「お戯れもここまでです。アシリア様」
声もバイオリンの様に琴線に触れるかのように響く。
出方が伺えないというよりは、二人が知り合いの様なので静観するのみだ。
「何用ですか、ユーリウス。お前が私の前に立つ理由などもうない筈」
「それがあるのですよ。素直に務めに殉ずるならまだしも、勝手気ままに出歩かれては、他の者に対して示しがつきません」
俺の腕に絡めていたアシリアの腕に力がこもる。
暗黒大陸の港湾都市カプトウダで聞いた伝承の話を思い出した。
「ちーと待った。ユーリウスさんとやら」
ガン無視された。
アシリアは不安そうに俺を見ている。
俺は構わず続けた。
「伝承にあったぞ。“それほど人族が可愛いなら共に暮らすがよい”ってアシリアは言われたそうだな。アンタ、私用で動いてるだろ」
図星だったらしく、初めて俺を見た。
「……人族風情がでしゃばるな」
「ここは地上だぞ。出しゃばっているのはどちらだよ」
ユーリウスが手の平をかざすと
突風が起きて吹き飛ばされた。
街中にあるもの、露店商が露店ごと、果物屋だったらしくリンゴやバナナ、諸共転がってゆく。
空、地面、建物の壁、視界がゴロゴロと音を立てて転がり続け、ようやく止まったのは数ブロック先の建物の壁に叩きつけられたからだった。
ズルズルと壁を擦り落ちる。
思わず「痛っ」と声を出す。
装備がライオネスの服じゃなかったら、痛いじゃ済まなかっただろう。
ふと見れば使っている安宿の壁だ。
俺はふらりと立ちあがるとその安宿に入っていった。
◆
アシリアはユーリウスとの対立を続けていた。
吹き飛ばされた真一郎のもとに駆け付けたいのはやまやまだったが、状況がそれを許さなかった。
どうする。
一戦交える事は構わないが、生半可な魔法ではユーリウスには効きまい。
強行すれば町の中心では人々に被害が出てしまう。
「もう宜しいでしょう。人族への態度を改めれば主神のお目こぼしも頂けましょう。天に還るのです」
騒がしくなったと思ったら騎士団と魔術師団の即応部隊が周りを囲んでいた。
騎士団長と宰相が歩み出る。
「御高名な方とお見受けいたしますが、軽率な行為はお控え願いますぞ」
「邪魔だな」
「今なんと?」
ユーリウスの背の翼が大きく広がると、口が大きく広がった。
打ち出されたのは圧縮された空気の塊だった。
直撃を食らった騎士、七・八名が弾き飛ばされた。
騎士団長が叫ぶ。
「応戦! 打倒せよ!」
即応部隊が一斉に攻撃を開始した。
魔術師たちが、仕掛けている騎士に攻撃力と防御力を上げる術を掛ける。
一人の騎士が居合を放つ。
ユーリウスは己の両手を刃物に変化させて、それを防いだ。
騎士が切り返している瞬間、ユーリウスはその騎士を分厚い鎧越しに貫いた。
血しぶきが舞う。
距離を取っていた一人の騎士が剣に圧力をかけ、振りぬいた。
剣による衝撃波がユーリウスを襲う。
空高く飛翔し、躱した。
同時に魔術師団がフレイム系の上位魔術であるフレイムランスを打ち出した。
その数、十二本。
すべて躱しきれず、四本が命中・爆散する。
炎が晴れ、姿を現したのは炎の魔術で深手を負ったユーリウスだった。
騎士団長はこのまま数に物を言わせ押し切るつもりだった。
アシリアは止めるべきか判断できなかった。
ユーリウスが叫ぶ。
「許さんぞ蛮族めが!」
フィーフィーと光が音を奏でる。
ユーリウスの背後に現れたのは光の巨人だった。
二本の手足があったが顔面以外全身がのっぺりしていた。
顔面には二つの目と、鼻と口が一つずつあったが、眉はなかった。
身長は百メートル。
背光は黄金色の波を放っていた。
騎士団長の声は「な、何だあれは」かすれていた。
