フォートクローティスという洞窟がある。
パルオプラス村から、馬もしくはストルラスの脚で、東北東へ丸一日の距離だ。
この洞窟には太古から続く遺跡があるが、いつのころからか魔獣が住み着き、人に害を及ぼすようになった。
個数がある程度揃うと群れを成して家畜や人を襲うので、定期的に駆除するのである。
この地域を拠点にするゾルダーク達の定型クエストとなっているのだ。
ザッザッザとストルラスの雪を蹴る音が響く。
ゾルダークらの荷馬車に追従するように手綱を握る。
背中には綾香がいるが、溜まった息を吐くように俺に聞いてきた。
「私の同行は反対すると思ってたけど、なんで?」
「綾香は依頼の勘定に入っていない」
「どういうこと?」
「見学だ。この規模のパーティに参加するなんて俺も初めてだから、よく見ておくように」
「あ、そういう事なんだ」
「早合点するなよ。何かあっても自分の身は自分で守らなきゃいけないって事でもある」
「わかった。最後尾って事ね」
「殿〈しんがり〉を初心者にはやらせんよ。後方組って感じだな」
そういうのはゾルダークの片腕でもあるアデュートだ。
浅黒い肌のスキンヘッドの大男で、腹に響く良い声をしている。
「後方組?」
「魔術師らと一緒に居ればいい」
そんなやり取りをしていたらいつの間にか目的地についていた。
なるほど、絶壁に意匠に凝った門が彫られていた。
俺が「いつ位のものなんだ」とゾルダークに聞いたら「魔人大戦のときにはもう在ったらしいから、千年は経っている筈だ」と答えた。
「千年前のものが崩れずに残っているだなんてすごい話だな」
「当時の錬金術の一端を垣間見るよな。そして皆こういう。今の錬金術は退化してるってな。再現できないって話だぜ」
成程ね。
背負っている【甲竜の鎧と呼ばれる剣】も、もはや再現できないかもしれない。
「野郎どもグズグズしてんじゃねぇ! 旅行じゃねえんだぞ!」
ゾルダークの檄が飛ぶと男たちが準備を始めた。
一分隊あたり七名でそれが第三分隊まである。
合計二十一名の小隊規模だ。
パーティ名“黒竜の翼”の打撃部隊は第一分隊と第二分隊までで、残りの一班は荷馬車などの装備と入り口を守るのが主な任務となる。
なるほど。戦っている最中に、背後から何かに襲われちゃ堪ったもんじゃない。
俺はゾルダークが率いるの第一分隊に割り振られた。
剣士と弓兵からなる斬り込み隊だ。
綾香がいるのは第二分隊だ。
護衛の剣士と魔術師からなる中距離支援隊となっている。
松明をかざしながら横道を進むこと約三〇分、大きな広場に出た。
どの位広いかと言うと、王城がすっぽり収まる位、事実収まっていた。
古代文明か。
いったいどれほどのものだったのだろう。
驚嘆するより他はない。
そうこうしていると綾香が近寄ってきた。
「真一郎ちょっと」
「せめてさん位付けてくれ」
「あのフードを被った人達なんだけど」
「あぁ、魔術師ね。それがどうかしたか」
「なんかね。呪文をごにょごにょと唱えたらね、光の球が現れてこの辺一帯が明るくなったんだけど」
「そうだな。それがどうかしたか」
「なんで魔法みたいな事になってるのよ」
「魔法じゃなくて魔術。連中に言わせると過程が違うだけで結果は同等らしいが」
「なんで魔術なんてあるの」
「不思議だよな」
「それで済ますつもり?!」
綾香が「私のゲシュタルトが~」と苦悩しているとゾルダークが「あのお嬢ちゃんだいぶ変わってるな」と言ったので俺は「すぐ慣れるだろ。ほら、なんだかんだ言ってもまだ若いし」と答えておいた。
「年は?」
「十七。なんだゾルダーク。綾香にほの字か」
「バカヤロ俺じゃねぇイグナブだ」
「あぁ、あの弓兵の」
第一分隊に所属する弓兵で、小ざっぱりした若者だ。
年は綾香と同じぐらいか、もしくはやや上。
これから依頼遂行〈クエスト〉だってのに、調子に乗らなきゃいいけれど。
「ゾルダーク、配置終わったぞ」
副官のアデュートだった。
「ようしお前ら、おっぱじめるぜ!」
魔術師たちがファイアーボールを幾つかの穴に打ち込んだ。
するとドドドと地響きが鳴り始める。
現れたのはワニだった。
ただとても素早く、大量に沸く。
ボトボトと落ちては尾や牙を振りながらこちらに襲い来る。
「全員気を引き締めてかかれ!」
ゾルダークの檄で魔術師と弓兵が先制攻撃を行う。
ファイアーボールが炸裂し、多数のワニを吹き飛ばし、岩壁叩きつけた。
即死は見当たらないが瀕死なのが多い。
矢は関節に当たれば動きを鈍らせるし、運よく頭を貫いたのはそのまま絶命だ。
中距離支援攻撃の弾幕を抜けたワニが迫りくる。
ここからは剣士の出番だ。
一番手はゾルダーク。
飛び跳ねてきたワニをヒラリと躱して、横から頭部を斬りつけた。
パカリと頭部を斬り割かれ、それ以降そのワニは動かなかった。
重量三百キロはあろうかと巨大なワニが、うじゃうじゃ這い出てくるのだ。
これは一仕事だ。
真上から落ちてくるワニをブレードソードで真一文字斬りにした。
続いて俺を喰らおうと大口を開けたまま走りくる奴が一体いた。
そのまま上あごを斬り落とす。
どうすることもできずにヨタヨタと彷徨い始めた後、弓兵〈イグナブ〉によって片づけられた。
お次は、魔術師たちの範囲魔法だ。
「アイスストーム!」
三十体ぐらい氷漬けになっていた。
見た目は怖いが大したことないな、そう思っていたら、第一分隊の剣士に被害が出た。
左腕を噛み付かれたのだ。
副官のアデュートがフォローに入っていった。
その一瞬の隙間をつかれ、数体が綾香の居る第二分隊に向かっていった。
護衛の剣士が迎撃にあたるが、突破した一体が魔術師に向かう。
いかん。
ワニをいなしながらファイアーボールの呪文を唱える。
この間合いならギリ間に合うか、そう思ったら、綾香はワニに向かって駆けだしたのだ。
違う、そうじゃない。
逃げるんだよたわけ。
巻き込む可能性があるのでファイアーボールが使えない。
威力を落としてワニの足を狙い、時間を稼ぐしかない。
南無三!
