ベスカー・アンド・ザ・ドーター 名もなき戦士と異形の娘 作:あるてみす@二次創作
儀式の日を迎えた。
マンダロアの泉に向かう前に、ジャジーはシュシュを伴って鍛冶場を訪れた。儀式を受けるために最も重要なもの、ヘルメットを受け取るためだ。
アーマラーはあのベスカーを溶かし、シュシュの注文通りのヘルメットを鍛え上げてくれた。ヘルメットのスリットは女性用のもので、男性用の縦と横の一直線のものよりは愛嬌がある。塗装はジャジーと同じグリーンだが、新品なので初々しい艶があり、どこにも傷がない。
「ほら、見て!」
シュシュは受け取ったばかりのヘルメットを掲げ、ジャジーに駆け寄ってきた。
「ジャジーのものよりもちょっと小さいね?」
シュシュは背伸びしてジャジーのヘルメットと並べると、ジャジーは身を屈めて高さを合わせる。
「そりゃ子供用だからな。視界も大人用よりも広い」
「私、背は伸びたんだけど」
「だが、ヘルメットを被って過ごしたことはないだろ? 最初のうちは息苦しいし、視界は狭いし、暑苦しいし、なんか痒いし、首が凝るし、重たいし、とにかく慣れるまでの辛抱だ」
ジャジーが姿勢を戻すと、シュシュは辟易する。
「うんざりするようなことを言わないでよ」
「慣れると体の一部になる。今となっては、このヘルメットは俺の肌も同然だ」
ジャジーがヘルメットに触れると、シュシュは新品のヘルメットを見下ろす。
「そう思える日が来るのかな」
「来るさ。マンダロアの道を歩み始めたんだから」
「それから、えっと、その」
シュシュはヘルメットを抱え、もじもじする。
「これから先、どう呼べばいい?」
「どうって」
「だからぁ!」
シュシュがむっとしたので、ジャジーは察した。シュシュを娘として迎え入れるとなれば、今後は父親という立場になる。それもそうか、だけど今まで気にしていなかったし、シュシュの意思に委ねるしかないなぁ、とジャジーが嬉しさとむず痒さを持て余していると、アーマラーがハンマーと火鋏を置いた。
「我らの道」
「……我らの道」
ジャジーが教義に従った言葉を返すと、シュシュはジャジーを小突いた。
「誤魔化さないでよ」
「シュシュ。あなたは我々と同じ道を歩むと決めた。であれば、素顔は既に隠しておくべきだろう」
アーマラーの意見に、シュシュは頷く。
「はい。私がそうすると決めたからには、これからはヒューマンとして生きます。でも、ヘルメットはジャジーに被せてもらっていいですか」
「それがシュシュの望んだ道であるならば」
アーマラーが頷くと、シュシュはジャジーにヘルメットを渡してきた。常日頃からベスカーアーマーを身に着けていると、子供用のヘルメットはとても軽く思える。けれど、それを被ったばかりの頃の苦労が蘇ってきて、ジャジーは少し笑った。
「仰せのままに、お姫様」
ジャジーはシュシュの前で片膝を突くと、グローブを外し、素手でシュシュの素顔に触れた。触手と同じ赤い肌で手触りは冷たく、骨がないので頬がとても柔らかい。緑色の目は白目がなく、粘膜に覆われていて潤んでいる。髪のように伸びていた赤い触手はヘルメットに収めるために丸まり、引っ込んだ。シュシュはくすぐったそうに首を竦めたので、ジャジーは手を引いてから、シュシュのヘルメットを両手で持った。
「俺のことは好きに呼んでくれ」
ジャジーはシュシュの肌に触れた余韻に浸りながら呟き、ヘルメットを被せた。素顔を覆い隠されたシュシュは、少し籠った声で照れ臭そうに言った。
「……お父さん」
僅かなむず痒さと居たたまれなさを乗り越えると、体の芯に重みが宿る。賞金稼ぎとして生きると決めてからは、家族を持てないものだと諦めていた。過酷な日々の中でも、時折、心が揺れる異性には出会ったものの、手を伸ばさずにブラスターを握り締めた。だが、あの日、シュシュを見つけて拾い上げた。
「シュシュ・ブー」
ジャジーが感じ入りながら娘の名を呼ぶと、シュシュはジャジーの首に腕を回してきた。それをいいことに、ジャジーはがつんとヘルメットをぶつけてやる。マンダロリアン同士の愛情表現だ。その意味をシュシュが理解する日はまだ先だろうが、与えておくに越したことはない。
いずれ、気付いてくれたらいい。
マンダロアの鉱山。
惑星の黎明期には活発な火山活動があった証左である柱状節理が、神殿のような厳かさを与えていた。内戦と大粛清によって荒れ果てていたが、戦士達が戻ったため、鉱山の泉へと至る道は整えられつつあった。それでも、かつての姿を取り戻すには何年も掛かるだろうが。
