非課税少女ミミカ 作:税の作文
朝起きたら、スマホの通知が37件来ていた。
いや、37件って。
寝起きの俺は最初、怪異でも大量発生したのかと思ったんだよ。だって魔法少女の端末が朝っぱらから37件も鳴ってるんだから、普通そう思うじゃん?
違った。全部、税金の相談だった。
これはこれで怖い。
『杖の修理代って経費ですか?』
『変身前に破れた服は?』
『戦闘後に食べたパフェは回復目的なので必要経費ですよね?』
『使い魔の食費について相談したいです!』
『ミミカちゃんは非課税って本当?』
最後のやつだけ質問の方向性が違うな。
俺は布団の中でスマホを握ったまま、しばらく天井を見た。魔法少女になって2日目の朝である。
普通さ、2日目って変身の練習するとか、自分の魔法を試すとか、必殺技の名前を考えるとか、もう少し夢のあるイベントが来ると思わない? 俺もそう思ってた。
現実には、知らない魔法少女から送られてきた領収書の写真を、布団の中で指2本使って拡大している。
転生ってこういうものだったっけ。
「ココ」
「おはよう、ミミカ!」
枕元で丸くなっていた白い妖精が、朝から元気よく飛び上がった。
「この通知、止められる?」
「グループを抜ければ止まるよ!」
「抜ける」
「でも個別メッセージが21件あるよ」
「それを先に言え」
逃げ道まで塞がれていた。
原因は分かっている。ルナだ。
昨日の夜、あいつが魔法少女の連絡グループに、
『新人のミミカ、税金に詳しいよ。困ってる子がいたら相談できると思う!』
と送った。
訂正しようとした頃にはもう質問が飛んできていて、俺は3件目を読んだところでスマホを伏せた。1晩寝れば落ち着くだろうと思ったんだよ。
増えてた。
相談というのは、1晩寝かせると熟成するらしい。
「とりあえず、『俺は専門家じゃありません』って送る」
「うん!」
俺はまだ半分寝ている頭で文章を打った。
『税理士でも経理でもありません。個別の経費判断はできません。分からないものは公式の相談窓口へ確認してください』
送信。
3秒後、返信。
『領収書は取っておいた方がいいですか?』
『取っとけ』
反射で返した。
『やっぱり詳しい! ありがとうございます!』
「今ので!?」
俺が詳しいんじゃない。周りが知らなさすぎる。
領収書を捨てない方がいいですよ、と言っただけで有識者扱いされる業界が存在していいのか。魔法少女になるには命懸けの戦闘が必要なのに、税務有識者になるためのハードルだけ異様に低い。
もう少し競争率を上げてくれ。
正直、放置しようとも思った。俺は魔法少女になったのであって、無料税務相談チャットボットになった覚えはない。
ところが届いているメッセージを見てみると、
『去年買った装備の値段が分かりません』
『領収書を捨てちゃったんですけど、ゴミ箱から拾った方がいいですか?』
『交通費って記録するんですか?』
みたいな、本気で困ってるやつが結構ある。
別に全員を救いたいわけじゃない。いや、困ってるなら多少は助けたいよ?
でも何より、このまま放置すると来年さらに面倒な状態になって、最終的になぜか俺へ戻ってくる気がする。
未来の俺を守るためである。そういうことにした。
『経費になるかどうかは俺には判断できない。ただ、使った記録と領収書は残して、公式窓口へ確認した方がいい』
今度は余計なことを断言しないよう、かなり慎重に返した。
すると、
『詳しい』
『助かります!』
『さすが非課税!』
みたいな反応が付いた。
最後のは能力と知識を混同してるだろ。
午前中だけで、質問は50件を超えた。
しかもグループチャットというのが最悪だった。誰かが経費について質問する。その下で別の子が回答する。さらに別の子が自分の装備について聞き始める。途中で普通の雑談が入る。
で、その間に、
『西地区に低危険度怪異を確認』
とかいう命に関わる情報が、さらっと流れていく。
装備費。使い魔の餌代。西地区に怪異。スマホ代。戦闘後のパフェ。
待て。
1個だけ重要度おかしいだろ。
「この情報設計、駄目だ」
「何が?」
「怪異情報と税金相談が同じ場所に流れてること」
前世の工場でもあったんだよ。重要な業務連絡も、「今日お土産置いときました」みたいな連絡も同じところに流す。
あとになって、
「昨日連絡しましたよね?」
と言われる。
知らん。流したことと伝わったことは同じじゃない。
「まず、相談と怪異情報を分けよう」
「相談に乗るの?」
「乗らない。整理するだけ」
本当だよ。この時点では本当にそのつもりだった。
ココに頼んで、質問専用の入力欄を作ってもらう。
必要なのは、相談内容、購入日、金額、何に使ったか、普段も使うものなのか、それから領収書や利用履歴があるか。考えたのはその程度。
税務知識でも何でもない。前世の工場で作業記録の書き方が人によってバラバラだったから、「同じことは同じ欄に書きましょう」って整理したのと大差ない。
つまり俺は、税務相談ではなく入力フォームを作っている。そのはずだった。
「入力された順に番号付けるね!」
ココが嬉しそうに光の画面を開いた。
【受付番号 001】
「待って」
「なに?」
「なんで受付が始まってるの?」
「番号あった方が順番分かりやすいでしょ?」
「それはそう」
正しい。ものすごく正しい。
正しいんだけど、俺は今何を開業しようとしてるんだ?
