ポケットモンスター   作:影山ザウルス

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ミュウの森ー後編ー

 町を出てしばらくすると、舗装された道は途切れた。

 

 その先には森がある。

 

 ナギは立ち止まった。

 

 見上げても、木々の先に空はほとんど見えない。

 

 鳥ポケモンの鳴き声。

 

 木の葉が擦れる音。

 

 遠くで何かが水に飛び込む音。

 

 ナギはモンスターボールを投げた。

 

「ケロ!」

 

 ケロマツが現れる。

 

 ケロマツはナギの横に立った。

 

 二人は森へ入った。

 

 しばらく歩く。

 

 ナギは周囲を観察した。

 

 研究員から渡された小さな端末には、野生のポケモンの反応が表示されている。

 

 だが、反応がおかしい。

 

 近くにたくさんいるはずなのに、画面にはほとんど何も映らない。

 

 ナギは端末を叩いた。

 

 ケロマツが覗き込む。

 

 突然。

 

 森の奥から、大きな音がした。

 

 ドォン!!

 

 木々が揺れる。

 

 ナギは肩を跳ねさせた。

 

 ケロマツがナギの前に出る。

 

 茂みから、一匹のサルノリが飛び出してきた。

 

「ノリ!」

 

 サルノリはナギたちを見て、一瞬怯えた。

 

 そして、森の奥を振り返る。

 

 まるで、

 

 「逃げて」

 

 と言っているようだった。

 

 次の瞬間。

 

 サルノリの後ろから、巨大なオコリザルが現れた。

 

「オコォォォ!!」

 

 ナギは後ずさる。

 

 ケロマツが構える。

 

 オコリザルはサルノリに向かって拳を振り上げた。

 

 ケロマツが飛び出した。

 

「ケロッ!」

 

 水の泡が飛ぶ。

 

 オコリザルの動きが止まる。

 

 サルノリは逃げていく。

 

 だが、オコリザルはケロマツを睨みつけた。

 

 ケロマツも退かない。

 

 ナギは周囲を見る。

 

 ここは森だ。

 

 研究所から言われたのは、様子を見るだけ。

 

 戦えとは言われていない。

 

 だが。

 

 ケロマツがこちらを振り返る。

 

 その目は、

 

 「どうする?」

 

 と聞いているようだった。

 

 ナギは拳を握った。

 

 そして一歩前に出た。

 

「ケロ!」

 

 戦いが始まった。

 

 

 十分後。

 

 オコリザルは倒れていた。

 

 ケロマツも疲れている。

 

 ナギはケロマツの頭を撫でた。

 

 ケロマツは嬉しそうに目を細める。

 

 その時だった。

 

 森の奥から、ポケモンの鳴き声が聞こえた。

 

 一つ。

 

 二つ。

 

 三つ。

 

 次々と声が重なる。

 

 ナギは顔を上げる。

 

 木々の隙間から、たくさんのポケモンがこちらを見ている。

 

 ピカチュウ。

 

 ヤンチャム。

 

 キノココ。

 

 ヒメグマ。

 

 そのほかにも、見たことのないポケモンがいる。

 

 だが、どのポケモンもナギたちを警戒している。

 

 ナギは一歩下がった。

 

 すると。

 

 森の奥で、何かが光った。

 

 一瞬だけ。

 

 ピンク色の小さな影。

 

 ナギは目を凝らす。

 

 だが、もう何もいない。

 

 ケロマツが首を傾げる。

 

 ナギは森の奥へ進もうとした。

 

 その瞬間。

 

 端末が激しく鳴った。

 

 画面には見たことのない表示が出ている。

 

『未確認のポケモン反応』

 

 ナギは息を呑んだ。

 

 その反応は、森の奥からこちらへ近づいている。

 

 木々の向こう。

 

 何かが動いた。

 

 白い霧が流れてくる。

 

 その中から、小さな影が現れた。

 

 丸い頭。

 

 細い手足。

 

 長い尻尾。

 