ミソソーの旗を掲げ、太鼓を打ち鳴らし、マンダロリアンの一団が列を成して歩いていく。先頭を行くのはアーマラーで、その次には氏族の長達が連なる。それぞれのベスカーアーマーが歩調に合わせて鳴り、不規則ながらも調和の取れた音楽が奏でられる。
ジャジーとシュシュは前後を戦士達に守られる位置、すなわち真ん中を歩いていた。今回、儀式を受けるのはシュシュだけなので、周囲は成人したマンダロリアンばかりだ。シュシュは身長こそ伸びたが体格はまだまだ薄っぺらく、鍛え足りていないので、一目見て子供だと解る。
そして、一団は鉱山の泉へと到着した。そこで待っていたのは、ヘルメットにナイトオウルの意匠を施し、ブルーのベスカーアーマーを纏った女性の戦士だった。ボ=カターン・クライズに他ならなかった。
「ボ=カターン」
アーマラーが歩みを止めると、後続の戦士達も一斉に立ち止まる。ボ=カターンは新品のヘルメットを被ったシュシュに目を留めると、泉を指した。
「あまり奥に行かない方がいいわよ。落盤したせいで、急に深くなっているから」
「あ、ありがとうございます」
シュシュが背筋を正すと、ボ=カターンはアーマラーに目をやる。
「私も同席させてもらってよろしい?」
「もちろん」
アーマラーが快諾すると、ボ=カターンは一歩身を引き、道を開けた。再び太鼓が打ち鳴らされ、ジャジーがシュシュを促すと、幅広の石造りの階段の先に水が溜まっていた。周囲の暗さも相まって底が見えづらいので、確かに足を踏み外すと沈んでしまいそうだ。もしかして前例があるのか、とジャジーは察したが、この場では言及しないことにした。ちょっと気になるが、後回しにした。
マンダロアの泉。いわゆる鉱泉で、温度の低い温泉とでも言うべきだろう。ベスカーを鍛える際には、この鉱泉を使わなくては硬度が上がらない。焼き入れた後に同じ成分を含んだ鉱泉に浸し、急速に冷却することでよりベスカーの分子構造が強固になるからだ。だから、マンダロアの外でベスカーを鍛えても、他の金属と混ぜ合わせても、硬度はそれなりにしか上がらない。帝国製のベスカーのインゴットから不純物が抜けず、縞模様が付いている理由もそれだ。
「孤児のシュシュ」
アーマラーは器を手にすると、シュシュを呼んだ。シュシュは列から離れ、歩み出す。
「はい」
「私に続けて教義を唱えて」
「はい」
シュシュは緊張しながらも応じ、泉に足を踏み入れた。一段、二段、三段と階段を降り、膝の辺りまで浸かる。ボ=カターンはその様子を見守っていたが、安堵したように肩の力を抜いた。その先まで進んでしまうと、落盤した箇所に入ってしまうのだろう。
「私は我が名と祖先の名に掛けて誓う」
アーマラーが力強く述べると、シュシュが続ける。
「私は、我が名と祖先の名に掛けて誓う」
「マンダロアの道を歩み続けると」
「マンダロアの道を歩み続けると」
「そして、教義の言葉を永遠に我が胸に刻むと」
「そして、教義の言葉を永遠に我が胸に刻むと」
「我らの道」
「……我らの道」
「今、この瞬間から私はヘルメットを脱がない」
「今、この瞬間から、私は、ヘルメットを脱がない」
シュシュが教義を噛み締めるように述べると、アーマラーは泉の水を器に掬った。シュシュに頭を下げさせ、ヘルメットの泉の水を注ぐ。一筋の水が滴り、落ち、再び泉へと戻る。
「聞いてくれ、皆」
ジャジーはじゃぶじゃぶと泉に入り、シュシュの手を取る。
「俺はシュシュを我が弟子として育て、家族とする」
「よくぞ言った、ジャジー・ジズ・ブー」
アーマラーは父と娘となった二人に向く。
「よって、今日からは孤児のシュシュではない。シュシュ・ブー。マンダロリアンの一員だ」
一斉に金属音が鳴り響く。マンダロリアン達がガントレットをぶつけ合い、打ち鳴らしている。戦士達は常にグローブを付けているので、その代わりとして編み出した拍手の方法だった。ジャジーもガントレットを打ち鳴らし、娘を祝った。
マンダロリアンらしく。
ネヴァロに向かった。
以前はマンダロリアンの拠点は地下にひっそりと築かれていたが、海賊退治を切っ掛けにマンダロリアンはネヴァロの市民から受け入れられるようになった。そこで土地を譲渡してもらい、今では開けた場所で堂々とキャンプを設営している。ネヴァロはマンダロアよりも火山活動が活発なので、地表のそこかしこから噴煙と蒸気が上がっていた。
