そいつは遺跡の最奥に立っていた。
最奥には巨大なゲートがありその前に腕を組んで立っていた。
その巨大さは巨人用なのかと思うほどに大きかった。
それを背に立つその人物は、どうやら女の様だった。
身長は俺より少し高い程度で、鬼人族の様に角はなく、獣人族の様に尻尾や耳などの獣の象徴がない、人族だろうか。
望遠鏡で見ると非常に端正な顔立ちをしている事が分かった。
漆黒の髪は、結いあげ後頭部から流していた。
申し訳程度の防具だったが、不要だと言わんばかりの雰囲気だ。
ちらと唇の間から覗かせたのは鋭い牙だ。
フェレナスが「魔人族だ」と唾を飲んだ。
俺が「魔人族とはあんな鋭い雰囲気を持つのか」と聞いたら、フェレナスが「おそらく魔人族の中でも魔族に近い血統にゃ。あるいは純血種かもしれないにゃ」と脚を震わせていた。
ウーナスが「逃げられそうか?」と俺に聞いたので「向こうはもう俺らに気付いている」と答えた。
カチカチと音を鳴らすオートマトン達の威嚇、その数およそ十体、俺らは退路を断つように囲まれていた。
ウーナスが「やるしかねぇ、か。悪いな皆」と言うので、フェレナスが「冒険者の宿命にゃ。気にすることないにゃ」と笑って言う。
こいつらは長生きの分、成長が遅い。
見た目だけなら五〇年経ってようやく人族の十五歳相当だ。
つまりはまだまだ子供。
なので俺がやると言おうとすると、今まで押し黙っていたデュオノが「ここは私に預けてください」と言ったのである。
押し問答となったが、リーダーのウーナスが結論を下し、デュオノに任せることになった。
「俺は未だお客さんか」
「しけたこと言ってるなよ、師匠。あいつには確信があるから、言い出したんだ」
「前例が?」
「何度かあった」
せめて気後れだけはするものかと、全員は肩を怒らせ前進する。
階段を上りきると、視界が開けた。
見上げれば首が痛くなりそうなほどに大きな門〈ゲート〉の前に魔族の女が立っていた。
「相談は終わったか? 我が名はミレニアム、ミレニアム=ケラヴノス。このゲートを守る使命を帯びている。禁忌を犯した罪により死んでもらおう」
こいつ強い。
俺より一段、いや二段上かもしれない。
魔力もかなり内包している。
一体デュオノはどうするつもりなのか。
そのデュオノがミレニアムの前へ一歩出た。
「私があなたと戦います」
「ほう。だが残りを見逃しはせんぞ」
「その前にお聞きしたい事があります」
「話すことなどないな」
「では、単刀直入に。私が勝利したら私に従って頂きます」
アハハという笑い声が響いた。
「この私に対して手加減をするというのか、お前は」
「手加減などしません」
「勝敗とは生死を分かつものだ。とんだうつけと見える」
道化を演じて油断を誘っているのか、デュオノの意図が読めない。
ただ手を抜いている訳でもなさそうだが ――何を考えている?
「死に至る途中で己の愚かさを知るがいい!」
◆
結論から言うと、デュオノの勝利で終わった。
俺の見立て通り、デュオノはミレニアムの油断を誘ったのだ。
ミレニアムの剣をレイピアと見抜いたデュオノは、左腕を犠牲〈くしざし〉にして、バスタードソードをミレニアムの首に突きつけたのである。
《私の、勝ちです》
《敗者の弁などない。汝の好きにするがよい》
彼の願い通りに、ミレニアムはデュオノの妻となった。
一切表情に出さなかったが、一目ぼれだったらしい。
パチリと焚火が爆ぜた。
ふぅと溜めた息をついたのはフェレナスだ。
「そういう時はやってらんねーっていうんだぜ」とは寝っ転がっているウーナス。
「迂闊にも、腕の治療に使った三つのポーションが、もったいないなんて思ってしまったにゃ」
だが窮地を機転でやり過ごしたのは確かである。
「一目ぼれした女を手に入れるために、左腕を犠牲にする根性を見せた。恰好はつくかな」
俺がそういうとウーナスはゴロリと寝返りを打った。
俯せになるとモゴモゴと独り言を言っていた。
フェレナスが「先を越されたと言っているにゃ」と言うので、ウーナスは「うるせぇ、だまってろ」と答えた。
俺は焚火に薪を放り込むと「そういえばまだ戻ってこないな、あの二人」と言った。
立ち上がるのはウーナスだ。
「ちょっと見てくるぜ」
フェレナスも後を追うように立ち去った。
デュノオはミレニアムを連れて、比較的朽ちていない町の遺跡の中へ行ったのである。
「ウーナスもフェレナスも気が回らんな。新婚初夜でやる事なんて決まってろーに」
あれ? 俺、何か思い違いをしている?
