非課税少女ミミカ   作:税の作文

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第2話 初出動したら先輩魔法少女の安全意識が壊れていた

 怪異の腕が振り下ろされる。6本あるうちの1本。1本なんだけど、俺の身体より太い。

 

 いや待って。1本でそれ?

 

 逃げ遅れた男の子は、その真下で完全に固まっていた。

 

「ミミカ、走って!」

「分かってる!」

 

 分かってる。分かってはいるんだけどさ、俺、この身体で全力疾走したことないんだよね。

 

 14歳になって3日目。魔法少女になって数分。身体能力についての事前情報、ほぼゼロ。そんな状態で「走れ!」と言われても、どのくらい踏み込めばいいのか分からない。

 

 まあ、考えてる暇もないので地面を蹴った。

 

 次の瞬間、景色が後ろへ吹き飛んだ。

 

「速っ――」

 

 と思ったときには、もう男の子の目の前にいた。

 

 すごい。魔法少女すごい。

 

 で、止まり方は?

 

「うわっ!」

 

 分からなかった。

 

 俺は男の子をそのまま抱えて、2人まとめて道路を転がった。ごろごろごろ、と。

 

 魔法少女初出動の最初のアクションがこれである。

 

 桃色のスカートが盛大にめくれた気もする。気もするが、今は人命優先。というか元35歳男性として処理しないといけない感情が、転生3日目にして倉庫の奥へどんどん積まれている。

 

 後で棚卸ししよう。たぶんしないけど。

 

 直後、怪異の腕が道路へ叩きつけられた。

 

 ドン、なんて可愛い音じゃなかった。腹の奥まで響き、アスファルトが割れる。飛んだ破片の1つが頬の横をかすめて、そのまま後ろのシャッターへ突き刺さった。

 

 ……え。

 

 俺はさっきまでいた場所を見る。道路がへこんでいる。普通にへこんでいる。

 

 あそこに俺がいたら?

 

 死ぬじゃん。

 

 そう理解した瞬間、手が震え始めた。

 

 遅い。恐怖って、ちょっと遅れて来るんだな。

 

 アニメだったら、たぶんここで怒りに目覚めるとか、秘められた力が覚醒するとか、そういうイベントが起きるんだと思う。

 

 現実の俺? 普通に怖い。めちゃくちゃ怖い。

 

 ゲームならHPが見える。残り3割なら回復、一撃で持っていかれる敵なら逃げる。防御力も数字で出る。

 

 でも今の俺には何もない。

 

 HPバーなし。防御力表示なし。残機なし。

 

 あるのは、道路に開いたでかい穴と、「さっきまで自分がそこにいた」という事実だけ。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 腕の中の男の子が俺を見上げた。

 

 お姉ちゃん。

 

 ああ。そういえば俺、今お姉ちゃんだった。

 

 いや今そこじゃない。

 

「走れる?」

 

 男の子が何度も頷いた。

 

「じゃあ、あっちの角まで走れ。後ろは見るな」

「お姉ちゃんは?」

「俺は――」

 

 言った瞬間、男の子の顔がさらに不安になった。

 

 そりゃそうだ。見た目14歳くらいの女の子が、いきなり「俺」とか言い始めた。これって、ショタの性癖を歪めるお姉さんかも。俺にはそんな趣味はない。

 

「……私は大丈夫。早く行って」

 

 慌てて言い直すと、男の子は一瞬だけ俺を見て、それから全力で走っていった。

 

 14歳女子としての対外的な振る舞いを、俺は怪異の前で現場教育されている。

 

 研修担当は何してるんだ。

 

「避難確認したよ!」

 

 頭上からココの声が飛んでくる。

 

「よし。じゃあ俺も避難する!」

「怪異は!?」

「先輩来るまであと何分!?」

「4分くらい!」

「長い!」

 

 さっきまで6分だった。ちゃんと減ってる。そこは分かる。

 

 でもね、怪異と同じ道路に立ってる状態での4分って、めちゃくちゃ長い。夜勤中に設備の再起動を待つ4分とは密度が違う。

 

 機械は普通、6本腕で追いかけてこないから。

 

 怪異の首にある赤い亀裂が、ぐるりと俺の方を向いた。

 

 顔じゃない。目も見えない。なのに分かる。

 

 見られてる。

 

 あ。今ので標的、俺に変わったな。

 

