ベスカー・アンド・ザ・ドーター 名もなき戦士と異形の娘 作:あるてみす@二次創作
砂漠の惑星に降り立った。
ジャジーはスターファイターを砂漠に停めておき、シュシュを伴ってタトゥイーンの首都であるモス・アイズリーの宇宙港に足を運んだ。情報収集をするには、人の出入りが激しい場所でそれらしい人物を探すのが最適解だからだ。酒場でも出来なくはないが、シュシュの精神感応能力を有効活用するには、こちらの方がいいと判断したからだ。
宇宙港に到着した民間の宇宙船からは人々が降りてきて、出迎えに来た家族や友人と合流し、言葉を交わしていた。過激さが売りのポッド・レースが盛況していた頃は観光客が絶えなかったのだろうが、今となっては見る影もなく、乗客の数は三分の二程度といったところか。流行ったものほど、廃れてしまうと呆気ないものだ。
「で、どうだ?」
ジャジーがシュシュに問うと、シュシュはジャジーのズボンを掴んできた。
「変なのばっかり……」
「マンダロリアンを知っていそうな奴は?」
「たまにいるけど、賞金稼ぎの商売敵って感じ」
「だろうな。俺みたいなのは他にもいる」
「ちょっと疲れた……」
シュシュはフードを下げると、ぐにゃりと脱力した。精神感応能力を使いすぎたせいだろう。ジャジーはシュシュを受け止めたが、骨がないので抱き上げるのが難しかった。中身が零れ落ちないようにローブを丸め、シュシュの足から外れたブーツを回収した。
「すまん、気付いてやれなくて」
どこかで休ませてやらないと、とジャジーはシュシュを担いで歩き出した。タトゥイーンは日差しが強くて気温が高く、空気も乾燥しているから、骨格がないために水分を多めに必要とするシュシュには環境が合わなかったのかもしれない。
値は張るが水を買って日陰を探さないと、とジャジーは市街地へと向かったが、街の空気がどことなく変わっているような気がした。住民達の表情が明るく、子供達が駆け回っている。店で取り扱っている品物も種類が豊富で、水の値段も少々割高という程度でぼったくりではない。タトゥイーンなのに変だな、と思いつつ、ジャジーは手近な店に入った。
「水をもらうぞ」
雑貨や食料品を取り扱っている店で、水の詰まったボトルも並んでいた。ジャジーはそのボトルを取り、新共和国のクレジットで支払った。
店の裏手に日陰を見つけたので、ジャジーはそこでシュシュに水を飲ませてやった。蓋を開けるや否や、触手を突っ込んでごくごくと吸い上げ始めた。
「そんなに喉が渇いていたのか」
「砂漠に来たの、初めてだったから……」
水を半分ほど飲んでから、シュシュは申し訳なさそうに呟いた。水分が足りると触手の筋力も戻ってきたようで、ヒューマンらしい形を作り直した。
「まあいい、気長にやろう。焦ることじゃない」
ジャジーはシュシュのフードを直してやり、立ち上がろうとしたが、視界の端に何かを捉えた。銃口だ。素早く身を転じてシュシュを背に隠し、ブラスターを抜いて構え、アンテナ状のレンジファインダーを下ろして拡大する。だが、銃口の主はジャジーが構えた途端に視界から失せていた。余程の手練れだ。
どうする、一旦退くか。それとも、敵を追って狙いを探るのが先か。ジャジーはシュシュを気にしながらも思考を巡らせていたが、ブラスターを下げた。不調のシュシュを担いで逃げるよりは、相手の意図を確認した方がいい。それに、いざとなればベスカーアーマーが守ってくれる。
「用件を聞かせてくれないか」
ジャジーが両手を広げると、銃口の主が民家の屋上に立った。無駄のない黒いスーツを纏ったシルエットはヒューマンの女性で、使い込まれたライフルが空に向く。オレンジと黒のヘルメットの隙間から、こちらを見下ろす眼差しは隙がない。これは恐らく、いや、間違いない。
「あんた、どこのマンドー?」
暗殺者、フェネック・シャンド。ジャジーはベスカーアーマーの下にじわりと嫌な汗が浮いてきたが、シュシュを不安がらせないために平静を保つ。
「生憎、初対面だ」
「この街で仕事をするつもりなら、まずは挨拶してくれないかい。うちのボスにね」
「ハットか?」
「いや、違うね。その分だと、うちのボスの噂はまだ広まっていないみたいだね」
フェネック・シャンドはつまらなさそうに零してから、民家の屋根から屋根に身軽に跳ねた。そして、ジャジーの前に着地すると、ジャジーの背後でぐったりしているシュシュに気付いた。
「その子は?」
「孤児だ。俺が守っている」
ジャジーがシュシュを支えると、フェネックは少し考えてからライフルを背負った。
「付いてきな。ボスに面通ししてもらうよ」
