マグナサーパス王国まで残り三か月と言ったところだ。
ラータス共和国と言う国にたどり着いた。
元々は王国だったが反乱がおきて議会制で政治を回している稀有な国である。
陽気な町並みで、往来では大道芸をやっていたり、昼間っから飲んでいたり、仕事そっちのけで遊んでいたりする。
はっきり言おう、暑い。
海風はあるものの、キルト製の旅人の服にフード付きコートは、体に過酷だ。
事実目に付く人々は皆薄着の恰好をしている。
男はともかく女も同様で目のやり場が困る。
あれでは服だか水着だか分らん恰好だ。
しかも割と美人だったり。
デヘと知らず頬が緩む。
「真一郎さん」
アシリアにその頬を抓られた。
「私たちも土地にあった装備にしましょう」
商業が推奨されているらしく道具屋の品揃えは充実していた。
回復系のポーションから毒消し草、混乱を防ぐ気付け香木、煙幕玉、いろいろカゴに詰め込んでいくと、対刃性・耐衝撃性・防水性・通気性を兼ね備えた旅人の服が売っていた、事に気が付いた。
なんでもライオネスと呼ばれる黒い魔獣から得られる獣皮で作られている、らしい。
非常に強力な魔獣でそのぶん値段も張る。
ぶっちゃけ着るモノの値段じゃねぇ。
値札も見ずに手に取ったのはアシリアだった。
「真一郎さんにはこれが適切です」
「買えない額じゃないが買うと首が回らなくなる。違うのにする」
「私が出しますから大丈夫ですよ」
要る要らない買う買わない、を押し問答をすることしばらく、結局押し切られる形になった。
裾合わせをするために採寸するのは、防具担当の中年男だった。
年齢ゆえに腹は出ていたものの、スーツを着こなし紳士然としていた。
「お客さんみたいな方、時々いらっしゃるけどね、もうちょっとシャンとした方が良いと思いますよ」
「素直に紐と言ったら良いんじゃないか」
◆
この世界では冒険者組合の他にも様々な職業ごとに組合が存在する。
もちろん剣士組合がありそしてまた剣士としての階級が存在する。
時々冒険者の依頼に階級が指定される場合があるので、取っておきたいというのが本音だ。
なのでラータス共和国の剣士組合の門を叩いた。
受付を済ませ、試験を受ける事となった。
試験場は道場の一画で行われる。
まだ幼い子達が教官の指導の下で木剣を一生懸命に振っていた。
試験官は三〇歳と俺より二つ三つ上の剣豪〈マスタークラス〉だ。
顔の堀が深く鷹を連想させる顔立ち。
見るだけで圧迫を受ける立ち振る舞い。
剣豪と言われるだけのことはある。
その剣豪は道着を整えながらため息をついた。
「偶にいるが女連れか」
アシリアは今回は宿に戻ってくれなかった。
“真一郎さんがんばれー”と外聞をまるで気にしていなかった。
「最近上手くいっているのか悪いのか自分でもよくわからなくて」
「尻にひかれているという、一般的にはな」
衆目に晒されつつも、こちらも道着の帯を締めなおした。
木剣を掲げ互いに一礼。
俺は正眼に構えた。
試験官は牡牛の構え。
流石に剣豪だけあって隙がない。
「剣士ギルドへの登録は今回が初だと聞いているが、誰かから個人的に剣を習ったのかな?」
鋭い。
異世界の道場でという訳にもいかず、暗黒大陸から来ましたとだけ伝えた。
「まぁいい。征くぞ」
試験官の姿がブレたと思ったら、目の前に切っ先があった。
「!」
上体を反らし紙一重でかわす。
「~~っ」
蹈鞴〈たたら〉を踏みかけたのを辛うじてこらえた。
冷や汗が頬を伝う。
「よくぞ躱した。中級剣士の階級を授けよう。まだ続けるか?」
「はい」
読め。呼吸を、脚運びを、リズムを、太刀筋を読め。
試験官の打ち込みが来る。
“踏みぬかせるな”
しならせていた体に力を込め、鍔迫り合いの形に持って行った。
互いが同時に力を緩め、互いが太刀筋をいなそうとした。
すると互いの太刀筋が虚〈くう〉を斬る。
