「あーう、あー」
俺は目が覚めると木製の揺籠で寝そべりながら、小さい手を上げる。
俺こと
そんなことよりもどうやら、マジのようだ。
こんなことってあるんだな。
俺は身をもって実感した。
ライトノベルの中だけの御都合主義だと思っていたものが、この身に起きている。
それは「転生」だ。
◆ ◆ ◆
目が覚めたあの日から、おおよそ二、三ヶ月程度の月日が経過したのだろうか。
俺は今、赤ん坊の揺籠の中で大人しく揺られている。
なぜ、17歳の俺が赤ん坊の揺籠の中で揺られているのかって?
それはな・・・・・・俺が転生したからだ。
何にかって?
どこかの赤ん坊の身体にだ。
目が覚ました当初は気付かなかった。
だが数日もすればおかしいと思い始めた。
身の回りの大人の扱いが、まるで赤ん坊をあやすような扱いだった。
チャラそうな男は近付いてきたかと思えば、意味不明な変顔をしてきて、最初はバカにしてるのかと内心、憤慨したものだ。
一方、金髪美女は時々、俺の頭を優しく撫でてくれる。その温もりは心身ともに心地が良く、彼女が歌ってくれる聞いたこともない言語の子守唄は、最高の子守唄となって俺を深い眠りへと誘ってくれた。
あまりにも手厚く世話を焼いてくれるこの二人、いや、メイドさんを含めたら三人か。
ここ数日、観察してみると、ある程度、人間関係も分かった。
どうやらこの金髪美女が母親で、チャラそうな茶髪の男が父親らしい。
メガネ美人のメイドさんに関しては、どういう関係なのかはよく分からない。
しかし、こんなに綺麗なメイドを雇う余裕があるくらいは裕福な家なのだろうか。
それにしても若くないか? この三人。
外見からして、せいぜい二十代前半といったところだろうか?
前世の俺よりは年上だが、この若さで子供をこさえるとは、現代日本の感覚からすれば驚きだ。
ご両親は反対しなかったのか?
この茶髪のチャラ男め!
こんな綺麗な女性が妻とは全く羨ましい。
だが、今の俺は赤ん坊だ。
三人が世話を焼いてくれてはいるが、主な世話をしてくれているのは、母さんとメイドさんだ。
金髪美女と知的で端正なメガネ美人のメイドさんの二大美女に世話をされるのは気分が良い。
前世じゃ考えられなかったことだ。
・・・・・・ただ、あのチャラ男の父親だけはどうにもムカつく。
軽薄そうな雰囲気が、前世で関わることのなかった未知の存在・・・・・・つまり「陽キャ」を彷彿とさせるからかもしれない。
だが、不思議と心の底から嫌いにはなれなかった。
これが「父親」という存在に対する本能的なものなのだろうか。
まぁ、それはひとまず置いといて。
俺が「赤ん坊」であると確信を持てたのはこのメイドさんのおかげだ。
2日ほど前、メイドさんに抱き上げられた際、不覚にも顔が胸に埋まってしまったのだが・・・・・・その柔らかさに、男としての本能が激震した。
(・・・・・・これほどのものが存在しているとは)
人生で初めて、ここまで柔らかいと感じた。
世界で・・・・・・いや、宇宙で一番、柔らかいものは間違いなくこれだ。
これに勝るものなどあろうはずない。
(これがこの世の真理か。)
宇宙の真理の一つを、俺は解き明かしたような気がした。
いや、違う違う! 感動している場合じゃない。
今はメイドさんの胸じゃなくて、俺のことだ。
重要なのはそこではなく、その拍子に、部屋の隅に立てかけられていた鏡に映り込んだ「今の自分の姿」だった。
メイドさんに抱えられた、見慣れない銀髪の赤ん坊。
その瞬間、全てが腑に落ちた。
俺は生まれ変わったのだ。
どこか、誰かの子供として、もう一度、生を受け直したのだ。
それも前世の記憶を綺麗に残したまま。
昔、読んだ転生モノのラノベは、主人公が記憶を持ったまま、魔物や人間に転生する話はよくあった。
そういうジャンルの殆どは魔物へ転生する場合が多かった気がする。
それはそれでワクワクするが、どちらかというならば、こっちのような人間が嬉しい。
見知らぬ異形の肉体よりは、勝手の知れた「人間」の体のほうがよく馴染む。
正直言って、これは幸運中の幸運であると言える。
神様でもいるのなら、この幸運に恵まれたことに感謝しなければ。
何より、前世の記憶を残したまま、転生するというのはロマンがある。
それに前世の知識や経験をそのまま引き継いでいるという圧倒的に有利に立てるというアドバンテージ。
これさえあれば、少し大きくなったときにモテまくる人生だって夢じゃないかもしれない。
(これからの人生が楽しみだ。)
俺は人生初のワクワク感に、胸を躍らせていた。
(・・・・・・ハァ。)
そう思っていた時期が俺にもありました。
いやぁ、良いんだよ。別に悪いわけじゃないんだけどさ。
ただ一つ言わせてほしい。
この家、田舎すぎじゃない?
