アルペールと呼ばれる茶髪の冒険者が「んで、どうするんスか」と言ったので、俺は「なんで俺に聞く」と答えた。そしたら「シンイチロウさんが一番年上だからッスよ」と言う。
俺らは荷馬車の中だ。
ガラゴロと音を立てながらスラン男爵邸のあるコーコカス村へ向かっている。
大半の荷物はインテニックス村の冒険者組合に預けてきた。
ストルラスも一週間程度なら預かりますというので、頼んできた。
正直いって一週間も掛けたくない。
そうぶー垂れているとクレイアと呼ばれる赤毛の冒険者が「早くしてよ。やってらんない」と寝ころびながら文句ばかり言っている。
二人とも冒険者レベルはBで剣士レベルは中級だった。
俺は半ばやけくそに「盗賊組合に依頼するか」と言ったら、アルペールに「本末転倒ッス」と言われ、クレイアには「多分赤字になる」と切り捨てられた。
俺が「こういう時は情報収集からだな」と言うとクレイアが「あんな辛気臭い村じゃ無理よ」という。なので俺は「アテがある」と答えた。
「という訳でヘレン詳しい話を教えてくれ」
依頼のきっかけとなったヘレンは、彼女自身が言った通り指定された場所と時間に居た。
アルペールは「マジっすか」と依頼主が子供である事にショックを受けたようだが、クレイアは「逆にありね」と歓迎していた。
「こっちよ。来て」
案内されたのは納屋であった。
いろいろ遠回りしたり、取っ手の無い扉を開けたり、垣根を取り外してみたりしてたどり着いた。
恐らく彼女たちの大人に対する工夫なのだろう。
そこには他の子供たちが居た。
本当に来ただの、マジもんの冒険者だの騒がしい。
振り返ったヘレンは「ようこそ、我々のアジトに」とのたまった。
「浸っているところ悪いが用件を聞かせてほしい。スラン男爵に関する事なんだろ」
「そう。男爵を退治してほしいの。その為なら協力を惜しまないわ」
「身辺調査と聞いているが」
「悪事を暴くのよ。意味はおんなじだわ」
「証拠があるのか?」
「私たちは男爵の館への潜入に成功したの。そこで恐ろしい実験を目撃したわ。複雑な文様の上に立っていた二人が消えて一人になったの。ただもう人と呼べるような姿はしていなかった」
「村の大人たちには伝えたんだろ? なぜ冒険者に依頼した」
「伝えてない。言っても無駄だから。見て見ぬふりをしてばかりなのよ」
排他的な村人を思い出す。
証拠は子供の目撃情報のみか。しかし他の情報も期待できない上に、やらねばならない事には変わりがない。
アルペールが「どうするんスか?」と聞いたので俺は「やるしかない」と伝えた。
クレイアは既にやる気になっている。
驚いたことにヘレンたちは館の地図を持っていた。
なんでもヘレンの祖父が建築士だったそうだ。
因縁がつながっている、そう考えた俺はこのヘレンと言う子は連れていくべきだと考えた。
視界が効きにくくなる夕暮れ時だ。
何度往復したのだろうか、ヘレンは腰の据わった脚運びだった。
景色に隠れるための深緑色のマントも着こなれている様に見えた。
森の中を通り過ぎると、館の塀に突き当たった。
見れば穴が開いている。
大人は無理だが子供なら通れるぐらいの穴だった。
手筈通りにヘレンがその穴を潜ると、手筈通りに俺らはロープを塀越しに投げた。
結び終わった、そう小声で伝えられたので、ロープの結び目に手と足を掛ける。
“止まって!”ヘレンの小さな声が聞こえたので俺らはすべての行動を止めた。
ガサリ、ガサリ。
何かを地面に擦る様な音は徐々に大きくなり、そして次第に小さくなっていった。
衛兵だろうか、急いで塀を超えると建物の影に隠れる影がちらと見えた。
自動人形〈オートマトン〉の様に思ったが気のせいか?