 子どもは助けた。その代わり俺が狙われた。

 

 安全のために非常停止を押したら、停止した設備が「お前か」と6本腕で追いかけてきたような状況である。前世ならメーカー呼ぶどころじゃない。

 

 警察呼べ。

 

「ココ! 俺、何が使える!?」

「変身したばっかりだから、まずは身体強化と簡単な魔力弾だね!」

「簡単な方教えて!」

「手に魔力を集めて、前に押し出して!」

「説明が感覚的すぎる!」

 

 せめて図解をくれ。動画マニュアルでもいい。

 

 怪異が2本の腕を横薙ぎに振った。

 

 俺は反射的に跳ぶ。

 

 そして、跳びすぎた。

 

「うおっ!?」

 

 2階の看板が目の前に来た。

 

 高い。なんで? 俺、今どれくらい跳んだ?

 

「待て待て待て! どうやって降りるんだこれ!?」

「着地する場所を見て!」

「見たらどうにかなるの!?」

「身体が合わせてくれるよ!」

「自動制御!?」

 

 それ先に教えてほしかった。

 

 身体が勝手に姿勢を整え、俺は店のひさしへ思ったより綺麗に着地した。

 

 おお。すごい。魔法少女すごい。

 

 今度こそ感動する暇が――なかった。

 

 3本目の腕が下から伸びてきた。

 

「うわっ!」

 

 避ける。今度は跳びすぎないように、ちょっと力を抑える。

 

 抑えたつもりだった。

 

 足がひさしの端に引っかかって、頭から落ちた。

 

「痛っ!」

 

 痛いし、格好悪い。めちゃくちゃ格好悪い。

 

 幸い、受け身みたいなものは身体が勝手に取ってくれた。地面を1回転し、そのまま立ち上がる。

 

 便利。便利なんだけどさ。

 

 これ、操作方法を教わらずに自動運転付きの重機へ乗せられてるのと同じじゃない?

 

「ココ!」

「なに!?」

「初回講習って何やる予定だった!?」

「今やってることを、安全な訓練場で順番に!」

「だよな!」

 

 知ってた!

 

 本来なら今ごろマットとか敷いてある場所で、「はい、じゃあ軽く跳んでみようね」ってやってる内容だろこれ!

 

 怪異の腕がまた迫る。逃げる。避ける。また逃げる。

 

 これだけで4分持たせられる気がしない。

 

「攻撃するしかないか……!」

 

 右手へ意識を集中する。

 

 魔力。

 

 魔力って何? 見たことない。触ったこともない。

 

 とりあえず、手のひらに何かを集める感じ。なんとなく念じる。

 

 すると、桃色の光が生まれた。

 

「出た!」

 

 出た。何か出た。

 

「それを前に押し出して!」

「おらっ!」

 

 手を突き出す。光の塊が飛び、怪異の胸へ直撃した。

 

 ぱちん。

 

 怪異が1歩だけ後ろへ下がった。

 

 終わり。

 

「……効いてる?」

「……き、効いてはいるよ!」

 

 今、言葉選んだな?

 

 怪異は何事もなかったみたいに6本の腕を広げている。ゲームならHPバーの端っこが、爪楊枝くらい減った感じ。

 

 一方の俺は、1発撃っただけなのに体が重い。

 

「燃費悪くない?」

「最初は効率も悪いからね!」

 

 大型設備に単3電池で戦ってる気分になってきた。

 

「もう1発!」

 

 手に光を集める。今度は焦ってるせいか、まとまらない。

 

「出ろ、出ろ……!」

 

 怪異が踏み込んだ。

 

 でかいくせに速い。ずるいだろ。

 

 赤い亀裂が大きく開き、奥から金属を無理やり削るみたいな音が漏れた。

 

 その瞬間、足が止まった。

 

 怖い。

 

 避けろ。頭では分かってる。でも身体が動かない。

 

 6本の腕が一斉に上がる。全部、俺に向いてる。

 

 まずい。これは本当にまず――

 

 青白い光が横から走った。

 

 怪異の腕が1本、飛んだ。

 

「え?」

 

 2本目も飛ぶ。

 

 切断された腕は地面に落ちる前に、黒い霧になって消えた。

 

「新人! そこで止まらない!」

 

 凛とした声。

 

 次の瞬間、俺と怪異の間へ1人の少女が降り立った。

 

