ローブ女に導かれるまま、脚を進めると広い空間に出た。
その場所はドーム形状で、中央に矩形型の巨石が鎮座していた。
それは光沢を放つ程に艶やかな平面を持っていた。
特筆するべきことは、その巨石に女が埋め込まれている事である。
頬から首と肩へ、脇から腰に至るラインを露わにし、長い髪を揺らしていた。
端的に言うと、肘から指先と膝から足先が、埋め込まれているのみで、その肢体を俺らに晒している。
苦悶の表情を浮かべているが、温和な顔立ちをしている美人と言ってもいい。
それに反する、釣り鐘型の乳房や腰つきの卑猥なこと。
じんわりと催す臭いは女のそれだった。
既婚なので女の体にはそれなりの耐性があるが、見ているだけでめまいを起こしそうな蠱惑さだった。
どうも常に性的快楽を得ているらしい。
秘所を濡らしていた。
その声も濡れているかの様にしっとりとしていた。
「あなた方を待っていました」
「ちょい待ち」
俺はマントを羽織らせた。
「私は構いませんが」
「俺らが困るの」
「優しいのですね」
「そう思ってくれるなら話を聞かせてくれ。あんたはいったい何者だ」
「私はアステール神族に名を連ねる者。もっとも今は追放の身ですが」
「ローブの女、アシリアの本体と言う事か」
「その言い方で間違いありません」
「ではあんたは、この地方の土地神ってことだな」
「地母神と呼んでください。昔からそう呼ばれていました」
香澄ではないかと一縷の望みを賭けたが、外れのようだ。
脱力感に襲われる。
「ウーナス。俺の用件は終わった。あとはどうする」
ウーナスは突然話を振られて驚いたようだった。
ワンクッション置くために、デュオノはどうしたと聞いたら、ミレニアムに手を引かれて先に戻ったとフェレナスから聞かされた。
神族と魔族とでは相容れないか。
「冒険者組合に持っていく証拠が必要なんだ。その髪の毛、ちょっともらっていいか?」
はっとした表情を見せたのはアシリアである。
それは拒絶を意味していた。
あきれ顔なのはフェレナスだ。
「女の人にとって髪は命にゃ。ウーナスの春は遠そうにゃね」
「うるせぇ。だったら本人に来てもらうまでだ」
再びはっとした表情を見せたのはアシリアである。
「私を開放すると? 良いのですか?」
「来てくれなきゃ困るんだよ。依頼報酬がもらえない、つーか、こんだけ苦労したのに冗談じゃねぇ」
ウーナスは体中に貼られた薬草をツンツンとさわっている。
似たような怪我のフェレナスは迷っていた様だが、このままにしておくのもかわいそうだと同意した。
「巨石の上面にある剣を抜いてくださればそれで私は自由になります」
ウーナスが「なんだこれ」というのでアシリアは「甲竜の鎧です」と答えた。
そうしたらフェレナスが「どこから見ても剣にしか見えないにゃ」と言ったので、俺も巨石を上ってみた。
それは確かに剣の様なものだった。
ただ柄はあるが、刃がなく、何らかのギミックを想起させる構造となっていた。
魔力パターンを読むと、この巨石は地脈の力をアシリアを介して剣に送っている事が分かった。
どうもこの甲竜の鎧と呼ばれる物を維持するために、地母神〈アシリア〉を触媒にしている、そういう人工物だと分かる。
ウーナスが「なんだこいつびくともしないぞ」と言ったので、フェレナスがと歯を食いしばってみるも「本当にゃ、抜ける気配がないにゃ」徒労に終わった。
そうしたらアシリアが「あなた様」と確信めいたことを言う。
何か隠してるなと思いつつも「俺がやろう」と甲竜の鎧と呼ばれる剣の柄に手をかけた。
ミシリと音がする。
腰を据えてさらに力を入れるとズッズズズと音を立て始めた。
剣が抜けたのである。
それは不思議な感覚だった。
身の丈程もあるのにどう見繕っても羽根程の重さしかない。
柄の感覚も、握れば握るほどしっくりしてくる。
関心を示したのはウーナスだった。
「師匠俺にも振らせてくれよ」
そう言うので手渡した瞬間、がっちゃんと音がした。
持ち切れず剣先を床に落としたのだった。
「なんだこの重さ!? ツーハンドソード五振り分はあるんじゃねえのか!? 師匠、よくこんなの振れたな!」
ピシリとアシリアを拘束していた巨石にヒビが入った。
そのヒビは欠片となり、パラパラと崩れ始めた。
バリとひときわ大きな音がすると、アシリアは抜け落ちた。
埋め込まれていた手足足先は無事なようだ。
ふらりと立ち上がる。
「その鎧は太古の人族が人族のために作り上げたもの。人族にしか扱えません」
「地母神アシリア。そこで質問だ。なぜこんな状況になってた」
「それは秘密です」
少なくとも五〇〇年はこの状態だった筈だ。
この土地がアシリアと言う名前で呼ばれていたのが千年前なら、下手をすれば千年間。
それでいて尚自我を保つとは人間業じゃない。
神々の不死性という存在を目の当たりにして思わず眩暈を起こす。
ウーナスが急かす様に言う。
「その剣とアシリアさんは師匠に任す。さっさと帰ろうぜ」
「分かった」
◆
港湾都市カプトウダへの帰路は大変だった。
アシリアとミレニアムと仲が悪いというよりはミレニアムが一方的に避けているのだが、それはまだ良い。