アシリアは静かに「光体顕現〈Augoeides:アウゴエイデス〉です」と言った。
「貴女は神族か神人族なのだろう。あれを知っている筈だ」
「かつて創世記において使われた神族の鎧です。魔族の暗黒体顕現を相手に熾烈な戦闘がおこなわれました。今の私には対抗する手段がありません」
「私には? 他の者にはあるのか?」
「Instruere〈展開〉!」
◆
ユーリウスが放っている膨大な力が、【甲竜の鎧と呼ばれる剣】を触発した。
その柄を掴んでいるだけで、甲竜の鎧が所有者である俺に情報を送り込んでくる。
何をすれば良いのか教えてくれた。
太古の錬金術師たちがこいつ対魔対神兵器を作った理由が、あの光体顕現だ。
剣に言われるがまま俺は呪文を唱えた。
「Instruere〈展開〉!」
辛うじて剣に見えていた部位が、スライドや膨張により、形が変わってゆく。
最終的には十字架になった。
どこかのメシアよろしく磔刑の様にされる。
空高く飛び上がると、僅かにずれた空間から出てきた巨大な竜を見ることができた。
そしてそれは屹立していた。
それは鎧をまとい、いや、竜をイメージする鎧そのものだった。
関節部分には装甲を幾重にも張り付けたように、線が走っている。
全高百メートル、重量九万トン、甲竜の鎧とはこういう事だったのだ。
それは口を大きく開けると、俺は身動き一つとれないまま、それに取り込まれた。
手足はもちろん、筋肉、臓器、血管、神経、アストラル体、俺自身を表す全てが甲竜と接続される。
目を見開けば、光の巨人が見えた。
あれにはユーリウスが乗っている。
光体のみを破壊するには骨が折れそうだ。
行くぞ天使野郎。
光の巨人の魔力が増大していく。
これは警告級だ。
町はもちろん大地へのダメージは避けなくてはならない。
装備を確認すると左腕にシールドがある。
ならば上空に弾くのみだ。
巨人からの光弾発射を確認、角度調整、シールド防御。
着弾。
ガリガリと言う不協和音とともに光弾を上空に弾いた。
ダメージ率・使用魔力ともにコンマ三パーセント以下、異常なし。
作戦成功。
無敵の強度を誇る生体装甲ならではの作戦だ。
今度はこちらの番だ。
装備確認、背中に主推進器が二つある。
右腕にロングソードがある。
双方に魔力を注入し跳躍・飛翔、そして攻撃準備。
光の巨人は両手を剣状に変形させた。
ダガー二刀流みたいなものか。
作戦変更。
左腕のシールドで陸上から弾き飛ばす。
光の巨人は両手突きだった。
シールドごと押し切った。
主翼展開。
主推進器最大出力へ。
空を切る速さが音の速さを超える。
大洋のど真ん中に墜落させた。
相手も俺も海水から飛び上がる。
フィーフィーと光の巨人の咆哮が響き渡る。
怒りというよりは憤り、いや困惑も交じっている。
こんな筈では、と言ったところか。
巨人の攻撃だ。
巨人は刃と化した左右の手を、途切れぬように振り続けている。
巨人の右手はシールドで防御した。
ギンギンと魔力同士が反発する音を立てる。
巨人の左手は、右腕のロングソードで腕もろとも斬り落とした。
この剣は魔力を切断力に変換している、断てない物はない。
フィーッと光の巨人は悲鳴を上げる。
右手で左腕の切断面を庇っていた。
その隙を逃さず、右腕のロングソードを斬り返し、胴体を斬りつけた。
この機は逃さない。
パワーを上げて、そのまま斬り割き続け、胴体を真っ二つにした。
光の巨人は自己の存在を維持できなくなったのだろう、バラバラそして粉々になりながら海に落ちていった。
落下していたユーリウスを左手で受け止める。
一瞬迷ったが、アシリアの意向を踏まえればこちらの方が良い筈だ。
作戦終了。
さて、戻ろう。