まさか二週間も歩くとは思わなかった。
港湾都市カプトウダ。
この暗黒大陸の最南端にある町で、比較的静かなところである。
中央に行くと何かと厳しいらしいが、徒歩なら軽く二年はかかる距離なので、ルールの類は緩いのだそうだ。
つまりは辺境と言う事だ。
あたりを見渡せば、角の付いた鬼人族、二足歩行の獣人族、牙が特徴の魔人族。そして人族。
暗黒大陸中央では、人族との交易交流はご法度らしいが、このカプトウダでは人種のごった煮が示すように皆商売に励んでいる。
そしてウーナスたちは、冒険者だ、そうだ。
依頼を受けその報酬を得たり、魔物などからとれる資材を店に売ったりして、生計を立てている。
「男ならやっぱり冒険だよな!」
とは一本角のウーナス。
威勢は大変結構、だがもう少し地に足をつけてもらいたい。
猫耳獣人のフェレナスが言語達者なので、彼から暗黒大陸の標準語である魔人語を教わっている。
お陰で簡単な内容ならそれなりに通じるようになった。
冒険者組合から戻ってきた二本角のデュオノは上機嫌だ。
帰路の途中で狩ってきた資材が予想より高く売れたらしい。
そして、その手には二振りの木剣があった。
俺は立ち上がった。
「それじゃ始めようか」
一人目はウーナスだ。
路地裏にあるちょっとした広場で俺らは木剣を向けあった。
構えからして言いたい事は色々あるが、取り合えず「打ち込んで来い」と、誘えば、ウーナスの魔力波動が弾けた。
「でぇぇりゃぁぁぁ!!」
思った以上に速いが、その動きは直線的、太刀筋も簡単に読めた。
脚のみ残して、振り下ろされる木剣を際でかわす。
俺に脚を引っ掛けられたウーナスはそのまま、突っ伏すように転んだ。
ガラゴロと積み立ててあった木製のバケツを吹っ飛ばす。
木剣の腹でポカンと一発頭を小突いた。
「いってぇっ!」
「ほらどうした。もいっちょこい」
「ちっ、対人で一発目を躱されたのは初めてだぜ……でぇぇりゃぁぁぁ!!」
ウーナスは素早さに才能が有るようだ。
奇襲同然の一撃で敵を倒してきたに違いない。
加えて本人も自覚している。
それが仇となって、単調な動きに成ってしまっている。
繰り返すことしばらく。
ウーナスは「ゼーハー」と息を切らし、大粒の汗を垂らしていた。
ポタリポタリと汗が大地を濡らす。
「この辺だな。次、デュオノ」
「はい」
ウーナスは「ちっくしょう」とデュオノに木剣を手渡した。
デュオノは俺の体裁きを見ていたらしく、ウーナスと異なり、にじり寄る。
間合いは俺の方が広いようだ。
なので俺の一撃の方が早かった。
もちろん手加減をしていたが、剣の根元で防がれていた。
そのまま、押し返される。
デュオノはパワータイプだったか。
デュオノの太刀筋を読んで、木剣を滑らせた。
突然手応えがなくなりバランスを崩すデュノオ。
当然、前につんのめる。
俺は剣の柄を背に打ち込んでそのまま転がした。
「ま、参りました」
「まだまだ。かかってこい」
最後はフェレナス。
「かかって来いにゃ!」
道端でぐったりしている二人をしり目に、精いっぱいの威嚇をしてくるフェレナス。
ならばともちろん手加減して打ち込むと、跳躍して住居の壁にしがみついていた。
「キシャーッ!」
さらに跳躍し俺の頭上めがけて剣を振り下ろす。
トリッキータイプか。
俺はそのまま一歩引いて、避けた。
ドンと鈍い音がする。
着地と言うか着弾と言うか、空中で回転しすぎたらしく「目が回るにゃー」と隙だらけ。
やはり剣の腹で頭を小突いておわり。
「あぁ、惜しかったわねぇ」
「なさけねぇぞトルニトーズ!」
「人族のくせに結構やりやがるな、あいつ」
「おかあさん。僕も剣が欲しい」
