君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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十年

「よう、関東チャンプ」

「結翔! 待っててくれたんだ……。応援ありがとね!」

 

 大会は白栞の優勝で幕を閉じた。

 多くの人間が白栞の勝利を疑ってなかったし、望んでいたのは配信のコメント欄を見れば分かる。

 対戦相手には同情を禁じ得ない。

 

「一緒に帰るか」

「もっちろん!」

 

 屈託のない笑顔には、疲労の色も見えなかった。

 長丁場だったし、流石に体力的には多少の疲弊はあるようだが、真剣勝負を何十回と繰り返したにしては随分と元気だ。

 それだけの余裕があった、ということだろう。

 

「圧倒的だったな」

「えっへへー。頑張ったんだよ? もっと褒めてくれたまえ!」

「おー、偉い偉い」

「ふふ……むっふふ……」

 

 棒読みでもまるで気にする様子がない。

 褒められていれば何でもいいのか? 

 

「ほんと、こんな強くなっちゃってさ。もう俺じゃ追いつけないなって、毎試合見るたびに思ってたよ」

「そんなことないよ! 結翔は強いし、これからもっと強くなるよ!」

「その根拠はどこから来るんだよ……」

 

 全幅の信頼を寄せられていることは、昔から分かっていた。

 そしてそれが幻想だということに、白栞だけが気付いていない。

 

「俺はそんな強くねえよ。今もこれからも、もうお前に追いつく日は来ないだろう。ずっと昔からそう思ってた」

 

 そして俺は、俺のことを過小評価しすぎていた。

 だから、そもそも立ち向かうことすら諦めたんだ。

 今の俺には、千夏に寄り添う資格がない。あいつの苦悩を理解したと言ってやれない。あいつがもう一度立ち上がるきっかけになんてなれない。

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

「白栞。勝負しよう」

「……結翔?」

 

 俺は少なくとも、この幼馴染にもう一度立ち向かわなければならない。

 

「一週間後、あの秘密基地で。俺はお前に勝負を挑む」

 

 

 ♢♢♢

 

 

 何かに本気で取り組むのに、一週間なんて時間はあまりに短い。

 白栞が積み重ねた十年に、たった一週間でどれだけ追い縋れるか。精一杯の対策と練習はしてきたつもりだが、勝負にすらならない可能性もある。

 

 夏を感じる強い日差しに耐えつつ、自宅から自転車で移動すること十五分。河川敷に隣接した公園に到着する。

 久しぶりの公園は小さく見えた……なんてことは全く無い。いつ来ても大きすぎるだろ、この公園。

 むしろ身長が伸びてより遠くまで見えるようになった分、その広さをさらに感じ取れた。

 公園の周囲は木々に囲まれており、住宅地と比べると蝉の声がかなり大きく聞こえる。

 斜面を利用した長い滑り台へ向かって歩く。登りきったところにある植え込みを突っ切ると、細い木に囲まれた窪みがあった。

 ここが、俺たちが小学生の頃に使用していた秘密基地だ。

 さすがに当時用意したビニールシートなどは無くなってしまっているが、机代わりにしていた大きな切り株は健在だった。

 

「あれ、今日は早いじゃん」

 

 すでに到着していた千夏が、こちらを見て言った。

 かなり早く到着したはずだが、一体こいつはいつからいたのだろうか。

 

「ちょっと気合が入りすぎちまってな」

「……気持ちは分かるけど、無理すんなよ。別に結翔が無理して白栞に挑む必要は無いんだ。アタシが乗り越えるべき問題なんだから」

「無理なんてしてねーよ。俺がやるべきことだからやるだけ。お前は適当にポテチでも食いながら見ててくれよ」

 

 そう言って、持参したコンソメ味のポテチを千夏に放り投げた。

 こいつは俺と同じで、昔からポテチはコンソメ派だ。気が合うね。

 

 木々を通って吹き抜けた風が、汗の滲んだ肌をそっと撫でる。

 俺も千夏も、何も話さなかった。

 緊張も不安も、今は感じない。ただ二人で、時の流れに思いを馳せる。

 それは、これから大勝負が始まるとは思えないほど、心地よい時間だった。

 

 

 

 二十分ほど待った頃、枝や草を踏み分ける音が聞こえてきた。

 

「お待たせ結翔! 待った?」

「全然。むしろこっちのセリフだな」

 

 こいつは俺との真剣勝負を十年待っていたはずだ。

 待たせたのは俺のほうだろう。

 

「真剣勝負だ。いつもみたいな手加減、いらないからな」

「……っく~! いいね! やろう、結翔!」

 

 お互いに鞄からデッキを取り出すと、切り株の上に置いた。

 デッキをシャッフルし、準備を進めていく。

 

「これが終わったら、私がもっともっと鍛えてあげるからね! 一緒に最強のチームを目指そうね!」

「もう勝った気でいるのかよ。言っとくけど、今日の俺は一味違うぜ!」

 

