非課税少女ミミカ   作:税の作文

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第7話 命を削る必殺技は禁止です!

「分かりません」

 

 俺が何か答えるより先に、神代さんがそう言った。

 

 いや、昨日から俺の固有能力について調べてるんだけど、調べるたびに「分かりません」が増えてない?

 

「ですので、追加検査を提案します。能力表示、魔力経路、契約時の記録を改めて確認して――」

「検査って痛いですか?」

「採血はありません」

「なら前向きに検討します」

「魔力測定ですよ。なぜ採血を基準にしているんですか」

 

 そこは元社会人の感覚というか、検査と言われるとまず針を刺される可能性を考えるんだよ。

 

 役所に呼び出され、よく分からない能力の持ち主として分類され、そのまま検査対象になる。美少女に転生してからというもの、健康診断の項目だけ順調にファンタジー化していた。

 

 身長、体重、視力、魔力経路。

 

 最後だけ会社の健康診断にはなかったな。

 

「候補日は――」

 

 神代さんが端末を操作した、そのときだった。

 

 壁の黒い画面が、いきなり真っ赤になった。

 

【北部観測点 高危険度怪異を確認】

 

【北中央駅東口 避難区域拡大】

 

 直後、会議室いっぱいに警報音が響いた。

 

 ちなみに工場勤務経験者というのは、警報音が嫌いだ。正確には、嫌いというより身体が勝手に反応する。どこで異常が出た、何が止まった、人は巻き込まれてないか、まずそこを確認しろ――みたいな思考が、頭より先に立ち上がる。

 

 しかも今鳴っているのは、さっきの観測通知とは明らかに音が違った。

 

 注意じゃない。

 

 今すぐ手を止めろ、の方。

 

 隣にいたルナが立ち上がった。

 

「映像を出してください」

 

 声まで変わっていた。さっきまで俺の税金の話を一緒に聞いていた高校生が、1秒で4年目の魔法少女へ戻る。

 

 神代さんが画面を切り替えると、駅前広場の映像が映った。

 

「……でかくない?」

 

 黒い四足の怪異が歩いている。サイズは路線バスくらい。猪っぽい形なんだけど、全身は何枚もの黒い板みたいなもので覆われていて、顔のある場所には赤い光が縦に1本だけ走っている。

 

 正直、見た目の時点で近寄りたくない。

 

 怪異が前脚を持ち上げ、そのまま地面へ叩きつける。次の瞬間、広場全体へ円形の衝撃が走り、街路樹が根元から折れた。

 

「うわ」

 

 避難途中らしい人たちの前には青い結界が張られていて、どうにか衝撃を受け止めている。

 

 どうにか、だ。

 

 画面越しでも、結界にひびが入ったのが見えた。

 

「現地では魔法少女3名が交戦しながら避難支援中です。現時点で討伐攻撃は有効打になっていません」

「私たちも行きます」

 

 ルナは即答した。

 

 ……私たちも? え、俺も?

 

 迷ったよ。めちゃくちゃ迷った。だって俺、実戦2回目だぞ?

 

 初出動で見た怪異も建物よりでかかったけど、あれはルナが来た途端に腕を切って首を飛ばして終わった。今映っているやつは、すでに複数の魔法少女から攻撃されてるのに普通に駅へ向かって歩いている。

 

 ゲームなら明らかにボスのBGMが流れるタイプだ。

 

「正式な出動要請を送ります。ただし、討伐より避難支援を優先してください」

 

 神代さんが操作すると、俺とルナのスマホが同時に鳴った。画面には出動地点、危険度、それから高危険度手当の金額まで表示されている。

 

 普段の俺なら真っ先に見るところだ。

 

 今回は見なかった。

 

 いや、本当に。金額を確認する余裕もない怪異って、かなり嫌だぞ。

 

     ◇

 

 北中央駅までは、管理庁の緊急車両で運ばれた。

 

