二回戦、三回戦と順調に勝利した後、選手にはお昼の休憩時間が設けられた。俺は
向かいのファミレスで軽く済ませる予定だったのだが、お昼時で通常の客も多い上に同じ考えの選手たちも集まっており、既に順番待ちの列ができ始めていた。
「こりゃ、並んでたら飯食う時間無いかもな」
休憩してたら試合に遅れた、なんて洒落にもならない。
「千夏、ラーメン屋にしよう」
ここから俺の家に向かって歩くと、途中にラーメン屋がある。
駅とは反対方向なので、そう混雑はしていないだろうし、ラーメン屋なら回転率も良いからすぐに食事を済ませられるはずだ。
「奇遇だな、アタシもラーメン屋を提案しようとしてた所だ。
千夏も太洋軒に行ったことがあるため、話が早い。俺たちは迷わず足を進めた。
ご高齢の夫婦とその息子……と言っても息子も五十代くらいのおじさんなのだが、その三人で経営している町中華がある。
あそこのチャーハンと天津麺は絶品だ。値段の割にボリュームも十分で、まさに隠れた名店。
外観と内装が非常に年季が入っているため初見には避けられがちだが、本当に勿体無いことだ。
太洋軒に着くと、案の定お客さんは数名程度。二階席に通してもらい、すぐに着席できた。
「いらっしゃい。ご注文は?」
と、おじさんが手書きの伝票を構える。
メニューを見るまでも無く、頼むものは決まっている。
「「チャーハン大盛りで!」」
なるほど、千夏もチャーハンか。分かってんなこいつ。
ここのチャーハンはしっとり系だ。卵はダシが効いており、しっかりと火が通っている。
肉は分厚いチャーシューが用いられているが柔らかく、脂の量も絶妙。具材にはその他にナルト、ネギが使われており、様々な食感で飽きさせない。
セットの中華スープはさっぱりとした仕上がりで香りも良く、適度な塩味だ。これ単品でも嬉しいクオリティだが、チャーハンを頼むとオマケとして付いてくる。
総じて、町中華とは思えないレベルだ。
そんな神がかったチャーハンは、十分もしない内に運ばれてきた。大盛りになると、食べ盛り男子の俺でも満足な量がある。
そして千夏だが、見た目に反してかなり大食いだ。あの細い身体のどこに入ってるのか不思議でしょうがない。
その上、食べるのもやたら早い。意識しているわけでも無いらしく、本人は普通に食べているつもりらしい。
ちなみに、職に困ったらフードファイターになれとは絶対に言わない方が良い。抉るようなグーが飛んでくる。
なんて考えている間に、千夏は既に半分程食べ進めていた。
「あー……食ったぁー」
食後の充足感に浸っていると、なんかもうこのまま帰って寝た方が幸せなんじゃないかと思えてしまう。今なら数秒で眠れる自信があった。
「お前、あんま食いすぎるとかえって頭回らなくなるぞ」
確かに千夏の言う通りなのだが、同じものを食ったお前に言われたくはない。
「そうは言うが、お前だって大盛り食ってただろうが」
「ちゃんと眠くならない量に抑えてるよ。本気で食うなら天津麺も頼んでた」
なんてやつだ。
「まあ、まだ時間はあるし。少し食休みしてから行こうぜ」
あと十五分ほどはゆっくりできるだろう。ここはもうしばらくこの食後の幸福に身を委ねるとしよう。
「結翔、なんでAWG出ようと思ったんだよ」
「んー……何でだろうなぁ」
ガラじゃないのは分かりきってるし、正直今だって店舗代表になれるとは思っていない。
それでも、俺が参加を決めた理由。
「……ちょっと憧れてるやつが出るって言うからさ。どこまで行けるのか、身近で見届けなくなったのかもな」
「へえ。結翔にも憧れてるプレイヤーとかいるんだな。プロ選手か?」
