ分からないらしい。

 

「表示順位、下げる?」

「そうして」

「分かった!」

 

 前なら「重要度が高いから上です」で終わっていた気がする。まあ、気がするだけかもしれない。

 

 

     ◇

 

 

 その日の夜、俺は鏡の前で髪を乾かしていた。肩まである髪。14歳の女の子の顔。最初に見た日は鏡の中の自分へ反射的に謝ったけど、さすがに今はやらない。

 

「長いんだよな……」

 

 髪を乾かす時間だけは、まだ慣れない。ドライヤーの音を聞いていると、前世の夜勤明けをたまに思い出す。帰ってシャワーを浴びて、冷蔵庫を開けたら麦茶しかなくて、コンビニへ行く気力もなく、そのまま寝た日。給料日に奨学金の引き落としを確認して、「今月も減ったな」と妙な達成感を覚えた日。

 別に立派な人生訓なんてなかった。ただ、機械の止め方を知らない新人を一人にしないとか、「多分大丈夫」で動かした設備は大体あとで面倒になるとか、そういうどうでもよさそうな記憶だけ妙に残っている。

 

 まさか異世界で魔法少女になってから使うとは思わなかったけど。

 

「ミミカ!」

 

 ココが飛んできた。

 

「新しい活動継続確認が来てるよ!」

「継続確認?」

徴収者(コレクター)との戦闘を受けて、続けるかどうかもう一度選べるんだって!」

 

 スマホを見る。

 

【魔法少女活動を継続する】

【契約終了を希望する】

 

 ずいぶん簡単な二択だ。

 

「ココ」

「なに?」

「報酬体系、変わる?」

「高危険度の追加手当は見直し中だよ!」

「装備補助」

「対象を広げる予定!」

「休養中に出動要請来る?」

「通常要請は非表示になるよ!」

「なるほどな」

 

 そこまで聞いてから、もう一度画面を見る。辞める理由なら結構ある。怪異に潰されかけたし、道路も転がったし、役所にも何度も呼ばれた。寿命三年とかいう単語も聞きたくない。

 それでも、明日から何も知らない普通の中学生に戻れる気もしなかった。ルナからは普通に連絡が来るだろうし、アカリもナナセもいる。神代さんは多分また何か聞いてくる。ふと、隣で浮いているココを見る。

 

「辞めたら、お前どうなるの?」

「担当解除になるよ。ボクは別の活動者支援へ回るか、管理庁へ戻ると思う」

「へえ」

「寂しい?」

「ちょっと」

「ボクも!」

 

 即答された。ずるい。

 

「でもミミカが辞めたいなら、辞めていいよ」

「……そういうことも言えるんだ」

「継続確認だからね!」

 

 理由は相変わらず事務的だった。画面へ戻る。目の前で誰かが危ないと分かっているのに、何もしないであとから寝るのは、多分気分が悪い。それと報酬はちゃんと欲しい。どっちも本音だった。俺は【活動を継続する】を押した。

 

「これからもよろしくね、ミミカ!」

「無茶な依頼は断るからね」

「内容と危険度を見て判断してね!」

「報酬安いのも断る」

「条件も確認してね!」

「……お前、ちょっと使えるようになったな」

「最初から使えるよ!」

 

 そこは保留で。

 

 

     ◇

 

 

 その翌週、また管理庁に呼ばれた。この建物、俺の第二の学校みたいになってない?

 

「神代さん。また調査ですか?」

「違います」

 

 即答。最初に呼ばれたときと同じ速さだった。

 

「今回は、北中央駅周辺での高位怪異討伐について、特別報奨金の支給が決定したためです」

「特別報奨金」

 

 俺は姿勢を正した。

 

「急に背筋伸びたね」

「金の話だからね」

 

 神代さんの説明によると、支給されるのは俺だけではない。ルナ、アカリ、ナナセ、結界班、それ以外の参加者にも役割と危険度に応じて報奨金が出るらしい。

 

「アカリたちにも?」

「はい」

「よし」

 

 そこは確認しておきたかった。

 

「ミミカさん分はこちらです」

 

 スマホが鳴った。

 

【特別報奨金 3,000,000円】

 

「……」

 

 見た。もう一回見た。

 

「ミミカ?」

「待って。桁数えてる」

「三百万円だよ?」

「口で言われると余計すごいな」

 

 前世なら、まず奨学金の残高を開いていた。そのあと何割返すか考えて、生活費を残して、余ったら新作ゲームを一本買う。たぶんそんな順番だ。今は奨学金がない。三百万円が、そのまま数字として目の前にある。

 

「……すごいな」

「嬉しい?」

「めちゃくちゃ嬉しい」

 

 そこは否定しない。

 

「怪異の核見るときより真剣な顔してる」

「金額確認は大事なんだよ」

「一桁違ったら?」

「大事故」

「戦闘より?」

「種類が違う」

 

 ココまでスマホをのぞき込んでくる。

 

「ミミカ、すごい顔してるよ!」

「二人してうるさいな」

 

 俺は通知の詳細を開き、支給日、振込先、支給根拠、条件を上から読む。何となくでは受け取らない。このくらいは、もう癖だ。最後まで見たところで、指が止まった。

 

「あの、神代さん」

「はい」

「一個確認いいですか?」

「どうぞ」

 

 スマホを持ち上げる。

 

「この特別報奨金なんですけど」

「はい」

「課税されます?」

 

 ルナが吹き出した。

 

「そこ!?」

「そこだよ!」

「ミミカらしいね!」

「金入るときに税金確認するの普通だろ!」

 

 神代さんだけは笑わなかった。端末を操作し、支給区分と活動記録、俺の固有能力識別番号を順番に確認する。数秒。

 

「……非課税です」

「よし!!」

 




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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!またどこかの物語でお会いしましょう!
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