日の光が差し込むのはほんの僅か、そこから先はまさしく一寸先は闇だ。
その闇は地獄に繋がっている様な、そう錯覚させるほどに続いている。
「ライティング」
ウーナスがそう叫ぶと、手にしていたスクロールから、複数の光の玉が現れた。
照らされ横穴が姿を現す。
それはアーチ形状をしていた。
流石のウーナスも神経質になっているようだ。
「この天井はカプトウダでもよく見るが、これ程に長く継ぎ目がないのは初めてだぜ。師匠の国ではどうなんだ? 師匠がここに来るまえ居たっていう飛ばされる前の国」
「あるな、あった。俺の国ではトンネルと言うが、ただ」
俺は壁や床に手を添えてみた。
「手触りは陶器に近いが、なにより魔力が通ってる。こんな材料見たことがない。フェレナスはどうだ。複数の大陸を渡ってきたんだろ?」
「僕も知らないにゃ。ただ先史代伝承にある空中都市には、長い長いトンネルを抜けるとって一節があるにゃ」
ウーナスは暫く考えたのち、前進を選んだ。
「全員装備を確認してくれ」
「ポーションが残り一つ、ハイポーションが二つ、薬草はまだ沢山あるにゃ。スクロールはサンダーが一つとアースクラッシュが一つ」
ウーナスは俺の方を見た。
「師匠、空間はこんなもんだからファイアーボールは使いどころに気を付けてくれ」
アイテムのストックが多少心許ないが、皆のレベルは上がっているので前進、ウーナスはそう判断したのだろう。
ミレニアムの戦力には期待していたのだが、関心がないと一蹴された。
デュオノに危険が迫らないと何もしないように思われた。
ウーナスは初めからあまり期待していないらしかった。
「怖いから帰るじゃ冒険者は務まらねーよ」
最初でこそ軽口を叩いていたウーナスだったが、三〇分も歩くと黙り込んでしまった。
長い。
ただの一本道なのに同じ所をグルグルと回ってしまっているような錯覚に陥った。
その直後だ。
人影が動いたのは。
「誰だ!?」
ウーナスが叫んだ。
ローブをまとった誰かが立っていた。
どれだけ時間をかけたのだろう。
元の色が分からない程くすんだ色だった。
フードを目深にかぶり表情を伺うことができない。
背格好から女かそれとも子供か。
「……立ち去りなさい」
名前ぐらい名乗ったらどうだと俺が言ったが、一顧だにしなかった。
「立ち去りなさい。さもなくば死よりより恐ろしい目に合うでしょう」
大分しゃがれた声というより霞〈かす〉んだ声だった、老女だろうか。
ウーナスが言う。
「師匠、今のローブ野郎」
「あぁ、透けてたな。でも幽霊ってわけでもなさそうだ。床にローブを引きずった跡がある」
「幽体〈アストラル体〉かもしれないにゃ。この先に何かがあるって証拠にゃ」
更に進むと、暗闇の先に明かりが現れた。
あそこに何かがる。
全員がはやる気持ちを抑えたのは僥倖〈ぎょうこう〉と言わざるを得ない。
それと同時に立ちふさがる巨漢も現れたのである。
それは俺らの三倍はあろうかと言う巨人だった。
筋骨隆々で、目は三つ、二本の大きな顎牙、そして俺らより大きな棍棒を手にしていた。
デュオノは声をからしながらも絞り出した。
「オーガです。これ程の成体は見た事も聞いたこともありません」
ウーナスは剣を構えた。
「オーガがガーディアンとは、良い趣味してるぜ……行くぜみんな!!」
先鋒はウーナスだ。速力を生かし真っすぐに走り寄る。
オーガが巨大な棍棒を振りかざす。
これはフェイント、床を蹴り、壁を蹴り、オーガの顔面に強襲をかけたのはフェレナスだ。
オーガの顔面を斬りつけた。
怪力ゆえに無痛覚なのか、オーガはフェレナスを無視してウーナスから狙いを外さない。
だが怯ませる事はできた。