 最大限の虚勢を張って、自分を鼓舞する。

 蝉の声が、心なしか静かになった気がした。

 

 

 ♢♢♢

 

「二コスト使って〈人狼族の長老〉をプレイ。デッキから〈人狼族の戦士〉を加える」

「最近よく使ってるね。気に入った?」

「さあな。俺はこれでエンドだ」

 

 俺の先攻で始まった試合。白栞のデッキが今まで通り【オーガビートダウン】であるなら、俺が有利なはずだ。

 普通なら先攻のアドバンテージを活かして押し切るのがセオリーだが……。

 

「私はドローとコストチャージだけ。結翔の番だよ」

「いいのか? 押し切っちまうぜ」

「大丈夫! ちゃんとギリギリ押し切れないラインで戦ってるから!」

 

 既存のデッキ相手なら、白栞はもうこの時点でキルターンまでの想定は済んでいるだろう。

 俺がミスしたり引きが渋ければ、その分イージーゲームになるだけだ。

 

「ターンもらってドロー。俺は〈人狼族の戦士〉をプレイ。こいつは登場時に攻撃できるガーディアンだ。さっき出した長老と一緒に白栞に攻撃する」

「通るよ! セオリー通りの動きだね。この調子!」

 

 余裕を見せ続ける白栞だが、想定内だ。

 せいぜい油断しててくれ。

 

「俺はこれでエンドだ」

「あ、じゃあそのタイミングでドロソだけ使うね!」

 

 俺のエンドフェイズに、余ったコストを使ってドロソをプレイされた。

 結果的に手札が増えている訳ではなく入れ替え程度の能力だが、白栞のデッキにおいて手札の質を上げることは必要だ。

 

「さて、私もそろそろ動かなくちゃ……。〈北の鬼門〉をプレイ。効果で悪鬼トークンを生成するね!」

 

 白栞が盤面に鬼門カードをプレイした。

 鬼門はスペルでありながら場に留まる特殊なカードだ。トークンを生成する場合は鬼門の上にトークンカードが置かれ、鬼門が破壊されると消える。

【オーガビートダウン】はこの鬼門を配置していくが、東西南北が場に揃うことで切り札の〈悪鬼羅刹・ジエンド〉の登場が可能になる。

 ちなみに能力は極めてイカれてる。なので、門の完成を妨害することが勝利条件の一つと言える。

 

 もちろん、門が揃わない場合のプランも用意されていることが多い。どういうプランを用意するかはプレイヤーの構築でいくつかパターンがあるが……。

 以前のショップバトルで水城セリアさんと対戦した時、水城さんは鬼門を完成させないことには成功していた。

 しかし、白栞は妨害の厚い相手へのサブプランも豊富に用意していたのだ。あの時、フィニッシャーとして使われたのは悪鬼羅刹ではなかった。

 つまり、俺は鬼門が揃わないように立ち回りながら、サブプランに対して殴りあう必要がある。

 

「私はこれでエンドだよ! 鬼門が揃う前にライフを削り切れるかな?」

「どうかな。俺のターンだ、カードを引く」

 

 引いたカードは……。

 

「俺は〈獣人族の射手〉を召喚する。登場時、白栞に一点のダメージだ」

 

 バーンを搭載しているガーディアンを召喚する。登場するだけでも仕事ができており、その後攻撃にも参加できるカードだ。

 オガビ対策その一。鬼門が全部そろう前にライフを削りきる。

 厳密には鬼門がそろったターンくらいは生き残れるようにしておきたいが、速攻をかけるに越したことはない。

 

「残りのガーディアン全員で白栞に攻撃」

「防御可能なガーディアンはいないしコストもない。全部通るよ」

 

 着実にライフを削っていく。

 手札を見る限り、この調子なら鬼門が出そろう前に白栞のライフは尽きる。展開と速攻こそ、今目指すべきプランだ。

 

「私のターン。〈南の鬼門〉をプレイ! デッキから〈西の鬼門〉をサーチしたいな」

「妨害コストはない。通しだ」

「ふっふっふー。いいのかな結翔ー? そんなあっさり鬼門を通しちゃってー」

「その前に倒す予定なんだよ」

 

 もうこいつも分かってるだろうが、俺は今回短期決戦プランを取っている。

【ウルフビートバーン】は少し構築とプレイを変えるだけでゲームの速度を変えられるのだ。

 そして俺は、今回は短期決戦のみを見据えていた。構築時点でコストの高いフィニッシャーをほぼ抜いて、バーンギミックや低コストガーディアンを増やしている。

 デッキタイプとしてはアグロに分類される構築だ。流行っている構築に比べれば、速度に特化している。

 

 ゲームが伸びるほど、プレイの選択肢はどんどん枝分かれしていく。

 つまり、ロングゲームになれば上手いやつが勝ちやすくなる。

 俺と白栞じゃ地力に差がありすぎる。勝機は短期決戦にあると踏んだ俺は、コンボデッキを封印し、アグロを握ることにした。

 理由は他にもあるが……。

 