俺の道着は割かれていたが、試験官のは解れていただけだった。
どれほどの緊張だったのだろう、二合打ち合っただけだというのに道着は汗だらけだ。
所定の位置に戻り、互いに木剣を掲げ一礼。
「恐れ入りました」
素直に言葉になった。
魔力による身体能力の増強。
加えて、実戦という修羅場を幾度も乗り越えて、自覚はしていたが、どうにもならない増長に手を焼いていたのだが、あっけなく霧散した。
世界は広いのだ、そう自戒するのみである。
試験官はフームと考えていた。
「よろしい。上級剣士の称号を授ける」
俺は深々と頭を下げた。
これで晴れて剣士になった訳だが。
剣士になると、こういった地方の剣士組合所でも、強い人から剣を教わったり、競い合ったり、また技を教えてもらったりできる。
一番有難いのがこのテキストだな。
上級者剣士の特典の一つで、存在する各流派や剣士の歴史、代表的なモンスターの倒し方など剣士が知るべき一般常識が記されていたりするのだ。
非常に勉強になる。
よかったですねと、アシリアもうれしそうだ。
「うわ、手書きだこのテキスト」
◆
そして冒険者組合を探す、探す、探す。
見つからない。
ここラータス共和国では国防の義務を国民が背負っているため、冒険者への依存はおのずと小さくなるのだ。
もっとも大半は予備役で普通に生活しているが。
仕方がないので冒険者風の連中に声を掛けれることにした。
大通りを一本奥に入り、ようやく見つければ既に閉店だった。
なんつーか、パチンコの換金所みたいな扱いだ。
仕方がない、明日一番に来よう。
今までは酒場と併設されているところばかりだったから、時間感覚もズレていそうだ。
「あら。残念ですね」
アシリアは薄手のワンピース姿だった。
足にはサンダル。
白銀の髪は結い上げて、海風に揺られてそれがカーテンの様に優しく揺れる。
夕日を浴びると体のラインが透けて浮かび上がる。
いかんいかんと雑念を頭から払う。
「冒険者は素行の悪い奴が多いからな。観光地みたいなところとは水が合わないのだろ。仕方がない。もう夕飯にしよう」
「真一郎さん、あの店にしませんか」
腹が減っていたので何処でも良かったと思ったのが間違いだった。
店内は黒を基調としたシックな作りで、アルコールランプとランプフードを使い、各席を闇夜から浮かび上がらせていた。
案内された席からは、もうじき海に沈む太陽が見て取れた。
サンセットビューか、見たのは初めてかもしれん。
料理は前菜からスープに始まり魚料理に肉料理、後はよく覚えていない。
他の席を見てもカップルばかりだったのだ。
傍から見ると俺らはどう映るのだろう。
果実酒を飲んでほんのり頬を染めているアシリアを見てそんなことを考えた。
ぐいと果実酒を喉に入れる。
頭に不倫とか不貞とかそういう単語が頭の中で踊る。
ここいら辺が境界線だろう。
これ以上踏み込んだら駄目だろう。
酔いが回ったのか、レストランからの帰り道、腕を絡ませ、俺の肩にしな垂れかかるアシリア。
胸のどころか全ての柔らか味が、俺を支配しようと襲い掛かる。
このまま宿に戻れば一線を越える気がする。
ヤバイ。
拒絶の声が出ない。
ヤバイ。
完全に雰囲気にのまれてる。
その時だ。巨大な金属同士がぶつかる図太い音が響いたのは。
それは一回や二回ではなかった。
鐘の鳴る音だと気づいたのは七つ目の音が鳴った時だ。
ザワリと人々の間に動揺が走る。
町の中央にある大通りの交差点、その広場。
翼を持った人が立っていたのである。
身長は高く軽く二メートルはある。
左右に歪みはなく、透き通るほどに白い肌、プラチナの髪、おぞましい程の美形だ。
固唾をのんでいる町人という名のギャラリーから、有翼人族とか神族と言う単語が漏れ出し始める。
「ユーリウス……」
アシリアの知り合いらしい。