裏路地は住宅街ともいうので、いつの間にかギャラリーであふれかえっていた。
今日はここまでにしておこう。
◆
ギャラリーにチャチャを入れられながらも、訓練を続けて一か月と言うところだ。
三人は予想以上の成長を見せた。
増長が怖いので敢えてけしかける様な事はしないが、これならそろそろあの魔獣イノシシ、アビアビカス相手でも問題はなさそうというレベルに来ている。
そして、何時ものように酒場で反省会を兼ねた夕飯会だ。
剣の握り手がどうの、基本の型がああだ、話し合っている頃、話題が突然変わった。
デュノオが「え、師匠って結婚していたんですか?」と言うので、そうだと答えた。
見ず知らずのギルドがそういう話をしていたのだった。
そうしたらフェレナスが「なら探している人って奥さんかにゃ」と言うので、やはりそうだと答えた。
魔人語に慣れてきたことも理由の一つだろう、ちょっとしたプライベートな話もやり取りするようになっていた。
酔っ払い、顔を真っ赤にしたウーナスが「それで冒険者組合の掲示板を熱心に見てたのかよ」エール酒の入ったグラスをコンとテーブルに置いた。
なので俺はそうだと答えた。
俺は「収穫は無し、だ」とため息をつく。
「師匠の奥さんってどんな人かにゃ?」
「魔術師だ」
「女性の魔術師、失礼ながら魔女と言う事ですか」
「そう言われるときもある」
「暗黒大陸じゃ魔女自体が珍しいから、時間の問題じゃねーの。案外コロッと見つかるかもしれないぜ? 師匠」
俺と同時に転移してきたならまだ一か月だ。
この世界の情報伝達手段では数ヵ月がざら。
下手すれば数年かかる。
この状態で迂闊に動くわけにはいかないのである。
「もしくはアメリア大陸に行かれてはいかがですか? 人族の大陸は情報が早いと聞きます」
「いま御触れが出てて人は運べないにゃ。暗黒大陸の北方に向かった方がいいにゃ」
「人族と揉めたって話、本当だったのかよ。なら中央は迂回したほうがいいな」
根掘り葉掘り聞かれても面倒だから退散しよう、そう思ったころ、身を乗り出して来た奴がいた。
デュノオであった。
「師匠。単刀直入にお聞きします。結婚とは何ですか? 私は非常に興味がありまして」
生真面目と言うか、堅物と言うか。
成人してまだ間もないと聞いているが、参ったなこれ。
「俺の場合はちょっと特殊だから参考にならないぞ」
「それでもかまいません」
「……価値観や未来を共有すること、かな。まぁ、俺らの場合、俺が一方的に歩み寄っている訳だけども」
ウーナスがクククと喉を鳴らしながら笑う。
「当てようか、師匠。入り婿だろ♪」
「ほっとけ」
俺はすっくと立ちあがった。
「皆の訓練もまだ終わってないから、当面はここで情報収集だな。俺は今日はもう寝るから、先に帰ってるぞ。それと、飲みすぎだぞウーナス」
◆◆◆
さらに二ヶ月が過ぎ三ヶ月目になった。
トルニトーズの軍資金が心許ないと言うので、依頼を受けることにしたのである。
「こいつを待ってたんだぜ」とはやる気満々のウーナス。
冒険者組合の中にある掲示板を見渡せば、結構な量の依頼表がぶら下がっていた。案内係によると最近になって依頼が増えてきたのだという。
「ん~~。これだけあると迷うな。おいデュオノ、レベルCの依頼なんて見てんじゃねーよ。BだぜレベルB」
「レベルCは私どものレベルではありませんか。高望みは危険です」
「確かに俺らはレベルCだけどよ、今の俺らは前とは違うんだぜ?」
「ルール上一つ上は確かに受けられますが……」
押し問答を繰り返す二人を他所に、俺は一つの依頼書を手に取った。
「これなんてどうだ。レベルB“魔女の調査”」