ジャジーとシュシュはセンチネル級シャトルを降下させ、キャンプ地の付近に着陸させた。R3には留守番を任せた。ミソソーの旗が風に揺れ、アーマーを纏った戦士達が訓練に励んでいるのが遠くからでも見えた。すると、スピーダーバイクが接近してきた。
「ジャジー・ジズ・ブー!」
スピーダーバイクに跨っていたのはホディ・ガーヤで、ジャジーは手を振った。
「ホディ・ガーヤ! ネヴァロに来ていたのか」
「行ったり来たりしながら、色々な仕事に手を出しているよ。マンダロアが復興すれば、戦士以外の働き手が必要だし、そのためには勘を取り戻さないと」
ホディはスピーダーバイクを下りてから、ジャジーの背後にいるシュシュに気付いた。
「シュシュ、儀式を済ませたのか」
「そうなの」
シュシュがヘルメットを被った顔を上げると、ホディは嬉しそうに笑った。
「そうか、それならお祝いをしないと」
「ティインギラー以外でね」
シュシュが言い返すと、ジャジーは肩を竦める。
「あれは俺も苦手だ」
「うっかり食べちゃったせいで、味覚が痺れておかしくなっちゃったんだもん。なんであんなに辛いものを食べるの? おかしいんじゃない?」
シュシュが文句を言うと、ホディは肩を揺する。
「そうかもしれないが、それがマンダロリアンなんだ。常在戦場の精神で生きているから、仲間内でも強さを競い合うようになる。訓練だけでは飽き足らず、我慢比べにも発展する。その結果、ティインギラーがどんどん辛くなったというわけさ」
「ポグ・スープはちょっとピリッとするけど、それはおいしいの範疇だからいいの。でも、お父さんが作るとなんか苦いんだよね。どうして?」
シュシュが首を傾げると、ホディはジャジーを小突く。
「火が強いからだ。野営の時の調理担当がお前になると、必ず焦がすんだよ。それでも食糧は無駄に出来ないから、皆、黙って平らげるんだが」
「あと、時間がない時はブラスターでじゅっと」
シュシュがその時の動作を真似て手を動かすと、ホディはガツンガツンとジャジーのヘルメットを殴った。
「時短ではあるが極端だ! 沸騰しすぎて爆発するだろうが! 実際、何度かそんな目に遭ったし!」
「戦闘糧食の味の良し悪しは二の次だろ」
ジャジーがちょっと気まずくなりながらも言い返すが、ホディは引き下がらなかった。
「戦闘糧食だからこそ、だろうが! 士気が下がる! 次からはまともにしろ、でないとシュシュが変なことばっかり覚えるだろ!」
「スピーダーバイクに乗りながら両手でライフルを撃つ時のハンドルの踏み方とか?」
シュシュがジャジーからの教えを思い返すと、ホディはヘルメットを押さえて顔を背けた。
「ダンク・ファリック……! あんな曲芸を上手くやれるのはお前だけだが、だからといって教えるな!」
「いちいち細かいな、どうせ当たるんだから」
ジャジーがホディのヘルメットをぐいっと捻ると、ホディはその手を払う。
「だから、それが出来るのはお前だけだ!」
「逆に聞くけど、ホディにしか出来ないことって?」
シュシュが問うと、ジャジーが返した。
「火炎放射の使い方が上手い。ほら、俺達はベルトに予備のライフルの弾薬を付けているだろ? それをこう、良い感じに配置してから火炎放射して連鎖的に爆発させて甚大な被害を出す。大抵、火炎放射は牽制と不意打ちのために使う程度なんだが」
「あの時はジェットパックの燃料が切れていたから、逃げるに逃げられなくてそうしただけだ。それから、火薬の量と燃焼率が頭に入っていれば、誰だって出来ることだ」
ホディが事も無げに言うと、シュシュは首を捻る。
「えー、そうかなぁ……?」
「シュシュも訓練を始めたのなら、得手不得手が解ってきたはずだ。何が上手く出来た?」
ホディに問われ、シュシュは胸を張る。
「グラップリング・ライン! あれは得意!」
「相手を拘束するだけじゃなくて?」
ホディが興味を示すと、シュシュはジャジーのガントレットのグラップリング・ラインを指す。
「ワイヤーを良い感じにしならせると相手に巻き付くから、そのまま引っ張ったり、追加で攻撃したり、相手を支点にして場所を入れ替えたり、とか。だから、アーマラーにはグラップリング・ラインを二つ作ってもらおうかなって。ホイッスリング・バードはお父さんもそんなに使っていなかったし」
「そりゃただの貧乏性だ」
ホディはジャジーを更に小突く。
「それで、前置きが長くなったが、何のためにネヴァロまで来たんだ? スパが目当てか?」
