非課税少女ミミカ   作:税の作文

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第3話 魔法少女、確定申告の入口で詰まる

「……未成年でも、いるの?」

 

 ルナは本気で分からない顔をしていた。いや、そんな顔で聞かれても俺も困る。

 

「俺も詳しくはないよ? ないけど、16歳になったら税金が全部消える、みたいな都合のいい制度は聞いたことない」

「そうなの?」

「少なくとも月40万とか稼ぐなら、1回ちゃんと確認した方がいいと思う」

 

 ここは強調しておきたいんだけど、俺は税金に詳しくない。マジで詳しくない。

 

 前世では普通の会社員だった。会社員というのは、税金について何も知らなくても税金だけはきっちり取られる生き物である。給料日になったら給与明細を開いて、まず額面を見て「お、今月結構あるじゃん」と思う。で、振込額を見る。

 

 ……あれ? 俺、こんなに働いたよな?

 

 見直しても増えない。毎月だいたいこれだった。

 

 年末調整って言葉も知ってる。確定申告も知ってる。何をするものなのかも、なんとなくは知ってる。以上。

 

 俺は工場で設備動かしてた人間であって、税理士じゃないからね。だからルナが今どれくらい危ない状態なのか、正直俺にも分からない。

 

 ただ、一つだけ分かる。

 

 分からないから放置。これは多分、一番やっちゃいけない。

 

「ココ。魔法少女の収入って、どこで確認できる?」

「活動管理画面に全部あるよ! 魔石の鑑定額も、買い取り額も、振込履歴も!」

「全部残ってる?」

「もちろん!」

「よかった……」

 

 心の底から安心した。

 

「そんなに?」

「4年分の売り上げを記憶から復元するとか言われたら、俺が先に死ぬ」

 

 怪異より嫌だ。4年前の交通費とか聞かれても知らんだろ。

 

「税金の手続きも、そこからできるよ!」

「できるの?」

 

 俺はココを見る。

 

「さっき担当外って言ってなかった?」

「個別の判断はできないけど、画面を出すことはできるよ!」

「プリンターと同じ立場なんだな、お前」

「プリンター?」

「気にするな」

 

 機能はある。相談には乗れない。把握した。

 

「ルナ、その画面見せてもらっていい?」

「いいけど、学校は?」

「その前に病院」

「遅刻するって」

「だから公欠使えって言っただろ」

 

 まず肩。税金はちょっとくらい待つ。傷口は待たせていいことがない。

 

 活動証明を出せば、治療支援も公欠も使えるらしい。制度、あるじゃん。あるのに本人が面倒くさがって使ってないだけじゃん。

 

 前世の工場でもあったなあ、こういうの。安全のために新しい手順を作って、掲示して、マニュアルにも追加する。でも忙しくなると誰もやらなくなる。

 

 意味ないんだよ、それ。仕組みは使われて初めて仕組みなのである。

 

 ……と、14歳の姿で16歳へ説教してから、俺たちは一旦別れた。

 

 そしてその日の夕方。

 

「お邪魔しまーす」

 

 学校帰りのルナが、俺の部屋へやってきた。左肩にはちゃんと包帯が巻かれている。公欠の手続きもしたらしい。

 

 よし。

 

 別に俺が褒められることは何もない。怪我した人間が病院へ行った。それだけなのに、妙な達成感がある。

 

「ミミカって、こういうの得意なんだね」

「得意じゃないよ」

「でも色々知ってるじゃん」

「お前より少し危機感があるだけ」

「怪異の?」

「口座の」

「ああ」

 

 納得するな。

 

 俺とルナはローテーブルを挟んで座った。ココはその真ん中に浮かびながら、ルナのスマホへ管理画面を出す。

 

 紺色の画面に白い文字。そこに並んでいたのは、

 

『活動記録』

『魔石売却収入』

『必要経費』

『申告支援』

 

 ……すごい。

 

