ベスカー・アンド・ザ・ドーター 名もなき戦士と異形の娘 作:あるてみす@二次創作
マンダロアでは全てが終わっていた。
完全に出遅れた、とジャジーは後悔の念と共に申し訳なさに苛まれたが、銀河の反対側にいたのだから仕方なかったのだと自分に言い聞かせた。
ホディ・ガーヤはザ・ウォッチとして戦列に加わり、ナイトオウルと肩を並べ、モフ・ギデオン率いるトルーパー部隊と交戦したのだと語った。クライズ氏族のボ=カターン・クライズが紆余曲折を得てダークセーバーを取り戻し、マンダロアを奪還すべく立ち上がったマンダロリアン達をまとめ、地下に建造された帝国残党の秘密基地も破壊して勝利を得た、と。
「……そっかぁ」
マンダロアの首都であるドーム都市のサンダーリを臨みながら、ジャジーはヘルメットの下で苦い顔をした。俺も戦いたかった、だけどシュシュのことがあったし、だけど何もかも丸く収まったのなら喜ぶべきことだし、と複雑な思いに駆られた。
「それで、話はまだあるんだが」
ホディは黒に黄色の差し色が入ったヘルメットを寄せてきたので、ジャジーはちょっと身を引いた。
「ホディの武勇伝か? いいとも、聞いてやる。その代わり、スポチュカの一杯でも奢れ」
「ディン・ジャリンを知っているだろ?」
「あいつが久々に帰ってきたのか?」
「それもそうなんだが、モフ・ギデオンからダークセーバーを取り戻したのはディン・ジャリンなんだ」
「えっ」
ジャジーがぎょっとすると、ホディは続けた。
「でも、ダークセーバーは戦いで勝ち取った者が得るのが決まりだ」
「それじゃ、ディン・ジャリンはボ=カターン・クライズと戦ったのか?」
「いや、別に。プラジール15での出来事だ。そのダークセーバーが原因でボ=カターンに代わってアックスが艦隊を率いていたんだが、キャンプをしている時にボ=カターンとディン・ジャリンがやってきて、ディン・ジャリンが負けた敵にボ=カターンが勝ったから譲るべきだ、とかなんとか言い出して」
「ただの屁理屈だろ?」
「でもまあ、それでその場は収まった。で、艦隊の指揮権もボ=カターンに戻って、その結果がこれだ」
「肝心のダークセーバーはどうなった?」
「モフ・ギデオンと交戦している最中に壊れたが、いずれ修理するんじゃないのか?」
ホディはヘルメットをドーム都市に向けた。ジャジーは色々と腑に落ちなかったが、最も意外な点を口にした。
「ディン・ジャリンは人の間を取り持てるほど社交的な男だったのか? 俺が知る限り、口数の少なさのせいで誤解されがちな性分なんだが」
「いやあ、それが……」
ホディは話を続けようとしたが、ジャジーの後ろで黙り込んでいるシュシュに気付いた。ホディは視線を上下に動かし、シュシュをじっくりと観察していたが、手のひらを横にして掲げた。
「あの子、やけに大きくなったな」
「子供の成長は早いんだ」
ジャジーはやり過ごしてから、シュシュに振り向く。会話に混ざれないのが不満なのか、フードの下で目を伏せている。
「シュシュ、気を悪くしないでくれ。それから、お前を仲間外れにしたわけじゃない」
「む」
シュシュは顔を背けた。ベスカーアーマーでさえも防ぎ切れなかった、ちくちくした思念も飛んでくる。ジャジーは困り果ててホディに向くが、ホディは両手を上向けた。
「俺が口を挟むと拗れるだろ」
「シュシュ」
ジャジーは身を屈めてシュシュと目線を合わせようとするが、シュシュはそっぽを向いた。こんな時にどうすればいいのか、何を言えばいいのか。ジャジーはいつになく真剣に悩んだが、すぐに答えが出てこなかった。
「戻っていたんだな、ジャジー・ジズ・ブー」
