ベスカー・アンド・ザ・ドーター 名もなき戦士と異形の娘 作:あるてみす@二次創作
ハッケージがある星系は遠い。
タトゥイーンの反対側のアウターリムに位置しているため、そこに至るまでにはいくつものハイパースペースを渡らなくてはならない。その上、帝国残党が秘密裏に拠点を築いているという噂もあるため、念には念を入れて迂回することにした。
それにより、空き時間が出来た。シュシュがマンダロリアンになるのか否かはまだ確定していないが、どちらにせよ必要なことがある。座学だ。
「うう……」
シュシュはぐにゃりとテーブルに突っ伏した。センチネル級シャトルの居住区を改装したついでにテーブルと椅子を設置したので、そこでシュシュは生まれて初めて勉強していた。R3は幼年学校用の学習プログラムをダウンロードしたので、それをホロに投影しながら教えていたが、シュシュは顔を上げなかった。
「解らない……。何がなんだか解らない……」
「言葉のやり取りは能力頼りで出来ても、読み書きが出来なければ意味がない。いずれはマンダロア語も覚えてほしいが、まずは[[rb:銀河標準語 > ベーシック]]からだ。文字の数は少ないし、文法もそんなにややこしくないんだから、頭に入れば簡単だ」
ジャジーはそれを横目に見ながら、ブラスターを分解して手入れしていた。
「ううう……」
シュシュはぬるぬると這いずり、テーブルからずり落ちかけたので、ジャジーはシュシュを回収した。椅子に座り直させ、テーブルに向かわせる。
「ほら、ちゃんと前を向け」
「ジャジーもこんなことをしたの?」
「したさ。それから、他の言葉も覚えた」
「なんで?」
「交渉するのも賞金稼ぎの技術のうちだ。上手くすれば無用な戦いを避けられるし、情報も得られる」
「私は賞金稼ぎになりたいわけじゃないもん」
シュシュはむくれたが、ジャジーは椅子を引っ張ってきてシュシュの隣に座った。
「いいか、これが俺の名前だ」
ジャジーはナイフを抜き、切っ先でテーブルを引っ掻いて傷を付ける。[[rb:銀河標準語 > ベーシック]]の文字で《ジャジー・ジズ・ブー》と書き記す。
「こっちがマンダロア語で」
その下に、マンダロア語で《ジャジー・ジズ・ブー》と書き添える。
「形が全然違うね」
シュシュが首を捻ると、ジャジーはテーブルの削りカスを払ってから、シュシュの触手を取って傷に触れさせる。
「それなら、まずは形で覚えろ」
「んー……」
シュシュは触手の先端を傷に浅く埋め、そっとなぞっていく。その様子で、ジャジーは確信を得た。以前から薄々気付いていたことだが、根拠が乏しいので言及を避けていた。だが、これではっきりした。
「シュシュ。お前は視力がそんなに良くないだろ?」
「えっ?」
シュシュが目を上げると、ジャジーは緑色の目の前に手を翳す。
「水棲種族だから、水の中で物を見ることを前提とした構造の目なんだ。だから、ほら」
ジャジーが手を遠ざけていくと、シュシュの目の焦点がずれていく。
「な?」
ジャジーが手を引っ込めると、シュシュは目を瞬かせる。
「そうなの? じゃ、ジャジーにはどういうふうに見えているの?」
「そりゃあ」
ジャジーはレンジファインダーで補正した映像を見せようとしたが、そうするにはヘルメットを脱がなくてはいけないので我に返った。マンダロアの鉱山の泉で禊をしなくてはならなくなる。だが、肝心の泉が崩落によって埋もれたので、今となっては不可能だ。それ故に、教義の重みは増している。
マンダロリアン同士であれば、レンジファインダーの数値を教え合って補正した視界を共有出来るのだが、シュシュにはそうもいかないからだ。かといって、シュシュの頭部には耳がないのでメガネのような補正器具は付けられない。鼓膜はあるが剥き出しなのだ。
シュシュがベスカーアーマーを纏って戦う道を選ぶのであれば、ヒューマンの視力と視界を認識しておくことも重要だ。その感覚を掴んでおかなくては、有視界飛行や近接戦闘などで致命的なミスが生じてしまう。座学だけじゃ追い付かない、だが、まずは基礎固めからで、とジャジーは考え込んだ。
学ばせたいことが多すぎる。
夢を見た。
マンダロアの内戦が勃発する以前、ヘルメットをまだ被っておらず、ベスカーアーマーを身に着けて生きることなど想像もしていなかった頃の記憶だ。
