その子の名はプロセラと言った。
プロセラが言うには、大きな荷物を運ぶ変な大人が、頻繁に出入りする建物が幾つかあるのだという。
それが決まって大抵は夜なのだから、常々怪しいとプロセラら浮浪児は思っていたそうだ。
火のない所に煙は立たぬ、か。
何でもやってみるものである。
港の近くにある膨大な倉庫群、月夜が落とす建物の影に隠れて、とある一つの倉庫を伺う。
しばらく周囲を伺うも、何の気配もない。
とにかく物影に入りながら、徐々に近づく。
扉に鍵は掛かっていなかった。
シュランと腰のブロードソードを引き抜いた。
プロセラは怪訝そうな顔をしている。
「使うのは背中の大剣じゃないのか?」
「こいつはとっておきでね。そうそう使えないんだ」
手抜きではないなら良いと、プロセラは折り畳み式ナイフを取り出した。
「三、二、一、で入るからな」
「馬鹿言っていないでプロセラはここで待ってろ」
「そりゃないよ」
人の魔力パターンは無いが。
バンと扉をけ飛ばし、構えれば、もぬけの殻だった。
外から見ると二階がありそうな高さだったが、柱が走っているのみで事実上一階だけだ。
ただ木製の小型の檻に、金属製の手錠とそれらをつなぐ鎖が置いてあった。
それも複数個置いてある。
「最近まで使っていた感じがするな」
「これ、人の髪の毛だ」
「監禁されていたのは間違いなさそうだ。プロセラ、次の心当たりへ案内してくれ」
「分かった」
そうしたら、地震が起きた。
否、地震のような揺れが起きた。
見れば、同じ埠頭だが複数の桟橋を挟んだ反対側の倉庫で火の手が上がっている。
炎を凝縮して直線状に噴き出すフレアスピンドルが立ち上ると、もう一回地震のような揺れが起き、その倉庫が吹き飛んだ。
屋根が崩れ落ち、レンガの壁面、その塊が海に落ちていく。
プロセラは茫然自失の体だ。
感覚を研ぎ澄ませば、随分鋭い巨大な魔力のパターンだ。
そして俺はそれに身覚えがあった。
アシリアか。
「おっさん、あそこ二つ目の心当たりだけどどうする?」
なんかこう、近寄りがたいのだが、そうはいくまい。
俺らは駆けだした。
つーか、おっさんとか言いやがったなこの子。
一応とはいえまだ二〇代なのに
遠巻きから見ている野次馬の群衆に、割り入り通り過ぎる。
しばらく走ると、瘦せこけた子供らが居た。
一人、二人、三人 ――総計八人、その中に依頼を受けた子もいた。
数名に話しかけるも、怯えて声も出さない、いや出せないか。
体中に痣とかがあったのである。
虐待されていたに違いない。
「プロセラ、その子たちを頼む」
「おっさんはどうするんだ」
「裏から回る」
火勢が届かないところから裏手に回り、駆けだした。
燃えている倉庫の扉が開くと複数名の怪しげな男たちが出てきた。
髪が焦げてチリチリだったり、やけどだったりと、あまり良い目にあっていないらしい。
三名は帯剣しているが、残りの二人は何か大きな荷物を持っている。
「誰だてめェ!」
そうリーダーらしき輩が、脅すや否や襲い掛かってきた。
欠に火が付いているのだろう、余裕の余の字もないらしい。
手加減ができるだろうか。
互いに剣を持っている者同士、殺されたところで文句は言えないだろうが、容疑者の供述は欲しい。
暗黒大陸から使っているブロードソードで、相手の剣をいなすと脚を斬りつけた。
切断はしなかったが軸足が利かなくなりどうと派手に倒れこんだ。
二人目は鍔迫り合いになり、そのまま力に任せて押し切った。
海に落ちる。
三人目はマジックスクロールを広げていた。
この間合いは致命的だ。
チッと舌を打つ。
俺が背負っている【甲竜の鎧と呼ばれる剣】に持ち替えた事と、賊のサンダースクロールが発動したのは同じ時間だった。
バリバリと言う音を立てて現れた雷は、剣に吸収された。
ドクンと【甲竜の鎧と呼ばれる剣】が脈を打った。
暗黒大陸に居た頃でも似たような事はあったが、脈打ちが強くなってる気がする。
静寂が訪れる。
三人目が次のスクロールを取り出そうとしたので、踏み込み、弾き飛ばした。
「何もんだてめぇ畜生!!」
「冒険者。大人しくお縄につけ」
「冗談じゃねぇ! 死罪確定じゃねぇか!」
「見つけました」
燃えている倉庫の勝手口から現れたのは、アシリアだった。
いつもと変わらぬ表情なのに、激怒していることがよく分かった。
こいつらはただの人さらいではない、俺はそう直感していた。