見渡す限り、周囲の家具や食器は全て木製。
現代文明の象徴である「家電製品」の影すら、この家には微塵も存在しない。
田舎だから暮らしていけるのだろうが、不便ではなかろうか。
台所を覗けばコンロの代わりに焚き火で鍋を温めるという原始的なスタイルで、前世で見た中世ヨーロッパの絵本で見た光景が広がっている。
ただ、具材を大きな鍋でコトコト煮込む様子はすごく美味そうだ。
ここはほぼ確実に日本ではないだろう。
外国ならば、どこだろう? 先進国ではなさそうだ。
話している言語は日本語ではないし、英語かとも思ったが、これも違う。
前世で「カッコいいな」と言うことで勉強していた。
そのおかげで英語の聞き取りくらいはできる。
しかし、今世じゃ、英語のカッコいいフレーズの出番は影の形もなさそうだ。
両親の服装はどこかヨーロッパの民族衣装を思わせるものだ。
ヨーロッパ地方の辺境だろうか?
メイドさんを雇っているから裕福かと思えば、そうでもないのか?
ここまで文明が遅れていると、この先の暮らしの苦労が目に見えてくる。
(・・・・・・トホホ。)
いや、これは甘えだな。
前世に比べれば、随分と恵まれているほうだ。
むしろ天国といっても差し支えない。
確かにテレビやスマホもないし、漫画のようなものすらない。中世ヨーロッパさながらの不便な暮らしだ。
(だが、それがなんだ。)
俺の人生にはスマホや漫画という娯楽はあっても「未来」は無かった。
17歳で短い人生を病室で終えた俺に、新しい人生を送ることのできるチャンスに巡り会えた。
それも赤ん坊というまっさらな状態からやり直せる。
これ以上の幸運は、この世にあるはずがない。
それに、この両親は俺のことを心の底から大切にしてくれている。
母親は毎夜一緒に添い寝(たまにしてくれないが)してくれるし、父親はチャラいなりに俺を笑わせようと必死になってくれる。
それを不満に思うのはお門違いというもの。
前世の無関心なクソ親に比べればその差は、天と地だ。
今の両親の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
これ以上、つまらないことで我儘を思うのはよそう。
今はただ、この命を授けてくれた両親に心から感謝を・・・・・・
◆ ◆ ◆
更に半年ほどの月日が流れた頃・・・・・・
赤ん坊へ転生した俺もある程度、成長した。
ここ半年間、四六時中耳に入ってきた両親やメイドさんの会話のおかげで、この世界の言語もそれなりにだが分かるようになった。文字に関してはまだ勉強が必要そうだ。
自分の自国語だからか、吸収するスピードは驚くほど早い。
だが、それにしても前世に比べて物覚えが異常に早い気がする。
赤ん坊特有の脳の発達の凄まじさなのか?
はたまた、赤ん坊の素のステータスがそもそも高いのか、それとも俺自身が優秀なせいか?
