非課税少女ミミカ 作:税の作文
「やったことなら、怪異を1体倒して、活動記録を送って、昨日はみんなの税務相談を整理したね!」
「聞き方が悪かった。そうじゃなくて、俺、怒られるようなことした?」
「してないと思うよ!」
「思う、なんだ」
そこは断言してほしかった。
俺のスマホには、昨日届いた通知がまだ開かれている。
【特殊魔法資源管理庁】
『あなたの活動記録および固有能力について、確認したい事項があります』
確認したい事項があります。この文章、何も悪いことしてなくても怖くない?
「あなたは何も悪くありません」とは一言も書いてないし、何を確認したいのかも書いてない。ただ丁寧に「確認したい事項があります」とだけ書いてある。役所というのは、人間を不安にさせる文章を作るのが妙にうまい。
いや、別に悪いことはしてないんだよ。怪異を倒して、報酬は8,000円。活動記録も出した。昨日の税務相談だって、「これは絶対経費です!」みたいな無責任なことは1度も言っていない。領収書は残そうとか、分からないものは公式窓口へ聞こうとか、その程度だ。
だから何もしてない。たぶん。
……いや、してない。
3回くらい自分に言い聞かせたところで、だんだん犯罪者の思考みたいになってきた。
「もしかして、資格ないのに税金の相談したから怒られる?」
「でもミミカ、税金の答えはほとんど教えてなかったよね?」
「教えられないからな」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
ココは簡単に言う。
そう思うじゃん? でもね、何もしていない人間のところに突然届く『確認したい事項があります』は、むしろ何を確認されるのか分からないぶん怖い。
前世でも役所から知らない封筒が届くと、まず差出人を見る。次に件名を見る。もう1回差出人を見る。裏面も見る。それから開ける。
別に脱税してたわけじゃないよ。人間、役所から自分宛ての封筒が届くだけで多少身構えるものなんだ。
「断る?」
「断れるの?」
「面談自体は任意って書いてあるよ」
「……行く」
「任意なのに?」
「任意の呼び出しを断ったら、もっと怪しく見えそうだから」
非常に消極的な理由で承諾ボタンを押した。
俺は何も悪いことをしていない。なのに、なぜか自首する人みたいな気持ちになった。
◇
翌日の午前。俺はルナとココを連れて、特殊魔法資源管理庁の建物まで来ていた。
ルナを連れてきた理由? 昨日の騒動の原因だから。
「私も行くよ。ミミカが呼ばれたの、たぶん昨日のことも関係してるでしょ?」
本人も責任を感じているらしく、学校には活動関係の手続きを出して付き添ってくれた。こういうところは本当に真面目なんだよな。
人の税務相談窓口を勝手に開設するところ以外は。
「ミミカ、そんな緊張しなくても大丈夫だよ。管理庁の人と話すだけでしょ?」
「その言い方できるってことは、呼び出されたことある?」
「何回かあるよ。討伐報告の確認とか、壊した建物の聞き取りとか」
「慣れてるな……」
「4年やってるからね」
魔法少女歴4年になると、怪異への対応だけじゃなくて役所への耐性まで付くらしい。
俺は逆だった。中身が元社会人なので、『任意です』とか『確認です』とか『聞き取りです』みたいな言葉を見ると、その裏にある書類の量を想像してしまう。本当に断っていい任意なのか。確認だけで終わるのか。あとから追加資料とか言われないか。そういう余計な経験値だけある。
管理庁の建物は、白くて大きかった。見た瞬間の感想としては、役所と病院と研究所を1つの箱に詰め込んで、角を全部きっちり揃えた感じ。
すごく清潔。すごく真面目。そして、入った瞬間に書類を3枚くらい渡されそう。
実際には受付票が1枚だけだった。
「1枚か」
「少ないね!」
「安心しかけた自分が嫌だ」
何枚を想定していたんだ、俺は。
受付を済ませると、小さな会議室へ案内された。白い壁。長机。椅子が4つ。壁際には記録を映すための黒いディスプレイ。