 魔法少女という概念が、完全に事務処理へ敗北している。

 

「怪異を倒すでしょ?」

「うん」

「魔石を窓口に渡すでしょ?」

「うん」

「買い取られた金額が活動収入としてここに記録されるの!」

「ここまでは分かる」

「1年分の収入と必要経費を確認して、必要な人は申告するよ!」

「魔法少女なのに?」

「魔法少女でもお金はお金だからね!」

 

 正しい。めちゃくちゃ正しい。だからこそ嫌なんだよ。

 

 魔法少女。変身。必殺技。怪異討伐。確定申告。

 

 最後だけ急に蛍光灯の下でボールペン握ってる感じになる。

 

「ルナの過去分は?」

「見てみるね!」

 

 ココが前年度までの記録を開いた。そこに並んでいたのは、

 

『処理済み』

『処理済み』

『処理済み』

 

「よかったあ……」

 

 思わず息が漏れた。

 

「そんなに心配してたの?」

「4年分まとめて何とかしてって言われる可能性を考えてた」

「そんなに大変なの?」

「知らん。知らんけど絶対やりたくない」

 

 ココによると、魔法少女を始めたばかりの未成年には管理側の申告支援が入るらしい。魔石の売却記録も全部残っているし、必要な処理もある程度は向こうで確認される。

 

 なんだ。ちゃんとしてるじゃん。

 

「じゃあ問題ないね!」

 

 ルナがぱっと笑った。

 

「過去分はな」

「え?」

「今年、赤いの出てる」

 

 今年度の欄には、

 

『経費情報未確認』

 

 赤い。嫌な色。

 

「今年は活動件数が多いから、本人確認が必要みたいだね」

「聞いてないよ?」

「通知来てるんじゃない?」

「来てないと思うけど……」

 

 ルナが通知履歴を開く。

 

『怪異発生』

『出動要請』

『高危険度警報』

『活動報告受領』

『年度内経費確認のお願い』

『怪異発生』

『出動要請』

 

「あるじゃん」

「あ」

「あるじゃん」

「これ、怪異のお知らせだと思ってた」

「件名に経費って書いてあるけど」

「緊急じゃない通知は、あとで見ようと思って」

「見た?」

「今見た」

 

 こいつ。

 

 戦闘中は怪異の腕が動く前に攻撃方向を読めるのに、通知の件名は読めない。人間の能力って、どこかに振るとどこかが減る仕様なのかもしれない。

 

「とりあえず、収入は自動で入ってるんだな」

「うん。魔石売った分はここ」

 

 ルナが画面を操作すると、月ごとの数字が並んだ。

 

 15万。23万。31万。40万超え。

 

「強っ」

「なにが?」

「お前の給与明細」

「給与じゃないよ?」

「そうだった」

 

 高校生のスマホに出ていい数字じゃないだろ。というか前世の俺より強い月がある。

 

 怪異との戦闘では手も足も出ず、収入でも敗北。35歳、14歳へ転生したあと16歳に2連敗。

 

 何の勝負なんだ、これは。

 

「次は経費だね!」

 

 ココが元気よく画面を切り替えた。

 

 真っ白。

 

「……何もないけど」

「入れたことないから」

「活動に使った金は?」

「普通に払ってるよ?」

「それをここに入れるんだと思う」

「なんで?」

「それを俺に聞かれると困る」

 

 いや、考え方は分かるよ。収入があって、仕事に必要な金を使ったら、そこを差し引く。そのくらいは分かる。でも、そこから先は知らん。

 

 前世の俺なんて、仕事で使う設備の部品を自腹で買うこともなかったし、領収書を経理へ出す機会すらほぼなかった。個人事業主の帳簿なんて縁がない。ゲームの経営シミュレーションの方がまだ触ったことある。

 

