あれから数日たった。
カツコツと足音を鳴らす香澄の後を追う。
俺が首からぶら下げているのは入校許可証だ。
香澄がネクテラの一件を報告したところ共々魔法魔術学校に召喚されたのである。
学生服を身にまとった者からは奇異の目で見られる。
俺が対象かと思ったら香澄もそうだった。
遠巻きから見ているだけよ、気にしないでと、つっけんどんな態度だった。
この学校で、日頃、どういう扱いを受けているのか目に浮かぶ。
俺らを待っていたのは
校長、つまり魔術ギルドの長〈ギルドマスター〉にして賢者〈S級〉でもあるマグナス=カンピータスだ。
俺から見ると香澄を助けた人の、旦那さんでもある。
他にも騎士団長や、それらの取り巻きがそろっていた。
「真一郎君だったかな。香澄から話は聞いていてね、再会の暁にはぜひ歓迎をと思ったのだが、状況が状況だけにこんな初対面になってしまった。許してほしい」
少々意外な対応だった。
下手に出ているというよりは誠実と見るべきか。
服装であるローブも校長ゆえに複雑な刺繍が施されていたが、余計な装飾はなくさっぱりとしていた。
「ネクテラの報告は受けた。それが真実であるという証拠を見たくてね」
騎士団長は現実主義者のようだ。
プレートメイルを装備し、ロングソードを携帯していた。
装備も過不足なくだろう。
俺は背負っていた【甲竜の鎧と呼ばれる剣】を引き抜くと、校長の大きな机の上に置いた。
その場にいた全員がフムと注意を向けた。
「剣と言うには野暮ったいのぅ」
「刃が入っておらんぞ」
「ブロックがスライドするギミックが付いているがこれに意味はあるのか」
「強いて言うなら積み木玩具の剣だな」
騎士団長が持っていいのかと聞いたので、ダメージを負う可能性がありますと答えた。
継いだのは取り巻きの一人だった。
「伝承では持ち主以外が持つとこっぴどい目に合うと記されておるぞ」
以前アシリアも同じような事を言っていた。
「その剣に伝承が?」
「むろんじゃ。太古の錬金術師が作り上げた武具だからのう。つまり我々の先祖の記録じゃな」
騎士団長は、ほんの僅か触るつもりだったのだろう。
バチと静電気が走ったように手を引っ込めた。
「解析すらままならんとは、口惜しいのう」
騎士団長を含めた取り巻きの数名が俺を見ている。
忌々しさと言うよりは嫉妬だ。
俺は話を逸らす意図も含めて校長にこう聞いた。
「質問をしても?」
「なにかね」
「もう一つ作ればいいのでは?」
全員が態度を硬化と言うよりは失意の体を見せる。
「作る技術はもう失われている。最後の一振りかもしれん。大切に扱っておくれ」
「このまま私が持っていても良いのですか? てっきり、接収されるのとばかり思っていましたが」
騎士団長が答えた。
指のしびれを気にしているらしく、左手で右手を庇っていた。
「そうしたいのは山々だが、太古の錬金術師の作ったルールならばその意向に従わねばならん」
継いだのは校長だ。
「ラータス共和国での一件はこちらにも連絡が入っている。真一郎君、お前さんは甲竜の鎧に選ばれたのだ。光体顕現が存在するならば暗黒体顕現も未だ存在するはず。人族にも切り札が必要だ。だが多用は厳禁、この鎧は命を削り力とする」
香澄は焦れた様に言った。
「話が反れているようですが、ネクテラの件はどうなりましょうか」
答えたのは校長だった。
「もちろん信じよう。おそらくネクテラが、パレ=パラエタリムの後継者であるならば錬金術の再興を狙っておる。パレ=パラエタリムは生前、失われた技術の復活に執着していたからな」
俺が取り巻きの一人に聞いた。
香澄の不愉快さが手に取るように分かったので、そろそろ切り上げるつもりでこう聞いた。
「ネクテラに心当たりが?」
「ホムンクルスとみるのが妥当じゃの。研究所に在った資料から推測できる。あ奴は到達したと生前に言っておった。ただホムンクルスに転移魔術を組み込むとは、もう禁忌術の領域だの」
「ネクテラが、失われた錬金技術の復活、この悲願を受け継いでいるのは良いとして、その方法は? なぜ甲竜の鎧を欲するんです?」
「そこまでは分からない」
話は済んだと遠回しに追い出された。
香澄は両の手足をブンブンと振って苛立ちを隠さない。
