「おはようございます!」
「おはよー!」
「ごきげんよう」
様々な挨拶が飛ぶ大聖堂前。青空の下、シスター服の少女たちが精を出しているのはあいさつ運動だ。
曰く、「イメージ改革」だそうで、先頭に立つのは彼女たち……シスターフッドのリーダー、歌住サクラコその人。
「おはようございます。平穏な日々があらんことを」
そう美しく一礼し、微笑む姿は……何故か、ものすごく恐ろしい。何故かは分からない。だが、見る者に不思議となにか思うところを持たせる笑みだった。
「おはようございます。朝方から精が出ますね」
歩く影がひとつ、そんなサクラコに声をかける。
黒の短髪に、黒のカソック。黒に染まった彼女の胸元には、数珠状に繋がれた先にトリニティの校章を模した紋章のついたシスターフッドでも使われるロザリオがかけられており、その信心深さが伺える。
シスターたちが一斉におはようございます! と元気よく挨拶をし、それが収まってからサクラコもまた、その人物へ返答する。
「おはようございます、シスイさん。えぇ、こういった草の根活動というのは重要ですから」
「こちら、もしよろしければお持ちください。朝焼いたパンなのですが、シスターの朝食には良いかと思い、まとめてお持ちしましたので」
衣珠狩シスイ。シスターフッド全員分のパンを手提げの土産にサクラコに歩み寄った勇敢な者(トリニティ基準によるところの)の名前だった。
私、衣珠狩シスイにとって、信仰とはなんなのか。
それは神をただ信じることであり、盲目であることであり、真実を真実として受け入れることです。
解釈の余地は必要ありません。ただ、受け入れること。そして、日々にそれを用いること。教え通りに過ごすことこそが私の信仰であり、神へ捧げる心というものです。
「毎週、本当にありがとうございます。シスターたちも皆、あなたの下さるパンは美味だと言っていますし、私も例外なくそうですので……」
「いえ。さしたる手間でもなし、神に仕える方々のお体を私が焼き上げたパンが少しでも支えることの嬉しさを思えば、これはむしろ私の独善ですから」
正直な話、私個人の考えとしてはシスターフッドは「手緩い」。清貧を尊び、聖書を無謬なるものとして、あらゆる欲を戒めるような信仰こそがと思うことは多いです。
一方、私のような考えがもう古臭いことや、今の時代に合わないことくらいは分かっています。シスターフッドの今の信仰の形、それもまた有り様の一つ。
むしろそちらが主流になる方が、神を讃える御心を持つそのきっかけにはなりやすい……そう納得もしています。
「今日も祈られてから行かれますか?」
「よろしければ、是非」
シスターフッドに所属はありません。ですが、同じ教えを信仰する者同士、聖堂の門扉は分け隔てなく開かれるべきというところで、歌住さんには便宜を図っていただけています。
感謝の極み、といったところでしょう。祈りなど元来どこであろうとも行えますが、しかしそれはそれとして聖堂で祈ることのなんと良いことか。
朝の礼拝に次ぐものはなく、ただ祈るを越えるものはなく。聖書の一節を読み上げ、祈りと変える静寂のなんと愛おしいこと。
「では、参りましょうか。もう朝の時間も良い頃合です」
「ご一緒させていただけること、感謝いたします」
大きな聖堂の扉を潜り、外様らしく左側、最後方に着座させていただくと、歌住さんが足を止めました。
「お気になさらず、どうか最前まで足をお運びください」
「いえ、信仰の基こそ同一なれど席をこの場に置かざるものの闖入などあってはなりません。どうかここで」
「シスターフッドに席が有るか無いかに関係なく、この座の席は遍く信仰を持つ方々に開かれております。ですから、より深く篤く想いをお届けになりたいと思うのであれば神の御前へより近付かれる方がよろしいかと」
歌住さんは相変わらずお優しい。お言葉に甘え、歌住さんと共に歩んで、歌住さんの席のラインの左端に腰を下ろします。中央はさすがにいくらなんでも他の方に申し訳がたちません。
「おはようございます、シスイさん」
「おはようございます、シスター・マリー」
たまたま隣に座ってきたシスターが顔見知りだったので挨拶を済ませます。伊落マリーさんは原理信仰寄りのシスターで、清貧を尊んでおられるので私としても好ましい方ですし。
「シスイさん、本日の聖典朗読はどこかご存知ですか?」
「ええ。福音聖典の二十六章五十二節、でしたか」
「ご存知でしたらなによりです。シスイさんは事前のご準備も万全なのですね」
シスターフッドから毎月出ている典礼は一応常に目を通しています。こと、礼拝の時の朗読の内容などは見ておかなければ熱心な信仰をする身としてそれこそ面目の立たないものですからね。
さて、歌住さんが立ち上がりました。始まるようですね……。
祈りの様子はいつもと変わりません。聖典を朗読し、その説話の由来と教訓を説き、神を賛美する歌を歌う。そして黙して祈る。
大勢の、えぇ実に大勢の人間が聖堂の一座に集まりながらにして、この静けさ。この祈りこそが、私が最も愛する静寂です。
静かに手を合わせ、親指を交差させて祈りを捧げます。
どうか、世に久遠の平和があらんことを。
「これにて、本日の礼拝を終わります。皆様に、神の平穏と祝福のあらんことを」
これで礼拝は終わりです。私としては、最後にやはり一言言っておきたいですね。
「かくあれかし」
平穏と祝福のあらんことを。そう、あるべきです。心から、そう思います。
役目を終えた歌住さんが戻ってくると、私に声をかけてきました。
「古い作法ですが、いつも行われていますね。かくあれかし、と仰ってくれる度、とても嬉しいです」
「いえ。主流のやり口ではないものを持ち込み、毎度申し訳ありません」
「私が説教をしていない時は私も言うように最近はしているんです。かくあれかし、素敵な言葉です。元の作法から失われてはいけないと思いまして。私が率先して言うようにすれば、あるいはと思い」
なるほど。歌住さんも色々とお考えのようですね。実際、そういった向きにシスターフッドのトップが考えてくれると言うのは熱心に信仰する私のような人にとってとても嬉しいことなのです。
「もし宜しければ、このあとお茶でも如何でしょう?」
「是非、ご一緒させていただけますか?」
「えぇ、もちろんです」
歌住さんとのお茶も、互いの信仰について語り合う時間としては上質も上質。やはり学び深い方の篤い敬虔な信仰の形は、私のような浅学非才の身の信仰と比べウィットに富むというか、柔軟に時代に即しているものですから……。
「今日はせっかくですし、いただいたパンでサンドウィッチをお作りしようかと」
「本当ですか? それは素晴らしい……では、肉類は抜いていただければ助かります」
「もちろん、心得ております。準備出来次第、またこちらに戻ればよろしいですか?」
私は歌住さんに頷く。ちなみに肉類を食べないのは私の好みではなくて、今の時期がたまたま肉を断つ時期だからです。
「私はここで、もう一度祈りを捧げています。またお声掛けください」
そういうと、歌住さんは綺麗に礼をして聖堂の奥へ立ち去り、私は静かにステンドグラスの前に両の膝を着き、胸元の校章のロザリオを手繰り寄せ、静かに祈りを始めます。
神の力として、神のお傍に立つこと叶わずとも、地上の罪を流すお手伝いをさせてください、と。
そしてできれば、私に必要なだけの戦いと試練をお与え下さいと。
そんな個人的な欲望に任せた祈りを敬虔に吐き出して、私は歌住さんの戻りを祈って待つのでした。
えー連載です。ふぃーあです。
各務に想う共々よろしくお願いします。
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