はたしてどっちか。これは未来の俺に期待だな。
しかし、前世では英語の勉強の成果は残念そうだ。
言語を理解できるようになったおかげで今世での俺のフルネームが判明した。
俺の名前を“ウィリアム・グレイラット”と言う。
両親やメイドさんからはよく“ウィル”という愛称で呼ばれることも多く、響きもあって気に入っている。
呼ばれるたびに、なんだかこそばゆい愛らしさを感じる。
いつか弟か妹ができたときには、真っ先にこの愛称に兄付きで呼ばせてやろう。
例えば・・・・・・ウィル
毎晩のように両親がベッドルームで熱い営み(ギシアン)を欠かさないところを見るに、そう遠くないうちに新しい家族が増えるはずだ。
俺の両親の名前も判明した。
金髪美女である母親が、“ゼニス・グレイラット”。
チャラそうな茶髪の父親が、“パウロ・グレイラット”。
そしてメガネのメイドさんが“リーリャ”という。
直訳すれば「灰色鼠」という意味の、このグレイラット家の長男が俺だ。
その他にも、ある程度だがハイハイぐらいはできるようになり、動き回れるようになった。
まぁ、それでも活動範囲は限られているが。できるに越したことはない。
移動できるだけでもやれることは増えるからな。
前世では動き回ることも制限されていたから、今世とこの体には感謝しながら大切にしよう。
そんな風に成長した俺は今、家の中を這い回っていた。
ふと、リビングから漏れ聞こえる声に足を止めた。
「ねぇ、リーリャ。夕食のスープの味付けはどうかしら?」
「そうですね、奥様。旦那様には少し薄いような気がしますが、ウィル様にはこれくらいが丁度、いいかもしれません。」
「そうね。あまり濃いものだと、お腹を壊しちゃうかもしれないし・・・・・・」
母さんとメイドさんは仲良く並んで、台所で夕食の準備をしているようだ。
もうそんな時間か。
自室の揺籠で過ごす時間が長いため、どうにも時間の感覚が掴みにくいが、窓から差し込む夕日の色合いがそれを教えてくれる。
「ダメよ、ウィル。あっちこっち行っちゃ。
目を離したらすぐにいなくなっちゃうんだから。」
母さんが、這い回る俺に気付いて、揺籠という名の安全地帯へ連行される。
俺が一人で家内を歩き回っているのが心配なのだろう。
心配されるのは嬉しいが、これでは外の景色すら見に行けない。
もっとも、今のハイハイでは遠出どころか、外出すら到底無理だが。
仕方がない。
明日、母さんにお願いして、外に連れ出してもらおう。
とはいえ、どうおねだりしようか?
そして翌日のこと。
「あら、どうしたの。ウィル?」
俺をひょいと抱き上げた母さんに向かって、俺はまっすぐ玄関の方向に指差してみせた。
これで、どうにか、俺の意図が伝わってくれればいいが。
「外に行きたいの? いいわよ!」
お、一発で通じた! すんなりOKをもらえたぞ。
もっとも、赤ん坊の俺一人で外出できるわけもなく、母さんに抱き抱えられたまま一緒に庭に出る形になる。
当然といえば、当然だ。
赤ん坊一人に外出させる人間なんて、いない。
何かあったら嫌だしな。
そうして俺は母さんと家の庭でデート中である。
それにしてもここは田舎だな。
木造二階建ての家はそれなりに広く、周囲にはどこまでも広がる小麦畑。
遠くにはまばらに他の家が二、三軒ほど見えるだけの、正真正銘の田舎町だ。
電柱も電線もなく、文明の利器とは無縁の世界。
「ハッ! フッ!」
ふと、どこからか鋭い呼気が聞こえてきた。
母さんに抱かれたままそちらへ顔を向けると、そこには上半身裸で汗を流すパウロの姿があった。一心不乱に鉄剣で素振りをしている。筋肉の付き方が尋常ではない。
そんな夫の姿を、母さんは少し頬を染めながら見つめている。
まったく、相変わらずのラブラブ夫婦だ。
羨ましい!
まぁ、そんな父さんのことは放っておいて、今は家庭菜園をしている家の畑にきていた。
そこで、リーリャさんは畑仕事をしていた。
どうやらトマトやナスを育てているようだ。
でも、なんだ?
あのトマトとナス・・・・・・俺の知っているのとは少し違うような?