 そして、大きな青い瞳。

 

 ナギは固まった。

 

 そのポケモンはナギを見ている。

 

 そして、にっこり笑った。

 

 ミュウ。

 

 幻のポケモン。

 

 ナギは息をすることさえ忘れた。

 

 ミュウはナギの前まで飛んでくる。

 

 ケロマツが警戒する。

 

 だが、ミュウはケロマツの頭を指でつついた。

 

「ミュウ」

 

 ケロマツは驚いたように目を丸くする。

 

 ミュウは笑う。

 

 そして突然、姿が変わった。

 

 ケロマツと同じ姿。

 

 ナギは目を見開く。

 

 ミュウはケロマツの真似をして、両手を広げた。

 

 ケロマツも真似をする。

 

 しばらく二匹は向かい合っていた。

 

 やがてミュウが笑うように鳴いた。

 

 そして森の奥へ飛んでいく。

 

 ナギは追いかけようとした。

 

 しかし、足を止めた。

 

 研究員との約束。

 

 森の奥には行かない。

 

 ナギは悩む。

 

 その時。

 

 ミュウが振り返った。

 

 木々の隙間から、こちらを見ている。

 

 ナギは一歩踏み出す。

 

 ミュウはさらに奥へ飛ぶ。

 

 ナギも一歩。

 

 また一歩。

 

 ケロマツが隣についてくる。

 

 やがて二人は、森の奥深くへ進んでいた。

 

 

 そこには湖があった。

 

 木々に囲まれた、小さな湖。

 

 水は驚くほど透明だった。

 

 湖の周囲には、たくさんのポケモンがいる。

 

 だが、誰も戦っていない。

 

 互いに距離を取りながらも、同じ水を飲み、同じ木の実を食べている。

 

 ナギはその光景を見ていた。

 

 するとミュウが湖の上に浮かんだ。

 

 その体が光る。

 

 ミュウの姿が変わる。

 

 ピカチュウ。

 

 ヤンチャム。

 

 サルノリ。

 

 オコリザル。

 

 そして、最後に人間の姿になった。

 

 誰かの姿ではない。

 

 ただ、人間に見えるだけの姿。

 

 ミュウはナギの真似をして、首を傾げる。

 

 ナギも首を傾げる。

 

 ミュウが笑う。

 

 ナギも少し笑った。

 

 その時だった。

 

 森の奥から、大きな音がした。

 

 湖の水面が揺れる。

 

 ポケモンたちが一斉に逃げ始めた。

 

 ナギは立ち上がる。

 

 木々が倒れる。

 

 そこから、傷ついた一匹のポケモンが現れた。

 

 イダイトウ。

 

 巨大な体から血を流している。

 

 その後ろには、人間がいた。

 

 迷彩服を着た男。

 

 手にはモンスターボール。

 

「いたぞ!」

 

 男が叫ぶ。

 

「ミュウだ!」

 

 ナギは振り返る。

 

 ミュウが怯えた顔をする。

 

 男はボールを投げた。

 

「捕まえろ!」

 

 ポケモンが飛び出す。

 

 ミュウは逃げる。

 

 だが、湖の周囲には別の人間たちがいる。

 

 囲まれている。

 

 ナギは動けなかった。

 

 ケロマツがナギの服を引っ張る。

 

 ナギを見る。

 

 そして、ミュウを見る。

 

 ナギは拳を握る。

 

 怖い。

 

 逃げたい。

 

 けれど。

 

 隣にはケロマツがいる。

 

 ナギはモンスターボールを握った。

 

 そして、前へ走った。

 

 

 戦いは長く続かなかった。

 

 ナギたちは大人たちを倒したわけではない。

 

 ケロマツの水を使って地面を滑らせ、木々の間を走り、相手のポケモンを湖へ誘導した。

 

 ミュウも姿を変えながら逃げ回る。

 

 最後には、森に住むポケモンたちが一斉に姿を現した。

 

 ピカチュウが電気を放つ。

 

 サルノリが枝を振り回す。

 