◆
時をさかのぼる事しばらく。
デュノオは、ウーナスら三人から離れた、とある遺跡の陰にミレニアムを連れ込んだ。
松明を持ってきたので、その陰を満たすには程遠いが、雰囲気を出すには十分な明るさだった。
二人は終始無言だったが、意を決したようにデュノオは装備を外し始めた。
丁度衣類のみになった時だった。
「向こうを向いていろ」
ガチャリ、ミレニアムは防具の留め具を外し始めた。
もう二つ三つ外すと、今度はするりと衣擦れの音が響いた。
「もう、いいぞ」
デュノオが振り返ると一糸まとわぬミレニアムが立っていた。
羞恥から、豊かな胸のふくらみを、その二つの膨らみの先端を左腕で隠していた。
右手は二つの太ももの間にある秘部を隠していた。
「これでいいのだろう……?」
首から肩、そして脇をなぞり腰へと続く滑らかな曲線が、揺らぐ松明の明かりを受けて、浮かび上がっていた。
美しいと評すべきかもしれないが、彼はあまりにも若かった。
そのまま、敷物代わりのマントの上に押し倒した。
◆
「……っ!」
この距離で聞こえるなら結構激しくやってるなー。
えーと、ウーナスとフェレナスは、と。
居た。
やっぱり覗いていた。
「っは! あ! あぁぁぁぁ!」
これ、ミレニアムか。
あのおっかない魔騎士か。
意外と情熱的だったのね。
うわ、いろいろ聞きたいことがあったのに明日が気まずい。
「い、いい。あん、これ良い! 奥にあたって、感じる、感じるぅ!」
俺は有無を言わず、二人の首根っこをつかんで引きずった。
ああ、良いところだったのにと、抗議する二人。
みっともないからやめろと、ズルズルと引っ張って行く。
この渓谷に来て二度目の朝が来た。
予定では一日待たず撤収の筈だったが、上手くいかないものである。
「ミレニアムさん、あんたに聞きたいことがある」
ガン無視された。
デュノオに寄り添ったままピクリとも動かない。
おまけに指も絡めていた。
なんというツヤツヤお肌か。
「師匠、私が聞いておきました」
どれだけ搾り取られたのか、一夜でガリガリになったデュオノであった。
話によると、ミレニアムがここに赴任したのは五〇〇年以上前なので覚えていない、そうだ。
ガッデム。
おまけにミレニアムに命じた奴が今どこに居るのかも定期連絡先も不明だという。
もうここの警備を辞めたらと言ったら、なのでもう辞めて妻になった、だそうだ。
さいですか。
ただ一つヒントがあった。
依頼内容は“ノンエミニの魔女の調査”であるが、この呼び名は比較的最近の事であって、千年以上昔はアシリアと呼ばれていたそうだ。
千年前か、ならばこの遺跡が関係することが示唆される。
そんなことを考えていたらウーナスが「師匠、やっぱりこのゲートじゃねぇの?」と指さした。
「しかし、どうやって開ける? 押戸ならともかく引き戸だぞ、これ」
「中央付近に取っ手らしきものがあるぜ。あれにロープを括って引っ張ってみるとかどーよ」
俺らが見るのはフェレナスの爪である。
「はいはい、分かってますにゃー。とっととやりますにゃ」
ロープを担いだフェレナスはするすると登っていく。
流石ネコ科だけあって流暢なものだ。
何度か落ちかけて冷や汗をかいたが、どうにかたどり着いた。
取っ手にロープを括りつけて作業完了だ。
フェレナスはナイフで取っ手周りのゴミを取り除いていた。
気の利く奴だと感心する。
よっこらせと、皆でロープを引くとガチャンという音が響いた。
ズズズと音を立てて扉が開く。
現れたのは幾何学的に作られた横穴だった。