「怪異の現場まで電車で行くことある?」

「あるよ。遠いところだと電車の方が楽だから」

「じゃあ、その交通費とか?」

「経費?」

「たぶん」

「たぶん?」

「断言を求めないでくれ。俺、この前まで工場勤務だから」

「この前まで?」

「こっちの話」

 

 正確には前世だけど。説明すると長いので流す。

 

「槍の修理代は?」

「槍は魔力で作るから、壊れても次の変身で直るよ」

「へえ」

「先端が欠けても、変身解けば1回消えるし。形を安定させるなら魔力の流し方が重要なんだよ。慣れてないと柄の方から崩れることもあるけど」

「急に詳しいな」

「4年やってるからね」

 

 さっきまで「経費って何?」みたいな顔してた人間が、魔法の槍の話になった瞬間これである。

 

 税金では俺がちょっと先輩。魔法ではルナが圧倒的に先輩。

 

 2人合わせれば万能!

 

 ……にはならない。税務に詳しい人間が1人もいないから。

 

「じゃあ変身衣装は?」

「これも魔力。破れても元に戻るよ」

「衣装代ゼロ、修繕費ゼロ」

 

 毎回フリル付きの衣装を出して、身長くらいある槍も作って、現金支出ゼロ。

 

 魔法、会計との相性悪すぎない?

 

 魔力を1円換算し始めたら終わりだぞ。知らんけど。

 

「スマホは?」

 

 ルナが端末を持ち上げた。

 

「怪異通知見るし、活動報告もするよ」

「私用でも使ってる?」

「動画見る」

「SNSは?」

「見る」

「ゲームは?」

「する」

「全部経費は無理そうだな」

「どこまでならいいの?」

「専門家へ聞け」

「ミミカじゃ駄目?」

「駄目」

「でも詳しいじゃん」

「お前よりマシなだけ!」

 

 何度言わせる。

 

 俺が知ってるのは、入ってきた金を全部使ったら後で困るかもしれない、支払い予定は先に確認しといた方がいい、口座残高はたまに見ろ。その程度。

 

 前世で奨学金の引き落とし日前になると、「足りるよな?」ってアプリ開いて確認してた程度の生活知識だ。

 

 でも、どうもルナはその「普通」をちゃんと教わってない。

 

 怪異の弱点は教わった。槍の使い方も教わった。魔石の回収方法も知っている。4年間で戦闘の技術はめちゃくちゃ身についた。

 

 で、その魔石を金に換えた後の説明は?

 

 スマホ通知1通。

 

 ……教育担当、1回こっち来てもらえる?

 

「今日は申告しない方がいいな」

「しなくていいの?」

「違う。必要な記録集めて、分かる人に相談してからやる」

「今やっちゃ駄目?」

「分からないまま適当な数字入れる方が怖い」

 

 前世の工場にもいた。

 

 よく分からない警報が出る。とりあえずリセット。機械が動く。

 

「直った!」

 

 直ってない。あとでもっとでかく止まる。

 

 税金で同じことを試す勇気はない。

 

「じゃあさ」

 

 ルナが画面を指差した。

 

「この『税額試算』って?」

「押す前に聞け」

 

 もう押していた。

 

「申告じゃないから大丈夫だよ!」

 

 ココが横から説明する。

 

「なら先に言え!」

 

 現在までの収入と、入力済みの経費を使って参考額を出す機能らしい。細かい式? 知らん。理解する気も今はない。

 

 でも、最後に赤い数字で表示された金額だけは俺にも読めた。

 

「うわ」

 

 ルナの顔が引きつる。

 

「こんなに?」

「落ち着け。今、経費ゼロで計算してるから」

「どうしよう」

「だからまだ慌てるなって」

「ミミカ、やっぱり詳しいね」

「今の説明、画面に書いてあるからね?」

 

 俺は何もしてない。説明文を読んだ。それだけ。

 

 それだけなのに、魔法少女界隈では有識者扱いされそうで怖い。

 

「あ」

 

 そういえば。

 

