マグナサーパスの北側に広がる巨大な森林地帯だと言うのに、人の気配が強い。
焚火の跡や、踏み固められた雪の跡、雪で作られた住居イグルーがあちらこちらにあった。
いったい何人の冒険者がこの森に踏み入ったのか見当もつかない。
幸運にも幾つかの小パーティが集まってちょっとした集落の様になっていた。
やみくもに探すのも具合が悪いので、もってこいの聞き込みシチュエーションだ。
「よぅ、兄弟。もう見つかったか」
「いや、痕跡すらまだだ」
痕跡か。魔力の密度が高くなおかつ魔力が整っている場所、大抵は水が綺麗で人の脚が踏み入った事のない場所だ。
「いよぅ、兄弟。塩梅はどうだい」
「残念ながら成果はない。迷いの魔法が掛かってるっていう噂もあるから一筋縄じゃいかないね」
その辺は剣士のテキストにも書いてあった。なんでも方向感覚が狂って、見つけることができないのだそうだ。
質が悪い場合だと同じ場所をグルグル回る羽目に陥り、帰る事が叶わないのだ。
香澄の機嫌が悪くならない為にも、そろそろ手掛かりの一つぐらい欲しいところ。
「おいっす。もう見つけちまったか?」
「ご法度上等とは、お前いい度胸してるな」
ベテラン勢に声を掛けたらいきなり柄に手を掛けた。
何時でも剣を抜ける状態を見せつけられた。
「ちょっと早まらないでくれ。別に横取りしようって訳じゃないんだ」
「じゃぁ何だってんだ」
「ネクテラってやつを探してる」
「錬金術師パレ=パラエタリムのホムンクルスってやつか」
「そう、そいつ」
「おあいにくだが心当たりはない。怪我する前にどっか行っちまいな」
「そうみたいね。それじゃ」
出来上がったばかりの集落の隅で、待たされていた香澄のセリフには棘があった。
「で、どうなの“塩梅”は」
「まだどこも見つけていないらしい」
「それは吉報なわけ?」
「そりゃそうさ。ネクテラに先を越されると全てがおじゃんだ。このまま進もう。頼りにしてるぞ大魔導士」
その時、突然森の様子が変わった。
鳥たちが羽ばたき、何処かで獣が吠えていた。
それは怯えだ。
高い木々の隙間から見える空、それを切り裂く炎の槍が見えた。
「あれはフレイムランス?」
冒険者たちが色めき合う。
「あの方角、ホワイトワングの連中じゃ?」
「見つけたのかもしれん。行くぞお前ら!」
「おい、兄弟。横取りはご法度じゃないのかよ」
「んなもん早い者勝ちよ!」
何と言う手の平返しか。
「俺らも向かおう」
香澄は全員にマジックシールドを施した。
俺は綾香に、香澄から離れず防御に徹することを指示を出した。
承知の旨が返ってくる。
藪を抜けようと突っ込んだ瞬間、「Ghaaaa‼」と言う咆哮が聞こえた。
間違いない。ネクテラの作った人形キメラ、タイラントだ。
なんて事だ。
タイラントの気配が複数ある。
ここは攻め時だと、藪を抜けた先の広場に妖精花が咲いていた。
その場所で冒険者たちとタイラントたちが戦っていた。
作戦通りに戦っているパーティもあれば、混乱して敗走しているパーティもある。
敗走したパーティと戦っていたタイラントが、戦っているパーティの背後を狙う。
あそこが崩れると雪崩式に崩れる、そう踏んだ俺は石を投げ当て挑発しようとしたら、「フレイムランス!」三本の炎の槍がタイラントに直撃し、燃えながら崩れ落ちた。
俺らにシールドを張りながら、三本のフレイムランスを行使するなんて、
「流石は大魔導士」
「ほら、感心してないでさっさと働く!」
香澄は周囲の藪をエアカッターで切り裂き、視界を確保すると、冒険者と戦っているタイラントや休止中のタイラントを見つけ、片っ端からフレイムランスを撃ち放った。
全部で八体程だろうか。
全てを倒すのに十分と掛からなかった。
ホワイトワングパーティのリーダーが言う。
「流石は噂に名高い大魔導士様だ。だが手柄を全部持ってくのはナシだぜ」
「妖精の住処を見つけたのは貴方達、最初に戦ったのも貴方達、それを助けたのは私達、正当な取り分のやり取りなら文句は言わないわ」
「落としどころか」
探れ、俺はそう考えた。
ネクテラは狙っている筈だ。
