宿屋までの道すがら、果物屋に立ち寄った。
いらっしゃいと景気の良い掛け声が飛んでくる。
「病人に食べさせたいんだけど、栄養価が高くて消化に良い物ってある?」
「それだったらこの辺りなんてどうだい。体も冷やさないし、甘さも程よし」
バハナだってよ、ちょっと笑ってしまった。
バスケットなんて持ち合わせていなかったので、布でくるんでもらった。
宿に戻れば、宿の支配人がカウンターに居た。
「お帰りなさい。奥さんとは会えましたか?」
「多分もう直です。もし訪ねて来たらお願いします」
「ハイハイ。呼びに行きますよ」
階段を上って二フロア分、部屋を開けようかとドアノブに手を掛けたら鍵が掛かっていた。
ノックしようかと思ったら『……』微かな声が聞こえてきた。
はてな。
客人だろうか。だがどこの誰だろう。この町に来てまだ間もないのに、訪れる客なんて綾香に居るだろうか?
味方なら良いが敵ならまずい。
とりあえずは現状確認だ。鍵穴からそっとのぞけば。
ベッドの上で肌を晒す綾香がいた。
半裸だった。
ネグリジェはたくし上げられ、ショーツは片足に引っかかっているのみだった。
左指で、コリコリと捩じ上げられている乳首は充血する程に勃起していた。
右指は膣口に達し、四本の指で大きく広げていた。滴る愛液が陰部のみに飽き足らず太ももまで汚していた。
『はぁっ……ふ! あ! あぁぁぁぁ!』
自慰行為中〈おとりこみちゅう〉でしたか。
見て見ぬふりして一回撤退だな。
身をひるがえす直前である。
『雅人くん……ぐすっ』
雅人? 最近聞いたぞその名前。
少しスカした感のある童顔の少年がたしか霧野雅人と言った。
という事はなにか。
綾香の彼氏の名前をどうやって知ったのか良い訳を考えないと、この町にいる事が伝えられないってか……まじか。
とりあえずどうするべきか。
カウンターに戻っても理由を聞かれるし。
ずっとここに突っ立ってても、下手すりゃ誰かに理由を聞かれるだろう。
一拍。
とりあえず深呼吸一回、ドアをノックする。
「綾香入るぞ」
『ち、ちょっと待って! 十分、いや五分待って! 女の子には色々あるんですっ!』
「何も聞いてないぞ」
宿の支配人がやってきた。
「どうかなさいましたか?」
「なんか着替えとかやってたみたいです」
「あぁ、年頃じゃしようがありませんねぇ」
ごゆっくりオホホホと言いながら主人はカウンターに戻っていった。
皮肉だろうか。
たっぷり十五分は待った感が拭えない。
ガチャリと扉が開いた。
「お待たせ! おかえり!」
「はいこれ、おみやげ」
「あ、あぁどうも。開けて良いの?」
「もちろん。でなきゃ食べられない」
バハナをみて硬直する綾香。
ナニを想像しているのだろうか、顔がどんどん赤く染まっていく。
「苦手だったか? バナナ」
「うぅん! 全然! こちらにもあったのねバナナ!」
「こちらではバハナと言うらしい。紛らわしいよな」
もそもそと食べ始める綾香。
食欲あるなら大変結構。
「窓開けたのか。寒いだろ」
「ちょっと換気をしたくって!」
「まぁいいけれど」
俺も大概だな、知らんふり。
綾香はごくんと咀嚼の後のみ込んだ。
彼女はそれでと言った。
「奥さん見つかったんでしょ?」
「いや、まだ。ただ時間の問題であろうとは思う」
すれ違いが続いているが、ここにいる事を知らせるメモを残してきた。
そう、かいつまんで説明した。
「ふーん。早く会えるといいわね。落ち着いたから聞くんだけど、どんな人?」
「姉御肌かな。一言でいえば」
コンコンと扉を叩く音がする。
もう酒場を除き、人々も夜の帳を意識し始める時間だ。
一体何だろうと扉を開ければ、宿の支配人が立っていた。
「お見えになりましたよ。遠野香澄さん」
「ありがとうございます。綾香、ちょっと行ってくるわ」
「よかったね」
はやる気持ちをだいぶ抑えて、階段をゆっくりと降りていく。
長かったなこの十二ヶ月間。
エントランスを一望できるところまで階段を降りると一人の女が立っていた。
真っ黒なブーツに真っ黒なファーコート、腰にまで届く長い髪も真っ黒だ。