全員が勝手口にたどり着く。
またガサリ、ガサリ、と言う音が聞こえ始めた。
徐々に大きくなる。
全員が生垣の中に隠れた。
木陰の向こうを行くのはオートマトンに似た何かだった。
俺は皆を制止すると、通り過ぎてゆく何かに背後から迫り寄る。
「ふんっ!」
背後から唐竹にブレードソードを食らったそれは、真っ二つになり、そのまま動くのを止めた。
クレイアが断面からこぼれた何かをダガーでで持ち上げていた。
「臓腑〈ぞうふ〉だ、これ」
しばらく打っていた脈動がじき止まる。
アルペールは吐いていた。
「……こんなオートマトン見た事がないッス」
俺はブレードソードを拭っていた。
「館の中にも居ると見るべきだな。二人とも間取り図を思い出した上で、武器を選んでくれ」
◆
鍵は掛かっていないというので、勝手口の扉を開ける。
いきなり死体のお出迎えだった。
((――っ!!))
俺を含めて、全員が驚いたが、流石に声を出す奴はいなかった。
使用人向けの勝手口とはいえ、扉を開ければ随分と広かった。
ごみの一時置き場にされていただろう大きな箱の上に死体が乗っていたのだ。
アルペールはショートソードを構えながらその死体ににじり寄る。
ツンと突いていた。
「変な死体っスね。ゾンビにしちゃ腐ってないし、皮膚に張りがある」
クレイアと俺は勝手口とつながっている厨房を調べ上げる。
「ヘレン、お前よく死体が転がっているような場所に一人で来たな」
「前にはいなかったわよ。あんな人」
「「え」」
「でぇぇぇぇぇぇ!!」
見ればアルペールは死体に覆いかぶされていた。
生者の肉を喰らわんとガチガチと鳴らしている死体の歯を、ショートソードで防いでいた。
「見ていないで助けてほしいッス!」
「あぁもう、世話が焼ける!」
クレイアはロングソードで死体の首を跳ねた。
「おえー」
アルペールが死体から噴き出す体液を被ってしまい、流しで口を必死にゆすいでいた。
クレイアが「念のために毒消し草飲んでおきなさいよ」と看病らしいことをしていた。
「ヘレン。その実験室は何処にあるんだ」
「地下よ。エントランスの脇に繋がる階段からいけるわ」
下手に寄り道をして損耗するより直行した方が良いと俺が言ったら、全員が賛同したのでそうなった。
そうしたらエントランスには、ツーハンドアックスを片手で軽々と振り回している巨漢が陣取っていた。
全身筋骨隆々で、どうやってやったのか頭部の筋肉まで膨れ上がっていた。
時々思い出したように、ズカズカと部屋の隅に向かっては、雄たけびを上げている。
知能はあまり高くないようだ。
クレイアが「あんなモンスター見た事ないわね」と慎重に隠れながら見ている。
するとアルペールが「ツーハンドアックスをまともに喰らったら剣ごと昇天ッスよ」と気後れしていた。
クレイアが「真一郎、その背中の大剣を使うときじゃないの」と言うので俺は「賢者から可能な限り使うなと言われている」と答えた。
賢者とは言うまでもなくアシリアの事だ。
港湾都市アペックスに居たおり、とある事件に巻き込まれて、魔術師組合から賢者認定されているのである。
クレイアはならばとこう言った。
「なら三人がかりよね。作戦は――」
一番素早いクレイアが「はぁぁあ!」とロングソードを向けて突進する。
接近者に気付いた巨漢はツーハンドアクスを振り下ろす。
それを際で避けたクレイアはそのままやり過ごした。
その隙をついて、アルペールがナイフを投擲して顔面を狙う。
痛みを気にしていないのか、そもそも痛覚が無いのか、片目を失っても戦意の喪失は見られない。
だが遠近感は確実に失われた筈だ。
クレイアはマジックスクロールを取り出し「ウィンドカッター!」と唱えると風の刃を打ち出した。
風の刃が巨漢を切り刻み、僅かに怯ませる。
俺はカウンターを考慮に入れず、全力疾走で踏み込むとブロードソードを振りぬいた。
巨漢の右腕がアクスごと宙に舞う。
「――!!」
巨漢の咆哮がエントランスを震わせる。
その圧力で、一瞬、俺らの動きが止まった。