「狸親父ども~」
「声が大きい」
「何が事情聴取よ、私たちを都合よく利用しているだけじゃない。情報を与えれば動くって。あぁもう」
「だが収穫はあった。ネクテラが未だ転移を行っているのは、異世界からの技術を持ち込んで錬金術を触発させる、まぁそんなところだろうな」
「こちらに飛ばされた人々を保護しているっていうのもその布石なんだわ。御爺様も御爺様よ」
「コーコカスと言う村でスランと言う人物がピストル型の注射器を使っていたんだが、身に覚えは?」
「この国で開発されたものよ。しばらく前にね」
魔術師は途中で、多数の魔術を扱う事を本懐とする魔導士系と物事の研究に特化する錬金術師系とに、二つに分かれる。
香澄は魔導士系だ。
ただ分かれると言っても、被る領域は多い。
食指を動かすでも、首を突っ込むでもいいが。
「あまり言いたくはないが、ネクテラ派の魔術師も居そうだな」
「真一郎。アンタ、正義の味方気取る気?」
「まさか。ただ生活が懸かっているとなると、出し惜しみはないよ」
「なら、私が考えていること分かるわよね」
「その時は香澄の手を借りたい。いいか?」
「当然だわ」
それから数週間がたった。
冒険者界隈だけでなく一般にもネクテラのうわさが広がり始めた頃、冒険者組合に一つの依頼が出された。
“妖精の住処の調査”、必要冒険者ランクはB以上、推奨Aランク。
冒険者たちがざわめいた。
「妖精の住処って頭おかしいのか。誰だ依頼主は」
「国王だとよ。見ろ、この報奨金の額」
「魔術ギルドマスターと騎士団長の連盟依頼?!」
「俺は降りる。リスキーすぎるぜ」
「俺は乗った。この額なら一生遊んで暮らせる」
他の依頼書を寄せ退けて、中央にでかでかと貼られた依頼書に多少気おされつつ、綾香は「どういう事?」と不思議がる。
「妖精に関わると祟るって事だ。剣士のテキストに書いてあったろ」
「まだ全部読んでないの」
「何れにせよ綾香は一人前〈Cランク〉になりたてだから、今回はスルーだな」
現れたのは霧野雅人だった。
時々町で偶然出くわし、そっけない挨拶ですます関係だ。
それはたいてい、こちらが思いもよらないタイミングなのだから、妙な因縁を踏んでるんではないかと考えている。
「真一郎。お前は今回のクエストに加わらないのか」
「君か。(せめてさん位付けてくれよ)あぁ、レベルが合わないからな」
「確かA級だと思ったけど」
「弟子がようやくC級なんでね。今回は見送りだ」
綾香が「どちらさま?」と聞いてきた。
すっかり失念していた。
丁度いい。
何食わぬ顔で帳尻を合わせてしまおう。
「綾香。こちらは――」
「……雅人君?」
「綾香、結城綾香!」
二人とも抱き合っていた。
感極まったのか、綾香は泣いていたし、雅人ですら瞳を潤ませていた。
なんだ、何事か、と集まる冒険者たち。
「感動の再会って奴だ」
「おーおー。お熱いねぇ」
「他所でやれバーロー」
俺が居心地の悪さを感じ始めているというのに、二人は動じていない様子。
「二人とも、水を差すようで悪いが場所を変えろ。公園にでも行って来い」
二人は手をつなぎながら走り去っていった。
「若いってのは良いね」
俺のボヤキに反応したのは、見ず知らずの冒険者だった。
「なんだぁ。おめぇ知らねえのかぁ」
「なにをだ」
「あの霧野って坊主、かなりモテるんだぜぇ。もう四、五人は囲ってるって話だぁ。上手くいきゃぁ恩の字だ、下手すりゃダメ出しだぁ」
「……四、五人?」
帰宅後に事の顛末を香澄にかいつまんで話す。
彼女は洗濯物をたたんでいた。
「てな事があって今日は戻らないかもしれない」
「運命の再会か。いいわね。どんな子なの」
「どうと言われると説明に困る。全身黒のコーデで童顔をカバーしているって感じだ」
「ふぅん。年下なのかしらね」
「一つ二つ下の可能性はあるな」
「もてそう?」
「そういう話も聞いた。修羅場ってなければいいけれど」
カチャリ、鍵の開く音がした。
この家の鍵を持っているのは三人のみだ。
うち二人はここにいる。
ならば鍵を開けたのは綾香しかいない。
どうしたんだと言うセリフを最後まで言う事ができなかったのは、憔悴している様に見えたから。