そんな中、白い肌をさらす顔の中に、真っ赤なルージュがギラ付くほど存在感を示していた。
「「……」」
これは戸惑いだ。互いに戸惑っている。
本当に遠野香澄なのか、本当に遠野真一郎なのか、互いが互いを伺っている。
目の前に立つ女は、一見三十代半ばだが、よく見れば十代の面影がまだ残っていた。
化粧を解けば年相応の顔立ちを見ることができるだろう。
香澄だ、間違いない。
向こうは未だ確証が持てない様子。
なので俺は腰にぶら下げているクリスタルダガーを取り出した。
「これに見覚えがあるか」
「……」
その女は鞘からそっと短剣を取り出した。
じっと見ていたらため息をついた。
内に籠った不満や怒りそういったストレスも一緒に吐き出した感じだ。
「アンタ随分殺伐としたわね。何があったよ」
「暗黒大陸に放り出されてから、ここまで十二ヶ月掛かったからな。そりゃー温和とはいかないさ」
「十二!?」
「そっちは」
「……三ヶ月」
戸惑うのも当然か
宿屋の主人の申し出もあって、場所を変える事にした。
少し歩く。
カツコツとブーツの音が町の建物に響いた。
「私ね、このマグナサーパスを出たことがないのよ。外の世界ってどう?」
「可能なら外に出ない方が良いかな、やっぱり。依頼達成ををやりがいと言う事もできるが、危険性はやりがいとは言わない」
着いた店は酒場と言うよりは高級食堂〈レストラン〉だった。
魔獣ライオネス製の黒い旅人の服では、実はと言えば戦闘服と言っても過言ではないのだが、故に入店拒否を受けるのではないかと思ったのだが、昨夜整備をしたばかりなので多少渋い顔をされただけで済んだ。
「「再会を祝して」」
ガラスのコップを掲げた。
料理は前菜からスープに始まり魚料理と続き、あとは肉料理とデザートが来る筈だ。
「意外と手馴れてるのね。こういうの苦手だと思ってた」
「今でも得意じゃない。ただ一回やってるからな」
「ふぅん」
「なんだ、その思わせぶりな態度は」
「私に何か言うべき事があるんじゃないかって、そう思ってるのよ」
「ある。多すぎて何から手を付けて良いのか分からない位だ。実は、」
「女性関係とか」
「あ、あのだな。観光してきたわけじゃないんだぞ」
「別に何でもありませんわ。十二ヶ月は流石に長すぎだから仕方がないのよね、と自分に言い聞かせているだけです」
「何故そう思った」
「殿方同士でこういう店にはふつう入らないかと」
「まぁ、入らないかな」
「それで?」
「……香澄の質問の真意を汲むなら一人。単純計算なら三人。ただ関係を持ったことは一度もない」
「今でも続いてるのは?」
「A級剣士は弟子を持つ事ができてね、それで一人いる。女の子だ」
「この世界の娘?」
「俺らと同じように飛ばされた娘。明日にでも紹介するよ」
「まぁいいわ。そうして頂戴。こちらも紹介したい人がいるから」
「当てようか。学校関係だろ」
「マグナサーパス魔法魔術学校の校長で、私はその人に保護されたのよ。正確にはその奥さんなんだけど」
「聞いたぞ。一か月で大魔導士になったって。俺も鼻が高いってこういう時に使うんだろうな」
「ま、当然の結果よね」
店員がラストオーダーだと伝えに来たので、引き上げる事にした。
シンと静まり返った道を行く。
香澄が小さく呪文を唱える。
「――ライティング」
魔術で作られた光の球が俺らの周囲をゆっくりと回る。
騒がしい酒場の前を時折歩けば、雪かきで作られた雪の塀が間に入って、酒場から浮世から、隔離されている感覚に陥った。
自然と腕を組む。
「そう言えばこんな風に歩いた事なかったな」
「そうね。研究研究ばかりでいつもアンタのこといつも放ったらかしだったわね」
「偶に呼び出せばやっぱり研究で、助手みたいなことをしていた」
「後悔してる? 私と結婚したこと」
「まさか。しいて言うならあの時魔法陣の暴走を止められなかった事だ。済まない、その為の役割だったのに」
「何の兆候も無い上に一瞬だったから誰にだって無理よ、気にしない事」
「そう言ってもらえると助かる。じゃ、家まで送るよどの辺だ」
