女神って言葉を紐解くと、豊穣だったり愛だったり戦だったり運命だったり、沢山いてどれにしようかなんて事を考えることは、それなりの人生において一回ぐらいはあった。
もちろんそれは神話を含めた作り話に限った話で、現実にはそんな都合のいい存在はないし、探しているなんて言えば馬鹿にされるのがオチだ。
例外的に、熱烈ラヴ中の相手だったならば、特級のリア充の烙印を押される代わりに話のネタぐらいにはされるだろう。
“彼女は俺の女神なんだ”
いる。思春期の頃そう言っていた奴がいた。
ただそれは、今までは、の話である。
誰か、もしくは何かの都合でこの世界に迷い込んだ俺は、流石に受け入れて異世界転移と呼んでいるのだが、本物の女神がいてこうして介抱されているのだが、何処かの男神に見られて祟られはしないだろうなと、正直不安になっている。
俺の額にそっと柔らかくひんやりした感覚があった。
額に手をあてがわれていたのだった。
暗黒大陸に訪れたとき以来張りつめていた気が緩んだのだろう、風邪を引いた俺はアシリアに看病をされていた。
冒険中は野営、町では見た目が思春期のウーナスらと安宿で雑魚寝、この繰り返しでリラックスなど出来るはずもないのだが、みっともない事この上ない。
「無理をしすぎたのでしょう。色々思いも巡るかもしれませんが、今はゆっくりと休んでください」
女神の歌声が身に染みる。
寒気・吐き気・頭痛と言う名の憑きモノが取れていく。
航海は珍しく好調だ、そう船員が言っていた。
地母神ってオールマイティだったかな、そう思いつつ、眠りという闇の中に身を投げた。
◆
航海は一週間ほどで終わった。
目的地である港湾都市アペックスは南アメリア大陸にある辺境だと聞いていたが、同じ港湾都市でもカプトウダの三倍はあろうかと言う大きさだ。
町が大きければ人も店も物も多い。
人を隠すなら人の中、ではないが流石にこれだけ多いとアシリアの美貌もさほど目立たないので一安心だ。
旅人の服にフード付きのコートも一役買っている。
一見、冒険者では標準的な装備だが、カプトウダにやましい事など無いのだと言わんばかりの特注品で、耐久性、耐候性はもちろん、通気性などの着心地は折り紙付き。
下着はどうなっているのだろうと邪念が沸いたが、慌てて掃き捨てる。
地母神だからどうかは知らないが、アシリアのグラマラスさは、お陰で見た目が大分緩和されていた。
そんな彼女は、やましいことは無いのにと、フードを目深に被っている事に不満顔だ。
「美しさも度が過ぎると罪なんだ」
「その言葉、誰にでも言ってるんですか」
「どこかの文豪か哲学者に聞くと良い」
「皮肉は嫌いです」
冒険者組合と掲げられた看板があったので扉を開けたら、カランコロンと音が鳴る。
カウンターに隠れていたと言うより作業していたのであろう中年男性が顔を出した。
俺らの姿を見ると冒険者かねと聞いたのではいと答えた。
「受け付けはそっちだ」
顎で指さされた方向に向かう。
ここの冒険者組合は酒場と併設されていた。
酒場の方には酔いつぶれて一晩明かしたような客が一人いるのみだ。
まだ午前中なので、組合の方も割と閑散としていた。
掲示板はと……、あった。
非常に多くの依頼がぶら下がっていた。
フェレナスから人族語を教わっていたのでチンプンカンプンという訳ではないのだが、ちゃんと読めるのは半分程度、残りは断片的にしか分からない。
読める依頼には遠野香澄の名前はなかった。
だもので隣にいるアシリアにも協力してもらったがそれらしい名前は無いという。
手紙もしくは依頼書の配送日数は最大何日かと身振り手振り交えて聞いたら、先に冒険者組合に登録してくれと言うので、パーティの証明書でもあるメンバーズカードを更新してもらった。
それには俺の名前とアシリアと刻まれていた。
何故だろうか。
気恥ずかしさと後ろめたさを感じる。
「天候、魔獣、盗賊、各障害が標準通りなら、大体一年ですね」
とは受付嬢の弁。
こちらに来てまだ半年、仮に北アメリア大陸最北端にいるならまだ半年もかかる計算だ。
慌てても仕方がない。
地道に北上するか。
さしあたっては路銀稼ぎに魔獣狩りでもと依頼書を手に取ったら、これにしましょうとアシリアが一つの依頼書を差し出した。
それは探し人の依頼書〈レベルC〉だった。
俺のレベルはBなので、同じレベルの依頼を受けるのが普通だ。敢えて下のレベルを受ける必要はないのだが、看病の借りがあるので渋々受けた。
