非課税少女ミミカ 作:税の作文
聞いてほしい。
魔法少女の固有能力と聞いたら、普通は炎とか氷とか、回復とか瞬間移動とか、そういうものを想像するだろ。俺もそう思っていた。
で、俺の能力がこれ。
【固有能力:非課税】
……税区分じゃん。
「もう少し格好いい名前にならなかったのか?」
「能力名はボクが決めてるわけじゃないよ」
「せめて『黄金の祝福』とかあるだろ」
「非課税の方が分かりやすいよ?」
「分かりやすすぎるんだよ」
表示を確認したところ、攻撃力は上がらない。怪我も治らない。敵も止まらない。代わりに、魔法少女として稼いだ金が課税所得へ算入されない。
「これ、ハズレでは?」
「固有能力に当たり外れなんてないよ!」
「戦闘中に所得税ゼロでどうしろっていうんだよ」
……ところが、そこで一度、35歳会社員だった頃の給与明細を思い出した。
額面を見る。ちょっと嬉しい。手取りを見る。ちょっと悲しい。
あのイベントを毎月経験した人間として、もう一度この4文字を見る。
【非課税】
……あれ?
「これ、普通に当たりじゃない?」
「さっきハズレって言ってなかった?」
「評価を修正する。戦闘面ではハズレ。生活面では大当たり」
「そんな評価方法あるの?」
「今作った」
たぶん学生だった頃の俺なら、「地味」の一言で終わっていたと思う。でも、一度でも給与明細を見ながら「誰がこんなに持っていったんだ」と思った経験がある人間なら分かる。
非課税。いい言葉じゃないか。
華はない。派手さもない。子ども向けの玩具に「非課税!」と書いてあっても、たぶん売れない。
でもいい。ものすごく実用的。
「とはいえ、本当に能力の効果なのか?」
数秒浮かれたところで、俺は少し冷静になった。
「能力っぽく表示されてるだけで、実際はシステムのバグとかじゃないの? 未成年だからとか、登録したばかりだからとか、何か別の理由がある可能性は?」
「でも同じ条件でルナには税額出てたよ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
「能力を適用しなかった場合の参考額も見られるよ!」
「そんな機能まであるの?」
妙なところで親切だな、このシステム。
ココが試算画面を開く。俺の名前。仮の活動収入。ルナと同じ金額。経費も同じ。
能力適用前の欄には、ちゃんと赤い数字が出ていた。その下に、
【固有能力『非課税』を適用】
そして、
【参考税額:0円】
「……本当にゼロだ」
「ゼロだね」
「金額変えてみて」
「いいよ」
収入額を増やす。ゼロ。討伐報酬を追加。ゼロ。仮の特別報奨金も追加。ゼロ。
試しに普通のアルバイト収入へ切り替えてみると、そっちには普通に参考税額が表示された。
なるほど。何でもかんでも税金が消えるわけじゃない。対象はあくまで、魔法少女として稼いだ金。
範囲は狭い。でもその範囲に入った瞬間、全部ゼロ。
「ずるい」
隣でルナがぼそっと言った。
「お前、さっきまで税金よく分かってなかっただろ」
「でも私の画面には赤い数字出てたのに、ミミカには出ないんでしょ?」
「比較すると一気に理解するんだな」
「1年でどれくらい得するの?」
「知らん」
「急に冷たい」
「冷たくない。計算できないだけ」
収入も違う。経費も違う。税率だの控除だのもあるんだろうけど、そこから先はもう俺の領域ではない。
税理士でも経理でもない35歳元工場勤務男性に、何を期待しているんだ。
「俺に分かるのは、お前のところに出た赤い数字が、俺のところだとゼロになる。それだけ」
「それなら私にも分かる」
「だろ?」
四則演算の範囲まで落とせば、税金はかなり分かりやすい。赤い数字よりゼロの方が小さい。以上。
「その能力、貸せない?」
「固有能力なんだけど」
「貸せないよ!」
ココが即答した。
「じゃあ交換とか」
「仮に交換できるとしてさ。お前のあの月の刃と、俺の非課税、交換したい?」
ルナはちょっと考えた。
「……しないかな」
「だよな」
俺だって怪異の前に立つなら光の刃が欲しい。税額がゼロになっても、6本腕の攻撃は止められない。道路に開いた穴も埋められないし、俺のしょぼい魔力弾が急に必殺技になるわけでもない。
魔法少女として見れば地味。元社会人として見れば、めちゃくちゃうれしい。
評価軸によって点数が上下しすぎる。面倒な能力だな。
「でもさ」
俺は今日の活動記録を開いた。初仕事。報酬、8,000円。その横に、救助や共同討伐の記録が並んでいる。
「これだけでも魔法少女になった価値あったかもしれないな」
