今は冬季ど真ん中だが毎日吹雪という訳でもない。
晴れたり晴れの日が続くこともある。
一泊の依頼でも、ストルラスの脚なら結構な距離を稼げる。
つまりはデイリークエストをする事にした。
ただ香澄が難色を示したのである。
香澄は魔法魔術学校で教鞭〈きょうべん〉を振るっているのでクエストに割く時間がないのだ。
つまりは、彼女は参加できない。
“本音を言えばもう冒険者は卒業してほしいのだけれど”とは言うものの、夫が無職・無収入と言うのも外聞が良くない。
香澄は渋ったが、綾香とデイリークエストを行うことを最後には認めた。
業者からストルラスを二頭借り受け、ザクザクと足音を鳴らしながら新雪の平原を行く。
地図を開く。
「二子山があれで、オオカミ岩があれなら、もうそろそろ小川に突き当たる筈だ。それを超えると洞穴がある。そこまで行こう」
俺の返事に綾香が頷いた。
小川には渡る橋のそばには大岩があると描かれている。
逆に言えば、大きな岩を探せばそこに橋があるという事だ。
長いポールで突きながら橋の感触を確認する。
こういう地道な作業の積み重ねが、大事なのだ。
そう昔誰かに教わったが、誰だったか忘れてしまった。
見つけた洞穴には除雪された跡があった。
付け加えるならば、炎の明かりも見える。
どうも同業者が先客に居るらしい。
俺は努めて気さくに言った。
「よう兄弟。一緒にさせてもらっていいか?」
「あぁ構わんよ」
老齢の冒険者だった。
綾香はストルラスの荷物から木片を取り出すと、焚火に据えた。
ふいごで火を煽る。
「お前さんたちは何をしにここに来たのかね?」
「依頼でね、月光草を取りにきた」
「妖精の住処を調査するという依頼が出たと聞いたが」
「あぁ、それは事実だ。気になる事でも?」
「ギルドはひた隠しにしとるが失踪しているらしい」
「失踪って、冒険者が? まさか。全員Bランク以上だぞ」
「やはり妖精には手を出さん方が良いんじゃ。爺さんもそのまた爺さんも同じことを言うておった」
それからしばらく歩いて、月光草が群生している場所にたどり着いた。
手順通りむしっては籠に入れていく。
丁度二つの籠がいっぱいになった頃、冒険者が失踪するという話を思い出した。
思いに耽る。
Aランクと言えば迷宮や遺跡の調査もする連中だ。
失踪なんてハイそうですかと信じられるものじゃない。
綾香が満杯の籠をストルラスに取り付け終わった頃だ。
ズーンという大地を揺らす音が遠くにあった。
続いて三回大地を揺るがした。
これは魔術による攻撃だ。
土煙が上がる。
俺は綾香に急いで戻ると言う指示を出した。
ストルラスに喝を入れて駆けだした。
妖精・ホムンクルス・ネクテラ、嫌な予感がする。
音が徐々に大きくなる。
ズズーンと言う音が背後からしたら、雪をかぶっていた巨木らが吹き飛んだ。
飛び散るのは、岩、氷、そしてかつて冒険者と呼ばれた人間だった肉塊。
血と肉辺が、雪を赤く塗らす。
「Ghaaaaaaaa!」
風にあおられた土煙から現れたのは、巨漢だった。
全身筋骨隆々で、頭部の筋肉まで膨れ上がっている大男だ。
身を震わせるような咆哮を上げている。
どこかで見た事がある。
そうだ、コーコカス村のスラン男爵邸の中で見た奴だ。
違和感があると思ったら細部が異なっていた。
ツーハンドアクスではなく、ツーハンドソードとラウンドシールドをそれぞれの手に持っていた。
他にも、走り寄る巨漢の両肩にそれぞれ頭部があったのだ。
口がパクパク動いていると思ったら、呪文!?