巨漢の本能はその隙を見逃さなかった。
残った左腕がアルペールを殴りつけ、そしてまた壁に叩きつけられた。
メキと言う嫌な音がした。
クレイアがアルペールの名前を悲鳴のように叫ぶ。
予備の作戦へと移行だ、俺はヘレンと叫んだ。
ヘレンは途中で拾ったレンガを巨漢に投げつける。
巨漢はヘレンに「――!!」と叫び、俺は「――。」詠唱を終了していた。
「ファイアーボール!!」
狙い通り叫んでいた事が幸いし、俺のファイアーボールは巨漢の口内で炸裂したのである。
焼けてゆく歯と舌と喉、最終的には頭部全域に炎が回り、耳、鼻、口、そして目玉から炎を噴き出しながら、巨漢は倒れた。
「アルペール!」
駆け寄った俺は腰のベルトにあるハイポーションを取り出して飲ませようとしたのを、クレイアは制止した。
静かに首を横に振るクレイア。
「アルペールは逝っちゃった。覚悟はしていたけど、いざこの場に立ち会うと辛いわね」
ヘレンが「私のせい……」と震えながら言ったので、クレイアは「冒険者の宿命よ。皆覚悟してるんだから」と気遣った。
マントを被せてやり、略式で弔うと、地下に向けて全員が歩み出した。
さよなら、アルペール。
そう言ったのは誰だか分らなかった。
◆
ヘレンに導かれるまま、地下に降りると確かに実験室のようだった。
地下ゆえに地上の建造物を支えるアーチがあちらこちらにあり、想像より手狭だと感じる。
そんな場所にチューブに繋がれたフラスコや試験管が多数あった。
魔力が大地を走る霊脈もあった。
取り囲むように多数ある檻の中には、人族や人族以外の生き物がいた。
そして魔法陣だ。
俺はそれには見覚えがあった。
「ようこそ。我が実験室へ。招かれざる者たちよ」
白い肌に灰色の髪。
言葉にしてしまえばそれだけだが、随分神経質そうな雰囲気を醸し出していた。
服装も、白を基調として金色の刺しゅうをアクセントとした繊細な恰好だった。
服自体は整ったものだが、中身が醜悪だと、こうも台無しになるといういい例だろう。
クレイアがロングソードを突きつけた。
「スラン男爵! アンタの悪行もここまでよ! 大人しく騎士団に出頭しなさい!」
「ほう。私が何をしたというのかね。逆に不法侵入を問うぞ」
「ここに閉じ込められている人たちが何よりの証ってんのよ!」
「その者らは私が買い取った奴隷だ。どうしようと私の勝手だ」
「……真一郎、パス」
「パレ=パラエタリムの転移魔法陣」
スランは初めて態度を硬化させた。
「この名前を出せばどこの騎士団も魔術師団も動くぞ。必ずな」
「貴様、何者だ。どこの国の密偵だ」
「ただの冒険者さ。ちょっとばかり因縁があってな」
「……。」
「さて、ご同行いただく。弁明なら檻の中でやってくれ」
スランはハハハと笑い出した。
「パレよ! パレ=パラエタリムよ! お前もまた完全ではなかったのだな! いや、それ故に実験を進化を求めているのか! 見るが良いパレよ! これが私の到達点だ!」
スランが懐から取り出したのは、拳銃に形の似た注射器だった。
自分の腕に刺すと引き金を引いた。
溶液がスランの体内に巡っていく。
馬鹿な、と俺は思った。
注射器何てこの世界に来て初めて見たぞ。
パレ=パラエタリムとは一体。
もぞり。
骨格を無視して筋肉が膨れ上がる。
胸部が、腕部が、脚部が、爆発的に増加していく。
手の皮が割けると新たな組織が顔を出した。
爪は鉤爪の様に変化した。
頭部は筋肉に埋まり、半分ほどしか伺えない。
背中が割けると蝙蝠の様な翼が現れた。
“ギャハハハハハ――”
クレイアが震えながら「悪魔」と呟いた。
蝙蝠の翼の羽ばたきで、俺らは地下室の壁面に吹き飛ばされる。
風圧でうまく動けない。
“脆弱だな人族とは。あっけなく死んでしまう。だが、それも今日で終わりだァァァァ――”
脇にあった金属製の檻を鉤爪で引き裂くと、中に居た奴隷たちを鷲掴みにした。
一体何を、そう考える間もなく、スランは握りつぶし、へし折り、口の中に放り込んだのだった。