アシリアがマント一枚を羽織っているだけと言うのは、いろいろ都合が悪いと思ったので、少し寄り道をして、小さな村の道具屋で服の調達をした。
「違う! なんでシースルーのドレスなんだ! 欲しいのは旅人の服!」
「その娘さんに合うサイズなんて、この村にはないよ。私の若いころの御下がりで良ければ安く譲るよ」
「ばあさんにも若い頃があっただろ。思い出してくれないか、その頃の節度ってやつを」
「嫌味な客だよ。何を食べたらこんな風になるのかねぇ」
「魔獣の肉だ。文句あるか?」
「冒険者かい。あぁ嫌だ嫌だ盗人同然じゃないか」
「だから代金は払うって言ってる!」
出てきたのはいわゆる給仕者の服だった。
弘法筆を選ばず、美人は服を選ばず。
人目を引き付けるには十分だ。
アシリアを賭けて勝負しろと言う奴がいたので甲竜の鎧の一振りで追い払った。
凄まじい剣風だった。
「アシリアさんよ。この甲竜の鎧っていう名の剣なんだけどさ、なんかヤバくない? 主に威力とか」
「秘密です♪」
稼ぎは皆で等分だが何故か俺の出費が続く。
《その剣とアシリアさんは師匠に任す。さっさと帰ろうぜ》
《分かった》
ウーナスは素知らぬ顔だ。
まんまと一杯食わされたか。
フェレナスとデュオノはしっかりとポーション等を買っていた。
皆で分担なのでまた出費がかさんだ。
ようやくカプトウダに着いたら着いたでまた大変だった。
冒険者組合での話である。
「生ける人神じゃねーかー!!」
伝承に詳しい奴が流石に居た。
異形の神様もいるらしいのだが、アシリアは人形神の代表と言ってもいいらしい。
なんでも太古の人族が作った甲竜の鎧を快く思わない神族がいて、人族を罰しようと思ったら、反対したのがアシリアだったそうだ。
話は創世記にまで遡る。
神族と魔族の争いがあって、その結果人族に甚大な被害が出たらしい。
そうしたら神族も魔族も信じないと、人族が甲竜の鎧を作り上げたそうな。
始めは相手にもしなかった両族だったが、今から千年前の魔族と人族の戦い、魔人大戦で甲竜の鎧を使った人族が大勝利をあげ、それは両族にとって脅威となった。
原因は創世記の魔神大戦にあるという、あくまで人族を擁護するアシリアに対し、
『それほど人族が可愛いなら共に暮らすがよい』
そう言われて彼女は天界から追放された。
そして、また訪れるであろう大戦に備え、甲竜の鎧を維持しようと身を挺した。
ウーナスは「ふーん。それを見つけたのが俺らってことか」酒をグビリと飲んだ。
フェレナスも「時々聞く中央の人族嫌いはそれが原因の様だにゃ」酒をぐいと飲んだ。
デュオノが「通りで魔族が他所の大陸に居ない事がわかりました」酒をちびちび飲んでいた。
これは祝い酒だ。俺らがレベルBの依頼を達成して、そしてトルニトーズがレベルBに達したことを祝う宴会。報酬も結構出たので、皆の酔いも懐具合に比例して景気がいい。飲みも落ち着いてきたころ、デュオノはミレニアムを連れて宿へ帰っていった。
ウーナスが「付き合い悪くなるかな、デュオノ」と言ったので俺は「新婚だ。しばらくは仕方ないな」とフォローを入れた。
ウーナスが「ところで師匠。今回の魔女はスカッたんだけどよ、奥さん探し、これからどうするんだ?」と言うので俺は「その事なんだがアメリア大陸に渡ろうかと思う」と答えた。
そうしたらフェレナスが「御触れで人族は運べないにゃ」と言った。
だもので俺は「ほら。カプトウダの上層部がアシリアをアメリア大陸に送るっていうから、それに便乗しようって事だ」と答えた。
ウーナスは面倒事でも見たような顔をしていた。
「なんだぁ? 神様神様って、あれだけ歓待して結局は厄介払いかよ。権威ってやつは本当に嫌だ、あぁ嫌だ」
「本物の神様だからな。日頃威張ってる奴から見れば脅威以外何物でもない。けれども人族の世界を旅してまわるのは、アシリアにとっても渡りに船だと言っていた。いい落としどころってところだろ」
それからアシリアの出航まで、フェレナスから人語を教わる事にした。数週間しかないので猛勉強だ。
「時間がないので要点だけにゃ」
あっという間に時間が過ぎ、出航当日となった。
湾内に停泊している外洋大型船に向かうのである。
ひい、ふう、みい、マストが五本もある大型船だった。
アシリアは桟橋にある小型船にさっと乗り込んだ。
他にもぞろぞろと海を渡る獣人族や荷物が小型船に向かう。
足を止めていたのは俺だけだった。
「ウーナス、フェレナス、デュオノ、世話になったな」
「なに、世話になったのは俺らの方だぜ」
「お互い様だにゃ。気にすることないにゃ」
「師匠。ご武運を」
何か他にも言うべきことがあった筈だが肝心な時に出てこない。
こみ上げるものがあったが、辛うじて飲み込んだ。
「古き友よってシチュエーションに憧れてるんだ。死ぬなよ師匠」
「あぁ。またな」
俺は小型船に乗り込んだ。
船頭が桟橋に蹴りを入れると櫂を操り始めた。
波止場が遠くなる。
皆の姿がぼやけた頃、自分の目が潤んでいることに気が付いた。
いかん、年を取るとすぐこれだ。
「恥ずべきことではありません。生死を共にした仲なら猶更です」
そうアシリアが言う。
「分かってる。分かっているさ」
こうして半年の間過ごした仲間たちと別れたのである。