 紺色と銀色の衣装。長い黒髪。月みたいな銀の飾り。手には、本人の身長くらいある細い槍。その先から青白い光が漏れていた。

 

 ……あ。

 

 これだ。これこれ。

 

 俺が知ってる魔法少女ってこういうやつだよ。

 

 登場する。一瞬で敵の腕を2本飛ばす。風で髪とスカートが揺れる。立ってるだけで絵になる。

 

 少なくとも、窓から飛ぶのを拒否して階段で現場入りしたりはしなさそう。

 

 いや俺も今は魔法少女なんだけど。

 

「動ける?」

「たぶん!」

「なら右に走って! そいつ、動くものを目で追う癖がある!」

「目どこ!?」

「赤いところ全部!」

「全部!?」

 

 顔の亀裂全体が目らしい。知りたくなかった。

 

 でも具体的な指示はめちゃくちゃ助かる。

 

 俺は右へ走った。怪異の赤い亀裂が、すっとこちらを追う。残った腕も俺に向く。

 

 その隙に少女が反対側へ回った。

 

 速い。

 

 いや、俺もさっき自分で速いと思ったけど、種類が違う。

 

 俺は身体能力に振り回されながら走ってる。この子は、自分がどこまで動けるのか全部分かってる。

 

 怪異が腕を振るより先に、その付け根の外へ抜ける。瓦礫も踏まない。店や人がいる方向へ攻撃が飛ばないように位置を変える。

 

 見てるものが多い。

 

 これ、経験だ。

 

 前世の工場にもいた。設備の音を1回聞いただけで、「あ、そこベアリング怪しいよ」とか言う先輩。俺には全部同じ機械音に聞こえるのに、本人には違いが分かる。

 

 たぶん、こういうことなんだろう。

 

「止まって!」

「はい!」

 

 言われた瞬間、急停止。怪異の視線だけが少し遅れた。

 

 その一瞬、少女の槍が赤い亀裂へ突き刺さる。

 

 怪異が叫び、空気が震えた。商店街の窓に一斉にひびが入る。

 

 少女は槍をひねって、すぐ引き抜く。深追いしない。反撃の腕を柄で流して、その勢いのまま怪異の後ろへ跳ぶ。

 

 うまい。

 

 全部うまい。

 

 ……と思ったところで、死角から回った別の腕が少女の左肩をかすめた。

 

「っ」

 

 紺色の袖が裂れる。

 

 赤いものが見えた。

 

 血。

 

 少女は一瞬だけ眉を寄せた。でも止まらない。

 

「新人、もう1発撃てる?」

「撃てるけど、威力には期待するな!」

「注意引ければ十分!」

「了解!」

 

 自分の戦力評価が正確な先輩で助かる。

 

 俺は両手を前へ出した。

 

 さっきより小さくていい。威力はどうせない。なら、ちゃんと飛ばすことだけ考える。

 

 桃色の光が集まる。今度はさっきより素直だった。

 

「行け!」

 

 魔力弾が飛ぶ。怪異の横顔――というか、横亀裂? よく分からない場所へ当たった。

 

 赤い部分が俺を向く。

 

 その一瞬で十分だったらしい。

 

 少女が怪異の肩を駆け上がった。

 

 え。

 

 走るの、そこ?

 

 銀の槍に青白い光が集まり、どんどん広がって三日月みたいな刃になった。

 

「ルナ・クレセント!」

 

 眩しい。

 

 青白い一閃。

 

 怪異の首が斜めに切れた。

 

 巨体が止まり、6本――いや、もう何本か減ってる腕から力が抜ける。身体が黒い霧へ変わっていき、最後に赤い亀裂がゆっくり閉じた。

 

 そして、消えた。

 

「……終わった?」

「終わったよ」

 

 少女が答えた。

 

 その瞬間。

 

 カラン。

 

 静かになった商店街へ、小さな音が響いた。

 

 道路の上に、紫色の石が転がっている。

 

 でも俺は、それどころじゃなかった。

 

「……はあ」

 

 その場へ座り込んだ。

 

 脚に力が入らない。さっきまで普通に走れていたのに。

 

 体力切れだけじゃない。終わったって分かった瞬間に、怖かった分がまとめて戻ってきた。

 

 助かった。マジで。

 

 生きてる。

 

「大丈夫?」

 