名を呼ばれ、ジャジーがヘルメットを上げると、未塗装のベスカーアーマーが陽光を撥ねた。逆光の中、裾が擦り切れたマントを靡かせながら佇んでいるのは、ディン・ジャリンに他ならなかった。その足元には、緑色の肌の奇妙な子供がくっついていた。大きな目と耳が特徴的で、小さな体は茶色のローブに包まれている。
「ディン・ジャリン!」
ジャジーが名を呼び返すと、ディン・ジャリンは首を傾げた。
「その子は孤児か?」
「ああ、そうだ。俺の家族だ」
ジャジーがシュシュを示すと、緑色の子供がよちよちと歩いてきた。シュシュはその子供に興味を示し、身を屈める。
「私の名前? シュシュ。うん、そう。お別れをしてきたんだ。やっと出会えた仲間と兄弟に」
「んぃ」
緑色の子供は小さな手を伸ばし、シュシュの膝をぺちぺちと叩く。シュシュはその手に触れる。
「当たり前だよ、寂しいよ。だけど、ジャジーはマンダロアに戻ってこられて嬉しそうだから、そういうことを言うと水を差しちゃう気がして」
「ぷぇあ、んゅう」
「えー、それはやりすぎだよ。我が侭やイタズラで気を引こうだなんて、私にはちょっと」
「ぱとぅ、きゃうっ」
「えっ? それでも許してくれるの? えっ……」
シュシュが緑色の子供とディン・ジャリンを見比べると、ディン・ジャリンはヘルメットの下で深いため息を零してから呟いた。
「……ダンク・ファリック」
「んきゃあ」
緑色の子供はよちよちと歩き、ディン・ジャリンの元に戻ると、彼は緑色の子供を両手で抱き上げる。
「余計なことを喋るな。それと、あの子もジェダイの素質があるのか?」
「ぷぇあ」
「そうか、ないのか。だとしてもグローグー、話題は選べ」
ディン・ジャリンは緑色の子供に熱心に言い聞かせながら、事も無げに去っていた。シュシュは緑色の子供に小さく手を振っていたが、ジャジーとホディを見上げた。
「あの人、子供に優しいんだね」
「人は変われば変わるもんだな……」
ジャジーが零すと、ホディは頷いた。
「ああ……」
ディン・ジャリンと緑色の子供が割り込んできたことで場の空気が変わり、シュシュが機嫌を損ねていた件は有耶無耶になりそうだったが、さすがにそうもいかないのでジャジーはシュシュと話し合った。
シュシュはヴィヴィと怪物と別れた寂しさを抱えつつも、ジャジーにべったりと甘えるのは気が引けていたので、ああいう態度になってしまった。ジャジーもまた、久々に故郷に戻って友人に会えた嬉しさのせいでシュシュに気を配れなかった。些細な行き違いだが、そのままにしておくと拗れるのは目に見えているので、互いの至らなかった部分を反省し合った。
折り合いを付けるために。
鍛冶場の炉に火が入っていた。
かつては多くのアーマラーがハンマーを振るっていた場所であり、青い炎を発する炉もそれ相応に大きく、熱気が籠っていた。だが、今、その炉の傍らでハンマーを振るい、ベスカーを鍛えているのはただ一人のアーマラーだった。
ジャジーは数人分のベスカーアーマーを包んだ布を担ぎ、鍛冶場に足を踏み入れた。シュシュはベスカーのインゴットをしっかりと握り締めている。アーマラーは二人に気付くと、赤く熱したベスカーを水に浸した。じゅわあっ、と一気に冷却され、真っ白な蒸気が噴き上がる。
「ジャジー・ジズ・ブー、よく戻ってきた」
アーマラーはジャジーを認め、シュシュを捉える。
「シュシュ。少し見ないうちに、随分大きくなって」
「アーマラー。これは戦士達のアーマーだ」
ジャジーは布を下ろし、結び目を解くと、ごろりと複数のヘルメットとアーマーが転がり出た。アーマラーは身を屈め、そのヘルメットを手にする。
「持ち主の氏族が解り次第、その氏族の者に返そう。だが、その氏族の者が途絶えているならば、その時は孤児のためのアーマーに作り替えるとしよう」
「それから、これも」