颯爽と歩き出したフェネックに、ジャジーは懸念を抱きながらもシュシュを腕に抱いて歩き出した。フェネック・シャンドの言葉の真偽はさておき、この状況で彼女に逆らうのはよろしくない。シュシュはもそもそと動き、ジャジーの腕を掴んできた。
弱々しい力で。
ハットの宮殿に足を踏み入れた。
そこで待ち構えていたのは、グリーンのベスカーアーマーを纏った男だった。だが、その中身がマンダロリアンでないことは知っている。しかし、その中身が、裏社会で名の通った賞金稼ぎであるとは限らない。なぜならば、そのベスカーアーマーの持ち主であるボバ・フェットは、このタトゥイーンで消息不明となっているからだ。
その男は、かつてはジャバ・ザ・ハットが収まっていた玉座に腰を据えていた。傍らにはフェネック・シャンド、屈強な黒い体毛のウーキー。玉座の手前にある鉄柵の下には妙な空間があり、そこからも気配を感じる。大方、ここには不躾な来客を貪り食うための怪物がいるのだろう。似たような仕掛けを施していた悪党とは何度も顔を合わせてきたので、よく解る。
「俺の知るマンドーじゃないが、お前もマンドーだな。驚いたか、ここにはもうハットはいないんだ」
ボバ・フェットは掠れ具合が独特の声色で喋った。その声は何度も聞いたことがある。戦場で、クローン・トルーパーが交わしていたものとよく似ている。ジャジーは実物のボバ・フェットに会うのは初めてだったので、その理由について想像を巡らせるも、憶測を口にするべきではないと思い直した。解らないことは口にしない、それもマンダロリアンの教義だ。
「つまり、ここはあんたの縄張りなのか」
ジャジーが察すると、ボバはゆっくりと頷く。
「そうだ。この俺、ボバ・フェットの街だ」
賞金稼ぎがタトゥイーンの裏社会を掌握しているのか。どういうことなんだ、とジャジーはまたも疑問を抱いたが、それもやり過ごした。解らないことを口にしてはいけない、のだから。
「ボバ・フェット。俺の名はジャジー・ジズ・ブー、こっちはシュシュ。あんたの街を荒らしに来たわけでもなければ、どこぞの依頼を受けてあんた達を狙いに来たわけでもない。この子のためだ」
ジャジーがシュシュを抱えると、シュシュはぐにゃりと伸びて鉄柵の中を覗き込んだ。
「大きな子がいる」
「だろうな。だが、後にしろ」
ジャジーはシュシュの背中を支え、ヒューマンらしい格好をさせてから話を続ける。
「俺はシュシュを家族の元に戻すために情報を集めているんだが、同時にマンダロリアンの仲間の行方も追っている。だが、別の拠点にいたはずの仲間達は既に去った後で、シュシュの言葉はプロトコル・ドロイドでも解析不能だった。賢い子だから、[[rb:銀河標準語 > ベーシック]]も使えるんだがね」
「聞かせろ」
ボバに乞われたので、ジャジーはシュシュを促す。
「故郷の言葉を使ってみてくれ」
シュシュは頷き、例の粘膜をべちゃべちゃさせるような言葉を発した。しかし、ボバもフェネックも聞いたことがないようで、どちらも反応はなかった。
「そいつは長い道程だな。俺の知るマンドーも、希少な種族の子供を守っていた。子供は守られるべきだからな」
ボバがしみじみと頷くと、フェネックはかすかな笑みを零した。
「この前助けた、バンサの子供みたいにね」
「このことは俺のファミリーにも話しておく。それで手掛かりを得られるかもしれないからな。だが、その対価はもらいたい」
ボバが身を乗り出すと、ジャジーは即答する。
「無論だ。何をすればいい?」
「パイク・シンジケートの残党がタトゥイーンのそこかしこに隠れているんだが、潰して回るには手が足りないんだ」
「解った、手を貸そう」
ジャジーが応じると、フェネックがパイク・シンジケートの残党の隠れ家についてホロで説明してきた。どの拠点から襲撃するべきか、とジャジーが話し合っていると、シュシュがぬるりと腕の中から抜け出した。鉄柵に顔を寄せ、じっと中を覗き込む。
「わあ」
「だから、そこには何が……」
ジャジーが身を屈めると、鉄柵が激しく揺れて巨大な生物が突っ込んできた。ランコアだ。ジャジーは反射的にシュシュを抱えて遠ざけるも、シュシュは身を乗り出す。
「へえ、そうなの。よかったね。お父さんとお散歩に行くのかぁ」
「とにかくなんだ、仕事は請け負った」
失礼する、とジャジーはシュシュを担ぎ、玉座の間から去ったが、シュシュはランコアに手を振っていた。あいつのことがそんなに気に入ったのか、とジャジーが懸念していると、シュシュは言った。