 後部座席には、変身済みの魔法少女が2人と白い妖精が1匹。俺とルナの衣装だけ見れば完全に玩具のCMなんだけど、運転席から聞こえてくるのは、

 

『避難区域を200メートル拡張』

 

『軽傷者7名』

 

『駅構内に要救助者あり』

 

 みたいな話ばかりだった。

 

 現実が強い。

 

「ミミカは前に出すぎないでね」

 

 隣でルナが槍の状態を確認しながら言った。

 

「今回はちゃんと自分の実力を把握してる」

「本当に?」

「基本魔法2つ。実戦経験1回。高危険度怪異の知識なし」

「うん。よく分かってるね」

「分かった上で言うけど、行きたくない」

「そこまで正直に言う?」

 

 言うよ。怖いもん。

 

 でも、だからってルナ1人で行かせるのも嫌だった。昨日、肩から血を流しながら学校へ行こうとしていた人間だからね。放っておいたら何を「大丈夫」で済ませるか分かったものじゃない。

 

 駅前へ着いた瞬間、車体が横へ揺れた。

 

「うわっ!」

 

 2度目の衝撃波だった。

 

 車から降りる。広場の舗装はめくれ、バス停の屋根は道路へ落ちている。駅の入口にはまだ避難誘導の人たちが残っていた。

 

 全員逃げろよ、と言いたくなる。

 

 でも全員が逃げたら、中に残っている人を誰が連れ出すんだって話になる。危険な場所ほど人手が要る。

 

 嫌な仕組みだ。

 

「ミミカちゃん!」

 

 声が飛んできた。

 

 見ると、赤い髪の魔法少女が短剣を両手に怪異の横を走っている。

 

「アカリ!」

 

 昨日、税務相談で領収書の山を見せてきた子だ。画面越しではレシートと戦っていたのに、今日は本当に化け物と戦っている。

 

 魔法少女、落差が激しい。

 

「右側の板、熱に弱いよ! でも割ってもすぐ戻る!」

 

 アカリの短剣が赤く光り、そのまま怪異の脇腹へ2本まとめて突き刺さった。黒い板が弾け飛び、内側に赤い肉みたいなものが見える。

 

「開いた!」

 

 と思った次の瞬間、飛び散った破片が逆向きに戻ってきた。ぱちぱちと元の位置にはまり、傷が消える。

 

「何それ」

 

 再生というより、壊れた部品が勝手に組み上がってる。前世の設備にその機能があったら保全担当が泣いて喜んだだろうけど、敵に付いていると死ぬほど迷惑だった。

 

「ココ、今の記録!」

「取ってるよ! 外殻の再構成まで2.4秒!」

「早いな!」

 

 ルナが飛び出した。

 

 怪異の前脚が上がる。その前に懐へ入り、槍が青白い線を描いて脚の継ぎ目だけを正確に切った。

 

 巨体が傾く。

 

 しかも倒れる方向には誰もいない。

 

 これ、偶然じゃないんだよな。俺なんか「敵を倒す」で頭がいっぱいなのに、ルナは倒した後にどっちへ倒れるかまで見てる。

 

 経験値が違いすぎる。

 

 ルナはそのまま怪異の背中へ駆け上がった。

 

 いや、相変わらず走る場所がおかしい。

 

 槍へ青白い光が集まる。

 

「ルナ・クレセント!」

 

 三日月みたいな刃が振り下ろされ、怪異の背中を覆う外殻が大きく割れた。俺が初日に戦ったやつなら、たぶんここでエンディングだった。

 

 今回は違った。

 

 裂けた板の奥で、赤い塊がどくん、と脈打った。

 

「核!」

 

 ルナが槍を突き込もうとする。

 

 でも遅い。

 

 左右の外殻が一気に閉じ、青白い刃ごと槍を挟んだ。

 

「っ!」

 

 怪異が首を振る。ルナの身体が吹き飛んだ。

 

「ルナ!」

 