 白栞は鬼門を設置すると、悪鬼トークンで俺のライフを削って番を終えた。

 これだけの速攻をかけていてもなお、ガーディアンを削りに来ない。想定外に備えて先にガーディアンを削ったほうが安心できると思うのだが、それは俺の思考がまだ浅いのだろうか。

 余らせているコストも気になる。妨害用か、またドロソか……。

 考えなければならないことは多々あるが、まだ門が揃っていない今がチャンスであることに変わりはないだろう。

 

「俺のターンだな。全ガーディアンでアタック!」

「うーん、そろそろ無視できないダメージになってきたなぁ……。通すけどね!」

「まだまだいくぜ。〈リボーン〉をプレイだ。〈獣人族の射手〉を破壊し、その後トラッシュから再度召喚する。登場時のバーンダメージも受けてもらうぜ」

「む、それは……いいコンボだね!」

 

 一瞬妨害されるかと思ったが、これも通った。妨害を持っていないのだろうか。

 〈リボーン〉が通り、攻撃後のガーディアンを対象にすることで、無駄なくダメージソースとなってもらう。

 白栞のライフは半分を割ったところだ。あと二つの鬼門が設置される前にゲームを終わらせる。

 手札を見れば、速攻持ちのガーディアンとバーンカードがあった。次のターンに悪鬼トークンにこちらのガーディアンを削られても、これを投げつければ白栞のライフは削り切れる。

 

「俺はこれでエンドだ」

「あ、そしたら結翔のエンド前にカードを使うよ!」

 

 白栞が温存していたコストを使用し、ドロソをプレイした。

 鬼門を揃えに行くことに特化しているのだろうが、アグロ相手には悠長な動きだ。

 仮にあと二種類の鬼門が手札にあったとしても、次のターンにはコストが足りない。完成は二ターン後となる以上、その前にゲームが終わる。

 もしかして、勝ててしまうのではないか? 

 

 そんな希望を、ほんの一瞬だけ抱いてしまった。

 

「私のターン。〈夢見た朝焼け〉をプレイ!」

「……なっ! 鬼門カードじゃない……!?」

 

 〈夢見た朝焼け〉。五コストのスペルカード。

 イラストには広大な丘に朝日が昇る様子が描かれ、加工と相まって新たな一日の始まりに希望を抱く姿が輝いて見える。

 使い手には、まさに光が差すような希望を与えるだろう。

 

 だが、どこかで日が昇れば、別の場所では日が沈むものだ。

 それは対戦相手に──俺にとっては、絶望を与える一枚。

 

「私のライフを三点回復! そして、結翔のガーディアン一体の攻撃を封じるよ!」

「……妨害はない」

「じゃあ、悪鬼トークンで攻め手を削っておくね」

 

 たった一枚のカードで、形勢は大きく覆った。

 俺の手札と盤面では、次のターンにライフを削りきることはできない。

 どう頑張ってもあと二ターンは必要だ。

 そして、俺のライフは残り十点。次のターンに白栞が残りの鬼門を配することができればゲームエンドだ。

 持っていないことにベッドして、ゲームを進行するしかない。

 ターンを貰い、ガーディアンを展開しなおす。

 

「いつもの結翔なら投了してたね」

「ああ。らしくないだろ?」

「ううん。私の知ってる結翔らしいよ。……〈西の鬼門〉〈東の鬼門〉をプレイ」

 

 盤面に、東西南北すべての鬼門が揃った。

 その条件下でのみ顕現を許される、【オーガビートダウン】の切り札。

 

「私はデッキから〈悪鬼羅刹・ジエンド〉を召喚!」

 

 黒い瘴気に包まれた、鎧を纏った髑髏。

 ゲームを無慈悲に終わらせる、圧倒的なフィニッシャー。

 着地してしまったコイツを処理できるカードは、俺のデッキには入っていない。

 

 悪鬼羅刹の効果で、俺の場のガーディアンが消し飛んだ。

 次が俺の、最後のターンだ。

 

「俺のターン。ドロー」

 

 引いたカードにも手札にも、この場を覆す力は無い。

 盤面はガラ空き。トラッシュから使えるカードなんて採用もしていない。

 

「……楽しかったよ、結翔との真剣勝負」

 

 俺の様子を見て察したのだろう。もう俺には勝ち筋は残っていないと。

 白栞は手札をそっと机に置いた。

 

「そうかい。俺は……」

 

 俺は、悔しいよ。そう言わなかったのは、ほんのわずかに残された俺のプライドだった。

 これでようやく、あいつと同じ目線の高さに立てた。そして初めて、その遠さを見ることができた。

 その背中は、まだ到底手の届かないところにあるのだと、本当に知ることができた。

 

「俺は、またお前に挑む」

「うん! 何度でもやろ、結翔!」

 

 こうして、十年ぶりのリベンジマッチは俺の敗北で幕を下ろした。

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