 少女が槍を消して、俺の前へしゃがむ。

 

 近くで見ると、俺より少し年上。強そうな目をしているけど、表情は思ったより柔らかい。

 

「怪我は?」

「転んだ。あと心臓がうるさい」

「初めてなら普通だよ」

 

 少女は笑った。

 

「逃げ遅れた子、助けたんでしょ? よく動けたね」

 

 格好いい。

 

 いやこれ格好いいわ。これは惚れる人いる。

 

 俺が元男性とか、今は少女とか、そういう問題じゃない。死にかけた直後に、命を助けてくれた美少女から笑顔で褒められる。

 

 効く。かなり効く。

 

 脳内に「好き!」という単語が浮かびかけたところで、社会人として培ってきた危機管理能力が緊急作動した。

 

 待て。

 

 俺は35歳、相手は少女。惚れたらロリコン。手を出せば犯罪者、逮捕、刑務所、社会的死亡、人生終了……。

 

 よし。冷静になった。

 

 社会人は感情にもリスク管理をするのである。

 

「私はルナ。魔法少女を始めて4年になるの。よろしくね、新人さん」

「ミミカ。今日契約した」

「今日!?」

 

 ルナの笑顔が消えた。分かりやすい。

 

「基礎講習は?」

「受ける直前にこいつ出た」

「ココ!」

「緊急だったんだよ! ボクも止めたよ!」

 

 頭上のココを、ルナがかなり厳しい目で見る。

 

 お。よかった。この業界にも安全意識ある人いるじゃん。

 

「でもミミカが行くって決めたから。契約上も緊急時に本人の同意があれば――」

「契約の話はあと。まずは怪我を確認して」

 

 判断も早い。ちゃんとしてる。

 

 いい先輩だ。

 

 俺の中でルナ株がぐんぐん上がっていく。

 

 そこで気づいた。

 

「……いや待て」

「なに?」

「お前も怪我してるじゃん」

 

 左肩。さっき怪異の腕がかすったところ。

 

 紺色の袖が破れて、普通に赤くなってる。

 

 血だ。

 

「これ?」

 

 ルナは自分の肩を見る。

 

「かすっただけだよ」

 

 前言撤回。

 

 かすっただけの出血量じゃない。

 

「治療は?」

「変身解けば少し塞がるし、これくらいなら平気。それより昨日の夜も出動して寝るの遅かったから、学校に遅刻する方が困るかな」

 

 ……ん?

 

「昨日の夜?」

「うん」

「何時まで?」

「終わったの、1時くらい」

「深夜1時?」

「そうだよ」

「で、今朝も出動して」

「うん」

「肩から血出てて」

「うん」

「このあと学校?」

「出席日数は大事だからね」

 

 言ってることは正しい。出席日数は大事。そこだけ切り取れば100点。

 

 深夜1時まで化け物と戦って、翌朝また化け物を倒して、肩から血を流しながら1限へ行こうとしている部分を除けば。

 

「保健室行け」

「それだと遅刻しちゃうよ?」

「怪異討伐って遅刻理由にできないの?」

「活動証明出せば公欠になるけど、手続きちょっと面倒で」

「使え」

「え?」

「そういう制度は面倒でも使え」

 

 何のためにあるんだ。

 

 16歳の先輩魔法少女へ、14歳の新人が勤怠指導を始めた。

 

 見た目だけなら、年下がちょっと口うるさいだけ。中身まで考えると全部おかしい。

 

「ミミカって細かいこと気にするんだね」

「お前が気にしなさすぎなんだよ」

「ルナ、ミミカは契約前に労災の有無も確認したんだよ!」

 

 なぜかココが誇らしそうに言った。

 

「ろうさい?」

 

 ルナが首を傾げた。

 

 ……。

 

 魔法少女歴4年。戦闘技術、たぶん一流。

 

 労災、知らない。

 

 教育カリキュラムの配分どうなってるんだ?

 

「それより魔石回収しようよ!」

 

 ココが道路へ降り、紫色の石を前足で指す。

 

「ああ、これ」

 

 怪異が消えたあとに残った石。握りこぶしよりちょっと小さく、中でぼんやり光が動いている。

 

 どう見てもドロップアイテム。

 

「これが魔石?」

「そうだよ! 怪異を倒すと残る魔法資源なの。大きさとか状態で買い取り額が変わるよ」

「買い取り?」

 

 俺の反応が変わったのを、たぶんココは見逃さなかった。

 

 ルナが魔石を拾い、慣れた手つきで光に透かす。

 

「傷も少ないし、状態いいね。この大きさなら4万円前後かな」

「4万円?」

 

 聞き返した。

 

 4万円?