 地面へ叩きつけられる――と思った瞬間、ルナは空中で槍を下へ向け、穂先を舗装へ刺して勢いを逃がした。2回転がる。

 

 すぐ立つ。

 

 うまい。うまいんだけど。

 

「大丈夫!」

「言う前に口の血拭け!」

 

 口元から普通に血が出ていた。

 

 こいつの「大丈夫」、信用していいラインが分からない。

 

 怪異の顔にある赤い線が大きく広がった。

 

「衝撃来るよ!」

 

 ココの声。

 

 全員が散る。

 

 次の瞬間、空気そのものが爆発したみたいに広場が揺れた。

 

「ぐっ!」

 

 避けたはずなのに身体が浮く。俺は地面を転がって、そのまま壊れたベンチへ背中から突っ込んだ。

 

「っ……!」

 

 息が出ない。肺が一瞬、仕事を放棄した。

 

 痛い。めちゃくちゃ痛い。

 

 非課税とか言ってる場合じゃない。

 

 視界の端で、駅入口の結界に新しいひびが走った。

 

「結界、あと2回持ちません!」

 

 避難を支えている魔法少女が叫ぶ。

 

 まだ中には動けない人がいる。つまり時間がない。

 

 普通に攻撃すれば外殻は割れる。でも2秒ちょっとで元に戻る。怪異はそのまま前へ進み、また衝撃波を出す。そのたびに結界が壊れていく。

 

 嫌なほど分かりやすい状況だった。

 

 このままじゃ間に合わない。

 

 そのとき。

 

「みんな、離れて」

 

 ルナが立ち上がった。

 

 槍を胸の前へ構える。

 

「……ルナ?」

 

 足元に、黒い円が広がった。夜空みたいな色だった。その縁を青白い光がぐるぐると回り始め、ルナの髪が重力を失ったみたいに浮き上がる。

 

 見た瞬間に分かった。

 

 今までの魔法と違う。

 

 使っている魔力量が明らかにおかしい。

 

「何する気?」

「外殻ごと核を消す」

 

 ルナは怪異から目を離さない。

 

「ルナ・エクリプスなら、できる」

「それ、普通の技?」

 

 聞いた。

 

 ルナが一瞬だけ黙った。

 

 この間。嫌なやつだ。

 

「出力に応じて、未来の生命力を魔力へ変える技なの」

「未来の生命力?」

「寿命」

 

 ……。

 

 何て?

 

「この大きさなら、たぶん3年くらい。大丈夫、まだ出力は調整できるから」

「待って」

「3年なら――」

 

 俺はルナの手首を掴んだ。

 

「使うな」

 

 自分でもちょっと驚くくらい低い声が出た。

 

 ルナの足元に広がっていた黒い円が揺れる。その横で、ココの画面に出ていた、

 

【代償算定中】

 

 という表示が一瞬だけ消えた。

 

「あれ?」

 

 ココが何か言った。

 

 でも、そのときの俺にはそっちを気にする余裕がなかった。

 

「ミミカ、離して。もう結界が持たない」

「使うなって」

「じゃあどうするの?」

「それは――」

「このままだと駅の人たちが危ない」

 

 ルナは怒ってなかった。泣いてもいない。悲劇のヒロインみたいな顔もしていない。

 

 ただ、本気で「これが一番いい方法だ」と思っていた。

 

 そこが一番嫌だった。

 

 自分が3年払えば、今すぐ倒せる。自分1人の寿命と、駅に残っている人たち。だから使う。

 

 ルナの中では、もう計算が終わってるんだ。

 

 たまにいるよな、熱があるのに「これくらい平気です」って出勤してくる人。腰を痛めてるのに、人が足りないからって持ち場へ戻る人。

 

 俺だって偉そうなことは言えない。夜勤明けにトラブルが起きて、そのまま何時間も残ったことがある。

 

「まあ、こういう日もあるか」

 

 とか思ってた。

 

