ベスカー・アンド・ザ・ドーター 名もなき戦士と異形の娘 作:あるてみす@二次創作
プロトコル・ドロイドを呼び止めた。
人型ではあるが動作はいかにもドロイド的で、関節の動作が制限されているので歩幅も狭い。プロトコル・ドロイドのテカテカした銀色の外装には、グリーンの塗装が剥げかけたベスカーアーマーを纏ったマンダロリアンと、フードを目深に被った子供の姿が映る。顔を完全に隠しているので、傍目に見ればジャワのようだ。
「頼みがあるんだ」
ジャジーはプロトコル・ドロイドの前に立ち、フードを被った子供を示した。
「こいつの言葉を翻訳してみてくれ」
「仰せのままに。直ちに解析してみせましょう」
プロトコル・ドロイドは滑らかな銀河標準語で答えると、フードを被った子供に向き直る。長い袖で手元が隠れていて指先も出ておらず、ブーツを履いているので素肌は一切見えない。
その子供は、身振り手振りを加えながら、ジャジーの耳には言語とは到底思えない音を発した。にちゃにちゃと粘膜が動く音だけが繰り返されたが、プロトコル・ドロイドは神妙に聞き入っていた。それが終わると、ぐるりと首を回してジャジーに向いた。
「大変申し訳ありません。こちらの方の言語は、私の記憶回路には記憶されておりません。類似の言語はいくつか検索出来ましたが、翻訳は不可能です」
「言語体系は?」
「ミッドリムに近しいですが、文法は
「だとすると未開惑星の言語か?」
「その可能性は否めませんが、私の記憶回路に保存されている情報だけでは精査出来ません。専門の研究機関をお尋ねになるか、コルサントのデータベースを利用なさることをお勧めいたします」
「なるほど。参考になった」
「お役に立てたのであれば幸いです。またのご利用をお待ちしております」
プロトコル・ドロイドは深々と頭を下げてから、やはりぎこちない足取りで去っていった。それを見送ってから、ジャジーは身を屈め、フードを被った子供と目線を合わせる。
「だとさ。すまんな、あまり役に立てなくて」
「いいよ。解らないということが解ったんだもの、収穫はゼロじゃない」
袖口からにゅるりと赤い触手を伸ばし、フードを上げた。そこから現れたのは、つるりとした赤い肌に包まれた頭部と、触手だけで構成された胴体だった。頭部には二つの緑色の目があり、それがジャジーを見上げた。
ほんの少し前まではカップに収まるほど小さかったんだけどなぁ、とジャジーは感じ入った。栄養状態がいいとみるみる成長する種族だったようで、今となってはヒューマンの五歳程度の大きさだ。
成長に伴って言葉も発するようになり、銀河標準語も流暢に操っている。今更ではあるが自己紹介をしてくれた。しかし、その言葉はジャジーには聞き取れなかったので、銀河標準語で近しい言葉を当て嵌めた呼び方をするようにした。
「帰るぞ、シュシュ」
ジャジーが名を呼ぶと、シュシュは辺りを見回す。
「これ、そのままでいいの?」
二人の足元には、密輸業者の死体が散乱していた。シュシュの出身地がどこなのかを探るべく、シュシュを弄んでいたギャングに殴り込んで情報を引き出した後、様々な惑星から希少な生物を捕らえて売り捌いている密輸業者に辿り着いた。
そこでシュシュに関する情報を得ようとしたものの、ろくに話を聞き出す前に襲撃されたので反撃するしかなかった。そして、商談用のプロトコル・ドロイドがいたので、これ幸いとシュシュについて尋ねてみた、という次第である。
「まあ……別にいいだろ」
こいつらの中には賞金首もいたかな、それならギルドに売った方が、いや、依頼されてもいないのに殺したとなると揉めそうだ、とジャジーはしばらく考え込んだが、何もしないことにした。
ジャジーはシュシュを伴い、移動した。密輸業者の拠点でもある宇宙船の中には、至るところに檻が設置されていて奇妙な生物が囚われていた。彼らはジャジーとシュシュに救いを求めて泣き喚いたので、シュシュはジャジーの足に縋り付いた。
「皆、怖がっている」
「新共和国に通報しておいたから、悪いようにはならないだろ。たぶんな」
ジャジーはシュシュのフードを被った頭にぽんと手を置いてから、ハッチを下ろして外に出た。宇宙船の周辺は見渡す限り荒野で、宇宙港や市街地からも遠く離れている。ジャジーはスピーダーを拝借し、シュシュを座席の後ろに座らせてから出発した。
さて、どうしたものか。
未開惑星。
銀河の未知領域に存在しているが、様々な理由によって開拓されていない惑星だ。多くはハイパースペースの航路からは遠すぎるのが原因で、戦略的にも資源的にも価値が低いと見出され、銀河の文明とは隔絶されている。
