「私達も全面的に支援させていただきます!!」
「それは助かります……では、早速厚かましくて申し訳ないのですが、1つよろしいですか?」
「ええ、もちろん!!」
「では……フラテルニテの際には地元の子ども達にポケモンを渡しているとお聞きしました。その中から一匹リアンにポケモンを一匹お譲りいただけないでしょうか?」
その言葉を聞き、今まで静観していたリアンの表情が歪んだ。
そして、それ以上に顔を歪めたのは他でもないハイランドだった。
「あ、ああ~……ポ、ポケモンですね。ああ~……いや、います。ただ〜……ちょっと〜……その〜……」
市長として堂々とした佇まいのハイランドが、まるで別人のようにうろたえている。
「……いや、あの……はぁ……見ていただいた方がいいですね。……ご案内します」
何か覚悟を決めたハイランドに案内されて、2人は応接間からすぐの中庭に出た。
涼しく快適だった応接間と違い、照りつける太陽の光で熱せられた空気と祭りの準備の喧騒が3人を包み込む。
ハイランドはおもむろに懐から3つのモンスターボールを取り出し、宙に放り投げた。
本来ならば空中でモンスターボールが開き、中からポケモンが現れるのだが、モンスターボールは開くことなく地面に落ちた。
故障かと思いモンスターボールを見つめていると、不意を突くようにモンスターボールが開き、中からポケモンが現れた。
一匹目はギアナの太陽を浴びて青々とした緑色の体が眩しい蛇のような姿のポケモン、ツタージャ。
その後ろ姿。
二匹目は赤と黒の縞模様が特徴の子猫のような姿のポケモン、ニャビー。
その丸まった背中の寝姿。
三匹目は透明になっているため姿すら見えないが、中庭の芝生に不自然なへこみが見えることから、そこにポケモンがいることだけがわかる。
おそらく、メッソンだろう。
「博士のおっしゃる通り、フラテルニテの機会にポケモンと旅に出る子ども達がいますので、何組かポケモンの用意はしていますが……今いるのはご覧の通り少々気難しい子達でして……」
ハイランドは渋い顔をしている。
目の前にいる三匹のポケモンはハイランドはもちろん、フィデルやリアンにも興味を示していない。
目の前の3匹はパートナーとなる子ども達に一切懐かないためにこうして最後の最後まで残ってしまった、いわゆる問題児だ。
ハイランドには後ろめたさがあった。
これから自分達の文化を研究していただくフィデルに全面的な支援を約束した手前、引っ込みがつかない上、よりにもよって誰にも懐かない問題児から選ばせるのは酷な話だろう。
一方で、もしもこの3匹にパートナーとなる子どもが見つからなければと考えると、それはそれで可哀想だと思う。
「あの……博士。もしよろしければ、もう少しお時間をいただけますか?代わりのポケモンをご用意いたします」
しかし、後ろめたさを感じるハイランドとは裏腹に、フィデルの目は輝いていた。
「いえ、大丈夫です。さあ、リアン」
フィデルは渋い顔のリアンの背中を押して、3匹の前、いや、3匹の後ろに立たせた。
リアンが近づいてもツタージャは相変わらず背を向け、ニャビーもうたた寝をしている。
そして、おそらくそこにいるだろうメッソンに至っては姿さえ見せない。
リアンは不満げに振り向きフィデルを見るが、フィデルは目を輝かせて一匹を選ぶように促している。
諦めたリアンは再び3匹に向き直り、改めて3匹を見渡した。
リアンは特別ポケモンが好きではない。
かと言って、拒絶するほど嫌いでもない。
ただなぜフィデルが急にこのギアナに自分を連れてきたのか、なぜ急にポケモンを持つように言ったのかがわからなかった。
世の子ども達は10歳になるとポケモンを持つことが許される。
ポケモントレーナーとして各地を巡る者がいる一方で、ポケモンを持たない者だっている。
だから、わからなかった。
リアンはツタージャに歩み寄り、手を差し出した。
ツタージャが差し出された手を一瞥する。
「タジャッ!!」
瞬間、首元からツルを伸ばして差し出されたリアンの手を払い除け、モンスターボールへと戻って行った。
鋭い痛みが走り、リアンは思わず手を引く。
痛む手を擦りながら、リアンは不意に幼かった頃のことを思い出した。
それはフィデルと暮らし始める前、突然両親が消えたのだ。
雨が降りしきる中、黒い服を着た見知らぬ親戚や両親の友達を名乗る大人達に囲まれたリアン。
何が起きているのかわからないまま、自分の手を握ってくれたのがフィデルだった。
不運な事故だった。
あの時、自分を囲んでいた大人達は両親の葬儀に集まった人達だ。
今痛む手の痛みは、両親を亡くしたことで感じた驚きや喪失感、胸が張り裂けるような悲しみによく似ている。
リアンは振り向き、苦笑いしながらフィデルの元に戻ろうとした。
選んだポケモンから拒絶されたのは悲しいが、拒絶されたからにはどうすることも出来ない。
フィデルもわかってくれるだろう。
「大丈夫」