 ヤンチャムが飛び込む。

 

 大人たちは次々と逃げていった。

 

 静かになった森。

 

 ナギはその場に座り込んだ。

 

 ケロマツも隣に倒れ込む。

 

 二人とも泥だらけだった。

 

 ナギはケロマツを見る。

 

 ケロマツもナギを見る。

 

 そして、二人同時に笑った。

 

 その時。

 

 目の前にミュウが現れた。

 

 ミュウはナギの頭に手を置いた。

 

 何かを伝えるように。

 

 けれど、言葉はない。

 

 ナギも何も言わない。

 

 ただ、ミュウの手をそっと握った。

 

 ミュウは嬉しそうに笑った。

 

 そして、空へ飛び上がる。

 

 森の木々の間を抜け、空へ。

 

 ナギはその姿が見えなくなるまで見つめていた。

 

 しばらくして。

 

 ケロマツがナギの肩を叩いた。

 

 ナギは振り返る。

 

 ケロマツが笑っている。

 

 ナギも笑った。

 

 ミュウが何を伝えたかったのかは、わからない。

 

 けれど。

 

 ナギには一つだけ、わかったことがあった。

 

 一人で森に入った時は、森がとても広く感じた。

 

 けれど今は違う。

 

 隣にはケロマツがいる。

 

 森にはたくさんのポケモンがいる。

 

 そして、どこか遠くには、さっき出会ったミュウがいる。

 

 それだけで、世界が少しだけ狭くなった気がした。

 

 

 夕方。

 

 研究所に戻ったナギは、研究員の前に立っていた。

 

「おかえり」

 

 研究員は笑った。

 

「どうだった?」

 

 ナギは黙っている。

 

 研究員が首を傾げる。

 

「何か見つけた?」

 

 ナギはポケットから端末を取り出した。

 

 端末には、途中まで記録されたデータがある。

 

 そして、その最後に一枚だけ写真が残っていた。

 

 森の奥。

 

 空を飛ぶ、小さなピンク色のポケモン。

 

 研究員は息を呑んだ。

 

「……これ……」

 

 ナギは頷いた。

 

 研究員が画面を見つめる。

 

「ミュウ……?」

 

 ナギはもう一度頷いた。

 

「本当に……?」

 

 ナギは少し考えた。

 

 そして、

 

「はい」

 

 と答えた。

 

 研究員は震える手で写真を保存する。

 

「すごい……」

 

 研究所の窓から、夕暮れのギアナが見える。

 

 ナギは窓辺へ歩いていった。

 

 ケロマツもついてくる。

 

 外では、町のポケモンたちが人間と一緒に家へ帰っている。

 

 ナギはケロマツを見る。

 

 ケロマツもナギを見る。

 

 二人は並んで歩き始めた。

 

 明日から、旅が始まる。

 

 どこへ行くのか。

 

 何に出会うのか。

 

 それは、まだわからない。

 

 ただ一つだけ確かなことがある。

 

 旅は、一人では始まらない。

 

 隣に誰かがいる時。

 

 その誰かと同じ景色を見た時。

 

 初めて、道は「旅」になる。

 

 遠い森の奥。

 

 誰も知らない木の枝に、ミュウが座っていた。

 

 小さな手で木の実を持ちながら、町の方を眺めている。

 

 そして、誰にも聞こえない声で、

 

「ミュウ」

 

 と鳴いた。

 

 その声に応えるように、ギアナの森から無数のポケモンたちの鳴き声が返ってきた。

 

 夕暮れの空に、いくつもの声が重なっていく。

 

 人間とポケモン。

 

 出会ったばかりの二人。

 

 まだ名前も知らない誰か。

 

 そして、遠い森に住む幻のポケモン。

 

 それぞれの間にある距離は、まだ遠い。

 

 けれど。

 

 繋がるために必要なのは、距離をなくすことではない。

 

 その距離を、一緒に歩いていくことなのかもしれない。

 

 ギアナの夜が始まった。

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