TS最強勇者セツナは催眠・洗脳済だと気づけない 作:早乙女ユウリ
場面は再び、謁見の間——。
「では勇者殿。教皇から教会の『洗礼』を受けてもらう」
王が目配せすると、その傍らに立っていた人物がオレの前へと歩み出た。
(さっきの人……やっぱり、教皇だったんだ……)
目の前に佇む中年の男。
年齢は五十歳ほどだろうか。オレよりも頭ひとつ分以上背が高い。
身に纏うローブは金糸の刺繍や十字架があしらわれているものの、神聖さの欠片もなく、悪趣味な成金感が漂っていた。
丸々と太った肥満体を無理やり押し込んだせいで生地はパツパツに張り裂けそうで、首元は脂汗で黄色く黄ばみ、
(ぅ、お……ちょっと匂うな……ッ)
しかも、必死に隠そうとしてはいるが、オレの全身を舐め回すような下心全開の視線が丸わかりだ。
(うぅ……最悪だけど、この人、元々はヒロインの一人、あの美しい女教皇様なんだよなぁ。今我慢我慢……)
そう自分に言い聞かせていると、教皇は下卑た笑みを浮かべ、先端にどす黒い宝玉が嵌め込まれた杖を掲げた。
「では勇者セツナ様、頭をお下げください。神の祝福を授けましょう」
(ん? 頭を下げればいいのか……でも、なんだか嫌な予感がする)
このまま言われるがまま従えば、取り返しのつかないことになる――そんな直感が脳裏をよぎった。
だが、すぐに思い直した。
(別に変な術をかけられそうになっても、オレには女神様から貰った【豊穣の恩寵】があるから大丈夫でしょ)
頭の中で自分のステータスを再確認する。
【豊穣の恩寵】
■全ステータス +9999
■状態異常無効
■不老不死
■性交時、相手に『不老』と『絶倫』を授ける
(うん、『状態異常』無効があるから大丈夫でしょ)
確認を終え、言われるがまま目を閉じた。
――セツナは全く気づいていなかった。
全年齢向けRPGの毒や麻痺といった「状態異常」は弾けても、成人向け同人エロゲにおける『催眠・洗脳』は、「常識の書き換え」であり、状態異常の枠組みすら超えているということに。
「——■△せよ」
教皇が濁った声で呪文を口にした瞬間、閉じた瞼の裏側が、ショッキングピンクに染まった。
(くらりとする甘ったるい香りだな……)
鼻で息を吸い込むたび、脳の奥がじんわりと痺れ、身体の底から高揚感が込み上げてくる。
その心地よさにまどろんでいると、不意にシステムメッセージが脳内で鳴り響いた。
【警告:状態異常『催眠』『洗脳』『常識改変』を検知しました】
【警告:ステータス改竄完了——以降、該当項目は勇者セツナに非表示処理されます】
「ぅ、あ……?」
(な……今、なんかすごくヤバいこと言わなかったか……?)
嫌な汗が背筋を伝う。慌てて意識のなかでステータスを確認しようとしたが、脳内を埋め尽くすピンク色のモヤに阻まれ、メニューの文字がぐにゃりと歪んで消えていく。
「な、に……を……」
「ふふ……どうされましたかな、セツナ様? 少し顔色が赤らんでいるようですが」
教皇の下卑た声が、まるで水の中に潜っているかのように、ぼやけて鼓膜に届いた。
「……か、らだ……が、ぁ……ッ」
声を出そうにも、舌が麻痺して呂律がまわらない。
重い瞼を必死に持ち上げ、ピンク色の濃霧の切れ間に見えたのは、杖を構えた教皇と、その横で口元を歪める王の醜悪な姿だった。
(だま、された……ッ)
全身の力が抜け、膝から石畳の床へ崩れ落ちた。
甘い霧を吸い込むたび、下腹部の奥からじわじわと熱が沸き上がり、思考をどろどろに溶かしていく。
「やめ……ッ」
脳の裏側で、記憶がメリメリと引き剥がされていく。
男として生きた二十年間、元の世界で過ごした日常、転生前の知識。
(女神、様……たすけ……ッ)
走馬灯のように脳裏をよぎった女神様の笑顔。
その顔の上から、黒い墨汁をぶち撒けられたかのように真っ黒な影が拡がっていく。
ドロリと塗りつぶされた残像はそのまま歪み、蠢き——王と教皇の都合のいい形へと書き換えられていく。
女神様への無自覚の信仰は、王への絶対服従へ。
男としての尊厳は、女としての悦びへ。
自分という存在が、内側からグニャリと壊れて、作り直されていく感覚。
「あっ……あっ……ぁ……」
抗う術もなく、オレの意識は暗闇へと沈み込んでいった。