「プロじゃねーよ。いつかプロにはなるんだろうけどな」
毎日毎日、飽きずによくもまあ腕を磨いて。直向きで、真っ直ぐで、目標に向かって突っ走って。
茨の道の先にある狭い狭い門を潜ろうと足掻き続けてる。
「そいつの背中が遠くて、眩しくて……。例え触れられなくても、ほんのちょっとでも近くから応援したくなったのかもな」
どうせ、こいつは気付かないんだろうが。
俺にとっては、理不尽に全部薙ぎ倒していく天才よりも。自分にある物を全部使って一歩ずつ前に進んでいくヒーローの方が輝いて見えるのだ。
「……ふーん」
何やら急に不機嫌そうな声を上げる千夏。
「なんだよ、何かあったか?」
「別に。今の話、ハニーにも聞かせてやれよ。アタシはもう行くからな」
と言うなり、荷物を持ってさっさと行ってしまった。
「……どうしたんだアイツ?」
特に変なことも言ってなかったと思うのだが、何か気に障ったのだろうか。
今の話……恥ずかしくて本人には面と向かっては言わないが、千夏のことだ。だが、それを白栞に話した所で、何になる事も無いと思うのだが。やはり女子の考えはよく分からない。
千夏の事は気になるが、ぼちぼち行くとしよう。俺は伝票を持って一階に降り、レジにいたおじちゃんに渡す。
「毎度! チャーハン大盛りふたつで千六百円です!」
当然、俺はチャーハンを一つしか食べていない。だと言うのに、会計はその倍。つまり。
「……あの野郎、会計忘れやがったな!」
♢♢♢
ショップに戻ると、人数はだいぶ少なくなっていた。既に上がれる可能性が潰えたプレイヤーは、ほぼ退店したのだろう。
中には観戦のために残っている人もいるようだが、ほんの数人しか見受けられなかった。
残っているプレイヤーには、午前中よりもさらに強いプレッシャーがかかっている。空気は張り詰めており、まるで全員が腰の刀に手をかけて見合っているような雰囲気だ。
《選手の皆さんにおしらせしまーす! もうちょっとで次のマッチングが発表になるんで、準備してお待ちくださーい!》
もはや
ふざけたやつだが、人好きのする雰囲気を持っている。このアナウンスに癒されている選手もいるだろう。
辺りを見渡すと、マッチングの発表を待つ選手の集団の中に千夏の姿を見つけた。
「よう、食い逃げ犯。さっきのお代、キッチリ払ってもらおうか?」
「あ? なんだよ結翔。何のことだ?」
先ほど、なにやら不機嫌な様子だった千夏。とは言え、わざとそんな事をするやつじゃないのは分かっている。どうせ次の試合の事を考えててそのままうっかり店を出たんだろう。
「お前、さっきチャーハンの代金払わずに出ただろ!」
「……あ」
あ、じゃねえよ。まだ店内に俺が居たから良かったものの、一人で飯食ってたら本当に食い逃げ犯になってるぞ。
「わ、悪い。わざとじゃないんだ。後で払うよ」
「ったく……もうちょっとアビカ以外の事にも意識を向けて生きてくれよ」
バツの悪そうな顔をしている千夏。まあ、これくらいにしておいてやるか。
そうこうしている内に、選手たちは少しずつ動き始めていた。どうやらマッチングが発表されたようだ。スマホを取り出し、アプリで対戦表を確認すると。
「……げ!」
「ん? マッチング発表されたのか。アタシの相手はっと……げ!」
お互いにスマホを確認し、しばし硬直した後。ゆっくりとお互いを見る。
俺の次の対戦相手は、千夏だった。
「あーあ……ここで当たっちまうとはなぁ」
ここで負けた場合、店舗代表にはなれない。つまり、少なくともこの時点でどちらかは代表にはなれない事が確定した。
まあ、決勝まで当たらない確率の方が低いのだ。どこかでこうなる予感はしていた。