俺たちの死角を突いてくる筈だ。
僅かな魔力の乱れを見落とすな。
見つけた。
妖精花の中央に向かって猛スピードで飛んでくる何かがいた。
「綾香! 真正面だ!」
俺の声に呼応するかのように、綾香は俺の指示した空間にレイピアで連撃を行った。
見た事も無い相手に狙いなど付けられまい。
数撃ちゃ当たる作戦だったのだろう。
人間より小さく羽根をはやしたホムンクルス、肉体を持った妖精ネクテラは、致命傷を負い、ポトリと落ちた。
俺はブレードソードを抜いた。
「真一郎、貴方何をする気?」
「念のため首を落としておく。それ位やっておかないと、安心できない」
「もう死んでるわよ。魔法探知でわかるでしょ」
確かに死んでいる。
整った顔立ちだが、瞳孔が開いていた。
呼吸もしていない。
魔力パターンも死者のそれだった。
香澄は不要な行為だと言っている。
「……分かった」
俺がブレードソードを納めた事と、冒険者の一人がネクテラの遺体を持ち上げた事は同時だった。
誰かが、どうするのかと聞いた。
そいつは火葬して埋めておくと答えた。
開いた旨の傷から流れた赤い血が、片足の裏にかかる。
その足の裏には魔法陣が描かれていた。
それは、魔法陣を描く魔法陣だった。
妖精花に魔法陣が下りる。
カッと稲光が迸る。
剣士のテキストに書いてあった。
妖精の居る場所は大きな地脈の合流地点だと。
それ故に手を出してはいけない。
バランスが崩れれば地脈を走る魔力が、溢れ出す。
強制的に顕現した妖精たちが、混ざり合い巨大化していく。
ネクテラの遺体もその奔流に巻き上げられ混じっていった。
光の奔流がある程度収まった後、俺らが見たのは光体顕現〈Augoeides:アウゴエイデス〉だった。
一言でいえば光の巨人。
全長百メートル、全身のっぺりとしたデザインで体の凹凸は少ないが、鍛え上げられた筋肉の陰はある。頭部に頭髪はなく、顔部はお面をかぶったかのように表情を読むことはできない。
かつてラータス共和国に現れたユーリウスの光体と比べると肉体的だ。
何より異なるのは羽根、背中か妖精の羽が生えている。
翼が開かれると背光輪が現れた。神々しいと言っても過言ではあるまい。
冒険者の一人は腰こそ抜かさなかったが呆けていた。
「な、なんだありゃぁ」
「かってこの世界で行われた魔神大戦、それに使われた神々の鎧だ」
俺がそう答えると、光体の翼が動きフィーフィーと言う光の音を奏でる。
突風が吹いた。
その風は、人はおろか、大森林の木々、岩、そして冒険者たちを吹き飛ばした。
無事なのはマジックシールドを張っていた僅かな者たちのみだ。
『遠野真一郎、我と戦え。でなくばすべての町を破壊しつくしてやる』
俺は背負っていた大剣を抜いた。
それは光っていた。
光体が放出する力によって甲竜の鎧と呼ばれる剣が、反応している。
戦えと言っている。
「ちょっと。真一郎。貴方まさか勝負する気?」
「拮抗する唯一の手段がこの剣と言うか鎧なんだ」
香澄はストルラスから降りると俺を抱きしめた。
「いい? シングルマザーなんて御免被り。必ず戻ってくること」
「分かった。香澄たちも避難してくれ。できるだけ遠く」
俺は剣を掲げると発動の呪文を唱えた。
「Instruere〈展開〉!」
剣のギミックがごちゃごちゃ動き出すと、辛うじて剣に見えていた部位が、スライドや膨張により、形が変わってゆく。
最終的には十字架形状になった。
どこかのメシアよろしく俺は磔刑の様にされる。
空高く飛び上がると、僅かにずれた空間から出てきた巨大な竜人を見ることができた。
尾はあったが肢体をもち全身を鎧で覆っていた。
そしてそれは屹立していた。
関節部分には装甲を幾重にも張り付けたように、線が走っている。
全高百メートル、重量九万トン、甲竜の鎧とはこういう事だ。
太古の錬金術師たちが、作り上げた超弩級対魔対神兵器。
それが口を大きく開けると、俺は身動き一つとれないまま、それに取り込まれた。
手足はもちろん、筋肉、臓器、血管、神経、アストラル体、俺自身を表す全てが甲竜と接続される。