「ファイアーボール!」
「エアカッター!」
間合いを強引に取られた。
この距離で魔術を躱すと、巨漢の剣の間合いに入り、首を取られておしまいだ。
逆に剣の間合いを取り返すと、魔術をまともに喰らう。
雪隠詰めだ。
俺は反射的にブレードソードを放すと、背負っている大剣に手を掛けた。
地母神アシリアは極力使うなと言っていたが、今がその極力だ。
【甲竜の鎧と呼ばれる剣】を空高く掲げるとそのまま打ち下ろした。
剣風が、魔力を帯びたその鋭い衝撃波が、ファイアーボールもエアカッターも巨漢も、大地も諸共真っ二つに斬り割いた。
泣き別れになった左右の半身が、雪の中にズシンと倒れた。
ハァハァと息が切れる。
体力と魔力を何割か消費したらしい。
力の入れ具合を加減しないと、すぐ身動きが取れなくなってしまうぞこの武器は。
『どうかな真一郎。今回のはよくできてると思わないか?』
「ネクテラ。お前、スラン男爵の、」
『正解だよ。あの時の実験結果を反映させたものさ。あの時は無力な奴隷が材料だったけど、今度はB級以上の冒険者だ。しかも魔術師のおまけつき。言う事を利かせないといけないから、低知能の分、動きが単調なのは仕方がないかな。これは今後の課題にするとして、これからどうしようか』
「ネクテラ、お前――」
『アハハ、フフフ、怒っているね。飄々〈ひょうひょう〉としている君を見てきたから、とても新鮮だよ。それじゃまた会うよ。バイバイ』
右手が痛いと思ったら、力を入れすぎていたかららしい。
緩める。
そうしたら綾香の無事も確認できた。
とりあえずは一安心か。
「とりあえず、か」
これからどうするか、だな。
冒険者ギルドに戻った俺は事の顛末を報告した。
翌日、遺体の成れの果ては回収され、事実だと判断された結果、タイラントと名付けられた上で、全ての冒険者に警報が発せられた。
逆にやる気の出す奴、逃げる奴、これを契機に足を洗う奴、様々だ。
俺は言う。
「化け物って印象が先走ってるが、言ってしまえば戦士一人と魔術師二人を同時に相手にしてるだけと言い換えることができる。この意味がわかるか?」
「ならこちらも魔術師をそろえて魔術防御すりゃぁただの巨漢って事になるな」
「その通り。ここでの要はチームワークだ。下手に頭数揃えても、連携が取れてなけりゃ意味がないぞ」
「いよぉーし。フォーメーションの組み立てを行う。お前らついてこい」
「あいよ」
ぞろぞろとマグナサーパスでは名を馳せているパーティが出て行った。
月光草の換金もしたし、俺らは一度引き上げるか。
綾香を連れて出入り口に向かうと、丁度雅人らのパーティと出くわした。
なんでこうもタイミングが悪いのかね。
気まずい雰囲気が流れる。
空気を読まず押し切ろうと思ったら、雅人に止められた。
「待てよ真一郎。これを受け取れ」
雅人が差し出したのは金貨の入った袋だった。
「片手剣を拾ってくれた謝礼だ。それ以上の意味はない」
「貸し借り無しって事ね。なら受け取ろう」
ぞろぞろと雅人のパーティとすれ違う。
確かにみんな女だった。
巨乳の剣士・巨大なハンマーを持った鍛冶師・弓兵・魔獣使い、バラエティに富んでいる。
しかも同年代。
しかも全員アイドル並みの可憐さだ。
気まずそうにしている娘から、あまり気にしていなさそうな娘まで、態度は様々だが、この面々をよくまとめたものだと雅人に感心すらしてしまった。
綾香が帰宅を促したので、応じる事にした。
「かわいい顔してやるものね、と言うべきかしら」
香澄は少々不愉快そうだ。
最近すれ違ったらしい。
俺が感心していたと綾香が香澄にタレコミを入れた。
なんて事するんだこの弟子は。
「ふぅん、そう。うらやましいと思ったんだ」
「良くやるなと言う意味以上の意図はない」
「まぁいいわ。よそ様の事だしね」
「それより相談がある。いいか」
雅人の片手剣を拾った臨時収入の件も話された。
なんというか、綾香はやさぐれてしまったらしい。
「当然家に入れるのよね?」
おぉ、右から左に流れていく。
「……本題に入っていいか」
「良いわよ、何?」
ジャラジャラ音を立てる袋を手に、我妻は随分とご機嫌だ。
「“妖精の住処の調査”このクエスト知ってるな?」
「今回はスルーするって言ってた奴よね」
「香澄、一回だけでいい。一緒に来てくれないか」
ふぅとため息をついた。
「理由は聞くわよ」
「今回ネクテラは魔術師と剣士の転移融合を行った。魔獣の融合体はキメラと言う形で既にある。魔獣と人間の融合も既にスランという男爵で成されている。なら錬金術師の後継者でもあるネクテラが、次は何をするだろうか」
「……妖精?」
「そう。妖精は肉体を持たないアストラル生命体だ。肉体の制限がない妖精での転移融合、俺は光体の顕現だと予想してる」
「仮にそうだったとして、そうか。甲竜の鎧と戦わせる。そして勝利できれば、錬金術師パレ=パラエタリムの悲願も叶う」
「晴れて錬金術の復活だ。冒険者ではない香澄を連れて行くのは避けたいんだが、俺らだけでは手が足りない」
「でもどうやって探すのよ。どこにでも転移する神出鬼没な奴なのに、ってそうか。クエスト」
「そう。今冒険者たちが必死になって妖精の住処を探してる。今この機を逃す奴じゃない」
「御爺様、木を隠すには森の中って、ホムンクルス探しの筈がまんまと乗せられたわね。国王陛下の捺印もあるから今更取り消しもできない」
そして諸般の手続きが終わった三日後、俺たちは出発した。