「俺の今日の報酬は?」

「もう反映されてるよ!」

「早いな」

 

 ココが今度は俺のスマホへ画面を出した。

 

『初回活動』

『怪異討伐補助』

『一般人救助』

『魔石買い取り額:40,000円』

 

 その下。

 

『受取予定額:8,000円』

 

「8,000円」

 

 俺はちょっと姿勢を正した。

 

 8,000円。いいじゃん。

 

 前世の感覚だと普通に嬉しい。ゲーム1本には少し足りない。でもセール中なら2本いけるし、ちょっといい飯も食える。

 

 ……道路に叩き潰されかけた対価だと考えた瞬間、急に低く見えるけど。

 

「救助の記録もちゃんと評価されてるね。初めてで8,000円なら悪くないよ」

 

 ルナが自分のことみたいに喜んでくれた。

 

 いい先輩なんだよなあ。税務だけが壊滅してるけど。

 

「俺のも試算できる?」

「できるよ!」

 

 ココが操作する。

 

 結果。

 

『参考税額:0円』

 

「まあ、そりゃそうか」

「そうなの?」

「8,000円しかないし」

 

 驚くところじゃない。初日に8,000円もらっただけの14歳から、いきなり税金取られる方が怖い。

 

「じゃあ、ルナと同じ金額入れてみる?」

 

 ココが試算条件を変更する。

 

 収入、同じ。経費、同じ。条件もだいたい同じ。

 

「これなら何か出るだろ」

 

 再計算。

 

 一度画面が暗くなって、表示された。

 

『参考税額:0円』

 

「……ん?」

 

 もう一回。

 

『0円』

 

「待って」

 

 条件初期化。入れ直す。再計算。

 

『0円』

 

「……は?」

「ゼロだね」

「見れば分かる」

 

 ルナの名前に切り替える。赤い金額。俺に戻す。ゼロ。

 

 もう一度ルナ。金額あり。

 

 俺。ゼロ。

 

 同じ収入、同じ経費、同じ画面なのに、俺だけゼロ。

 

「ココ」

「なに?」

「壊れてない?」

「処理は正常だよ!」

「正常な数字に見えないんだけど」

「エラーは出てないよ?」

「控除とか?」

「同じ条件だよ」

「登録したばっかだから?」

「活動期間は関係ないよ!」

「計算ミス」

「処理は正常!」

 

 その「正常」の信用がどんどん下がっていく。

 

「詳細見せて」

「うん」

 

 ココが画面をなぞると、項目が開いた。

 

 収入。経費。各種判定。

 

 そして一番下。

 

【活動所得:課税所得への算入対象外】

 

「……ん?」

 

 その下。

 

【適用根拠:固有能力】

 

「固有能力?」

 

 ルナが俺を見る。

 

「ミミカ、能力確認まだしてなかったの?」

「契約して5分後に大型怪異の前へ放り込まれた人間に聞く?」

「あ、そうだった」

「本来なら基礎講習で確認するんだよ!」

 

 ココが胸を張る。

 

「その本来を実行できなかった側が胸張るな」

「緊急だったから!」

「分かってるけど!」

 

 俺はスマホを持ち直した。

 

「能力欄、見せて」

「分かった!」

 

 画面が切り替わる。

 

『登録名:ミミカ』

『基本魔法:身体強化』

『基本魔法:魔力弾』

 

 ここまでは知ってる。

 

 そして、その下。

 

【固有能力:非課税】

 

「……」

 

 非課税。

 

 もう一回見る。

 

 非課税。

 

 炎とかさ。あるじゃん。

 

 氷とか。雷とか。回復とか。瞬間移動とか。

 

 魔法少女の固有能力って、普通そういうやつじゃないの?

 

 なんで俺だけ、

 

 税区分?

 

 いや、待て。

 

 魔法少女の能力名として、どう考えてもおかしいだろ。

 

 非課税って。

 

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