「あの子、見た目は大きいけど、まだ小さいんだよ。ボバがお父さんで、いつも可愛がってくれるから大好きなんだって。御飯を食べさせてくれるし、撫でてくれるし、お散歩に連れていってくれるし。それで、あの子の名前は……」
「それはいい、知りすぎちまう」
ジャジーはシュシュを制すると、シュシュはちょっと不満がった。
「えー、可愛い名前なのになぁ」
ランコアなんてどうやって可愛がるんだよ、ジャバの後釜に収まるような男の考えることはよく解らん、出自もそうだけど、とジャジーは雑念に駆られていたが、気持ちを切り替えた。
幸い、モス・アイズリーから離れた砂漠に停めておいたスターファイターはジャワに荒らされずに済んだが、その代わりに巨大なトカゲに襲われていた。R3がビイビイと悲鳴を上げる中、ジャジーはシュシュを置いてからブラスターを抜いた。
出発前に一仕事する羽目になった。
夜の砂漠に火が灯る。
パイク・シンジケートの残党が身を潜めていた土壁の家に、ジャジーがグラヴ・チャージを放り込んだからだ。スターファイターの接近を知り、入り口で待ち構えていたパイクが吹っ飛び、脆い作りの家が粉々に砕け散る。
粉塵が収まる前に、ジャジーは熱反応でパイクの居場所を感知し、ブラスターを放つ。視界を塞がれた上に一発で仕留められたパイクが次々に倒れていくが、数人が裏口から逃げ出した。
「おっと」
ジャジーはジェットパックを作動させて跳躍し、裏口へと回り込むと、グラップリング・ラインを手前の一人に絡み付けて引き倒す。それに躓いたパイクがよろめくと、すかさずブラスターを撃ち、制圧する。
「お?」
すると、爆発を逃れたパイクがスピーダーバイクに飛び乗り、逃走を図った。ジャジーはヘルメットを通じ、相棒に呼びかける。
「R3、撃て!」
すかさずスターファイターが浮上し、R3が機銃を発射するも、スピーダーバイクの方が僅かに速かった。あいつの射撃の腕はイマイチだな、今に始まったことじゃないが、と思いつつも、ジャジーはジェットパックによって飛行する。
夜の砂漠はまるで海のようで、昼間の暑さとは懸け離れた静寂と冷たさに支配される。そんな中、突っ走っていくスピーダーバイクを追うのは難しいことではない。ジャジーはスピーダーバイクの前方に回り込むと、パイクがハンドルから手を離してブラスターを撃ってくる。狙いが定まっていないのでジャジーを掠りもしなかったが、一発だけヘルメットを掠めた。
スピーダーバイクと擦れ違う瞬間、ジャジーは一瞬だけジェットパックを用いて浮上し、パイクを回し蹴りして吹っ飛ばした。直後、運転手を失ったスピーダーバイクは砂の山に激突し、炎上した。そして、パイクにとどめの一発を撃ち込んだ。
「R3、こっちだ」
ジャジーはブラスターをホルスターに戻し、手招きすると、スターファイターが着陸した。キャノピーが開くと、フードを脱いで素顔を曝したシュシュが、冷ややかな夜風を浴びた。
「昼間とは別の世界みたい」
「砂漠はそういうもんだ」
ジャジーは燃え盛るスピーダーバイクを横目にコクピットに乗り込むと、シュシュは緑色の目を細める。
「こんな感じの景色、見たことがあるかも」
「砂漠の夜を?」
「それとは違うんだけど、色が似ているんだ」
シュシュが首を捻ると、ジャジーは操縦席に座ってからシュシュを膝の間に収める。
「よかったら、俺にも見せてくれ」
「いいよ」
シュシュはするりと触手を伸ばし、ジャジーのグローブの隙間に滑り込ませた。精神感応能力は肉体的な接触を伴った方が感度が良いようで、シュシュの内面を覗かせてもらう時はそうしている。
途端に、ジャジーの五感が変化する。乾いた砂の匂いとざらついた肌触りが、潮の匂いと水の冷たさに塗り替えられる。光すらs差さない海底、夜空の星々のような微生物、淡い光を発する海藻の群れ、岩を切り拓いて作られた建造物、未知の文明の都市。
「ほらね?」
シュシュが触手を引っ込めると、ジャジーはなぜか汗が滲み、ヘルメットの下を拭った。
「これは……なんだと思っていたんだ?」
「私の夢でしょ?」
「違うぞ、お前の過去の記憶だ」
「だって、有り得ないじゃない。海の底に街がある、だなんて」
シュシュがきょとんしたので、ジャジーは吐き出さずにはいられなかった。
「ダンク・ファリック……」
シュシュはそれが故郷の記憶だと認識出来ないほど幼いうちに攫われてきたばかりか、自己防衛反応で事実を誤認している。そうでもしなければ、シュシュは孤独に耐えられなかったのだろう。ジャジーは深呼吸して怒りや苛立ちを宥めると、シュシュを抱き寄せた。
今は、それしか出来なかった。