バリ、ボリと咀嚼の音がする。
常軌を逸している。
あれは、その行為は、実際に出来てもやってはいけないことだ。
いや、人とはそういうふうにできているのだ。
もうあれは人ではないのだな。
「ヘレンは見るな!」
クレイアに抱きかかえられ、体を震わせていた。
パラ=パラエタリムが関係しているなら、こちらも奥の手を出さねばなるまい。
背負っている【甲竜の鎧と呼ばれる剣】の柄に手を掛けた、その時だ。
ゴーンと鐘の音が鳴ったと思ったら、「アウラ!」地下室の天井を打ち抜いて大量の薄いガラスの板が降り注いだ。
薄いと言うのに割れる事もなく、スラン諸共周辺にあったものを斬り刻んでいく。
翼を広げ舞い降りたそれは、スランの頭を踏み抜いた。
砕け、破片が飛び散った。
なんともあっけないスラン終わり方だった。
俺は何故だと言った。
ユーリウスだ。
ユーリウスが何故ここにいる。
光体顕現〈Augoeides:アウゴエイデス〉戦をやってまだ幾ばくも無い。
柄を掴む手に思わず力がこもる。
「勘違いの無いように言っておくか。私はお前とやり合うつもりはない。ただ道を踏み外したものを狩っただけだ」
「善行に目覚めたという訳でもあるまい。一体どういうつもりだ」
ユーリウスはため息をついた。
「主神からの試練でな。万の善行を積み重ねよとおっしゃった。私はそれをせねばならん」
「始末書じゃ流石に済まなかったとみえる」
「皮肉は好かん、覚えておけ」
さらばだ、そういうとユーリウスは羽ばたき空に消えていった。
「真一郎、あのハンサムさんと知り合い?」
「互いに知っているだけで、馴れ合いとかは無い」
始末書で済まなかったのはこちらも同じだった。
「なんで騎士でもないのにこんな書類書かされるのよ」
クレイアの言う事はもっともだった。
俺らは入念な顛末書を書かされているのである。
あの後騎士団を呼び、パレ=パラエタリムの名前が出たら魔術師団も動き、特別調査部隊が編成され、入念な現場調査がなされた。
そこまではいい。
いくら悪党でも貴族は貴族と、ともあれば平民以下にも扱われる冒険者が、手を掛けたことが問題視され暫く騎士団本部に軟禁された。
生き残りの奴隷たちの証言から、スラン男爵の成れの果てを調査すると“しかたねーのかな”と不承不承、不可抗力の線で落ち着いた。
屋敷内を彷徨っていた数体から判明した、【転移魔術による生物同士の融合という生体実験】この凶行も後押しした。
直接手を下したのはユーリウスと言う神族だと言いえば、アウラと言う魔法は有名で、割と簡単に受け入れられたが、当の本人はどこかに飛んで行ってしまったので、どうにもならないと、ため息をつかれた。
ため息をついたのは俺らも同じだ。
◆
場所はインテニックス村の酒場である。
酒の相手はクレイアだ。
「んで、ヘレンはこっぴどく怒られたと」
「内緒で冒険者を手引きすればまぁ大人でも怒られるわな。領主に騎士団に冒険者が絡む案件なわけだし」
ただあの村には陽気な静けさが戻るだろう、そんな気はしていた。
店員が運んできたステーキはじゅうじゅう音を立てていた。
クレアは何も言わずにナイフとフォークを肉に突き立てた。
報奨金は結構な額だったので、嬉しさ半分、寂しさ半分だった。
「アルペール死んじゃったね」
「あぁ、逝ってしまった」
騎士団の手によってちゃんと埋葬されたのは、彼にとっても俺らにとってもありがたい事だった。
冒険者組合の手によって数か月後には彼の故郷に伝わるだろう。
「なんか一番死になさそうな奴だったのにね」
「そう、だな」
沈黙が訪れる。
彼女はテーブルに置かれたステーキに手を焼いている。
なかなか切れないようだ。
「アンタ、これからどうするのよ」
「北上してマグナサーバス王国までいく。クレイアは?」
「当てはないから南下しようかな。どこかのパーティに潜り込んでもいい」
「じゃ、ここでお別れか」
「我々冒険者の明日のために」
「アルペールのために」
乾杯してクレイアとはそれっきりだった。