マンダロアの鉱山から採掘されたベスカー鉱石が運び出され、アーマラー達が鉱石の品定めをしてから受け取っていった。キラキラと光る金属の粒が混じった石がどうなるのか、ジャジーはまだ知らなかった。
興味本位で父親に問うと、知らなくてもいい、俺達の手には渡らないものだ、と答えた。他の鉱夫達も似たようなことを言った。ベスカーアーマーを纏えるのはマンダロアの戦士だけであり、戦士になる道を選ばなかった者達には無縁だ、誰しも役割がある、そこから抜け出すことは出来ないんだ、と。
街の中心にはアーマラーの鍛冶場があったが、そこを訪れるのはベスカーアーマーを帯びてヘルメットを携えている戦士と、戦士の見習いである子供達で、鉱山の街の住民達は近付かないようにしていた。
それでも、ジャジーはベスカー鉱石がどうなるのかが気になった。仕事の合間にこっそりと抜け出し、鍛冶場を覗いた。坑道とは違った熱気に満ちていて、真っ赤に熱したベスカーをハンマーで打ち据える音が音楽のように奏でられていた。
精製されて銀色の液体と化したベスカーがアーマーの鋳型に流し込まれ、形作られ、火を入れられて鍛えられ、やがてミソソーの紋章を帯びる。厳かで重々しく、それでいて美しい光景だった。
そして、子供心に思い知らされる。マンダロアの誇りであるベスカーアーマーが似合うのは、日々坑道を潜って汗と土埃にまみれ、全身が真っ黒に汚れた子供ではなく、名のある氏族の優れた戦士なのだと。
ブー氏族の名と鉱夫の仕事を恥じたことはない。誰かがやるべきことをやってきたのだから。けれど、心の片隅には陰りがある。故に、自分に言い聞かせる。戦士となって生きるのは、俺が選んだ道なのだ。
我らの道。
視界が暗い。
何が起きたんだ、とジャジーは反射的にホルスターからブラスターを抜こうとしたが、すぐに気付いた。ヘルメットの外側に何かが張り付いていて、そのせいで真っ暗になっている。
ジャジーはヘルメットに覆い被さっている物体を握り、引きはがすと、ぐにゃりとした手応えが返ってきた。赤くてうねうねしている。シュシュが俺のベッドに潜り込んできたのか、と気付いたが、それにしてはやけに長い気がする。
「ん……?」
ジャジーは赤い触手の束を置き、ベッドから抜け出した。水の球体が浮遊しているアクアリウムでシュシュが寝ているはずだが、その姿はない。床が濡れていて、這いずったような痕が残っている。
「シュシュ?」
ジャジーが声を掛けながら進むと、R3がピキピキピキと甲高く鳴きながら近付いてきた。ジャジーはR3を押しやり、水の痕跡を追う。
「後にしろ」
それを追っていくと、シャワールームに辿り着いた。水の中にいたのにシャワーを浴びたかったのか、とジャジーは訝りながらもライトを付けると、赤い触手の塊が蹲っていた。うねうねと波打つ触手が形作っているのは、ヒューマンの成人に近しい体型の女性だった。肉付きのいい腰回りと太股まで捉えたが、ジャジーは顔を背けた。
「ダンク・ファリック!」
剥き出しの女は刺激が強すぎる。教義に忠実であるが故に、異性と縁遠くなったマンダロリアンであれば尚更だ。ジャジーがため息を吐きながら背を向けると、急激に成長したシュシュがよろめきながら立った。
「ジャジー、違うの、違わないんだけど」
「説明してくれ、何があった?」
ジャジーが背を向けたまま問うと、シュシュはぺったりと壁に貼り付く。
「色々なことを覚えて、戦えるようになるには、もっと大きくならなきゃって思って……。だから、いつもより多めに水を飲んで寝て起きたら、こうなっていて……。縮んだ方がいいよね? 水を抜けば、昨日までの私に戻れるよね?」
「いや……。それは負担が大きいだろ、どう考えても。他の方法を考える」
「でも」
「アクアリウムの大きさも調整する。シュシュの服を調達するまでは俺の服を着ていてくれ」
「いいの?」
「今まで着ていたローブじゃ間に合わないだろ?」
ジャジーは軽く手を振ってから、シャワールームを後にした。といっても、ジャジーの手持ちの服は数えるほどしかない。ベスカーアーマーの下に着るアンダーウェアと替えの下着と、使い古しすぎてボロ布も同然の作業着。
「これは……」
