君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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クッキー

『七月二十日』

 

 あれから数日経ち、七月の終わりも見えてきた。

 AWGの全国大会は約一か月後に控えており、ネットやテレビでは注目選手の特集が組まれるなど注目が集まっていた。

 特に白栞は、やはり今大会注目の的だ。

 

「結翔が対応無いなら、全員で攻撃するよ!」

「……っと、悪い。対応は無いし、俺の負けだな」

 

 そんな中で、俺は今日も白栞の練習相手をしていた。いや、白栞の練習になってるとは思えないし、遊び相手の方が正しい気がするが。

 真剣勝負して以来、白栞が熱心に俺を捕まえるようになった。

 

 今期の選手として大会を控えている白栞が今の俺を相手にして得るものなど、正直何もないだろう。むしろ俺のほうが一戦ごとに学ぶことがある。

 

 一方、千夏は一人で練習に勤しんでいるようだ。近隣のショップやネットで強いプレイヤーを捕まえて対戦を繰り返しているらしい。

 前日までその繰り返しでいいと思うのだが、何故か直前の一週間は俺と練習したいらしく、予定を空けておいてくれと言われている。

 それまでは白栞の相手を全力でやっておいてくれ、とも。

 

 一番貴重な時間を何に使うつもりなのかは知らないが、どうやら本気で何かを考えているようだったので、二つ返事で了承したのだった。

 

「前も言ったけど、最後の一週間は相手しないからな」

「えー! 嫌だよ結翔がいいよ一緒にやろうよー!」

「相手が偏ってたら練習にならないだろ。それに、俺じゃ練習相手としては役者不足だ」

「むー……そんなことないのに。それに、プロもいない大会だし。私それくらいじゃ負けないよー」

 

 不満を露わにしている白栞。もしや毎日俺とだけ練習するつもりだったのだろうか。

 それにしても、随分と自信があるようだ。

 

「……油断してると、足元掬われるぞ」

「そうかなぁ。それならやりがいあるけどね」

 

 油断という訳ではなく、自分の実力を客観的に見て余裕があると判断しているようだ。

 

 お前の自信を打ち崩す存在は、案外身近にいるかもしれないぜ。

 その一言は、心に留めておいた。

 

 

 

『八月十日』

 

 子どもの頃から通い慣れた千夏の家へ行くと、千夏は涼しげなワンピースで俺を出迎えた。

 あまり見ない服だ。高校生になったし、私服も買い替えたのだろうか? 

 今日は寝ぐせも無いし、髪もきれいに纏まっていた。

 珍しいこともあるものだ。

 

「麦茶持って行くから、先にアタシの部屋行っててくれ」

「お、おう。サンキュ」

 

 千夏の部屋まで入るのは四年ぶりくらいだろうか。小学生の頃は頻繁に出入りしていたこともあり、迷わずたどり着く。

 遠慮なく扉を開けた瞬間視界に広がったのは、昔とは変わった千夏の部屋だった。

 一瞬、部屋を間違えたのかと思ったほどだ。だが、家具の配置は記憶と相違ないし、千夏の母親の部屋とも思えない。間違えていることはないだろう。

 

 あの頃は床にカードやノートが散乱していたが、今ではきっちり片付いている。

 ベッドも、青地に星が描かれた物だったのが無地のベージュに変わっていた。

 壁や机に貼り付けられていた特撮もののシールも全て剝がされており、小学生男子さながらの部屋は、今となっては見る影もない。

 間違いなく、ここは女性の部屋なのだと突きつけられる。

 それに、ガサツな千夏の部屋とは思えないほど、こう……ちょっと華やかな匂いが……。

 

「何突っ立ってんだ?」

「ぅお!?」

 

 いつの間にか千夏が後ろに立っていた。

 危ない。何を考えてるんだ俺は。

 

 

 

「で、白栞との練習はどうだった?」

「全敗。改めてあいつの異常な強さを思い知ったよ」

 

 手を変え品を変え試してみたが、何十戦……いや、もう百戦は超えただろう。それだけ戦って全敗というのは、流石の俺でも心にクるものがあった。

 それでも真摯に取り組んだのは俺の負けず嫌いに火が付いたのと、千夏との約束があったからだ。

 

「にしても、あれだけやっても勝てないとは……」

「まあ仕方ねえだろ。結翔にはブランクもあるし、白栞はあれで結構練習してるしな」

 

 俺との対戦はともかく、ネット上などでの対戦もそれなりに行っているのだろう。現に三週間の間、デッキリストは細かく変わっていた。

 どれだけズバ抜けたセンスがあったって、練習を怠れば勝てないのがアビカだ。まあ、ほかの勝負事にも言えるだろうけど。

 

「てか、白栞も千夏も、大会前の練習相手に俺を使うのは非効率だろ。まだ俺はそんな強くないぞ」

 

 数日前に白栞に言ったことを、同様に千夏にも伝える。

 だが、それを聞いた千夏はなぜか嬉しそうだ。

 