 慣れるんだよ。人間、おかしい状況にも意外と慣れる。周りは「あいつ責任感あるな」と言うし、本人も「必要だから仕方ない」と思う。

 

 で、その日に倒れなかったら、「ほら大丈夫だった。次もいける」となる。

 

 違うだろ。

 

「人を助けるためなら、お前の寿命を使っていいって話にはならない」

「じゃあどうするの?」

 

 もう1度、ルナが聞いた。

 

 今度は答えられなかった。

 

 怪異の脚が地面を削っている。次の衝撃が来る。

 

 正論ならいくらでも言える。「危険な作業は禁止」「無理するな」「安全第一」。言うだけなら簡単だ。

 

 じゃあ、その作業を止めた後はどうする? 誰が代わりをやる?

 

 今は納期じゃない。人の命が待ってる。

 

「……分からない」

 

 俺は正直に言った。

 

 ルナの目が少し揺れた。

 

「でも、1人で3年払う以外の方法を探す」

「そんな時間――」

「ココ!」

「なに!?」

「今までの攻撃ログ全部出して。神代さんにも繋いで」

「分かった!」

「ルナ」

 

 俺は手を離した。

 

「お前が一番こいつと戦ってる。寿命を使わず倒すなら、何が足りない?」

 

 足元の黒い円が消える。

 

 ルナは少しだけ黙って怪異を見た。戦闘の顔に戻る。

 

「……核を露出させる人と、撃つ人」

「2人?」

「今は私が外殻を割って、そのまま核を狙ってる。でも閉じるのが速すぎる」

「じゃあ分けよう」

「簡単に言うね」

「簡単じゃないから人数使うんだよ」

 

 通信が繋がった。

 

『戦闘ログを確認しています』

 

 神代さんの声。

 

 役所の人がここまで頼もしく聞こえる日が来るとは思わなかった。

 

『衝撃波発生直後、外殻の再構成速度が平均1.8秒低下しています』

 

「攻撃に魔力回してるんだ!」

 

 ココが解析結果を大きく表示する。

 

「その間だけ直るのが遅いってこと?」

 

『現時点では、その可能性が高いです』

 

 アカリが短剣を構え直した。

 

「1.8秒なら、2か所は止められる」

 

 ルナも短く息を吐く。

 

「私が核を撃つ。でも、衝撃波を使わせるには誰かが正面で注意を引かないと」

 

 そこで。

 

 なぜか全員が俺を見た。

 

「……なんで?」

「さっきからミミカの魔力弾に一番反応してる」

「威力低いから無視されてるんじゃなくて?」

「逆みたい」

 

 怪異にも、弱そうな相手を優先的に狙うくらいの知能があるらしい。

 

 知りたくなかったな、その生態。

 

「要するに俺、囮?」

「簡単に言うと」

「さっき簡単に言うなって言われたばっかなんだけど」

 

     ◇

 

 作戦。

 

 と呼んでいいのかは微妙だった。

 

 俺が正面から怪異を煽る。怪異が衝撃波を使う。避難支援中の魔法少女2人が結界で受ける。外殻の再構成が遅くなった瞬間、アカリが板をこじ開ける。最後にルナが核を撃つ。

 

 以上。

 

 誰か1人でも遅れたら失敗。

 

 しかも俺の担当、囮。

 

「……寿命3年使った方が明らかに楽じゃない?」

「ミミカ?」

「いや、使わせないけど。事実としてね?」

 

 効率だけ見れば、たぶんルナの案の方がいい。

 

 1人が3年払う。終わり。

 

 でも、だから何だ。

 

 効率がいいから採用していいなら、安全対策なんて世の中から全部消える。

 

「ミミカ、無理だと思ったらすぐ横へ逃げて!」

「最初からその予定!」

 

 俺は怪異の正面へ走った。

 

 赤い光が、すぐこちらを向く。手に魔力を集める。

 

「ほら!」

 

 魔力弾。

 

 黒い額でぱちんと弾ける。

 

 ダメージ?

