君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

12 / 12
何も無かったよ

 

 ―千夏side―

 

 ──ちなつちゃん、しょうぶしよ! 

 ──しょうぶ? いいよ! 

 ──わたしがかったら、おてつだいしてほしいの! 

 ──おてつだい? 

 ──うん! あのね、わたしがかったら……

 

 ♢♢♢

 

 勢いよく身体を起こす。

 夢だ。また昔の夢を見ていた。

 

 寝汗がひどい。梅雨の湿気と気温のせいか、それとも夢のせいか。アタシには判断がつかない。このまま寝直せば風邪をひくかもしれないと、タオルと着替えを取り出した。

 

 窓の外を見ると、仄かに明るみはじめている。あと一時間ほどは寝れるだろうか。

 着替えを済ませ、扇風機をつけてからベッドに横になる。

 昨日の店舗代表決定戦は、無事に全勝で代表権利を獲得できた。疲れもあったが、その後は自宅で二時過ぎまで練習をしていたので、このまま眠れないと授業中は間違いなく爆睡コースだ。学校のテストだって近い今、それは非常にまずい。

 

 ふと、机の上に視線を向けた。プラスチックケースの中にある、一枚のカードがそこにあった、

 

「勝利の理を書き換える最弱の英雄の戦は、民に勇気をもたらした……か」

 

 遥か昔、打倒白栞を誓った相棒のフレーバーテキスト。

 アタシが逃げたことで、こいつは結局出番が無いまま。今も、ケースの中で眠り続けている。

 

「アタシは……戦えるのかな」

 

 結局意識を保ったままベッドの上で時間を過ごし、アラームが鳴ると同時に再び体を起こすこととなったアタシは、手早く身支度を整えて家を出た。

 

 

 

 

「おはよう千夏!」

 

 いつもの待ち合わせ場所で二人を待っていると、白栞がやってきた。結翔は今日もギリギリに来るだろう。

 

「そうだ、店舗代表おめでとう! 次は地区大会だね」

「ありがと。地区大会まで二か月も無いってのは、ちょっと短すぎるよな」

 

 もう少ししっかり準備させてほしいものだが、参加選手には平等な条件でもある。

 なんにせよ、権利獲得に浮かれている時間は無かった。

 

「まあ、短いって言う人もいるよね。千夏は毎日練習してるし、大丈夫だと思うけど」

「慢心してると足元掬われるからな。これまでより一層練習に打ち込むさ」

 

 今以上に努力をするとなると、本当にアビカにオールインすることになる。部活での練習は、正直物足りない。

 近所のショップもそう大差ないので、おそらくはオンラインで対戦相手を見つけての練習がメインになっていくだろう。少し足を伸ばせば極光常盤のホームなので練習相手にはもってこいだろうが、移動時間も惜しい上に戦える確証も無い。

 身近に強いやつがいれば、と考えて目の前の幼馴染を見る。

 

「ようやく勝負できそうだね。早ければ地区大会かな?」

 

 瞬間、白栞から感じたプレッシャーに、ずっと避け続けていた瞬間が迫りつつあるのを実感する。

 AWGに参加すると決めた時、いつか戦うことになるというのは分かっていたはずだ。いつまでも逃げ続けるわけにもいかない。頭では分かっている。

 分かっているはずなのに……! 

 受けて立ってやればいいはずだ。もうあの頃のアタシではないのだと言ってやればいい。

 その気持ちとは裏腹に、返事ができない。声が喉の奥で詰まっているかのようだ。

 しっかりしろ。アタシは──

 

「わりい、待たせた! おはよ」

 

 横から、もう一人の幼馴染の声。広場の時計に目をやると、待ち合わせの時間から三分ほど過ぎていた。

 

「もー! 遅いよ結翔!」

 

 白栞の興味は、一瞬で結翔に移っていた。いつものように腕を組む白栞と、それを引きはがす結翔。

 そして、それをただ眺めるだけのアタシ。

 今までと何も変わらない、十年甘んじた日常が今日も始まった。

 

 

 

 ―結翔side―

 

 店舗代表決定戦で千夏に負けてから早数日。千夏は全勝で代表となり、日々練習に打ち込んでいる。

 反対に、俺は今年の予定もなくなったため、まったりと日々を過ごしている。

 負けた日は悔しかったものだが、翌日には「まあこんなもんだろ」と割り切れた。

 部活に顔を出しはするが、桂木さんにアビカを教えたり、白栞に相手になるようせがまれたり。大会前の日常にすっかり戻っていた。

 