ウーナスはオーガの股をくぐるとアキレス腱を斬りつけた。
「――!!」
オーガの咆哮が周辺に響き渡り、膝をつく。
またどうにか立ち上がったが、ウーナスは軸足を引き当てたらしく、オーガの歩みに歪みが生じた。
怪我人の様に足を引きずっている。
ミレニアムはデュオノそばで控えるのみだ。
やはり彼に危険が起こらない限り動かないらしい。
オーガは目標をウーナスに変え、俺らに背を向けた。
叫んだのは俺だ。
「デュオノ!!」
「はい!」
俺はウーナスが斬りつけた左足を、デュオノは右足に大剣で斬りつけた。
オーガの両足首から大量の血が噴き出した。
堪らずオーガは崩れ落ちる。
このまま手首も斬りつけ無力化を図る。
その時だ。
オーガは怒りの咆哮を上げた。
「――!!」
四つん這いにさせられたオーガは、巨大な棍棒を床に叩きつけたのである。
強固な床に叩きつけられた棍棒は砕けて散った。
その飛散した破片は、首を狙っていたフェレナスと、右手首を狙っていたウーナスに襲い掛かる。
ウーナスは弾き飛ばされ、フェレナスは壁に叩きつけられた。
血反吐を吐くフェレナス。
クリティカルだ、くそったれ。
ポーションを飲ませたいが、オーガの間合いの中ではそれもままならない。
俺はデュオノに「右手を貸せ!」と叫んだ。
察したデュオノは、跳躍した俺の足の裏を殴りつけた。
デュオノはパワータイプなのである。
その勢いで俺は二重跳躍した。
目指すはオーガの背中である。
「はぁぁぁっ!!」
背中からオーガの左胸を貫いた。
手ごたえあり。
流石に心臓を貫けば、そう思った俺はオーガの生命力の強さを思い知ることになる。
振り払われると自分の体が宙に舞う。
そうしたら左手で握りつぶされたのだ。
バキボキと、何処かの骨が折れた。
「ガハッ」
血を吐いた。
オーガは俺をつまみ上げると、その大口を開いた。
丸のみ、踊り食いするつもりらしい。
俺の剣はオーガの背中に刺さったままだ。
右腕は完全に逝っている。
残っているのは左手のみだ。
舐めるなよ、この食人鬼野郎。
「――。」
呪文の韻は調整済み。
そんな臭い腹の中なんてごめん被る。
「ファイアーボール!!」
左手から出た火球の玉は、喉を通り、オーガの腹の中で爆発した。
◆
朦朧〈もうろう〉とした意識の中で、皆の声が頭の中に響き渡る。
俺は死んだのだろうか。
ならばここは死者の国か。
すまない皆。
すまない香澄。
俺はここまでのようだ。
さらばだ。
「おい、師匠。早く起きろ」
「んあ? なんだウーナス。お前も死んだのか」
「いつまで寝ぼけてんだ。師匠は死んでない」
ガバリと身を起こすと、四肢をまさぐってみる。
確かに揃ってる。
胴体も無事だ。
「皆は? フェレナスは無事か?!」
魔力が通る強固な壁に叩きつけられたはずだ。
「あそこだ」
全身に包帯を巻かれ寝っ転がるフェレナスがいた。
「痛いにゃー、酷い目にあったにゃー」
ウーナスいわく、身体内部のダメージが大きかった俺には、ハイポーションとノーマルポーションを一本づつ、フェレナスは外傷の方が酷かったので、ハイポーション一つと薬草を全身に宛がわれた。
「美形の猫耳獣人もあのざまじゃ、形無し〈ミイラ〉だぜ」
かくいうウーナスも体のいたる所に薬草が張り付けてあるから、説得力はない。
「ともかくお疲れさまだぜ師匠。オーガが破裂するところなんて痛快なんてもんじゃねぇ」
見ればその肉塊は未だ燻っていた。
「それはともかく、ウーナス。何でここにあのローブ野郎がいる」
「試練を乗り越えたから、最深部に案内してくれるんだとよ。あと女で名前はアシリアだとさ」
「ここの地方の昔名と同じ名前?」