マジックスクロールを取り出した奴が悲鳴を上げた。
体の末端が石化していたのだ。
それが徐々に全身を蝕んでいく。
どれほどの恐怖か、声すら出せず、完全に岩となった。
間近に見ていた残りの二人は完全に腰を抜かしていた。
アシリアの目が残りの二人を捉えていた。
「落ち着けアシリア!」
「何故かばうのです。そのような輩には、罪に相応の罰が必要です」
「かばう気なんてない! ただ人族の失態は人族で裁きたいだけだ!」
俺は噓をついた。
こいつら何て実はどうでもよかった。
アシリアがここまで怒ることだ。
何をしていたかなど、想像すらしたくない。
ただ怒りに身を任せているアシリアを見たくない、そう思ったからだ。
そのまま消えてしまいそうで、それが俺は怖かった。
「……分かりました。真一郎さんの言う事はもっともです」
見抜かれたかな、一瞬そんなことを考えた。
◆
港湾都市アペックス騎士団本部で俺らは事情聴取を受けた。
騎士団長を任されるにはちょっと若めの中年世代だが、
顔に入った深いしわが彼の人生の深さを物語っている。
運の良い事にこの団長さんは頭の切れる人物で冷静に判断してくれた。
「なるほどな。行方不明者を探していたら組織的犯罪だったという事か。被害者とその親族、容疑者の供述と容疑者が使っていた魔道具から、君たちの行為は裏付けが取れている。オンボロ倉庫の弁償代も恩賞金で賄えるだろう」
「一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あぁかまわんよ」
「錬金術師が関与している可能性があります。どうされるのですか?」
「パレ=パラエタリム。この名前を覚えておくといい。転移系魔術では右に出る者がいないと謳われた天才だが、その筋では相当の悪党でな。目的の為なら手段を選ばない奴だ。なかなか尻尾を見せない奴で我らも手を焼いている。君たちも十分に気を付けたまえ」
プロセラはそのまま孤児院入りになった。
身体の成長具合から男装はもう難しい頃なので、その方がいいと思われた。
売られたと騙したと、これだから大人は嫌いだと散々なじられたが、乱暴されるよりは良いだろうと言ったら項垂れるのみだった。
拉致された子供たちは、家にそのまま帰った者も居たし、治療施設に保護された者も居る。
連中がやっていた魔術実験は、人体実験で、転移魔術を応用した人間と他の生き物の融合だった。その被験者、いや被害者は実行犯の連中に殺されていたので火葬された。
実験記録だけ残し所定の方法で送る手筈となっていた、らしい。
そのための転移魔法陣も用意されていたが、アペックスの王立魔術師師団の専任チームが解析にあたっている。
ただ実行犯の供述から、錬金術師パレ=パラエタリムの魔法陣は、一定時間すぎたり、一回発動させると自動的に描き変わるらしく、解析は難航するだろうと言われた。
その実行犯の連中は素直に自供したが事が事だけに終身刑が科せられた。
アシリアに石化された奴は暫くそのままだ。
解除はいつでもできるので急ぐ事は無い、と騎士団長が言っていた。
まぁなんだ。
惨状を目の当たりにしたアシリアが激怒したのも無理はない。
第三者の俺ですら腹が立つからな。
いや、俺らをこの世界に招き入れた張本人の可能性もある、その事を考慮に入れれば当事者となるのだ。
仮にそうなら、とっ捕まえて、ぶんなぐってやらねば気が済まん。
「真一郎さん」
気が付けば隣を歩いていた筈のアシリアは足を止め俯いていた。
「え、なに?」
「この度は申し訳ありませんでした」
感情的になった事を悔いているとは直ぐに分かった。
「あ、ああ。アシリアが怒ったのは当然のことだ。アシリアのそういうところ俺は好きだぞ」
「……香澄さんも真一郎さんのそういうところが好きだったのでしょうね」
「なんだいきなり」
「思ったことを素直に言葉にできる事はそう簡単ではありませんから」
ほんのり微笑みながらこんな事を言われると、流石に気恥ずかしい。
「宿に戻って休もう。さすがに疲れた」
「宿はどうしますか」
「この先を考えると無駄遣いはできないから、いつもの安宿かな」
「せめて貸し切り部屋にしましょう。見ず知らずの殿方に、私の肌を見られるのは、真一郎さんもお嫌でしょう?」
「……はい?」
「冗談です♪」
この事件を契機にアシリアの魔術師ランクが賢者〈S〉と認定されて、ちょっとした騒ぎとなったのはここだけの話である。