 

 知らん。

 

 たぶんほぼない。

 

 でも怪異は俺を見た。

 

「よし。役割は果たしてる」

 

 もう1発。今度は走りながら。

 

 前より光がまとまるのが少し早い。

 

 実戦2回目。成長。

 

 たぶん。

 

 魔力弾が赤い光へ当たった。

 

 怪異が走り出す。

 

「速っ!」

 

 路線バスくらいの大きさのやつが、路線バスより止まる気なく突っ込んでくる。

 

 やめろ。質量を考えろ。

 

 俺は横へ跳んだ。前脚がスカートの端をかすめる。

 

 着地。

 

 瓦礫。

 

「あっ」

 

 滑った。

 

 膝をつく。

 

 まずい。

 

 怪異が振り返る。

 

「こっち!」

 

 立つより先に、残っていた魔力を撃った。

 

 小さい。でも当たる。

 

 赤い線が大きく開いた。

 

「来るよ!」

 

 ココの声。

 

 怪異が前脚を地面へ叩きつける。

 

 衝撃。

 

 同時に、俺の前へ青い結界が何枚も重なった。

 

 1枚目。割れる。

 

 2枚目。砕ける。

 

 3枚目。

 

「うおっ!」

 

 押し返された。身体が地面を滑る。

 

「今!」

 

 アカリが左右から飛び込んだ。赤熱した短剣を外殻へ突き刺し、黒い板を無理やり左右へ開く。閉じようとする板を、2本の短剣で止める。

 

 奥。

 

 赤い核。

 

「見えた!」

「右へずれてる!」

 

 ココが叫ぶ。

 

「見えてる!」

 

 ルナはもう走っていた。

 

 槍へ青白い光が集まる。

 

 でも怪異が身体をひねった。

 

 バキッ、と音がする。

 

 アカリの短剣が1本折れた。

 

「っ!」

 

 片側の外殻が閉じる。

 

 核がルナの攻撃線から外れた。

 

「ルナ、右!」

 

 叫びながら、俺は残った魔力を手へ集めた。

 

 ほぼ空。

 

 それでも撃つ。

 

 桃色の光が、閉じかけた外殻へ当たった。

 

 壊れない。

 

 俺の攻撃じゃ、当然壊れない。

 

 でも。

 

 板の角度が、ほんの少しだけずれた。

 

 ルナが空中で槍を持ち替える。

 

「ルナ・クレセント!」

 

 青白い三日月が、斜めに残った隙間を通った。

 

 赤い核へ突き刺さる。

 

 怪異が止まった。

 

 1秒。

 

 黒い外殻へ、一気に亀裂が広がる。

 

「伏せて!」

 

 俺は地面へ倒れ込んだ。

 

 直後、怪異の身体が内側から崩れた。

 

 黒い粒が、雨みたいに広場へ降る。

 

 静かになった。

 

「……終わった?」

 

 返事はなかった。

 

 みんな確認してるんだろう。

 

 駅入口を見る。結界は最後の1枚だけ残ってる。アカリは折れた短剣を持ったまま座り込んでる。ルナは槍を支えにして、どうにか立ってる。

 

 俺?

 

 もう無理。

 

「つかれた……」

 

 そのまま仰向けになった。

 

 空が見える。背中が痛い。膝も痛い。右肩も痛い。魔力はほぼ空。

 

 寿命を3年失わずに済んだ代わりに、全員で身体をちょっとずつ痛めた。これを安全な勝ち方と呼ぶのは、さすがに無理があると思う。

 

 でも。

 

 誰も死んでない。

 

 それなら今日は、それでいい。

 

     ◇

 

 戦闘が終わったあと。

 

 俺とルナは、救護車の後ろに並んで座っていた。

 

 俺の膝には包帯。ルナの口元にも小さな傷。2人とも魔力切れで、変身は解除済み。

 