昼過ぎ。問題の元凶がやってきた。
「ミミカ、ごめんね。思ったよりたくさんいたみたい」
「ルナ」
「うん」
「お前、あのグループに何人いるか知らなかったの?」
「出動するときに見るだけだから、人数は数えたことないかな」
「今、受付番号23まで出てるんだけど」
「そんなに!?」
こっちが聞きたい。
ただ、ルナは驚いたあと、すぐに表情を引き締めた。
「私も手伝う。私が紹介したんだし」
こういうところはちゃんとしている。原因は作る。でも逃げない。戦闘でもそうだったけど、ルナは責任を取る場面ではかなり真っ直ぐだ。
「じゃあ受付お願い。質問を聞いて、購入日と金額と用途を確認して」
「分かった!」
「あと、判断はしない」
「分かった!」
「分からないものは俺かココに回す」
「了解!」
頼もしい。戦闘中なら、この返事を聞けばかなり安心できる。
10分後。
「ミミカ。戦闘で使ったものなら全部経費でいいんだよね?」
「なんで10分で禁止事項破った?」
「でも活動に必要なんでしょ?」
「必要そうなのと、税務上どう扱うかは別。候補と確定を混ぜるな」
「あ、なるほど」
一回説明すると、ルナはすぐ理解した。本当に頭が悪いわけじゃないんだよね。
次から質問票の端へ『要確認』と書き、用途まで詳しく聞き始めた。
「これは予備の短剣で、怪異戦以外では使わない。こっちの手袋は炎熱系魔法の補助具だけど、冬は普通にも使ってるって」
「それなら『私用あり、要確認』」
「了解」
税金は俺の方が少し分かる。魔法関連はルナの方が100倍詳しい。2人合わせると、かなり情報は集まる。
最終判断できる人間だけいない。
そこが一番大事なんだけど。
一人目の通話相談者は、アカリと名乗った。
赤い髪を短く切った、俺と同じくらいの年頃の女の子で、画面の向こうの机には短剣が3本並んでいた。
「怪異によって効く武器が違うから、自分で買ってるの。こういうのって経費になる?」
「仕事でしか使わないなら候補にはなりそう。でも俺に確定を求めないでね。領収書ある?」
「あるよ!」
「よかった」
アカリが画面の外へ手を伸ばして、大きな箱を持ってきた。
ぱかっ。
領収書。山。
「……全部そこ?」
「うん!」
残してはいる。素晴らしい。
整理はしていない。最悪。
前世の工場にあった、「必要な部品は全部あるけど、型番も日付も関係なく1箱に突っ込んである倉庫」を思い出した。
物がないよりはいい。でも必要なときに見つからない物は、半分ないのと同じなんだよ。
「まず日付で分けよう」
「それだけ?」
「それだけ」
「やっぱりプロは違うね」
「どこがプロに見えた?」
ただの整理整頓である。小学校でも習う。
二人目はナナセという、かなり物静かな魔法少女だった。
画面の中で灰色の小動物を膝に乗せている。丸い耳に、やたら長い尻尾。猫でも犬でもない。
「この子は怪異の気配を探してくれる使い魔です。活動には必要なんですが、普段は家で一緒に寝ています」
「うん」
「餌代って、どこまで経費になりますか?」
来た。
仕事と私生活の境界線が、毛皮を着て現れた。
「知らん」
「はい」
「ごめん。役に立たないのは分かってる。でもこれは俺が決めていい質問じゃない」
「そうですよね」
「活動でどんな役割があるか、普段はどう飼ってるか、月いくらくらいかかるか。その辺まとめて公式窓口に聞こう」
「分かりました。ありがとうございます」
ナナセは真面目に頭を下げた。
……俺、何も解決してないけど?
