TS最強勇者セツナは催眠・洗脳済だと気づけない 作:早乙女ユウリ
「おお、勇者殿! よくぞ参られた!」
豪華絢爛な謁見の間。
玉座に座る、でっぷりと肥えた王がオレを出迎えた。同時に湧き立つ大勢の貴族たち。
「は……? え……?」
「ゆ、勇者殿……?」
目の前の王が不審そうに声をかけてくるが、それどころじゃない。
(お、お、お……男しかいねぇ――ッ!!)
どこを見渡しても、男、男、男!
視界のどこを探しても、可憐な花が一つもありはしない。
(オープニングで出迎えてくれるはずの女王は!? 可憐な双子の姫君は!? 凛々しい騎士団長は!?)
おかしい。
オレが転生したのは『ラスト・クロック・クロニクル』の世界じゃなかったのか。
『ラスト・クロック・クロニクル』——通称ラスクロ。
SNSを中心に大人気の王道RPGだ。美麗なグラフィック、練り込まれた世界観が織りなすオープンワールド。
最大の魅力は『巻き戻しシステム』だ。無限の選択肢とストーリー分岐は、一歩間違えれば国が滅び、仲間が呆気なく命を落とす超シビア仕様だ。プレイヤーは何度も時間を巻き戻しながら、最高のエンディングを目指していく。エンディングもありすぎて全部検証できていないほど。
そして、何より、五十人以上のヒロインの存在だ。選択肢次第では敵対勢力のヒロインを味方に引き込み、全員と結婚ハーレムを築くことができるのだ。
まさに男の夢を詰め込んだ神ゲー、それがオレの知る『ラスクロ』だった。
ドジな女神のミスによって呆気なく病死させられたお詫びとして、オレはこの世界へ【最強の転生特典】をもらって送り出されたのだ。
本来ならここに、未亡人の女王や、可憐な姫君、凛々しい騎士団長、美しい女教皇様といったヒロインたちがズラリと並んでいるはずなのに。
現実はどうだ。
ヒロインのヒの字もなければ、可憐な雰囲気のカケラすらない。どこを見渡しても、むさ苦しい男、男、男。
(あれ?……なんか皆、股間のあたりが……)
玉座の王も、その傍に侍る重鎮も、左右に列をなす貴族たちも全員。
股間がはち切れんばかりに盛り上がっていた。
(きっっっも!! な、なんで全員勃起してんだよ……っ!?)
しかも、彼らの目線が、オレの全身を品定めするかのように、頭から爪先まで行き来している。経験したことのない未知の不快感が身体中を駆け巡った。
――無理もない。セツナ本人は全く気付いていないが、今のその姿は逞しい男のカラダではなく、どこからどう見ても絶世の美少女なのだから。華奢な肩、薄い胸元、引き締まった腰つき。男たちを狂わせる芳しい雌の匂いを撒き散らしている自覚など、今のセツナにはなかった。
(クソ!コイツらホモかよ!……そうじゃなくてもキモすぎるッ!)
このままでは埒が明かない。不快感を必死に押し殺し、努めて明るい声を意識しながら目の前の王に向かって声を掛けた。
「申し訳ございませんでした。突然の出来事で混乱してしまって……」
「いや、なに、急な召喚で驚かれるのも無理はない……あと口調も大変であろう? 普通に喋ってよいぞ」
でっぷりと肥えた王が、親しげに目を細めて頷く。
(なんだいい人じゃん! 見た目がキモいからって偏見で判断しちゃダメだな)
一般人のオレに貴族の言葉遣いなんてできない。
王の気遣いに素直にお言葉に甘えることにした。
「あ、ありがとうございます。ひとつ質問してもいいですか」
「なんでも申してもよ」
「その……なんか男ばっかりじゃないですか? 女神さまには女性がたくさんの世界だって聞いていたんですけど……」
あと視線がキモすぎる。と口に出かけたが、咄嗟に口を押さえて心に押し留めた。
いくら勇者といえども、相手は一国の王侯貴族。なにが不敬罪になるかわかったものではない。
場に気まずい静寂が流れる。
オレの言葉の意味を測りかねているのようで、王が困惑した面持ちで再び重い口を開いた。
「勇者殿、何をいって——」
「勇者様、少々お待ちを。……王様、少々お耳を」
「む……? なるほど……伯爵以上の位の者はこっちへ来い」
言葉を遮ったのは、王の隣に立っていた人物。
煌びやかな法衣に身を包んだ、中年の小太り。
服装から見て、おそらく教皇だろう。
王と教皇が伯爵以上の身分を集めて円になり、ヒソヒソと話し合っている。こっちからは何も言えない。
周囲からは相変わらずいやらしい視線が注がれる。オレは気を逸らすため、この豪華絢爛な内装を見渡して時間を潰すことにした。
(はぁ……天井の装飾は凄いのに、肝心の人間がなぁ……)
それからしばらくして、ようやく話し合いが終わったらしい。
教皇が話し始めた。
「勇者様……お待たせしました」
「いえ、大丈夫です」
「先程、女がいないと、そうおっしゃられましたよね?」
「はい、男しかいなくてびっくりしました」
オレが素直に頷くと、王をはじめとする貴族たちが一斉に悲しげな面持ちになった。
(なにかマズイことでも言っちゃったか!?)