帝国との戦争によって戦略的価値が再確認されたり、希少な鉱物やエネルギーが採掘されることが発見されることもあるが、それでも大した数ではない。故に、この銀河の中には、共和国と帝国の戦争も知らず、ハイパースペース航法とも無縁の文明と民族が数えきれないほどある。
その中のどれかがシュシュの出身地であったとしても、ジャジーには探しようがない。だが、ああ言った手前、覆すわけにもいかない。孤児でもないのに、孤児だと思い込んでマンダロリアンに加えるのは、シュシュの本来の家族に対して無礼極まりない。
「こうなると、俺だけじゃ無理だな」
武器の手入れをしながらジャジーが零すと、シュシュがジャジーを覗き込んできた。
「やっぱり?」
「悔しいが、こればっかりは認めるしかない」
ジャジーが肩を竦めると、R3がピガピガとバイナリー言語を発した。言わんこっちゃない、と言いたげに。
「だったら、どうするの?」
シュシュに問われ、ジャジーはヘルメットを小突く。
「マンダロリアンの仲間と合流する」
「でも、マンダロアがダメになったんでしょ? それから、皆は散り散りになって……」
「だから、アウターリムのそこかしこに隠れ家を築いて身を隠しているんだよ。具体的にどこなのかは教えられていないが、探しようはある」
「どうやって?」
「ミソソーの紋章を見つけるんだ。そうすれば、そこにはマンダロリアンがいる」
「行くとしても、どの星に?」
「ネヴァロだ」
ジャジーはブラスターの組み立てを終え、構えた。以前、顔を合わせたマンダロリアンからネヴァロの隠れ家について教えてもらった。アウターリムの中でも辺境に位置する惑星で、それ故に治安が悪く、帝国の目から逃れるには丁度良い場所だ。シュシュを連れていくのは少々不安だったが、久々に同胞に会いたいという気持ちも芽生えていた。
スターファイターの整備と点検、燃料の補充を終えてから、ジャジーはネヴァロまでの航路を確認した。あいつは元気だろうか、と古い友人の顔がいくつも思い浮かんだが、いずれもヘルメットに覆われているのがちょっと可笑しい。子供の頃からの付き合いであれば素顔は知っているのだが、大人になってからの顔を知らないから、それもまた奇妙な感覚だ。
しかし、その教義こそがマンダロリアンをマンダロリアンたらしめているものであり、信仰の要だ。素顔を隠して生きることに不便さを感じたことはあるが、それだけのことで捨てられるほど教義は軽くない。
ベスカーアーマーと等しく重たい。
ネヴァロは荒れていた。
ストーム・トルーパーから剥がされたアーマーが積み上げられ、荒野にはTIE・ファイターらしきものが墜落していて、街は破壊し尽くされていた。そして、事前に教えられていたルートを辿り、街の地下に潜り込んでみたが、そこにはマンダロリアンが身を潜めていた痕跡だけが残っていた。
アーマラーがベスカーを鍛えていた鍛冶場、戦士達の訓練場、営倉、武器庫、食糧庫、それから戦闘の痕跡。アーマラーの姿もなく、生き残りのマンダロリアンの姿もないので、既にネヴァロからは引き上げているのだろう。前向きに解釈すれば。
「ジャジー……」
シュシュが不安そうにジャジーのズボンを引っ張ってきたので、ジャジーはその手を握った。
「大丈夫だ」
ただの虚勢だ。正直に言えば、内臓が冷え込むほどの恐怖に苛まれている。マンダロアの大粛清を思い出してしまうからだ。マンダロアで長く続いた内戦。収束するかと思われても争いの火種は消えず、殺し合い、奪い合い、憎み合っていた。このままでは最後の一人になるまで争い続けるのではないか、と危惧していたところに別の災いが訪れた。帝国軍だ。
空を覆うスターデストロイヤー、TIE・ファイターの群れ、地表を焼き尽くす空爆、慣れ親しんだ街が一瞬で廃墟に変わり、数多の人々が死んでいく。その際にジャジーは坑道に逃げ込み、難を逃れたが、地上に出るとありとあらゆるものが失われていた。
それを目にした瞬間、自分の足場が消え失せたような感覚に陥った。家族も友人だけでなく、ザ・ウォッチと敵対していた組織の者達ですらも、自分を成り立たせていたのだと気付かされたからだ。
だから、今まで以上にベスカーのヘルメットを脱げなくなった。ベスカーアーマーはマンダロリアンの象徴であり、財産であり、誇りであり、そして己の心身を守るための外骨格だからだ。