俺の思いを知ってか知らずか、依頼人のところに行きましょう、とアシリアは言う。
探し人はまだ子供だった。
依頼主の両親によると、ある日突然消えたのだという。
子供の部屋に上がらせてもらうと、おもちゃなどで遊んでいる最中にパッと消えたと言われても、不思議はなさそうな散らかり具合だった。
片づけずにそのままにしてあるのは、子供が戻って来た時にすぐ遊べるようにしている、つまりは願掛けらしい。
アシリアは手をかざすとリコーデュと小さくつぶやいた。
詠唱無しで発動するのは、彼女が使うのが魔術ではなく魔法だからだ。
制限はないと聞くが、おっかない。
しばらくすると子供の失踪直前の映像が空中に浮かび上がった。
積み木を積んでは崩す子供が、突然あらぬ方向を見ると、その一瞬で消えてしまったのだ。
おぉと泣き崩れる母親。
「お金ならいくらでも払います。どうか、どうか」
そう父親は言うのだが帰る家がなくちゃどうにもなるまいと、とりあえず落ち着くまで待ってから、その家を後にした。
隣を歩くアシリアの口調は固い。
「何か見えましたか?」
「魔法陣が見えた。俺がこの世界にやってくる時に見た奴と似ていた」
「あれは錬金術師がよく使うシンボルパターンです」
「錬金術師?」
「錬金術師はこの世界において魔術師の頂点とされています」
「そいつは厄介だな。何か付け入る点はあるのか?」
「転移元と転移先には条件が必要です。あの家周辺の魔力密度を考えると、そう遠くには運べないはず。遠隔なら猶更」
「この町のどこかにまだ居るか。よし、二手に分かれよう。何かがあったら直ぐ合図を出すこと」
「合図?」
「俺は空に向けてファイアーボールを打ちあげる。アシリアはどうする?」
「分かりました。私も同じにします」
アシリアは魔法を使って追跡をするだろう。
それはそれで良し、だから俺は地道な聞き込みをするのである。
異なる手法で捜査に多様性を持たせるのだ。
もうじき日も暮れる。
悪党どもも動き出す時間だ。
「ごめんよっ」
ドンと俺にぶつかる奴がいた。
あ、財布がない。
スられたか。
古典的な手法だが丁度いい。
俺が「待てこの野郎!」と追いかけると十代半ばだろうか「んべー」と逃げ切る気でいる。
ここの世界の魔力密度は元の世界の二〇倍だ。
身体能力向上など造作もない。
当初は持て余して大変だったけどな。
なのであっという間に追いついた。
「うげっ!」
「財布返せっ!」
「こんな冴えない奴に誰が捕まるか!」
「なんだとこの野郎!」
男物を着て、帽子を目深に被っているが、金髪を結いあげているのが見て取れた。
ひょっとしてこいつ、女か?
右へ曲がり、次は左に曲がり、まっすぐ進んだら塀を乗り越えて、そんなことを繰り返すこと十五分ほど。
ひいひいハアハアぜーぜー、両膝で手を支え息を切らすスリ。
もう一歩も歩けないらしい。
さて。
「返してもらうぞ。大事な路銀だからな」
「も、も、う、好きにしろ。畜生……」
大の字に寝転がり大息を切らしている。
よし。
「おい、稼いでみる気はないか?」
「……は?」
色気より食い気だったらしく腹の音を盛大に鳴らしたので、並んでいる内の一つの露店で、肉の串を買ってやった。
ガツガツと食っている。
どれだけ食っていなかったのか、帽子が緩んで結った髪が垂れていることに気付いていない程の食いっぷりだ。
見ていたら自分も腹が減ってきたので追加で自分の分も買うことにした。
食いきってしばらく満腹の余韻に浸っていたが、思い出したようにその子は頭を上げた。
「稼ぐって何の話だ」
場所は大通りから一つ奥に入り、商店や露店が並んでいる一本目の通り、更にその奥に入った二本目の通りだ。
細い道でゴミ箱が並んでいる様な裏路地。
行方不明者・人さらいに関する依頼が多発している時に、この様な場所に居る奴らなんて碌なもんでもなかろう。
だからこそ聞くのである。
「行方不明者の居所?」
「そうだ。そういう話聞いた事ないか。子供が連れ込まれた建物とか」
「聞いてどうするんだそんな事。正義の味方気取る気か」
「俺は冒険者でね、そういう依頼を受けたんだよ」
「助けるのは依頼を受けた子だけか」
「その通りだ。けど、まぁ、なし崩し的に全員助ける事になるんだろうな」
「なんでそんな、あいまいなんだよ」
「俺も君の年の頃は綺麗に二つに分けられると思っていたさ」
しばらく目を泳がしていたその子は、思い切ったように立ち上がった。
「いくつか心当たりがある」