「勇者様。私たち元々女なのです」
「えっ!?」
肥満体型の王侯貴族たちが恥ずかしそうに目を背けた。
呆然とするオレを見て、教皇が一歩前へ出た。
「実は先日、魔王の恐ろしい呪いによって、我が国の美しい姫も、令嬢も、町娘に至るまで……すべての女性が、このようなむさ苦しい男の姿に変えられてしまったのです」
「元に戻りたい……勇者様、どうか助けて……」
「こんなオッサン姿イヤですわ……」
「ひげヤダ……体臭が……」
教皇の言葉を皮切りに、目の前の巨漢たちが一斉にシクシクと泣き始めた。
(マジかよ……。可哀想すぎるだろ……!)
――傍から見れば、あまりにもひどい演技だった。しかし、根が真面目なセツナは、その嘘をすっかり信じ込んでしまった。
「ま、魔王の呪いのせいで皆さんが!? ゆ、許せない……っ!! オレが絶対に魔王を倒して、皆さんの呪いを解いてみせます!」
「おお……! 流石は勇者様! なんと頼もしい……!」
(完璧な勇者ムーブだったな。元がヒロインたちだと思うと、このキモさも少しはマシに思えてくるな)
――浮かれているセツナは気づけなかった。拳を握り締めて憤る勇者の姿を見て、王侯貴族たちが陰で下卑た笑みを浮かべていることに。
一方のその頃、天界では――。
セツナを送り出し終えた女神は、手元の書類をパタパタと整えていた。
『ラスト・クロック・クロニクル』
『LAST_CLOCK_CHRONICLE』
転生先に太文字でデカデカと書かれたタイトル。自分も以前遊んで面白かったゲームだ。「セツナ君、うまくやってるといいなぁ」なんて呑気なことを思いながら、愛着を込めてその文字を指先で撫でた、そのとき——
「あら? これ、何かしら」
タイトル部分に貼られた、地と見分けがつかないほど精巧なシールの境目に気づいた。
首をかしげ、爪先でペリッと剥がしてみる。
すると、その下に隠されていた本当の転生先タイトルが露わになった。
「やば……転生先『ラスト・クロック』じゃなかった……! え?ちょっと待って、よりにもよって『ラスト・コック』!?」
女神の顔から余裕が消えて、滝のように冷や汗を流した。
『ラスト・コック・クロニクル』
『LUST(欲望)_COCK(肉棒)_CHRONICLE』
本家を悪質にパクった同人エロゲ。この世界は大人から子ども、魔物、獣に至るまで標準で『催眠』『洗脳』を所持している。開始直後に耐性を限界まで上げなければ、最初の村のモブにすら一瞬でメス堕ちしてしまうほど。
そして最大の鬼畜仕様が、本家の目玉だった『巻き戻し』。
パクリ元とは違い、引き継がれるのはステータスではなく「性経験」と「記憶」。その上、セツナを堕とした側の竿役までもが「記憶」を引き継ぐため、一度でも屈服したが最後、巻き戻したところで再会すれば即服従してしまうのだ。
「二文字違いじゃない! これ催眠・洗脳モリモリの超ハード同人エロゲーの世界じゃないの!」
「しかも、主人公は女固定……!」
「はっ……もしかして彼、いま女の子になってるんじゃ……?」
頭を抱えかけた女神だったが、数秒で思考を放棄して「まぁいっか」とあきらめた。
「大丈夫大丈夫! 私、ちゃんとお詫びとして【豊穣の恩寵】を授けておいたし! これがあれば、ほぼ無敵だし、状態異常も効かないから、まぁ平気でしょ」
一瞬だけ「……ん? 催眠と洗脳って、状態異常に入ったっけ……?」という疑問が頭をよぎったが、女神は考えるのをやめた。自分の尻拭いとは言え、もうこれ以上残業したくなかったから。
そう。セツナが送り込まれたのは、王道RPGなどではない。
敵も味方も関係なく、主人公をメスへと堕とそうとする極悪なエロゲの世界だったのだ。