シュシュがベスカーのインゴットを差し出すと、アーマラーはそれも受け取る。
「確かに」
「この分だと、帝国が流出させたベスカーはまだ裏の市場で出回っているようだ。全部回収するには、かなりの時間が掛かる」
ジャジーの言葉に、アーマラーは帝国の紋章が入ったインゴットを見つめる。
「焦ることはない。マンダロアの復興も同じこと。帝国との戦いを経て団結出来たのだから、力を合わせて歩んでいけばいい。我らの道を」
「そして、シュシュは俺の家族だ」
ジャジーがシュシュを示すと、アーマラーはシュシュに向いた。
「では、シュシュはもう孤児ではないと」
「だけど、まだ儀式をしていません。何をするのかはよく解らないけど……」
シュシュがアーマラーを窺うと、アーマラーはシュシュに歩み寄る。
「マンダロアの鉱山の泉に入り、教義を唱える。それを済ませれば、シュシュはマンダロリアンの一員となり、ジャジーの家族となる」
「その場合、ジャジーは何になりますか」
「何、とは」
「あの人はジャジーをお父さんだと呼びました。私も、ジャジーがお父さんになったらいいな、と思っていました。でも、お父さんはお母さんにもなるから、どっちで呼ぶべきなんだろうか、と」
「シュシュ。それは君の種族の特性か?」
「ヴィヴィ……私の同族から聞きました。成長した後に男にも女にもなれるんだと」
「それなら、シュシュ自身はどちらなの?」
「今は女の子です。なんとなく、そっちの方がいいような気がしたから」
シュシュがボディスーツに収めた体を見下ろすと、ジャジーは面食らう。
「そうなのか?」
「はい。でも、取り立てて言うようなことでもないかなーって。ヒューマンだって、どっちもいるし」
シュシュがしれっと答えると、ジャジーは否定する。
「いや、それは違う。ヒューマンの場合、生まれた時から性別は決まっているんだ。たまに変える奴もいるが、それはそれだ」
「そうなの?」
「俺としては……いや、それは言うべきじゃないな。シュシュが娘だろうが息子だろうが、俺の家族にすることには変わらないし」
ジャジーが首を横に振ると、シュシュはジャジーをじっと見つめる。
「でも、決まっていた方がいい?」
「うーん、まあ……そうだな」
「じゃ、これからはずっと女の子にする」
「そんなに軽く決めていいのか?」
「難しく考えるようなことかな?」
シュシュに聞き返され、ジャジーは返答に迷った。性別がどうのこうの、というのはヒューマンからすると厄介な問題だ。だが、ナートミーにとってはちょっとした体の変化に過ぎす、髪形を変える程度の感覚なのだろう。だとしても、ジャジーには飲み込み切れなかった。こればかりは価値観の相違だ。
「解った。シュシュがそう決めたのであれば、俺は今後もシュシュを娘として扱う」
「ありがとう、ジャジー」
シュシュが緑色の目を細めると、アーマラーがベスカーのインゴットを手にして申し出た。
「では、孤児のシュシュ。このベスカーで、あなたに相応しいアーマーを作ろう。色の指定はある?」
「ヘルメットはジャジーと同じ色で、それ以外は赤に出来ますか」
「もちろん。肩のアーマーには、ブー氏族のツルハシとミソソーを入れよう」
「お願いします」
シュシュの申し出に、アーマラーは満足げに頷いてから炉に向かった。ベスカーのインゴットが溶かされて銀色の液体と化し、平たい型の中で広がり、金属板となる。アーマラーはそれを火鋏で掴み、ハンマーを振り下ろし、火花を散らして鍛え上げていく。
幼い頃、ジャジーが覗き見た光景と変わらなかったが、一つだけ違うことがある。鉱夫の子供ではなく、戦士としてこの場にいることだ。シュシュはアーマーが出来上がっていく光景を見つめながら、ジャジーの手を握ってきた。