……嫌な懐かしさがある。
前世の工場でも、監査の日になるとこういう部屋に資料が集められてたんだよ。普段は現場に来ない偉い人が急に歩き回って、なぜか昨日まで段ボールが積んであった場所だけ綺麗になっている。
監査当日の工場は、1年で一番整理整頓されている。
今回は隠す段ボールすらないけど。なぜなら監査対象が俺だから。
「帰りたいな」
「まだ始まってないよ?」
「だから帰りたい」
ルナに呆れられていると、ドアが開いた。
「お待たせしました。今回の調査を担当する神代律です」
入ってきたのは、30歳前後くらいに見える女性だった。暗い色のスーツに、後ろでまとめた髪。声は落ち着いているし、別に怖い顔をしているわけでもない。
ただね。一目見て思った。
この人、提出書類に空欄が1個あったら絶対見逃さないタイプだ。
しかも赤ペンで怒るんじゃなくて、無言で付箋を貼って返してくる。完全な偏見だけど、たぶん当たっている。
「ミミカです。あの、始める前に1ついいですか?」
「はい」
「これ、税務調査ですか?」
「違います」
即答だった。迷いゼロ。
「税務調査ではありません。あなたの魔法少女としての活動実態、および固有能力について確認するための調査です」
「活動実態調査」
「はい」
「税務調査をちょっと言い換えただけでは?」
「目的が違います」
「逮捕とかも?」
「しません」
「本当に?」
「話を進めてもよろしいですか?」
「はい」
俺だけ焦ってる。
神代さんは最初から最後まで同じ温度だった。こういう人、強い。俺がどれだけ余計なことを言っても全然ペースを崩さない。
神代さんは手元の端末を机へ置き、俺、ルナ、それから空中に浮いているココを順番に見た。
「まず、昨日行われた相談活動について確認させてください。複数の魔法少女から、経費に関する相談を受けていたそうですね」
「勝手にそうなっただけです」
反射で答えた。
「本当です。ミミカは『分からないものは公式へ聞いて』ってずっと言ってました」
横からルナが助け船を出してくれる。
ありがとう。ただし俺を海へ落としたのもお前だ。
「記録は確認済みです」
「……そこまで見てるんですか?」
「公式窓口へ転送された相談票と、複数の活動者から照会がありましたので」
神代さんは端末を1度確認した。
「あなたが相談の対価を受け取っていないこと、個別の税務判断を断定していないこと、不明点について公式窓口を案内していたことも確認しています。その件は今回の調査理由ではありません」
……。
「じゃあ、あれは問題なし?」
「はい」
「よかったあ……」
身体から力が抜けた。
「そんなに心配してたの?」
ルナが小声で聞いてくる。
「役所の人から『問題ありません』って言われたときの安心感を甘く見るな」
別に最初から悪いことはしていない。知ってる。でも公式に大丈夫と言われると安心するんだよ。
神代さんは特に気にした様子もなく続けた。
「むしろ、必要な案内が魔法少女本人へ十分届いていない点については、こちらの課題です。あなたが作成した質問票の項目も、今後の改善材料として参考にさせていただきます」
「あれ、購入日と金額と用途を書かせただけですよ?」
「その3点が揃っていない相談が多いためです」
「……なるほど」
神代さんの声はずっと平坦だった。でも平坦だからこそ、逆にちょっと察してしまう。
この人たちも苦労してるんだな。
魔法少女は案内を読まない。管理庁は読んでもらうための案内を作る。でも届かない。その間に、税金に詳しくもない俺がなぜか受付番号を発行している。
全員、少しずつ噛み合ってない。
「では、本題に入ります」
「あ、今から本題なんですね」
「はい」
安心する時間、短かったな。
壁のディスプレイが点灯する。表示されたのは俺の活動記録だった。
『登録名:ミミカ』
『怪異討伐補助:1件』
『一般人救助:1件』
『魔石買い取りに伴う受取予定額:8,000円』