 

「指定の窓口へ持っていくと買い取ってもらえるよ。今回は共同討伐だから、活動記録を見て分配かな」

 

 4万円。

 

 いい金額だ。

 

 前世の俺なら普通にテンション上がる。奨学金、家賃、光熱費、食費。そういうのを払った後の4万円って結構でかいからね。

 

 ゲーム何本買える? 限定版もいける。ちょっと足せば新しい周辺機器も――

 

 いや。

 

 待て。

 

 俺は道路を見る。

 

 でかい穴。シャッターに刺さった破片。

 

 自分の頬を指で触る。

 

「……安くない?」

「そう?」

「当たったら死ぬ攻撃避けて、2人がかりで4万円だぞ」

「でも今日、10分もかかってないよ?」

「作業時間だけで単価割るな。危険度入れろ」

 

 危ない。

 

 俺まで一瞬、「10分で4万円なら時給換算すると……」って考えそうになった。

 

 違う違う。その計算を始めるな。

 

 命は時給計算に入れちゃ駄目なやつだ。

 

「この怪異、大きいけどそんなに強くなかったからね」

「これで?」

「うん。もっと強いのなら10万円超えることもあるよ」

「もっと強いのと戦うの?」

「もちろん」

 

 ルナは当たり前みたいに言った。

 

「私、1人でもだいたい大丈夫だから」

 

 さっきの動きを見たあとだと、強がりとも言い切れない。実際、めちゃくちゃ強い。

 

 でも肩からは普通に血が出てる。

 

 なるほど。

 

 能力はある。が、安全意識が壊れてる。

 

 前世の工場にもいたな、こういう先輩。設備の癖を全部知っていて、トラブル対応も早く、故障したら真っ先に呼ばれる。

 

 なのに「俺は慣れてるから」で保護具を外そうとする。

 

 優秀と安全って、別ステータスなんだな。

 

「ルナって、月どれくらい稼ぐの?」

「月によるかな。少ないときで15万円くらい。多いと40万円超えることもあるよ」

「……高校生が?」

「4年やってるからね」

 

 いや。

 

 答えになってるようでなってない。

 

 4年。つまり12歳から怪異と戦ってきたのか。16歳の今ではあの化け物の攻撃を読めて、肩から血が出ても「かすっただけ」で済ませる。たぶん、全部その4年で身についたんだろう。

 

 俺は自分の膝にできた擦り傷を見る。

 

 俺なんてまだ初日、たった1回。それだけでも、もう十分怖かった。

 

 これを12歳から続けている相手に、「お前それおかしいぞ」って簡単に言えるほど、俺は立派な大人じゃない。

 

 中身は35歳だけど。

 

 35歳なんて、別に何でも分かる年齢じゃないからね。

 

 なので、まずは俺にも分かる話から確認する。

 

「その金って振り込み?」

「うん。明細もスマホで見られるよ」

「毎月?」

「その月に討伐した分がまとめて入るの」

 

 月15万から40万。継続収入。高校生。

 

 下手すると前世の俺より稼いでる月すらある。

 

 ……ん?

 

 俺の頭の中で、さっきの怪異とは別の警報が鳴った。

 

「ルナ」

「なに?」

「1個だけ聞いていい?」

「いいよ」

「その収入」

「うん」

「税金の申告、してる?」

 

 ルナはきょとんとした。

 

「活動報告なら毎回ちゃんと送ってるよ?」

「活動じゃなくて税金」

「税金?」

「所得税とか」

 

 ルナが少し考える。

 

 本当に考える。

 

 そして。

 

「……未成年でも、いるの?」

 

 俺は無言でココを見た。

 

「納税に関する個別相談は、ボクの担当外だよ!」

 

 元気に言うな。

 

 怪異は倒したし、逃げ遅れた子どもも助かった。俺の魔法少女初出勤は、たぶん成功。

 

 めでたい。

 

 ただ、次に対応しないといけない異常は道路の上じゃない。

 

 どうも先輩魔法少女の口座に潜んでいるらしい。

 

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