「まだ、ねえ。いいじゃん、いずれは追いつくんだろ?」

「たりめーだ。このまま負けっぱなしでいられるか」

 

 少し前の俺なら、そんなことは言えなかった。

 白栞は強い。俺は勝てない。それは仕方ない。ずっとそう考えていたのだ。

 でも、目の前の幼馴染の苦悩や、それでも前に進み続ける姿を見て少しずつ俺の考えは変わっていった。

 

「……うん。結翔はそっちのほうがいいよ」

 

 目の前の千夏は、あまり見慣れない表情をしていた。

 髪や服のせいでそう見えるのだろうか。

 

「さあ、やろうぜ結翔。みっちり練習付き合ってもらうぜ」

「お、おう。今デッキ出すわ」

 

 先ほどまでの疑念は振り払い、俺も戦闘態勢に入る。

 デッキを取り出そうと手をかけると──

 

「あ、デッキは用意してあるんだ。これ使ってくれよ」

 

 そう言って、千夏は俺の前にデッキを一つ置いた。

 仮想敵のリストを組んであったのか。準備のいいことだが、俺が知らないデッキだったりしたら回せないぞ。

 ひとまず中身を確認する。

 

「……お前、これ」

 

 デッキを置き、千夏を見やる。

 

 千夏は先ほどとはまるで異なる、困難に挑むことを楽しむかのような、挑戦者の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ♢♢♢

 

「もう九時になるのか。さすがに今日はここまでだな」

「つ、つかれた……」

 

 ちょいちょい休憩は挟んだが、半日は対戦していた気がする。

 一番やりこんでいた時期でも、ここまで長時間アビカをやり続けたことは無かった。

 途中で千夏が用意してくれたクッキーを貪り食い、脳に糖分を補給しながら戦い続けたが、それでも足りなかったのか、軽い頭痛を覚えた。

 俺は満身創痍の様相だが、千夏はケロっとしている。それだけでも日頃いかに練習しているのかが垣間見えた。

 そりゃ強くもなるわけだ。

 

「慣れないデッキで連戦したんだ、そりゃ疲れるよな。無理させて悪いな」

「いや、いいよ。使い慣れてはいないけど、動きは結構分かるしな」

「みたいだな。まさか結翔に負け越すとはなー」

 

 何戦やったかは覚えてないが、確かに俺の勝ち越しだった。

 まあ、厳密には俺が勝ったと言えるのかは怪しいのだが。

 

「残り一週間。間に合うのか?」

 

 今日やった限りだと、かなり怪しいラインだ。千夏もいろんなプレイングを模索していたので、負けるべくして負けた試合ももちろん含まれているのだが……。

 

「間に合わせるよ。だから、明日からも練習相手よろしくな」

「しゃーねえな。またクッキーが出るなら付き合ってやらあ!」

 

 練習中に千夏から提供されたクッキーは、不揃いでやや歪な形をしていたが、味と香りは非常に良かった。

 おそらく練習中の糖分補給と軽食用にと、訳アリ品でも調達しているのだろう。そういう点にもぬかり無いのは流石と言える。

 

「なんだよ。気に入ったのか? あのクッキー」

「そうだな。かなり好きな味だったし美味かった。いいチョイスだったぜ」

「そ、そっか。仕方ねえからまた用意してやるよ。……あ、でも期待すんなよ?」

 

 そう言う千夏は少し嬉しそうだ。まあ、自分が選んで買ったものが褒められたら嬉しいよな。

 

 

 それにしてもこいつ。

 今日は白栞のこと、一度もハニーって呼ばなかったな。

 

 

 

 ―千夏side―

 

「んじゃ、また明日な。同じ時間に来るから」

「おう。よろしく」

 

 玄関で結翔を見送る。

 扉が閉まって一人になると、力なくその場にへたり込んだ。

 練習の疲れもある。でも、それ以上にアタシの頭に負荷をかけたのは。

 

「クッキー……美味しかったかぁ……」

 

 練習に充てられるはずの時間を割いて、勉強して、必死に作ったクッキー。

 髪だって珍しく鏡を見ながら整えたし、服も雑誌を見ながら買いに行った。

 

 何をやってるんだって自分で思う。

 大会だって近い。一戦でも多く練習したほうがいい状況だ。

 十年も身近にいたヤツに、今更見た目を取り繕ったってしょうがない。部屋だって、昔の印象を払拭するには至らないだろう。

 クッキーも、大人しく市販のもので用意すればいい。

 そう考えてた。

 

 でも。

 今日のあいつの様子を見たら、やってよかったと心から思えた。

 

 朝、アタシを見たときの驚いた表情も。クッキーを喜んで食べてる姿も。いつものアタシじゃ、絶対見れなかったのだ。

 それは、アビカの強さとはまた違う。それだけでは決して得られない価値あるものだった。

 

「……さて、気合入れるか!」

 

 明日も朝から結翔と練習なのだ。時間は一秒も無駄にはできない。

 気合を入れて立ち上がると、キッチンへと向かって歩き出した。




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