「そんなに非課税ってすごいの?」
「社会人を数年やると分かる」
そう言ったところで、今日の戦闘を思い出した。
怪異の腕。道路の穴。頬の横を飛んでいった破片。死にかけた回数、少なくとも1回。
「……いや、まだ元は取れてないわ」
「どっちなの?」
「非課税は嬉しい。でも命懸けで8,000円は別問題」
危ない危ない。税金がかからないというだけで、魔法少女業務そのものを高評価するところだった。
非課税はありがたい。そこは間違いない。でも元の報酬が低ければ、何パーセント税金が減ろうと手元に残る金も少ない。収入を増やすには怪異と戦う回数も増える。
命懸けの歩合制。
この根っこの部分は、1ミリも改善していなかった。
「喜ぶのやめたの?」
「いや、喜んでるよ」
「じゃあ何で文句言ってるの?」
「喜ぶことと文句言うことは両立するだろ」
「するの?」
「する」
前世でもそうだった。給料が上がれば嬉しい。でも「これ、1年前に上げてもよくなかった?」くらいは思う。食堂のメニューが改善されたら嬉しい。でも値段まで上がったら文句は言う。
満足したら改善要求を出してはいけない、なんてルールはない。むしろ長く続けたいなら、嫌なところは嫌と言った方がいい。
「じゃあミミカは、もう自分の税金は気にしなくていいんだね」
「魔法少女活動の分だけな。たぶん」
「たぶん?」
「画面にそう書いてあるだけだから、正式な扱いは管理側の相談窓口にも確認する」
「能力なのに?」
「能力でも金が絡むなら確認する」
大丈夫だと言われただけで設備を動かすな。画面に出ているだけで重要な判断をするな。
前世で覚えたことって、魔法少女になっても案外使えるんだな。
「で、自分の話は一旦終わり」
「終わり?」
「ルナの経費整理、途中だっただろ」
「まだやるの?」
「まだやるんだよ」
露骨に嫌そうな顔をするなよ。
「今日は申告しない。でも相談窓口に持っていくなら、どこで何に金を使ったかくらいは分かるようにしといた方がいいだろ」
「はーい」
ルナは渋々スマホを手に取った。
ところが、活動記録と交通履歴を並べた瞬間、動きが変わった。
「この日は駅前の怪異でしょ。この日は河川敷。これは途中で別の子と交代したから、帰りだけ電車使ってる」
「よく覚えてるな」
「戦った場所なら覚えてるよ。ここの怪異は右腕が長くて、河川敷の方は水に入ると動きが――」
「その記憶力で経費の通知を忘れるなよ」
「だって怪異は人を襲ってくるけど、通知は襲ってこないし」
「襲ってこないものも確認して」
でも作業自体は、思っていたより早く進んだ。
俺は別に「これは経費」「これは駄目」と判定しない。そんな知識はないから、これは怪異現場へ行くときの交通費、これは活動中に必要だった支出、これは私用と混ざってるから要確認、という感じで候補だけ分けて、分からないものには印を付ける。
あとは専門の窓口で聞けばいい。知らないことを知らないまま断言するより、その方が100倍マシだ。
「ミミカ、やっぱりこういうの詳しいよね」
「だから詳しくないって。お前より少し書類読むだけ」
「でも、他の子もこういうので困ってるかもしれないよね」
「まあ、いるだろうな」
ルナだけ制度が違うわけじゃない。同じように魔石を売って、同じように報酬をもらってるなら、経費の通知を怪異警報だと思って放置してる魔法少女が他にいてもおかしくない。
いや、おかしいけど。
「じゃあ聞いてみるね」
「ん?」
ルナがスマホを操作し始めた。
この時点で嫌な予感はした。こういうときの嫌な予感って、だいたい当たる。
「どこに聞くの?」
「魔法少女の連絡グループ」
「待って」
手遅れだった。
「何て送った?」
「これ」
ルナが画面をこちらへ向ける。
『新人のミミカ、税金に詳しいよ。困ってる子がいたら相談できると思う!』
「詳しくないって今まで何回言った!?」
「でも私より詳しいよ?」
「比較対象が弱すぎるんだよ!」
しかも送信済み。取り消す暇もなく、通知が鳴った。
『装備の修理代って経費になりますか?』
続けてもう1件。
『使い魔の食費について聞きたいです!』
さらに。
『相談するならいつ空いてますか?』
……ちょっと待とうか。
俺は3日前に14歳の美少女へ転生した。今日、魔法少女になった。初出動で死にかけた。固有能力は非課税だった。
ここまでは、まあいい。いや、よくはないけど、もう受け入れよう。
でもなんで、その日の夜には税務相談の予約が入り始めてるんだ?
魔法少女としての業務範囲が広がる速度だけは、怪異よりよほど速かった。