俺の知っているトマトとナスと殆ど見た目は変わらないが、何か違う。
なんなんだろう、色かな? 色が濃いような気がする。
品種の違いだろうか?
そんなことを考えていると、リーリャさんが畑の中央に立ち、祈るように胸の前で手握りながら何か呟いていた。
(なにしてるんだろう?)
リーリャはどこかの宗教の信者なのだろうか。
きっと、作物の豊穣を祈願するこの村独自の儀式のようなものなのだろう。
その信心深い姿に、俺は赤ん坊ながらに感心させられていた。
そうしていると、リーリャさんが数分、何かを呟きながら、両手を前に突き出すと手の平を広げたかと思えば、次の瞬間、ボーリング大の水塊がぽっかりと手の平に浮かび上がったのだ。
そして、水塊を両手に浮かばせたまま、両手を頭上よりも高く上げて呟く。
『
ボーリング大の水弾が、
「あうー。」
(マジかよ。)
俺は一言、そう呟いた。
もっとも、口から出たのは「あうー」という無力な赤ん坊の声だが。
前世の物理法則や科学的常識が、文字通り音を立てて崩れ去る瞬間だった。
俺の目の前で、科学では絶対に説明のつかない「奇跡」が起きたのだ。
(こんなことが・・・・・・あり得るのか。)
俺は初めて、人生で驚いたような気がする。
前世では感じることのできなかった胸の高まり。
俺の心臓は、今、この瞬間、本当の意味で動き出したと言えるだろう。
ワクワク感が止まらなかった。
「奥様とウィル様・・・・・・どうかなさいましたか?」
畑で水やりを終えたリーリャさんが、それを眺めていた俺達に気付き、近付いてきた。
あの奇跡を起こしたせいか、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「水やりをありがとう、リーリャ。」
「ありがとうございます、奥様。
ところで珍しいですね。ウィル様とお二人で外出されるとは。」
「えぇ。ウィルがね。どうしてもお外に行きたそうだったから。仕方なくね。」
母さんとリーリャさんは今、楽しそうに微笑みながら談笑している。
美女同士の会話をしている様子は見ていて気分が良い。
だが、俺はそれよりも・・・・・・
「まぁま」
俺を抱き抱えた母さんの名前を呼ぶ。
発音はまだ拙いが、どうだろう。
俺の意思は通じただろうか?
「「ウィル(様)!?」」
彼女たちの穏やかな談笑が、驚愕に染まる。
談笑中で申し訳ないが、俺が見たかったのは驚いた顔じゃない。
さっきの、あの神秘を引き起こした奇跡をもう一度、この目で確かめたい。
しかし、結果は予想外のものとなった。
(えっ!? あれ?)
なぜか、母さんは大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
リーリャさんも驚きに目を見張りながら口元を両手で押さえている。
え・・・・・・?
俺、何か地雷を踏むようなことを言ったか?
あまりにも身に覚えがない。
俺の小さな頭脳は大パニックに陥った。
(どうしよう!? 泣かせるつもりはなかったのに。)
俺は人生で初めて女性を泣かせた。
母親ではあるが、それでも女性。
こういう時になんと声をかけるべきか、迷う。
何せ、そんな経験は前世でも今世でも全くない。
恋愛経験もコミュ力も皆無の人生だったんだ、勘弁してくれ。
「ウィル!」
母さんは俺の名前を叫ぶように呼ぶと、さっきよりもさらに強く、壊れ物を扱うかのように愛おしく俺を抱きしめた。そして、その場で崩れ落ちるように膝をつき、俺の頭を優しく何度も撫でてくれる。
その手つきはどこまでも温かく、不思議と、心の底から心地がよかった。
「ウィル・・・・・・愛してるからね。
ママって呼んでくれてありがとう。」
母さんは涙をポロポロ流したまま、抱きしめて、そう言った。
確かに俺は転生してからというもの、父さんや母さんをパパやママと呼んだことはなかった。
拙くも喋れるようになってからもそういう風には呼ばなかった。
特に深い理由があったわけではない。
気恥ずかしかったのか、あるいは、どこか距離を置いていたのか。