「馬鹿ね。今日からあたし達の家になるのよ」
「荷物もあるし流石に連絡なしは――」
口づけで塞がれた。
「弟子をいきなり放り出すわけにはいかないわ。つまり二人きりなのは暫くの間今晩だけよ」
彼女はタハハと笑っていたが、頬は赤く染まっていた。
妻からのお誘いを無下にはできないか。
右へ曲がって左に曲がりもう一回左に曲がると、彼女のアパートメントが見えた。
部屋は二階建ての二階だった。
角部屋の3LDK。
こちらにもこういう間取りがあるのかと驚いたら、最近はやりの間取りなのだと言う。
室内はいつか見た様に、色々なものが色々なところに置いてあった。
ただ以前よりは物が少なく、空間がそれなりにあった。
ここに越してきてまだ一ヶ月目なのだと香澄は言う。
「ファイアーボール」
アルコールランプに火が灯ったら室内がぼんやりと浮かび上がった。
続いて暖炉に火が灯る。
部屋の壁に落ちる影は、香澄のものだった。
何時の間に脱いだのか、黒コートの下は赤いタートルネックのTシャツに、黒のタイトスカートだった。
俺はポールハンガーに冬用コートを掛けると、続けてブロードソードを掛け、そしてポーションなどが収められているベルトを取り外し、やはり同じようにポールハンガーに掛けた。
俺がソファーに腰かけた事と香澄が声を掛けたことはほぼ同時だった。
「何か飲む? といってもウィスキーしかないけれど」
「あぁ」
蒸留酒のルーツは中世頃には既にあったな、そうどうでもいい事を思い出す。
香澄が「アイスボール」と小さく唱えると氷が二つグラスの中に納まった。
便利なものだ。
「水割りにする?」
「いや、ストレートで」
「はい、どうぞ」
「頂きます」
「再会を祝して」
「二度目だな」
「何回でもいいわよ。――そうね、今日は記念日にしましょ」
チビりと飲んだら、香澄がすり寄ってきた。
潤んだ瞳。
荒い息。
赤く染まった頬に、上目遣い。
高揚した体は熱く、もわっとした女の匂いを放つ。
唇を重ねれば女の吐息が漏れた。
「ん……。む、ふ……」
たっぷり繰り返したところで、俺は身を引いた。
唾液が糸を引き、切れる。
香澄は虚ろな瞳だ。
自分の指で自分の唇を何度もなぞっていた。
高まった唇の感触を味わっていた。
彼女の目尻浮かんでいたのは涙だった。
こぼれたそれは頬を伝う。
彼女はよがるように衣服を脱いだ。
黒いタイトスカート、赤いタートルネックのTシャツにそしてストッキング。
下着姿になった彼女はその肢体を俺の前に晒した。
純白のレースがあしらわれたシースルーの下着だった。
レースの花の隙間から、乳輪がうっすらと浮かんでいる。
ワイヤーで補強されていないブラからは、乳肉が淫らに持ち上げられ、息苦しさを感じさせる。
一刻も早くはぎ取り乳房を解き放ちたい、そう思わせるには十分だった。
ショーツはバック・フロント共にビキニ形のハイカット。
フロントからバックに掛けてシンプルなフリルが付いている。
恥丘を覆う布越しに、うっすらと陰毛が見えた。
ブラにしろショーツにしろ少ない布で恥部を覆っていた。
下着は女の肉に食い込んでいた。
肋骨が滑らかに浮かび上がり、腹部の筋肉も見て取れた。
スレンダーな身体だが、張りがあり、きめ細かく、滑らかな肌と相まって、全身は柔らかい曲線を描いている。
背から腰、尻、脚を流れる曲線の美しい事。
むっちり感は乏しいが、肉付きは良い。
なにより標準以上に豊かな乳房が、強烈な存在感を放っている。
申し訳程度に開いたカーテンの隙間、光が差し込み、女の身体に陰影を堕とす。
男の、俺の視線に気づき身体を捩らせた。
羞恥ではなく見られる快感に悶えたのだろう。
ぢゅぷ、それは秘部の奥から聞こえた、淫欲の音だった。
初めからそのつもりだったのか。
というか、ここまでお膳立てされたのである。
ここで引いたら彼女に失礼だろう。
俺らは立ったままもう一度口付けを交わした。
香澄は俺の首に腕を回し、俺は香澄の腰に手を回す。
先ほどの仕切り直しだ。
互いに下着姿となった俺らは互いの匂い、ぬくもりを感じ合った。