すると、気配を感じた。ジャジーは反射的にブラスターを抜いて構え、シュシュを背後に押しやった。ブラスターの引き金に掛けた指に力を込めかけたが、相手もまたブラスター・ライフルを構えていた。
長身で筋肉質のヒューマンの女性だが、逞しい右の上腕には黒のラインを連ねたタトゥーが刻まれていた。ウェーブの掛かった前髪は悩ましいが、それ以上に眼差しが鋭く、幾度となく死線を潜り抜けてきた戦士であることを示していた。
「あんた、マンドーの仲間?」
彼女から銃口を上げないまま問われたので、ジャジーは先にブラスターを上向けた。
「ここにいたマンダロリアンを知っているのか?」
「友人よ。ディン・ジャリンと言えば解る?」
「もちろん。時代遅れのレイザークレストを乗り回す、変わった奴だよ」
ジャジーはブラスターを下ろし、ホルスターに戻す。彼女もまたブラスター・ライフルを下げ、戦闘態勢を解除した。
「残念だけど、ディン・ジャリンはネヴァロを去ったわ。少し前にね。先に言っておくけど、行き先は解らない。モフ・ギデオンから逃げているから」
「……は?」
ジャジーが言葉を失うと、シュシュがきょとんとする。
「それは誰?」
「帝国の高官だ。何がどうしてそうなったのか……いやいや聞くべきじゃないな、俺まで片足突っ込む羽目になる。だけど、マンダロリアンである以上は関わらないとも限らないし……。悩ましいな」
ジャジーがヘルメットの下で顔を歪めていると、女性はジャジーに歩み寄ってきた。
「申し遅れたわ。私はキャラ・デューン、色々あってこの街の保安官を任されたの」
「ジャジー・ジズ・ブー。マンダロリアンだ」
ジャジーが名乗り返すと、シュシュがキャラ・デューンを見上げる。
「シュシュ」
「どうも、シュシュ。ようこそネヴァロへ」
キャラが手を差し伸べると、シュシュはちょっと迷ったが、長い袖を差し出した。触手を束ねてヒューマンの形を模すようになったが、手はまだ不完全だからだ。キャラはシュシュの袖越しに手を軽く握ってから、治安が悪いから注意するように、困りごとがあれば相談して、と言い残して去っていった。
「どうする?」
シュシュに問われ、ジャジーは悩んだ。
「どうするかなぁ……」
ディン・ジャリンは余程の厄介事を抱え込んだようなので、シュシュを伴っている身では追うべきではない。そもそも俺はあいつとそんなに仲良くなかったし、いざという時はもちろん助けるんだけど、だけど手詰まりだな、と考え込みながら地上に出た。
スターファイターまで戻る道中、ベスカーアーマーを奪おうと企んだ強盗が追ってきたものの、ジャジーはグラップリング・ラインで絡め取ってからブラスターで撃ち抜き、事なきを得た。
油断も隙もない。
ひとまず、ネヴァロを離れた。
シュシュに関する情報を得ようにも、マンダロリアンの行方を追おうにも、動かなければ始まらない。差し当たって思い付く場所があるとすれば、タトゥイーンだろう。産業の乏しい砂漠の惑星だが、アウターリムの中でも治安の悪さは突出していて、ネヴァロよりもタチが悪い。ハット・カルテルやパイク・シンジケートといった大規模な犯罪組織もタトゥイーンに関わっているのだから、根の深さは相当なものだ。
「その星、そんなに怖い?」
スターファイターの操縦席では、シュシュはジャジーの膝の間に身を収めていた。理由は簡単だ、原則的に一人乗りだからだ。
「怖いねぇ、俺からしても」
ジャジーが素直に不安を吐露すると、コクピットの後方にあるドロイド・ポートに収まっているR3がビーブーと低い電子音を発した。同意を示したのだ。
「それでも行かなきゃならない?」
シュシュが首を傾げると、ジャジーは嘆息する。
「遠回りしたところで時間の無駄だからな。それに、シュシュの故郷の手掛かりを見つけるには、色んな奴に聞いていくしかない」
「そんなの無理だよ」
「かもしれない。だが、やってみないことには解らないだろ? 我らの道」
ジャジーはフード越しにシュシュの頭を軽く撫でてから、ハイパードライブを作動させた。暗黒の宇宙から光の流れる空間に飛び込み、真っ直ぐに進む。
足の間にシュシュの体温を感じる。ヒューマン寄りは体温が低いが、確かにそこに在る。この子のためにもう少し大きな船を手に入れようか、遠い星に送り届けるためにも、とジャジーは想像を巡らせる。
シュシュを故郷の惑星に帰し、本来の家族と再会を果たす日が待ち遠しい一方、誰かが傍にいる心地良さを手放したくないという気持ちが燻っていた。今の俺は情けないツラをしているんだろうなぁ、とジャジーはヘルメットの下で頬を歪めた。
誰だって寂しさには勝てない。