「ああ、あれか。マンダロリアン用に仕切られている温泉は評判がいいから、そこもいずれは訪れようかと。だが、今回はそれじゃない。ディン・ジャリンは新共和国と接点があるそうだから、新共和国の拠点の場所を聞いておきたくて」
ジャジーがようやく目的を告げると、ホディはキャンプ地から更に遠方を指した。
「あっちにキャビンがある。そこにディン・ジャリンとディン・グローグーが住んでいる。昨日、N1スターファイターが降りてきたから、しばらくは在宅しているはずだ」
「あいつが? 家を?」
ジャジーがヘルメットの下で目を剥くと、ホディは付け加えた。
「ディン・ジャリンはネヴァロのギルドで仕事を請け負っていたから、ネヴァロの監督官……今は上級監督官だな、まあ要するに気に入られているんだ。マンダロリアンが土地をもらえたのも、ディン・ジャリンが切っ掛けではあるし」
ディン・グローグーとは、あの緑色の子供の名に違いない。ディン・ジャリンは氏名が上になる部族の生まれなので、その養子がディンの名を継ぐと、同じ形式になるのは当然だ。
タトゥイーンのボバ・フェットもそうだが、賞金稼ぎとして明日をも知れない日々を続けていると、家族を欲してしまうのかもしれない。金は荒稼ぎ出来るが危険は絶えず、敵ばかり増えていくと、心を許せる相手と穏やかに過ごしたくなるのは当然だ。ジャジーがシュシュを手放せなくなったのも、突き詰めれば、それが理由なのだろう。
それから、そのキャビンに向かった。
レイザークレストは見当たらなかった。
その代わり、マンダロアの空を横切っていったナブーのスターファイターがキャビンの傍で大人しくしていた。外装は飾り気のない剥き出しの銀色で、軽量化させるために敢えて外装が剥がされているエンジンは、ちょっと見ただけでもかなりの改造が施されている。加速性能が高すぎて、生半可な乗り手ではGに負けてしまうだろう。
あんなのを乗り回すディン・ジャリンはどうかしている、と内心で思いつつ、ジャジーはシュシュを伴ってキャビンに近付いた。家の前には水溜りがあり、緑色の子供が小さな手で水面をちゃぷちゃぷと揺らし、遊んでいた。
「ぷぁ!」
緑色の子供、ディン・グローグーは二人に気付き、大きな耳をぴんと立てた。
「何の用だ」
キャビンの裏手から現れたディン・ジャリンは、ブラスターには手を掛けていなかったが、多少なりとも警戒心を滲ませていた。ジャジーはベルトに両手を掛け、こちらは警戒していないと示す。
「ディン・ジャリン。新共和国に知り合いがいるそうだが」
「そうだが」
「帝国残党とやり合ってラボを潰してきたんだが、そこでコード・シリンダーに色々な情報を移したんだ。もう終わったことではあるが、その情報が今後の役に立つかもしれないから、新共和国に渡そうかと。だが、俺が新共和国の拠点にいきなり顔を出しても、出頭するようなものだから」
「確かに。ジャジーも賞金稼ぎだからな」
「だから、その知り合いがいる場所を教えてくれないか」
ジャジーの説明を受け、ディン・ジャリンは理解してくれた。
「解った。アデルファイに新共和国軍の基地がある。そこで俺の名前を出せばいい」
「ありがとう、恩に着るよ」
「お互い様だ」
「我らの道」
「我らの道」
ジャジーとディン・ジャリンは同じ言葉を口にしてから、それぞれの我が子の様子を窺った。グローグーはカエルを捕まえて浮かび上がらせると、小さな口を思い切り開けて丸呑みした。シュシュはその大胆さに驚きながらも、二匹目のカエルを水溜りから摘み上げ、グローグーに差し出した。
「あれ、いいのか?」
ジャジーがグローグーを指すと、ディン・ジャリンは深いため息を吐いた。
「グローグー。食べすぎるなよ。夕飯が入らなくなってもいいのか」
「んぃ!」
グローグーは上機嫌で返事をしたが、シュシュは不思議そうにグローグーの小さな体を眺めた。
「カエルを二匹も食べちゃうなんて。ちっちゃいのに胃が丈夫だね」
「少し、話でもしないか」
ジャジーの遠慮がちな申し出を、ディン・ジャリンは承諾した。
「そうだな。我が子について話そう」
マンダロリアンとして、父親として、戦士として。どちらも話すべきことはいくらでもあるが、今まで親しくなかったので探り探りになるのは否めなかった。しかし、我が子のこととなれば話題が尽きなかった。家族を得たことで、新たな道を歩み始めたからだ。
我らの道。
THE END......