いつ何が起こるか分からない冒険者をやっていると、何事にも準備が大切なのだと思い知らされる。
武具にしかり、装備品にしかり、アイテムにしかり、あと軍資金。
食費はもちろん情報交換にしても、接待費と言う名目で軍資金を圧迫する。
本当はアシリアとは別部屋の方が良いのだが、そう贅沢はできないのだ。
仕方がないのだ。
「あの、着替えます」
「はい」
背を向けると、一拍ののちシュルリと衣擦れの音が響く。
大人向けDVDなどとは異なり、リアルでは必要以上の情報量があるものだから、背中越しの着替えシーンなど実際に見なくても、想像できてしまうのだから厄介だ。
パチとゴムひもが肌を叩く音がする。
「はぁ……んっ」
衣類が肌をなでるからか、衣類という拘束から解き放たれるからか、つど熱い吐息に包まれる。
ワザとやってるんかい、と言うのが正直な感想だ。
悪魔の面した俺が据え膳食わぬは男の恥とか言う。
天使の面した俺が失った信頼は元に戻らないぞと言う。
部屋の外に出てればそれで済むかと言うと、そうなるとどういう関係なのか問われる訳で、ただの旅の連れ何て言おうものなら、暗黒大陸に居た頃、立ち寄った村で実際にあったように求愛求婚の嵐が吹き荒れる。
それは少し困りますとアシリアが言うので、こうして旅は道連れ~~を地でやっているのである。
悶々としていると「辛いならどうにかできますが」とどうとでも取れる事をアシリアが背中越しに言う。
お気持ちだけ頂きます、そんな風に言ったか覚えてないがやんわり断って、俺は部屋を出る。
「おでかけですか?」
「酒場。情報集めをしてくる」
「娼館は駄目ですよ。香澄さんが怒りますからね」
言い合いにはなるだろう。
ただ言い合いになっても、言い合いになったら、そこまで考えて。
まともな未来が見えないので素直に応じる事にした。
果たして俺はどちらとの言い合いを想像したのだろうか。
◆
酒場は賑わっていた。
ガラの悪そうな連中や今日この街にやって来たばかりの連中や、この港湾都市アペックスを拠点にしている様な連中と様々だ。
店の片隅と言えば大げさだが少し離れたところでテーブルを囲んでいる八名ほどのパーティに声をかけた。
「一杯おごらせてくれ」
軽い談笑をしていたが、見知らぬ誰かに声を掛けられれば固くなるのも当然か。
応えたのはパーティのリーダーらしい中年男性だった。
どうも魔術師らしい。
温和な顔立ちをしているが背格好は良い。
「私たちは今日来たばかりですので」
「俺らもここに来てから日が浅くてね。南下してきた人達なら大歓迎なんだ」
「じゃぁ、アンタはどこから来たのよ。ここ大陸の最南端よ」
十代半ばと思わしき金髪女が警戒するように聞いてきた。
短剣と弓矢を持っていた。
俺は店員に声を掛けてエール酒を全員分注文した。
「港湾都市カプトウダから」
継いだのはリーダーの魔術師だった。
「暗黒大陸との便は止まっていると聞きましたが」
「止まってはいない。人族のみ出入国禁止だっていう話。なんだかんだ言ってもカプトウダと往来する船の船員は人族が多いしな。俺は特別便があって、運よく便乗できた」
テーブルにカタンコトンとエール酒の入ったグラスが置かれる。
流石に乾杯とはならずに、全員戸惑っていたが、数名が飲んだので結局は全員が飲んだ。
酔いが少し回ったところで、中堅どころの女が口を開いた。
癖のある黒髪を細かく結った女でロングソードを腰からぶら下げていた。
「気が付いたら暗黒大陸にね、そういう話は、最近よく聞くよ」
「……よく聞く?」
「あぁ。言う事が支離滅裂なものだから、狂人扱いされてあまり良い目にあっていないって話よ」
喜んでいいのか悪いのか、同じ境遇の奴がいるらしい。
「心当たりがあるのかい?」
「妻がな、何処かに飛ばされているかもしれない」
「名前は?」
「遠野香澄」
「聞いたことは無いね。注意を引く不思議な韻だから、見落としてはいないと思う」
「そうか」
継いだのはパーティリーダーの魔術師だった。
「マグナサーパス王国ではそういった人たちを保護していると聞いたことがあります。行かれてみては?」