娘の手を優しく握り返した。
鉱山の街は壊滅していた。
それでも、ジャジーからすれば思い出の詰まった場所だった。小遣いを握り締めてお菓子を買いに行った雑貨屋、泥と煤に汚れた鉱夫達でごった返していた大衆浴場、子供の頃は近寄りがたかった酒場、友達と遊ぶためだけに通っていた学校、それからアーマラー達の鍛冶場。ジャジーはシュシュに一つずつ説明しながら、瓦礫に埋もれた廃墟を案内した。
「それから、あれが坑道だ」
ジャジーが鉱山を示すと、シュシュは首を傾げた。
「ないよ?」
「爆撃で落盤して塞がったんだ」
「じゃ、塞がる前は?」
「ベスカー鉱石を掘り出す手伝いをしていた」
ジャジーは鉱山の隣にある小さな山に向くと、シュシュもそちらに目をやる。
「あれは?」
「ボタ山だ。ベスカー鉱石を掘り出すためには、土と石も掘り出さなきゃならないから、その捨て場だ」
ボタ山の地表はまばらな草木に覆われていたが、大粛清の爆撃によって全て燃え尽きた後に再び生えてきたものなので、草も木もまだ短かった。
「俺は……」
ジャジーは鉱山を見上げ、ヘルメットに手を掛ける。
「大粛清の日、この街にはいなかった。他の鉱山に出向いていて、坑道に隠れたデス・ウォッチを追っていた。だが、すぐにそれどころじゃなくなった。それでも生き延びられたのは、ベスカーが俺を守ってくれたからだ」
ヘルメットの後頭部に触れると、爆撃によって落盤した岩石が激突した部分が僅かに抉れていた。塗装も剥げているが、塗り直す気が起きない。生き延びられた証であり、自分への戒めでもある。
「今回もそうだ。マンダロアを取り戻すための戦いには加われなかった。だが、それでよかったんだ。俺の選んだ道は、ここに繋がっていたんだから」
ジャジーがヘルメットから手を外すと、シュシュはジャジーに寄り添う。
「この街はどうなるの?」
「ボ=カターン・クライズの治政を信じるさ。だが、街を元に戻すためにも、鉱山を再興させるためにも、どちらにせよ金は必要だ。当分は賞金稼ぎを続けなくちゃならないな」
「私、ジャジーと一緒に行くよ」
「そう言うと思ったよ」
ジャジーが少し笑うと、シュシュは空を仰いだ。銀色の流線型のスターファイターが横切っていき、上昇していく。
「あの中にさっきの子がいる」
見えないだろうけど、とシュシュは大きく手を振った。ジャジーはその機影を眺める。
「あれは……ナブーのスターファイターか。確かにあの飛び方はディン・ジャリンだが、レイザークレストはどうしたんだ。あんなに気に入っていたのに」
「壊れたのかも」
「かもなぁ。ディン・ジャリンの戦い方は的確だが、その割に雑だから」
二人の視線の先で、銀色の機影は雲を突き抜け、宇宙へと飛び出していった。すると、スピーダーバイクが瓦礫の間を擦り抜けて近付いてきた。ホディ・ガーヤだった。
「やっぱりここにいたのか」
「ホディは何の用だ」
ジャジーが問うと、ホディはスピーダーバイクに乗せた計測機器を指す。
「被害状況を調べろと言われてね。だが、この先に行く前に昼飯でも食おうと思って。ポグ・スープの材料は揃っているし」
「いいね、食おう」
ジャジーが快諾すると、シュシュは首を傾げる。
「スープ?」
「なんだ、飲んだことがないのか。それなら尚更だ。マンダロリアンはポグ・スープを飲んで育つんだ」
ホディはスピーダーバイクを下りると、野営用の道具を取り出した。下拵えが済んだ野菜とスープと香辛料を鍋に入れ、火に掛けた。それらが煮えると、最後に具材の形がなくなるまでミキサーで混ぜると、ポグ・スープの完成である。熱々のスープを注いだ金属製のカップを渡され、シュシュはその熱さに戸惑いながらも少しずつ口にした。
おいしい、と言ってくれた。