「ま、こうなっちまったもんは仕方ないだろ。やろうぜ、結翔。たまにはアタシと真剣勝負ってのも悪くないんじゃねーの?」
好戦的な笑みを浮かべる千夏。
「うるせー、そういうのは俺のガラじゃないんだよ」
千夏はアビカサイボーグであり、アビカバーサーカーだ。だが、俺はカジュアルプレイヤー。戦いに飢えてはいない。
「……ま、今はそうか。んじゃ、サクっと勝たせてもらうぜ」
何となく、千夏から放たれていた覇気が消えたような気がした。気になる物言いだったが、それ以上に試合前から勝利宣言をかまされたのは俺としてはいただけなかった。
確かに、今はこいつの方が強いだろう。だが、俺もそうそう簡単に負けてやるわけにもいかない。
「もう勝った気でいるって、デッキと同じで随分気が早いんだな。そんなんじゃ、息切れしてバテちまうぞ」
千夏のデッキは、おそらくアグロだろう。こいつは昔から、速攻をメインとした小型のガーディアンで殴り切るアグロタイプのデッキを好んで使っていた。
まあ、一言でアグロと言ってもそこからいくつも種類があるんだが……。
お互いに対戦準備を終えて、無言で開始の合図を待つ。
対戦相手は、人生で最も対戦したことのある相手の一人だ。今更緊張などしていない。
だが、不思議といつもよりも気分が昂っていた。初めての感覚に戸惑うが、悪くないとも感じる。目の前の相手と、死闘のかぎりを尽くすことへの楽しみ。それは、俺の中にはなかったものだった。
毎試合こういう感覚が味わえるなら、なるほど大会参加も悪くは無いのかもしれない。
今だけは、そう思えた。
「いい面になってんじゃん。いつもよりはずっと楽しめそうだ」
「余裕ぶっこいて吠え面かくなよ? アグロヤンキー」
《それでは、試合を開始してくださーい》
土間の緩いアナウンスとは対照的に、開始された試合はピリピリとした空気に包まれていた。
幸い先攻を取ることができて、まず第一関門クリアといったところだ。千夏に先攻を取られるわけにはいかないからな。
俺はコストを溜めて番を返すが、千夏は第一ターンからカードをプレイしてくる。
「〈
最低コストのガーディアンであり、ステータスも低い。だが、放置していると立派な打点要員になってくる。中盤までには処理しておく必要があるな。
「俺のターンだな。〈
お互いスタートは上々といったところだ。
「なるほど、仮想敵として組んでた【ウルフビートバーン】を間違えて持ってきちまったわけだ」
「さあ、どうだろうな」
「ま、チョイスはいいと思うぜ。今期はビートダウンが強いからな……アタシは〈鳥人族の守護兵〉を召喚。そして〈先兵〉で結翔にアタックだ」
攻撃が通り、俺のライフが一点削れる。
返しに長老で先兵と相打ちを狙っていたのだが、守護兵が出たことでそのプランは使えなくなった。攻撃を妨害されてしまうからだ。
長老は登場時点でカードをサーチできているので、先兵との一対一交換ができれば美味しかったんだが。
「まあ、そう上手くはいかねえよな」
「当たり前だろ。
まだ序盤も序盤だが、既に数ターン先を考えなければならない状況だ。
〈人狼族の戦士〉で先兵を取ることもできるが、こちらの戦士にダメージが乗る上にライフを詰められない。ターンが伸びるのはこちらに分があるはずだが……。
悩んだ末、戦士でライフを削りに行く。先にライフレースで優位に立っておこうという考えだ。
返しの千夏は〈
「殴り合いだな」
「真っ向勝負だ。アタシのライフが尽きる前に、お前のライフを削り切る! 先にライフをゼロにすれば勝ちなんてシンプルなゲームだろ。なら、やられる前にやり切るだけだ!」