「マグナサーパス?」
「北アメリア大陸にある王国です」
「また遠そうだな。ストルラスの脚で何日かかる」
「軽く見積もって半年ってところでしょうか」
「半年……参考になった、ありがとう」
酒代を少し上乗せして俺は席を後にした。
◆
港湾都市アペックスを後にした俺らは一路北上することにした。
南アメリア大陸は縦断するように巨大な山脈が走っている。
巨神人の背骨と言われるぐらいに有名で、登頂を目指すもの好きも多い。
もちろんモンスターに事欠かない地帯でもあるので、命を落とす者も多い。
なので迂回することになるが海岸線に沿うルートを選ぶことにした。
選んだ東側の海岸線は、陽気気質だというので、万事閉鎖的な地域よりは良いだろうというのが理由だ。
ただこの場合厄介なのは、モンスターの代わりに人が敵になるという事だ。
盗賊・暗殺者、いとまがない。
人が斬れるか、斬ってしまった、何て言う情動が追いつく暇なく今日もまた人を斬った。
金目の物と言うパターンはあまりなかった。
盗賊の場合は分かりやすくて女が目的だ。
つまりはアシリアが目当てで“こんな上玉初めてだぜ、げへへ、おい、親分が先だぞ、先走ってんじゃねぇ、そんな我慢できるかよ……”と非常に分かりやすい。
思わず首を跳ねてしまった時はさすがに戸惑い隙を作ったが、アシリアが魔法の行使〈フォロー〉してくれたおかげで事無きを得た。
暗殺者の場合は手段が異なるだけで目的は同じだ。
どこかのお偉いさんが、それ程の上物なら連れて来いと暗殺ギルド辺りに依頼を出したのだろう。
特に隠形が厄介で俺の魔力探知に引っかからずに奇襲を仕掛けてくる。
こいつらは、攻撃する直前まで気配を出さないのだ。
数回負傷したが、アシリアの解毒魔法のおかげで事無きを得た。
こんな荒事が、二日三日に一回、一週間空いたこともあれば連日続いたこともある。
流石に三か月も続けるとピタリと止んだ。
その代わりに“石棺のアシリア”なんて異名が地方の冒険者組合〈ギルド〉にも広まったりする。
そうすると機嫌が悪くなるのはアシリアだ。
もちろん墓場ゆきと言う意味にである。
「私は地母神なんですが……」
人目が少ないからと一度はフードを外し解放感を満喫していた頃もあったが、今では逆に人目があった方がまだマシだったとフードに隠れてぶー垂れている。
膨らんだ頬をツンと突けば、反対側に移動する。
「真一郎さんは良いですね」
「そうでもないだろ」
金魚の糞とか腰ぎんちゃくとか言われているのである。
太鼓持ちとか言われると微妙に的を得ているので、納得してしまうのだ。
そしてそんな自分に腹が立つのである。
パチリと焚火が爆ぜた。
鍋を調理器具のレードルでグルグルとかき回す。
見れば鍋の中で野菜や肉が浮いたり沈んだりしていた。
小皿に取り味見をしてみる。
こんなものか。
具材や調味料は、名前は違うが大体同じだったからな。
器によそってアシリアに手渡した。
別に食べなくても死にはしないそうだが、人族好きのこの地母神はこうして人と同じ事をするのが好きらしい。
しばらくじっと見ているので、食べられないものがあったら無理して食べなくていいと伝えた。
「いいえ、そうではありません。香澄さんも同じように持て成されていたのかなと」
アシリアは料理に手を付けた。
「何回か作ったかな。評価はいまいちだったけれど」
「不味くはありませんが雑です」
「同じ評価をどうも」
「料理は彼女から教わったのですか?」
「いや。独身時代に独学で身に着けた。何故?」
「本来ならこうして食べているのは香澄さんだった筈、それを思うと申し訳なくて」
「細かい事を気にしない奴だったから、気にしなくていい」
「奴だなんて良い言い方ではないですよ」
「内のっていうと、逆に不愉快に思うタイプでね、そうすると誰が主人か教えてあげるといきり立つ」
「喧嘩ですか」
「あぁ、一緒に居たのは三か月ぐらいだったけれど週に二回か三回はしたな。最終的に折れるのはいつも俺だったけれど」
「御馳走さまです」
「はいよ、お粗末様」
「二杯分も食べるとおなかが苦しくなります」
「惚気〈のろけ〉じゃないぞ」