……。
「これだけ見ると、めちゃくちゃ新人ですね」
「登録したばかりですので」
「8,000円で役所に呼び出されることあるんだ」
「金額は問題ではありません」
「役所の人が言うと怖いですよ、その台詞」
神代さんは特に反応しなかった。たぶんこういう冗談、通じないタイプではなく、処理する必要がないから処理してないんだと思う。
画面が切り替わった。
【固有能力:非課税】
【魔法少女活動によって得た金銭その他の経済的利益について、課税所得として算入しない】
「見慣れてきたな……」
いや、魔法少女の能力名として見慣れていいのかは今でも分からない。
「登録上、この能力は現在『特殊系』へ仮分類されています」
「仮なんですか?」
「はい。一般的な固有能力は、大きく攻撃、防御、回復、補助などに分類されます。特殊系はそれ以外をまとめた区分ですが、過去の登録記録にあなたと同種の能力は確認されませんでした」
「そりゃ税制は魔法属性じゃないですからね」
「その認識で大きくは間違っていません」
「そこ肯定するんだ」
冗談のつもりだった。どうやら正式に分類不能らしい。
昨日までは「戦闘では微妙だけど生活面では当たりだな」と思っていたのに、役所に持ち込んだ瞬間、『その他』の箱に放り込まれてしまった。
「これ、本当にバグじゃないんですか?」
「その可能性も確認しました。しかし、少なくとも税額試算機能の故障ではありません」
神代さんが画面を操作すると、2つの処理記録が並んだ。
1つはルナ。仮の活動収入が入力されて、その条件に応じた参考税額が計算されている。
もう1つが俺。活動収入はちゃんと存在している。8,000円を受け取る権利も消えてない。でも、申告支援側へ情報が渡る段階で、俺の活動収入だけ最初から、
【算入対象外】
になっていた。
「通常の非課税処理であれば、制度上の根拠となる区分が記録されます。しかし、あなたの場合、その根拠欄には固有能力の識別番号しかありません」
「能力だから非課税。だから税額ゼロ。説明としては普通じゃないですか?」
「結果だけ見れば、そうです」
神代さんが1行を指した。
「ただし、能力がどの処理へ、どのように干渉したのか。その記録がありません」
「……ああ」
そこでようやく、俺にも違いが分かった。
税額が計算されて、そのあと能力でゼロにされた。そういう処理じゃない。
そもそも計算する側へ渡される前から、俺の収入だけ「これは課税対象じゃありません」という札を付けられている。
結果だけ見ればどっちもゼロ。でも途中が違う。
前世の工場で言えば、完成品はちゃんと出てる。品質検査も通ってる。なのに製造記録の途中、1工程だけ丸ごと空欄。
こういうの、嫌なんだよな。
「動いてるならいいじゃん、とは言いづらいですね」
「そういうことです」
神代さんの返事が少し早かった。
やっぱりこの人、監査向きだ。
「ココ。何してる能力なのか説明できる?」
「能力名と、処理結果なら確認できるよ!」
「じゃあ、どうやって非課税にしてる?」
「記録にないから分かんない!」
「お前、管理端末みたいな顔してるのに」
「サポート端末だよ!」
「肩書きを狭めて逃げるな」
ココは悪びれない。神代さんも責めなかった。ただ次の資料を開いた。
今度は、俺の初戦闘ログ。
「うわ」
時刻ごとに全部残っている。
身体強化。
魔力弾、1回。2回。
一般人救助。
ルナとの共同討伐。
そして、
【転倒】
「これ、必要ですか?」
「身体強化使用時の挙動確認です」
「転んだ記録まで?」
「はい」
「消せません?」
「公的な活動記録です」
黒歴史が公文書になった。
最悪。
ただ、内容そのものには妙なところはないらしい。身体強化を使えば魔力は減っている。魔力弾を撃てば、その分ちゃんと消費している。初心者だから動きは下手。そこも正常。
怪異へ『非課税』が発動した形跡も、もちろんない。
ところが。
「固有能力の発動時刻が空欄ですね」