 駅から救助された人たちが順番に運ばれていく。重傷者はいないらしい。

 

 よかった。

 

 しばらく2人とも黙っていたんだけど、先に口を開いたのはルナだった。

 

「でもさ」

「うん」

「私が3年払ってたら、もっと早く終わったよ」

 

 来ると思った。

 

「みんなも、こんなに怪我しなかったかもしれない」

「……そうかもね」

 

 そこは否定できなかった。

 

 実際、ルナの方法の方が早かったと思う。俺たちの作戦なんて、結界はギリギリ、アカリの武器は壊れる、俺は囮で轢かれかける。

 

 綺麗な勝ち方じゃない。

 

 だから困る。

 

 俺は少し考えてから言った。

 

「その3年を、誰が『3年で済んだ』ことにしていいんだよ」

 

 ルナは答えなかった。

 

「別に、お前が悪いとは思ってないよ。あそこで使おうとした理由も分かる。俺でも、自分が払えば全員助かるって言われたら迷うと思う」

「じゃあ」

「でも次も止める」

「早いね」

「そこは早い」

 

 ルナが少し笑った。

 

「そのあと、また別の方法探す」

「見つからなかったら?」

 

 俺は広場を見る。

 

 割れた舗装。壊れたバス停。治療を受けている魔法少女。

 

 今回は勝った。次も勝てる保証なんてない。

 

 正直、そんなもの俺には出せない。

 

「それでもさ」

 

 俺はルナを見る。

 

「寿命を普通の消耗品みたいに数えるのはやめよう」

「普通じゃない?」

「普通じゃないよ」

「3年くらいなら、まだ――」

「その『くらい』をやめろって話」

 

 ルナは黙った。

 

 少しだけ考えて、それから膝の上で手を組む。

 

「……分かった、とはまだ言えないかも」

「うん」

「でも次に使う前は、ミミカに聞く」

「なんで俺が承認者になってるの?」

「止めるんでしょ?」

「止めるけど」

「じゃあ同じじゃん」

「違うだろ」

「何が?」

「……何だろうな」

 

 ちょっと分からなくなった。

 

 でもルナの声は、いつもの調子に戻っていた。それで少し安心した。

 

 別に俺は、格好いいことを言いたかったわけじゃない。目の前で16歳の女の子が、「じゃあ寿命3年払うね」って言ったら普通止めるだろ。

 

 普通。

 

 ……普通だよな?

 

 この業界にいると、たまに自信がなくなる。

 

「ミミカ!」

 

 ココが俺たちの間へ降りてきた。

 

「神代さんから連絡だよ!」

「報告書なら明日にして」

 

『報告書ではありません』

 

 ココの前に光の画面が開き、神代さんの顔が映った。

 

「役所の人、通信越しでも容赦ないですね」

 

『先ほどの戦闘ログについて、1点だけ確認があります』

 

「今度は何ですか」

 

 嫌な予感しかしない。

 

『ルナさんが代償魔法を起動した瞬間、ミミカさんの周辺でのみ、寿命コストの算定記録が1度消失しています』

 

「……え?」

 

 俺はココを見る。

 

「そういえばさっき、表示消えたって言ってたよな」

「うん。でもすぐ戻ったよ! 技自体は止めたから、寿命も減ってない!」

「じゃあ何で消えた?」

「分かんない!」

 

 まあ、そうだよな。

 

「神代さん。それ、どういう意味です?」

 

『分かりません』

 

 出た。

 

 本日2回目。

 

 俺の固有能力について調べるたび、分かっていることより分からないことの方が増えていく。

 

 俺は救護車の壁にもたれながら、自分の能力表示を思い出した。

 

 非課税。

 

 税金がかからない。戦闘では地味。でも社会人にはちょっと嬉しい。

 

 それだけの能力だったはずなんだよ。

 

 だから頼む。

 

 寿命とかいう物騒なものまで、勝手に守備範囲へ入ってこないでくれ。

 

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