さすがにヤバくないか、とジャジーは自戒した。ベスカーアーマーとヘルメットを身に着けていることがドレスコードのような世界で生きてきたせいで、自分の服装を顧みなくなっていた。俺達の正装はベスカーアーマーなんだから当然だろ、と思う一方、シュシュは年頃の女の子なんだから気を遣うのは当然だろ、と遠い昔に消えたはずの思春期めいた恥じらいもある。
「いてっ」
ジャジーが悩んでいると、R3にガツンとどつかれた。さっさと服を持っていけ、と急かすように再度どつかれたので、ジャジーはとりあえず作業着を持っていった。シュシュは肌触りの悪さに辟易しながらも、作業着で肌を隠してくれた。
これで目のやり場に困らなくなった。
航路を変更した。
最寄りのショッピングモールのある衛星に向かい、シュシュに合う服やブーツを探すことにした。シュシュは今まで着ていたローブで顔を覆い、隠すことにしたが、首から下が作業着なのでちぐはぐだった。
水棲種族向けの衣服を取り扱っている店を見つけたので、ジャジーは店員を呼び、シュシュに合うものがないか尋ねた。
「俺はヒューマンだから、水棲種族の服の良し悪しがよく解らなくてな。冷却素材で乾燥を防いでくれて、動きやすければいいと思うんだが」
「それでしたら、こちらなどいかがでしょう。陸上生活に適応したボディスーツで」
モン・カラマリの店員が持ってきたのは、ボディスーツとブーツが一体化していたものだった。
「グローブは?」
ジャジーが問うと、店員は同じ素材のグローブを持ってきた。
「ございますよ」
「ブーツとスーツは外れるのか?」
「はい、密閉している部分を剥がせば簡単に」
「防弾性能は」
「それはさすがにありませんね」
「同じメーカーか、類似のもので戦闘向きのボディスーツは?」
「クレオンのメーカーのものでしたら、在庫がいくつかございますが」
「それも持ってきてくれ。どれを買うかは、あの子が試着してから決める」
ジャジーがシュシュを指すと、シュシュは作業着の袖口から赤い触手を一本だけするりと伸ばした。
「あの、ちょっといいですか。水棲種族って、いきなり大きくなることってありますか?」
「モン・カラマリはそうではありませんけど、幼少期と青年期では外見がまるで違う種族もいますよ。ですから、そう珍しいことでもないですよ」
では在庫をお持ちしますね、と言ってから店員は店の奥に向かった。ジャジーはシュシュに振り返る。
「だから、あまり気に病むなよ」
「ジャジーはいつ大人になったの?」
「儀式を済ませた時だ」
ジャジーがヘルメットを小突くと、シュシュはジャジーのヘルメットにそっと触手を添えてきた。
「それなら、私もそうする。だって、体が大きくなっただけで、気持ちはちっとも大人じゃないから。今だって、さっき見かけたアイスクリームスタンドが気になっちゃって……」
シュシュがもじもじすると、ジャジーは肩を揺する。
「仕方ないな。その代わり、座学も訓練も放り出さないと誓えるか?」
「うん! じゃないや、はい」
シュシュが姿勢を正して言い直すと、ジャジーはシュシュの頭に伸ばしかけた手を引っ込めた。これからは、シュシュを弟子として扱おう。だから、ジャジーも自制しなくては。
シュシュの体格と体質に見合い、戦闘にも適したボディスーツも見つかった。グローブとブーツも含めたスペアも確保したので、結果的に三着のフルセットを買うことになった。結構な出費になったので、その穴埋めとして賞金稼ぎの仕事を見つける必要が生じたが、それはいつものことだ。
早速ボディスーツに着替え、ローブを縫い合わせたフードを被ったシュシュは、噴水のある広場でベンチに腰掛けた。ジャジーはその隣に腰を下ろし、ヘルメットを少しだけ上げてブルーミルクのアイスクリームを舐めた。シュシュはフードの下から器用に触手を伸ばし、メイルーランの果汁が練り込まれたアイスクリームを味わった。
「これを食べ終わって荷物をシャトルに置いたら、裏通りの酒場に行く。そこで仕事を見つける。俺が何をしているのかを見るのも訓練のうちだ」
「はい」
シュシュの返答は素直で、緑色の目も澄んでいた。ジャジーはそんなシュシュを酒場の濁った空気に浸らせ、賞金稼ぎの荒っぽい仕事に付き合わせるのは気が引けたものの、今までもそうだったじゃないかと思い直した。体だけ大きくなった子供ではあるが、だからといって扱いを変えるのはフェアじゃない。
アイスクリームは甘ったるかった。