しかし、フィデルの反応はリアンの予想していたものとは違っていた。
いつもと変わらない優しい微笑みで、リアンを見つめている。
「大丈夫」
フィデルがリアンにもう一度言った。
フィデルの視線が残る二匹に向けられ、その意味を理解した。
あと2回ある。
それを理解したリアンはため息をついて、再びポケモンに向き、うたた寝しているニャビーへと歩み寄った。
リアンは再び手を差し出す。
ニャビーの耳や鼻が微かに動き、リアンの存在に気がついたようだ。
「ニャァァァフ……」
しかし、ニャビーは大きなあくびをすると、リアンに関心を示すことなくモンスターボールへと戻って行った。
リアンにはそのニャビーの姿に見覚えがあった。
フィデルと暮らし始めて間もなく、リアンはフィデルの仕事の関係で各地を転々とすることになった。
かつての友達とは徐々に疎遠になり、また繰り返される引っ越しの行く先々では特定の誰かとの深い関係を作らないように今もしている。
無関心。
テキトーな理由を付けて、1人でいる時間を作り、入り込んでくる人にも関心を示さない。
そんな自分とニャビーの姿が重なったことに気付き、リアンは慌てて後ずさった。
胸が苦しい。
この苦しみは、きっとこれまでリアンが他人に与えていた苦しみだ。
ツタージャの時は自分が理解するのを拒んでいた"痛み"を思い出された。
ニャビーには自分が誰かに与えていた"苦しみ"を味合わされた。
照りつける太陽は皮膚を焼くほどに熱いのに、リアンの体は全身から吹き出た汗で冷え切っている。
「フラテルニテにはね……」
背後からフィデルの声が聞こえた。
「フラテルニテには、友愛っていう意味があるんだ」
振り向くとフィデルが真剣な、でもどこか寂しげな顔で立っている。
「ぼくは君の両親みたく友達が多くない。口下手で、でも、人一倍寂しがり屋で……。君にはぼくのようになってほしくないって思っていながら、ぼくにはどうすることも出来なかった。……すまない」
フィデルが深々と頭を下げた。
「でも、こんなぼくだからわかることもあるんだ。リアン……今の君には……いや、これからの君には、共に歩む友達が必要なんだ……!!だから!!」
リアンはこんなに感情的になるフィデルを初めて見た。
温厚で、いつも優しく微笑んでいる表情が何も出来なかった後悔と自責に歪み、それでも尚リアンを押し出そうと必死になっている。
チャンスはあと1回。
リアンは恐かった。
誰かと深い関係になった後、両親の事故や自身の引っ越しのような何らかの理由で離れてしまうのが恐かった。
そして、今はツタージャやニャビーのようにこの最後の機会も拒絶されてしまうのが恐い。
だが、その気持ちとは裏腹に、いつだって誰かとの繋がりを求めている。
リアンは未だに姿が見えないメッソンの前にひざまずいた。
わずかに芝生が揺れ、まだそこにメッソンがいることを知らせてくれる。
リアンはもう二度と目が開かなくなるほど、固く目を閉じて、手を伸ばした。
振り注ぐ太陽の光。
祭りの準備に沸く街の喧騒。
時折中庭を吹き抜ける風。
遠くに聞こえる波の音。
木々のざわめき。
自分の鼓動。
どれくらい時間が経ったのか、この暗闇の中ではわからない。
もうメッソンが目の前にいるかどうかすらわからない。
汗が頬を伝う。
「メソ?」
小さく柔らかい、そして、ひんやりとした感触が手に触れた。
恐る恐る目を開くと、ぼやけた視界に水色のトカゲのような姿のポケモンがこちらを心配そうに見つめている。
メッソンだ。
メッソンはその小さな手足を器用に使って、リアンの腕をよじ登ると頬を舐めた。
その時、初めてリアンは頬を流れているのが汗でなく、目から溢れる涙だと気づいた。
リアンはメッソンを優しく抱き寄せた。
一瞬戸惑ったメッソンも小さな手でリアンに抱きついた。
「メソォ……」
〜フラテルニテ開催当日〜
群衆の前に立ち、演説をするハイランドは肩に水色のトカゲのような姿のポケモンを乗せた若者の姿を見つけた。
若者は15歳くらいで、まだ少し陰気な雰囲気を漂わせているが、その瞳はこれから始まる冒険への期待で煌めいている。
「冒険はこうでなきゃ」
スピーカーからわずかに漏れ出たハイランドの小声で雑踏がざわめく。
ハイランドは慌てて咳払いをして、気を取り直す。
「失礼しました。ええー…………フラテルニテは強さを競うのではなく、ミュウがかつて姿を消した奥地にたどり着く速さを競うのでもなく……己とパートナーとの絆を示す祭りです!!そして、絆とは長い時間によって結ばれるものではなく、たとえ昨日出会ったばかりの友との間にも固く結ばれるものなのです!!」
ハイランドの演説に歓声が巻き起こる。
「トレーナーとパートナーの皆様!!皆様の固く強い絆を存分に示してください!!」
街中から歓声が巻き起こり、興奮が最高潮に達する。
「フラテルニテ、開催です!!」
ハイランドの号令と共に打ち上がる花火。
そして、若者とパートナーは一歩を踏み出した。