「イノシシにしては大きすぎよね。水牛ぐらいありそう」
「あれは魔獣だ。魔獣アビアビカス。ここら辺に居るとは初耳だ」
俺はブロードソードを鞘から引き抜いた。
「魔獣とか剣とかこの人おかしい~。もうやだ~~」
「少し黙ってろ。やる気がそがれる」
「やだも~~」
魔獣が本能に従うまま襲い来る。
一体ではなく二体だった。
ツガイ、か?
ただ二頭同時には来ず、一頭分遅れてくる。
同時に攻める事ができない、ここが魔獣の限界だろう。
俺は大地を蹴り飛ばし、距離を一気に詰める。
身を縮め、一頭目は切り上げで首を斬った。
二頭目は、剣の勢いそのままで弧を描くように首を斬り落とした。
間を通り抜け、急速停止。
見れば二頭の魔獣は、結城綾香に届く前にこと切れていた。
首から大量の血を噴出している。
手応えから脊椎まで斬っていると分かっている、即死だろう。
おや? アビアビカスの尻に矢が刺さっている。
「ちょっとそんな事しちゃっていいの? どこかの酪農家の家畜だったらどうするのよ」
「家畜は人を襲わない」
「そりゃぁそうだけど」
駆け寄る男が「ちょっと待った!」と言ったので俺は剣を「盗賊か!」構えた。
「失敬な事言ってるんじゃねぇ! 俺らは冒険者だ! そのアビアビカスは俺らの獲物だ! こちらに渡してもらう!」
長身痩躯な男でどことなく軽薄さも感じさせたたが、鋭い面持ちだった。
他にも剣士が三人、弓兵が二人、魔術師が一人いた。
どうやらパーティリーダーらしい。
「仕留めたのは俺だ。そもそも、追い込みに失敗したのがそちらの原因だろうが」
「なんだとこの野郎」
「事実だ」
「上等だぜこの野郎。痛い目合わせてやる。手加減してやるから有難く思えよ」
致し方ない、と剣を納めると殴り合いの準備に入った。
バキボキと手を鳴らす。
そうしたら「半分こにしなさいよ。取り合いしてるんでしょ」と綾香が呆れた様に言う。
なので俺は「日本語は通じないぞ」と言ったら、長身痩躯な男が「どこの言葉だ」だというので、俺が「一頭ずつ分け合えと彼女は言っている」と渋々翻訳した。
それ賛成、と言ったのは連中の内の一人だった。
どうも意見を明確にしない奴が多いが、そのメンバーは概ね半分ずつに同意しているらしい。
しばらく睨みを利かせていたが、「チッ、運の良い野郎だぜ」と踵を返した。
「おいてめぇ」
まだ何かあるのかと思ったら、口上だった。
「俺は黒竜の翼のゾルダークだ。覚えとけ」
返答はせねばなるまい。
「遠野真一郎だ」
「あん? シンイチロウ? そうか。お前が賢者の腰ぎんちゃくのシンイチロウか。噂は意外と当てにならねぇな」
俺の鋭利な斬り口を見ていたゾルダークは、体躯の良い剣士らしき奴に指示し、アビアビカスを荷馬車まで運んで行った。
俺は綾香にストルラスを降りるように言うと、アビアビカスをストルラスの背に乗せた。
「私も歩き? まぁいいか。荷物扱いも飽きてきたわ」
調子が良いのは半日だけだった。
足が痛いだの野宿は嫌だの風呂に入りたいだの、不平不満の嵐と化していた。
偶々とある商隊と遭遇したので、依頼料を払って荷馬車に乗車させてもらった。
幌が冷たい風を防いでくれるのである。
ようやく一息付けると思ったら綾香が人族語を教えてくれと言いだした。
俺も教わった手前、邪険にすることができず渋々応じた。
商隊の行進と休憩、こちらもそのタイミングに合わせ、人族語の指導と休憩と食事を済ます。
そんなことを三日繰り返したらパルオプラスの村に着いた。
マグナサーパスまであと一週間と言うところ。
自動車があれば、と無いものねだりを始めても仕方がないので、ルール通りに装備を整える。
さしあたっては道具屋だ。アビアビカスを売却し、ストルラスの防寒具を買った。
そして綾香の丈に合う旅人の服買い与えた。更に冬季用のマント、ブーツ、ダガー、薬草、冒険者組合への登録。こんなところで良いだろう。
「当面はこの村の近くをウロチョロすることだ。甘く見て遠出するとすぐ死ぬぞ。それじゃぁな」
「ちょっとまった」
「ぐえ」
ぐえとは襟を引っ張られた音である。
「装備だけ揃えてハイさよなら何ていくら何でも薄情すぎない?! そもそも人族語のレクチャーだって始まったばかりじゃない!」
「お、れ、は、急いでるの! これ以上時間を浪費したくない!」
「あー! 浪費とか言った! このろくでなし! ひとでなし! スケコマシ!」
「言いがかりはよせ! そもそも命の恩人に向かって何て言い草だ!」
「助けたなら最後まで面倒見るのが筋ってもんでしょうが! 都合が悪いからハイさよなら何て、私をもてあそんでるようなものじゃない!」
ぐぬぬ。
ああ言えばこう言いやがって。
こうなったら、隙を見て逃げ出すか。
そんなことを考えていたら、変なオヤジが綾香に話しかけていた。
「おい、そこの禿おやじ。そいつ人族語しゃべれないぞ」
「それ位ならどうとでもなるね。お嬢さんはうちのところに来るのよ」
「おいおやじ。パーティ名ぐらい言っていけ」
「わちきはただのトレーダーよ」
「奴隷商人かよ! おとといきやがれ!」
俺が「う~~」が苦悩していると、綾香はにこりと笑みを浮かべた。
人の善意に付け込みやがって。
最近の女子高生ってみんなこうなのか。
悩んでいても始まらない。
とりあえず剣士組合にも登録し、そこで手合わせをする事にした。
驚いたことにフェンシング部に所属していたらしい。
それならレイピアだなと持たせれば意外と様になっていた。
このパルオプラス村は湯治場でも有名で一週間逗留することにした。
頭が痛いが止むをえまい。
午前は人族語の授業、午後は剣の鍛錬だ。
組合の都合で逆になることもあった。
意外な事に甘えてくるかと思えば、真剣に取り組んでいるので、レイピアも木剣から数日で実剣に変わった。
人族語の授業も同様で、必死さが伝わってくる。
自然、教える側も熱が入る。
綾香が通っていた学校は相当なスパルタ校なのだろうと、そんなことを考えた。
この分なら一か月でどうにかなりそうだ。
俺と同伴なら、マグナサーパス王国までの道中、無茶をする事無くいけるかもしれない。
そんな目算が立った頃、つまり出発する前日の夕食時の事である。
綾香がおやと顔向きを変えた。
「あの人、あの時の人だ」
「あの人?」
視線を追えばどこかで確かに会った……あ、あぁ、思い出した。
「ゾルダーク」
「そうそう。アビアビカスで取り合いになった人だ。あ、こっちに来る」
「なぬ?」
「探したぜ腰ぎんちゃくじゃなくてシンイチロウ」
あの時いた同じ剣士を連れていた。
はて、何かやったっけか。
「欠員が出たんだ。お前、俺らと組まねぇか?」
「は?」