驚いたことに、そのワニは綾香のレイピアで串刺しになっていた。
「ムフー」
見ろよあのドヤ顔。
後で説教だ。
ゾルダークが「魔術師連中がでかいのを使う。一度退くぞ」と言うので、それに応じると、「サンダーストーム!」雷の嵐が吹き荒れ、ワニは次々に絶命していった。
◆
最終的には八〇体くらい倒して、残りはどこかに退いた。
いつもは六〇体ぐらいなので、今回は中々際どい状況だったらしい。
もちろん危険性は踏まえた上での話なので、ゾルダークにいう苦情はない。
問題は綾香の方だ。
「なによ。上手くいったからいいじゃない」
「良いじゃない、じゃない! 偶々うまくいったものの、シャレにならない事態になってたかもしれないんだぞ!」
「その辺にしておけシンイチロウ。冒険者ならこれ位はできた方が良いぜ」
「茶化すなゾンダーク。ここはちゃんと言っておくべきだ」
「冒険者に一番必要なのは、運と勢いだ。綾香には両方ある。だから嬢ちゃんよその二つ大事にしとけ」
「分かった」
「あとシンイチロウは真地面に心配してるから真剣に怒ってるんだぜ、その辺も理解してやってくれ」
「あ、そうだったんだ」
「ゾルダーク」
おぉ怖え怖えと言いつつそいつは副官〈アデュート〉の方に歩いて行った。
俺が見下ろす十七歳の女の子は、事も投げな風体だ。
ため息をつく。
「良いか綾香。ゾルダークはああいったが、それは熟練者の話だ。初心者に必要なのは」
「準備と勇気でしょ、何度か聞いた」
「覚えてるなら良い」
第三分隊の隊員の一人が「隊長~、一度で八〇体全部運ぶのは無理です」と言ったので、ゾルダークは「仕方ねぇ、運べるだけ運んじまえ」と言ったら序に「シンイチロウ、イグナブの話だ。お前に任す」と言う。
頭が痛くなった。俺が米神を押さえていると綾香が「私に関係する話?」と勘の良い事を言う。
俺は慎重に言葉を選びながらこう言った。
「綾香、とある奴がお前に恋心を持ってる」
「え」
「どうこうしろとまでは出しゃばらない。話だけでも聞いてやってくれないか」
「ひょっとして弓兵の人?」
「お前、怖い奴だなー」
「何度か視線が合ったから、何かなとは思ってた」
そのイグナブという弓兵は、ゾルダークのそばでソワソワしていた。
「で、どうだ」
「分かった。じゃぁあの木の下で」
イグナブはおぼつかない足取りで、綾香の待つ木の下へ向かう。
俺はゾルダークの方へ歩いて行った。
「シンイチロウお前も乗るか」
「俺は上手くいかない方に。あの器量で恋人なしなんてありえん」
「なんだ。賭けにならねぇな」
暫くすると「うわーん」というイグナブが走り去る姿が見えた。
玉砕か、と皆が言う。
ゾルダークがやれやれと頭を掻く。
「そろそろ出発するぞ。誰かイグナブを連れ戻せ」
俺らもストルラスに乗り込んだ。
背中の綾香は何も言わない。
ただ態度を硬化させると言うよりは意気消沈していると言った方が近い。
だからこういった。
「誰も、何も言わないさ」
「もう居るの。好きな人」
「思春期ならいない方がおかしい」
「なんで後ろめたいなんて思っちゃうのかな」
「宿に戻ったら直ぐ発とう。気まずいだろ」
「うん」
パルオプラス村に戻ったら綾香用にストルラスをもう一頭用意して、荷物を詰め込んだ。
見送りはゾルダークと、副官のアデュートだった。
ゾルダークは言う。
「見送りは慌ただしくなっちまったな。すまねぇ」
「二人も居れば十分だよ。短い間だったが世話になったな」
「マグナサーパス王国までストルラスの脚なら二日三日だ。しかしもうじき本格的な雪の季節になるからより道は厳禁だぜ?」
「あぁ、分かった」
綾香も一言挨拶をして、俺らはパルオプラスの村を後にした。