雅人と喧嘩でもしたのか。
「ごめんなさい。もう寝ます」
「あ、あぁ」
香澄と見合うのみだ。
初日はそっとしておいた。
二日目は扉越しに声を掛けた。
いよいよ三日目、扉を開けた。
「綾香。剣士ギルドに行くぞ」
「今とてもそんな気分になれません」
「俺だってそうだ。雪が降ってるからな。が、だからこそだ。気分が優れないならなおさら素振りだけでもやるもんだ」
「どういう立場でそんなこと言うんです」
「師匠として言っています」
「師匠……」
のそっと動き出すと、人目を憚らず突然服を脱ぎ始めた。
慌てて部屋の外に出ると、香澄には頬を抓られた。
「やけっぱち状態ね。危なっかしいからちゃんと面倒を見てあげるのよ」
剣士組合〈ギルド〉内にある修練場。
道着に着替えた俺らは、互いに木剣で相対する。
綾香の打ち込みを、片足だけ残して、いなした。
足が引っ掛かりもつれ、盛大にすっ転ぶ。
俺は一つため息をついた。
「心ここにあらずってところだな。基本の型だけやっておくこと」
「……はい」
的に向かってレイピア木剣を打ち抜く。
と言いたいが、太刀筋はバラバラ、脚運びも滅茶苦茶だ。
「……っ!」
打ち損ね、手首を柔軟体操代わりにブラブラと振っていた。
全身、力んでちゃそうなるが、引きこもってるよりはまし、か。
しばらく様子を見ていると、徐々に調子が戻り始めていた事が分かった。
今日はこんなもんだろうと、その場を離れた。
さて、残るのはもう一人というか男の方なのだが。
恐らくは多分、そう確信めいていたのでいつものライオネス製の装備に着替えた。
「そんなに殺気立ってちゃ、隠れてる意味ないぞ」
剣士組合を出て左に曲がるとこんもりした雪かきの後が見える。
その陰に隠れるようにそいつは立っていた。
そいつはふらりと立ち上がると、俺と対峙する位置に立った。
「ようやく分かったんだ」
雅人の両手が視覚的にブレると、俺は二振りの片手剣で斬りつけられていた。
俺が五体満足なのは、反射的に実戦経験的に、ブレードソードを引き抜いていたからである。
剣がギィンと耳障りな音を奏でる。
「おい雅人。お前今本気で打ち込んだろ」
「お前さえいなければ、綾香は帰ってくる」
どういう論法だと、問いただすのも無駄かと思うぐらいに、目にクマができていた。
序に言うと充血もしていた。
どうにか死角を見つけて腕か脚を浅く斬る、できるか?
ギィン! ギィン! ギィン!
素早さに物を言わせる雅人の連撃だ。
ブロードソードを小刻みに動かして、辛うじて受け流す。
流石に同じA級だけあって、波に乗らせてもらえない。
左手の斬撃、右手の斬撃、両手の腕力のみによる同時斬り、この剣と剣の隙間にブロードソードを打ち込んだ。
「チッ!」
雅人は慌ててバックステップ。
その隙を突いて右手の片手剣を弾き飛ばした。
「勝負ありだ霧野雅人」
「まだだっ! まだ左手の一振りが残っている!」
「もうやめてっ!」
割り込んできたのは綾香だった。
斬り合っている最中に、随分と無茶をする。
雅人の声は掠れていた。
懇願するかのようだ。
「綾香はそいつに騙されているだけなんだ。命の恩人だってところに付け込んで――」
「そういう話をしてるんじゃないの! 雅人君はあの子たちを選んだんでしょ!」
「綾香だって必要なんだ!」
「馬鹿にしないで! ……馬鹿にしないでよ」
綾香は涙を流しながらも雅人を睨んでいた。
雅人はひざを折るのみだ。
「……ちくしょう」
虚脱感はいかほどか。
フラリフラリとふら付きながら雅人は立ち去った。
俺は弾き飛ばした雅人の片手剣を拾った。
剣士が剣を忘れるほどの衝撃は相当な物だろう。
帰れば待っている人がいるんだろう、とも思ったが俺が口をはさむ問題ではない。
できる事はせいぜい、この片手剣を冒険者組合に拾得物として持っていく事だけだ。
綾香の独白は懺悔のように聞こえた。
「みんな友達だったんです。皆こっちに飛ばされてた。でも私だけが合流できなくて、その間に、とてもつらい事があったらしくて雅人君たちが一緒に乗り越えたって。トリブレイト渓谷の誓いって、私一人だけ居なくて」
「綾香は今一つ背負った。それは綾香が自分で決めた事だ。ならだれも何も言わないさ」