「そりゃ戦闘中は使ってないからじゃないですか?」
「ですが、税務上の処理には適用されています」
「じゃあ自動発動?」
「その可能性はあります」
神代さんが少しだけ画面へ視線を寄せる。
「ただ、一般的な常時型能力でも、何らかの対象へ作用した時点でログが残ります。あなたの場合、それがない」
「……だんだん俺自身がバグ扱いされてません?」
「不正利用者とは考えていません」
「そこは安心していい?」
「未分類能力の保持者として確認しています」
「人間から現象に一歩近づいた気がするな」
犯罪者ではないらしい。代わりに、よく分からない魔法現象になりつつある。
どっちがいいかと言われると、微妙なところだ。
その後、神代さんは契約時の記録まで確認した。適性判定。本人同意。契約成立。魔法少女登録。そして固有能力。
『非課税』
名前も説明文も、最初から表示されている。ただし、分類欄だけは契約した瞬間から、
【暫定】
「これ、契約した時点で何か変だって分かってたんじゃない?」
「表示自体はされてたよ!」
ココが元気に答える。
「本当なら基礎講習で固有能力の確認もする予定だったんだ!」
「で、その前に怪異が出た」
「うん!」
「知ってるよ」
俺の魔法少女初日、必要な研修だけ綺麗に怪異へ踏み倒されてるな。
訓練。能力確認。安全講習。全部やる予定ではあった。
予定では。
こういうの前世でもあったなあ。
「本当は来週研修予定だったんだけど、人が足りないから先に現場入って」
みたいなやつ。
いや、俺の場合は人命がかかってたから事情が違うけど。違うんだけど、嫌な既視感がある。
神代さんが端末へ何か入力する。文字を打つ速度まで一定だ。
「現時点で、能力を利用した不正行為や、登録システムそのものの故障は確認されていません。魔法少女活動も継続可能です」
「よかったぁ」
「ただし、固有能力の適用範囲については追加確認が必要です」
「何すればいいですか?」
「通常どおり活動してください。その中で、能力表示や活動ログに変化があれば報告を」
「通常どおり活動って」
「はい」
「怪異と戦えってことですよね?」
「結果としてはそうなります」
能力調査への協力方法まで危険なんだよ、この仕事。
工場なら試運転は試験設備でやるだろ。魔法少女の場合、実機試験の対象が怪異らしい。
そのとき、壁の画面の端に小さな通知が出た。
【北部観測点 魔力濃度上昇】
神代さんがちらりと見る。警報ではないらしい。すぐ担当部署へ転送された。
でも、隣にいたルナの表情は少しだけ変わった。
「高危険度になるかも」
「現時点では観測段階です。正式な出動要請が届くまでは待機してください」
「分かりました」
さっきまで税金の話では俺に聞いてばかりだったルナが、戦闘関係になった瞬間、迷いなく返事をする。
やっぱりこの子は魔法少女なんだよな。俺とは経験値が違う。
俺はもう1度、画面に表示された自分の能力を見る。
【固有能力:非課税】
昨日までは単純だった。税金がかからない。戦闘では役に立たないけど、手元に残る金が増えるから元社会人としてはかなり嬉しい。それだけの、ちょっと変な能力だったはずだ。
でも今は、どうやって非課税にしているのか、いつ発動しているのか、どこまでが効果なのかも分からない。
税金がゼロになる。そこだけは分かる。
正直、それだけの能力であってほしい。
昨日なら「戦闘で役に立たないのかよ」と文句を言っていたのに、人間勝手なもので、分からないと分かった瞬間から地味な能力が急にありがたく見えてくる。
「ミミカさん」
神代さんに呼ばれて、俺は顔を上げた。
「はい」
「最後に1つだけ、確認したいことがあります」
「まだあるんですか?」
「あります」
神代さんは画面に映る『非課税』の文字を見た。
ここまでほとんど変わらなかった表情が、ほんの少しだけ曇る。
「あなたの能力、本当に税金だけなんでしょうか」
……。
それ。
俺も今、考えないようにしてたんですけど。