傍から見れば、ただの脳筋に見えるだろう。だが、こいつはしっかり計算した上でそのロジックを貫いてくる。
決着までにかかるターン数や条件、展開、攻防のタイミング。それらを計算した上で、最も効率の良い展開と攻撃を行い、最速最短で勝利する。それがこいつのプレイスタイルだ。
「言ってろ。もう一度〈人狼族の長老〉をプレイだ、効果を発動する」
一見すると、お互い盤面にガーディアンを展開していく総力戦。だが、あくまで序盤中盤のやり取りに過ぎない。
お互い、終盤に向けての準備を整えながら戦闘を繰り返している。ここから一手間違えれば即死コースだ。
千夏は小型のガーディアンを展開し、パワーに補正をかけていくデッキタイプのようだ。
使用している鳥人族は、軍隊的な統率を執って集団での狩りを行う種族という設定だ。そしてそれがテキストやデッキの動きに現れている。
序盤から攻撃を刻む先兵、それを守る守護兵。狩場に群がるトークン。
そして、それらを統率するのが──
「いくぜ。〈
〈鳥人族の頭アイシャ〉は全体バフをかける、鳥人アグロデッキの切り札。
なんと自身にもバフがかかり、複数出せば重複までするイカれたカードだ。もう少しコストが重くても良いだろうと思うのだが、なぜ許されてるんだ?
ここで一斉に攻撃されると、俺のライフは残り二点になる。次のターンに相手のガーディアンをすべて処理できないとほぼ詰みの状況。
だが、俺のデッキは逆にそれを狙っている。マキアの召喚条件を満たせるためだ。
ここに至るまでに適度にドロソを用いて、マキアは既に引き込んでいる。あとは攻撃を受けて、返しにマキアを召喚して逆転する!
「先兵でアタックだ」
まずは強化された先兵の攻撃を喰らい、ライフが二点削れる。そして──
「エンドだ」
「……え?」
ここまで果敢に攻撃してきた千夏が、アタッカーを残してエンドを宣言してきた。
結果的に、そのプレイングは大正解だ。これにより俺はマキアの召喚条件を満たせず、次のターンに相手のガーディアンを殲滅する手段は無い。
だが、俺がマキアを構えていると分からなければ、ここは一斉攻撃が正解だ。バーンカードを温存してあったとして、それを千夏のガーディアンに向けて掃射すれば、次のターンに千夏は俺を仕留める手段が無くなる。
「おいおい、呆けてるなよ。結翔のターンだぜ」
「な、何でここでエンドを……」
「お前の狙いは分かってるよ。マキアだろ? いかにもお前が好きそうなカードだ。そして、本来の【ウルフビートバーン】を警戒していた相手には刺さるだろうよ」
確かに、俺は【ウルフビートバーン】だと相手に誤認させる構築になっている。一回戦は例外だが、その後はこちらの想定通りにゲームが進んで勝利した。
だが、こいつはその偽装を見抜いたのだ。
「俺の狙い、何で分かったんだよ。ドロソの採用は珍しいだろうが、マキアまでバレる動きはしてなかったはずだ」
「お前の考えることなんて分かるっつの。ま、アタシが幼馴染だったのが運の尽きだな」
まったくこいつは、こうも俺のことを見透かしやがって。
「ったく……珍しく大会に出ても、結局お前に負けるのかよ」
「そんなもんだよ。心配すんな、結翔の仇はアタシがとってやる」
「お前がその仇なんだが?」
まあ、仕方ない。俺にしては善戦した方だろう。
それにこいつは、俺の何十倍も努力しているのだ。そんなやつに負けるなら、まあ悔いはないさ。
「返し手は無い。投了だ」
「ん。楽しかったぜ、グッドゲーム」
千夏に向けて突き出した拳に、千夏の拳がゴツリと当たる。
こうして、俺のAWGへの初めての挑戦は幕を閉じた。