・・・・・・いや、違うな。
きっと俺は「どう呼べばいいのか」分からなかったのかもしれない。
前世の俺には一応、血縁上の両親という存在はいても、母さんや父さんのような親しみある温かい存在は欠片もいなかった。
死を待つだけの捨てられたも同然の俺に、両親は最初から会いにすら来なかった。
当然、いつかは会いに来てくれると信じていた時期もあったが、1年ほどすれば、そんな薄っぺらい希望は自然と消え失せた。
だkら、俺は「家族の愛」というものを知らなかった。
そして俺は今世に再び、生を受けた。
家族としての接し方が分からなかったからこそ、子供らしく甘えることもせず、嫌われないようにただ大人しく過ごしてきた。
まぁ、少しだけハイハイで家の中を探検した気もするが。
そんな俺が今世で初めて、母さんを「ママ」と呼んだ。
最初はただ、魔法の秘密が気になってそう呼んだつもりだった。
いくつもの偶然が重なっただけの勢いで口から出てしまっただけのこと。
でも、そのおかげで俺はこの時、初めて母さんの温もりを感じた。
いや、母さんの温もり自体は転生してからずっと感じていたが、今の温もりは、その何倍もダイレクトに胸に突き刺さった。
(愛されるって、こういう感じなんだな。)
前世の冷え切った人生では絶対に得られなかった熱が、幼い胸いっぱいに広がっていく。
涙が出るほど、嬉しかった。
俺は母さんの胸にしがみつきながら、その温もりを全身で受け止める。
もう、怯える必要なんてどこにもないんだ。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
両親の寝室の大きなベッドの上。
俺は父さんと母さんの二人に挟まれるようにして、ぽつんと横になっていた。
昼間、母さんは俺を抱きしめたまま庭でしばらく泣き続けていたっけ。よほど嬉しかったのだろう。
そのせいで、今日の夜の夫婦の営み(ギシアン)はお預けになったらしく、父さんはどこか悔しそうな顔をしていたのはここだけの秘密だ。
逆に母さんは、俺が「ママ」と呼んでくれたことがよほど嬉しかったのか、ベッドに入ってからもずっと俺の頭をなで回し、たっぷり愛情を注いでくれた。
そんな俺たちの様子を、父さんがどこか羨ましそうに、しかし、愛おしげな目で眺めている。
その光景の中心に自分がいるという事実が、俺の心を心地よい愉悦と幸福感で満たしていた。
やがて、両親は穏やかな寝息を立て始め、すっかり夢の中へと落ちていった。
しかし俺だけは、なぜか目が冴え渡り、暗い天井を見つめたまま起きていた。
不思議とまだ眠たくならない。
(・・・・・・もう間違いないんだな。ここは・・・・・・)
昼間に見たリーリャさんの奇跡。
狂ったように鉄剣を素振りをする父さん。
この二つの事実は、一つの結論を指し示していた。
それはこの世界が「剣と魔法の異世界」だということを。
(・・・・・・この世界でなら・・・・・・!)
前世の俺は何も成し遂げられなかった。
生きるための健康な体も、未来を掴む権利も、希望すらもなかった。
何も持たず、誰にも愛されず、ただ静かに朽ち果てていくだけの孤独な人生だった。
でも、今世の俺は違う。
剣と魔法が息づくこの途方もない異世界に生まれ、五体満足の身体があり、何より俺をこんなにも深く愛してくれる家族がいる。
前世では絶対にあり得なかった恵まれた環境のなかに、俺は生きている。
ここでなら、人並み以上の人生を力強く歩んでいけるのではないか。
前世とは一味違う、常識の通じないこの異世界でなら、誰かに愛され、大切な人を心から愛し、自分なりの何かを成し遂げることができるはずだ。
病室で奪われたすべての時間を、この異世界で取り戻す。
未練なんて、この圧倒的な生の実感と日々の歓喜ですべて塗り替えてやる。
無力感と孤独感に苛まれた前世の絶望を原動力に変えて、俺は心の中で静かに、しかし力強く揺らぐことのない決意を固める。
(俺を愛してくれる人達を全力で守る。それが、俺の二度目の人生のすべてだ!)