 いや、白栞は前よりもやる気になっているか。本人の練習というより、俺の強化に対してだが。

 どうやら俺がAWGの本戦に参加できないことが相当悔しいらしい。本人より悔しがる現象はジュニアプレイヤーの保護者を髣髴とさせた。

 そんなわけで、今日も部活でのんびりアビカして、オリジナルコンボデッキを磨こうとしていたのだが。

 

「なあ結翔、まだ【ウルフビートバーン】持ってるか?」

 

 と、千夏から声をかけられた。

 

「ああ、一応今日も持ってきてるぜ。構築はテンプレに戻してある」

 

 あの日は本命のデッキを忘れてしまったため、仕方なく自分が使いやすいように構築を変えたのだが、大会が終わった今となっては仮想敵として機能してくれたほうがありがたい。

 そのため、構築はあの日のうちに戻していた。

 

「ちょうどいいや。ちょっと相手してくれよ。多分、地区大会はビートの割合が多いだろうから練習しておきたい」

 

 千夏の言うことはもっともで、店舗代表戦でも比較的多かったビートダウンの割合はじわじわと増加傾向にある。

 当然ビート対策を搭載したデッキも出てくるため、もう少し経てばある程度落ち着くだろうが、複数回対戦していけば必ず当たるだろう。

 

「いいぜ。んじゃ、用意するわ」

 

 俺はデッキを取り出そうと鞄に手を伸ばしたが──

 

 

「ストップ! 結翔、私もビートと練習したいよー!」

 

 横から白栞が勢いよく突っ込んできた。先ほどまで部長と対戦していたはずだが、どうやら対戦終了後に駆け込んできたらしい。

 

「んじゃ、千夏とちょっと対戦したら次は白栞な」

 

 時間にもまだ余裕があるし、二回ずつくらいはできるだろう。もう少しゆっくり遊びたい気分なのだが、二人とも大会を控えた選手なのだ。多少でも力になれるなら手伝ってやりたかった。

 だが、白栞は首を横に振る。

 

「今日まだ一度も結翔と対戦できてないんだよ? 残りの時間くらいちょうだいよー」

「アホか。こういうのは順番だっつの」

 

 そもそも俺との練習など、そこまで大きな経験値になるわけでもない。白栞が声をかければ、全国レベルの相手だって用意できるだろう。

 つまり、こいつは単に俺と遊びたいだけだ。

 

「じゃあ、私が千夏に勝ったら、結翔は残りの時間は私の相手をするっていうのはどう?」

 

 まるで名案を閃いたとでも言わんばかりに、白栞が俺たちに問う。

 俺は、その提案がどうなるかを知っている。なぜそうなるかは知らないが、結果だけは分かりきっている。

 

「お前、それは──」

「──分かった。アタシはショップで適当に練習相手を見つけるよ」

 

 俺が白栞のくだらない提案を却下するよりも早く、千夏が引き下がった。

 

「おい、千夏」

 

 さすがにそれは違うだろう。そう言おうとした。

 だが、千夏は踵を返し、鞄を持つとそのまま部室から出てしまう。

 

 

「結翔、やろ?」

 

 白栞が、何事も無かったかのように俺の前に座る。

 千夏と白栞は、普段から仲がいい。アビカさえ関わらなければ。

 

「……なあ、白栞」

 

「ん? どうしたの、結翔?」

 

 いつもと寸分違わぬ笑顔で対戦準備を進める白栞。

 長年の疑問。いつか気付かぬ内に解決するだろうと決めつけ、目を伏せてきた過去。

 もう、見て見ぬフリはできないところまで来ていた。

 

「お前と千夏の間に、何があったんだよ」

 

 白栞の視線は、手元のカードに向けられている。シャッフルは流麗で淀みない。

 

「何も無かったよ」

 

 そしてその手を止めぬまま、ただ一言。白栞は否定のみを口にした。

 

「そんなわけないだろ。十年だぞ! 長く一緒にいるのに、お前らはもう十年も対戦してない。どう考えたって不自然だろ!」

 

 俺は白栞に食って掛かった。ここで誤魔化されるつもりはなかった。

 白栞はシャッフルを終えてデッキを置く。その目は俺をじっと見つめている。

 

 俺も、ここで目を逸らすことはできない。その目を見つめ返し続けた。

 いつもなら白栞が照れちゃうだのとふざける場面。長い付き合いでそれくらいの予想はできた。

 だから。

 

「何も無かったんだよ、結翔。何かあったほうが、今より良かったのかもしれないけどね」

 

 白栞が困ったように目を細めてそう言った瞬間。俺が思っているより、事態はずっと複雑なのだと悟った。




次回から毎週水曜日投稿になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。