目を開けば、宙に浮いている光体、ネクテラの成れの果てを見ることができた。
ネクテラは背中の羽を一本抜くと剣の様に構えた。
互いが歩みながら間合いを読み合う。
にじり寄る。
間合いはこちらの方が遠い。
ならば、話は簡単、その筈だった。
ネクテラはいきなり無防備に仕掛けてきたのである。
いつ生えたのか、四枚の羽を広げて飛翔し、こちらに目掛けて剣を振り下ろす。
左腕のシールドで受けて、右手のロングソードをお見舞いする予定だった。
その左手のシールドが、ダメージを受けた。破損率十八%。
その衝撃が全身を襲い、大地を揺らした。
マグナサーパス王国の各地で崩落の煙が立ち上った。
信じられないことに、無敵の強度を誇る筈の生体装甲が破損したのだ。
シールドと本体の装甲は同じ、まともに喰らえばただではすむまい。
魔法探知を掛ければ、理由は直ぐに判明した。
ネクテラは、地脈から流れる膨大な魔力を吸い上げていたのだ。
この大地と一体化している攻撃ならば、その威力も耐久性も十分な脅威だ。
ネクテラは勝ち誇ったかのように叫んだ。
それは国中に轟くばかりの叫びだった。
『誇るがよい! たとえ憎しみであろうとも戦うお前らは進歩しているのだ!』
それは呪いだろうと俺は思った。
錬金術師パレ=パラエタリムの呪い。
怒りか憎しみのどちらかかあるいは両方か、俺がネクテラに抱いていた感情がふっと途切れた。
それは哀れみだったのかもしれない。
甲竜の鎧が、限定的リミッター解除を提案してきた。
エネルギー源を、生命力と魔力から切り替え、霊魂力レベルで使う。
長引けば完全消滅の危機だ。
ストルラスに乗り離れていく香澄の姿を捉えた。
答えなど考えるまでもない。
俺は承諾の念を甲竜に送った。
主翼を展開し、二つの推進器にエネルギーを回した。
左腕のシールド目隠しに、音速の数倍で間合いを詰める。
互いの間合いがゼロになった刹那、ネクテラのソードは、こちらの盾を完全に貫通し、胴体の肩までもを貫いていた。
アラートが鳴り、肩が酷く痛んだ。
だがこちらのロングソードは盾越しにネクテラの胸を貫いていた。
フィ――という断末魔が辺りに轟く。
推進器と自重をかけそのまま、ロングソードを介して押し込み倒した。
功性のエネルギーがロングソードより放出され、ネクテラを崩壊させてゆく。
崩壊率二四パーセントを超えたあたりで、再生活動ができなくなり、ネクテラはあがくのを止めた。
自然崩壊が始まり、それは人の形を成さなくなったところで止まった。
それがネクテラの最後だった。
一方、甲竜の破損した部位が自動修復で再生されていく。
眩暈が激しい。
ゼイゼイと息切れと動悸が激しく止まらない。
俺は香澄の姿を確認するとそのまま意識を放棄した。
◆
ネクテラ事変と呼ばれたこの一件は世界中の国に、特に錬金術師に大きな衝撃を与えた。
世界中から使者が詳細な報告を求めて、マグナサーパス王国にやってきた。
ネクテラが消失してしまったので、もはやパレ=パラエタリムの転移魔法陣、特に転移融合魔法陣に関する技術は失われている。
落胆するものが大半だが、それでも光体の残骸を求め今日もまた団体様がやってくる。
商魂たくましい奴は何処にでもいるもので、今日も宿屋界隈は賑わっていた。
神族と魔族が混じっているという噂が立ったが、真偽のほどは定かではない。
俺らは国王と面会し、というかマグナス=カンピータス校長でもあった訳だが、好待遇と引き換えにマグナサーパス王国に居座ることになった。
香澄は引き続き魔法魔術学校で教鞭を振るっているし、綾香は騎士団入りし、いつか団長になると息巻いている。
俺はと言うと、自分でも時々忘れるのだが、ファイアーボールのみだが魔術が使えるので、転移魔法陣の研究を始めた。
とにかくメッセージだけでも、元の世界に残した親族に送れないかと、悪戦苦闘の日々である。
ただまぁ、香澄のそばに居られるなら何処でもいいと言うのも事実なわけで。
今日も今日とて、娘をあやしながら魔導書を開くのである。
終わり
お付き合いいただきありがとうございました。