質問を整理して、「分からないから詳しい人に聞こう」って言っただけで感謝された。
これ、やっぱり制度側の説明が足りなさすぎるな。
「ココ。使い魔の餌代について公式情報ある?」
「あるよ! 該当しそうな規定と案内が32件!」
「多い」
「全部表示する?」
「やめろ。相談窓口だけ出して」
「分かった!」
ココ、検索能力は高い。ただ、人間が読める量に調整する機能が若干弱い。
次に来たのは、グループチャット経由の質問だった。
『怪異の現場まで瞬間移動した場合、交通費はいくらで記録すればいいですか?』
「実際に金払った?」
『払ってません』
「なら、とりあえず交通費として出た金はゼロじゃない?」
『なるほど!』
「いや、そんな感心されても」
魔力でワープしたからといって、存在しない電車代を想像で作っちゃ駄目だろ。
たぶん。
いや待て。魔力消費が何か別の扱いになるとかは知らないぞ。
もう全部最後に「詳しくは公式窓口へ」を付けよう。
俺は回答の下に、
『※個別判断は公式相談窓口へ確認してください』
と太字で追加した。
保険である。俺自身への。
さらに、朝から気になっていた相談が回ってくる。
戦闘後のパフェだ。
『大きな魔法を使うと糖分が欲しくなるんです。だから回復に必要な支出ですよね?』
「その店、普段も行く?」
『週3くらいです』
「結構行くな」
『おいしいので』
「じゃあ、本当に回復目的?」
少し間。
『……おいしいです』
「正直でよろしい」
経費になるかどうかは知らん。ただ、前世の俺が夜勤明けに買っていた菓子パンとエナジードリンクを、全部会社に請求できた記憶はない。
たぶん難しいと思う。たぶんね。
そこからしばらく、相談は途切れなかった。
ルナが質問を聞く。俺が内容を整理する。ココが公式情報を探す。分からなければ『要確認』へ。
最初はただのグループチャットだった。それが気づけば、
【受付済み】
【確認中】
【要公式相談】
なんて一覧ができていて、相談番号が順番に進み、ルナが、
「次の方どうぞー」
とか言っている。
俺の机には飲み物まで置かれていた。
「……待って」
「どうしたの?」
「なんで完成してるの?」
ルナが首を傾げる。
「何が?」
「これだよ。もう税務相談所じゃん」
「最初よりすごく分かりやすくなったね!」
「改善活動の成果を褒めてるんじゃないんだよ」
どうしてこうなった。
いや、途中から俺も悪い。
混乱したものを見ると整理したくなるんだよ。誰が何を聞いたか分からない。回答したかも分からない。同じ質問が何回も来る。
そういう状態、ものすごく気持ち悪い。
前世で嫌々やらされた改善活動の癖が、こんなところで綺麗に発動していた。人間、嫌いだった仕事ほど身体に染み付いてることがある。
しかも途中から、
「受付番号16番、金額未記入じゃん」
とか、
「この人、用途欄が空白だぞ」
とか、俺自身が気にし始めていた。
完全な被害者ではない。
「ミミカちゃん、本当に税金払わなくていいんですか?」
通話の向こうから聞かれた。
「魔法少女活動の収入だけね」
「いいなあ」
「まあね」
ちょっとだけ得意になった。
非課税。
昨日は「戦闘で何の役にも立たないじゃん」と思ってた能力なのに、この部屋では圧倒的人気である。
人間、評価する場所が変わると能力の価値も変わるらしい。
そこで時計を見た。
「……え」
4時間。相談を始めてから4時間経っていた。
俺は税金を取られない。その代わり、休日みたいな時間を4時間取られている。
非課税能力、そこは守ってくれないらしい。
画面を見る。
【相談待ち:残り9件】
無理。
「今日はここまで」
「え?」
ルナが画面を見る。
「まだ待ってる子いるよ?」
「いるね」
「いいの?」
「いい。残りは公式窓口へ回す」
ここはちゃんと線を引かないと駄目だ。
「俺たちだけで抱える仕事じゃないよ。というか、そもそも俺たちの仕事じゃない」
「あ」
「今気づいた?」
相談者たちへ事情を伝えると、意外なくらいあっさり了承してくれた。
誰も税金をごまかしたいわけじゃないんだよね。何を残せばいいのか、どこに聞けばいいのか。それが分からなかっただけだ。
怪異との戦い方も、魔石の回収方法も教えてもらえるし、売れば金だって振り込まれる。でもその先は、スマホに難しい通知が1通届いて終了。
未成年が多い業界なんだろ?
これ、普通にまずくない?
俺は税金の先生にはなれない。なる気もない。
でもせめて、困ったときに「ここに聞け」と分かる場所くらい、最初からもっと目立たせてもいいだろう。
「明日から俺は相談受けないからね」
「分かった。グループにも公式窓口を使うように送る」
ルナはそう言って文章を打ち始めて、それから手を止めた。
「……送る前に見てもらっていい?」
「いいよ」
成長してる。
昨日は勝手に俺を税務有識者として全体公開した人間とは思えない。
俺たちは最後の相談票に公式窓口の案内を付け、受付終了。
ココの画面から、
【相談待ち】
の文字が消えた。
「終わった……」
俺は机に突っ伏した。
もうやらない。絶対やらない。
魔法少女になって2日目で税務相談所を開く人生なんて、1回経験すれば十分だ。
その瞬間、スマホが鳴った。
「……」
嫌な予感。
画面を見る。新着、1件。
送り主は魔法少女のグループではなかった。
【特殊魔法資源管理庁】
役所。
文章を開く。
『あなたの活動記録および固有能力について、確認したい事項があります』
丁寧。ものすごく丁寧。
だから怖い。
人間って不思議だよな。怒ってる文章より、「確認したい事項があります」の方が怖いことあるんだよ。
税務署ではない。魔法少女の活動を管理している、そっちの役所。
俺はしばらく画面を眺めてから、隣に浮いているココを見た。
「ココ」
「なに?」
「俺、なんかやった?」