翌朝。幼馴染たちと登校すると、教室には既に
「おはよう、
まだ教室の人もまばらな時間なのだが、桂木さんは既に着席して本を読んでいたようだ。
俺としてはこんな時間に登校せずにもっと寝ていたいのだが、生来遅刻魔の素質がある俺を見かねた千夏の発案により三十分前登校となっている。
そんなわけで、俺たちはかなり早く教室に着いているはずなのだが、桂木さんはそれより早かった。
「おはよう、桂木さん。俺らは今日入部届を出しに行くけど、どうする?」
結局昨日は、桂木さんと話したりしてるうちに時間が過ぎてしまい、入部届を出すには至らなかった。
今日こそは提出する予定だが、桂木さんは本当にアビカ部に入るのだろうか。
少なくとも八年くらいは触れてなさそうだが。
「一緒に行くよ。そのためにアビカも持ってきたからね」
「へえ、随分やる気あるじゃねーか。もう買い揃えてくるなんて」
千夏が関心しているが、桂木さんはすぐに首を横に振った。
「ああ、いや。家にあったのを持ってきたんだ。捨ててなくてよかったよ」
ということは、当時のカードそのままか。もちろん遊べるが、現代のカードパワーと比べるとちょっと厳しそうだな。
などと考えてるいと、白栞が桂木さんの前に立ち。
「ねえ
いきなり野試合を申し込んでいた。
「いいね、久しぶりだけど是非。僕のワンちゃんデッキ、兄には全然負けなかったから自信はあるよ」
正直八年前のカードだけで勝つのは無理があるだろうと思うが、まずはアビカの楽しさを思い出してもらうのが大事だ。
「まあ、いきなり現代のカードを広げてあーだこーだ言うより、一通りゲームに触れて楽しんでもらうのがいいな」
一応千夏にも確認しておこうと声をかけると、千夏は渋い顔で俺を見ていた。
「結翔の言うことは一理あるけどよ……白栞相手にか?」
「桂木さん! 俺とやろう!」
八年ぶりの復帰戦の相手が全国best8というのは、どう考えても無謀なマッチングだった。何事にも順序というものがある。
教室の机を二つくっつけて、簡易的な対戦卓を作成する。
俺の向かいには対戦相手の桂木さんが座っており、お互いにデッキをシャッフルしていた。
「よし、これで準備はできたな。ジャッジは千夏に頼む」
「ジャッジ?」
桂木さんが首を傾げる。
「ジャッジっていうのは審判のこと。まあ友達同士で遊ぶくらいなら本来必要ないけど、桂木さんは復帰勢だし、分からないことがあった時に千夏に聞けるようにさ」
「なるほど。確かにルールも少しうろ覚えだからね……。千夏ちゃん、よろしくね」
「おう。ま、気楽にやろうぜ。そんじゃ、バトルスタートだ。始めてくれ」
千夏から告げられた対戦開始の合図に合わせ、俺は頭を下げる。
「よろしくお願いします」
アビカも格式あるボードゲームと同じく、礼に始まり礼に終わるのがマナーだ。
「よろしくお願いします」
桂木さんも俺の真似をして頭をペコリと下げた。
ゲームは桂木さんの先攻で始まる。
八年前のカードとなると、正直あまり覚えてはいない。それ故に気を引き締めなければならないだろう。
勝負の世界は油断大敵だ。何が起こるかなど、誰にも予想がつかないのだから。
「いくよ、僕のターン。ドロー!」
桂木さんが勢いよくデッキからカードを引いた。
……ああ、そうか。こういうこともあるのか。俺は千夏に目を向けると、千夏はやや言いにくそうな顔をしながら桂木さんを見た。
「桂木、今は先攻の最初の番にドローは無い」
「あれっ?」
勢いよくカードを引いた手が、空中で行き場を失くしていた。
「あー、そういえば先攻の最初の番にドローできなくなったのって六年くらい前だっけ」
「ああ……。先攻と後攻の格差を無くすために廃止されたんだよな」
桂木さんがプレイしていた頃は確かに先行もドローがあったのだが、どうしても最初に番を始められる有利というのがあった。
それを調整するため、先攻は手札が一枚少ない状態でゲームが始まるよう、ドローが廃止されたのである。
「や、やり直していいかな……?」
とりあえず、仕切り直しといこう。千夏が早速フォローに入る。
「久しぶりってことだし、軽くルールの説明からな」
ルール自体はシンプルだが、記憶の齟齬は解消する必要がある。千夏は桂木さんの横に立つと、説明を始めた。
「まず、最初の手札は五枚。先攻の最初の番だけドローが無くて、後攻はドローがある。その後、コストが一ポイントチャージされる。ここまではいいか?」
「びっくりしたけど、そこはもう大丈夫」
「で、メインステップだな。コスト払ってカードを使ったり、召喚したカード攻撃したりできる。特定のカードは相手のターン中にも使えるけどな」
「ああ、確かにそんな感じだったね。うん、だいぶ思い出せたよ」
場に召喚できるカードは〈ガーディアン〉と呼ばれており、基本的には召喚したターンには攻撃できない。
また、使い捨てで様々な効果を発揮する〈スペル〉という種類のカードもある。中には相手のターンに発動するものもあり、相手のカードを妨害して打ち消すこともできる。
「あとは相手のライフを二十点削れば勝ちだ。ざっくりこんなもんかな」
「千夏ちゃんありがとう。結翔くんも待っててくれてありがとね」
「いいよ。復帰初戦なんだし、ゆっくりやろうぜ」
朝のホームルームが始まるまで、まだ充分に時間はあるしな。改めて、ゲーム開始だ。
「じゃあ気を取り直して……僕はコストチャージしてエンドだよ」
「じゃあ、ターンを貰うぜ。一枚引いて、こっちもコストチャージしてエンドだ」
その後も桂木さんはカードをプレイせずに番を返すターン続いた。
俺は適度にガーディアンを召喚して様子を見る。
初心者相手にガンガン展開していっては、試合が一方的になってしまう。この試合でなんとか桂木さんがやりたい戦術を成功させてくれれば御の字だ。
そんな桂木さんが、不慣れな手つきで盤面にカードをプレイしたのは六ターン目の事だった。
ドローしたカードを見た桂木さんの表情が変わる。
それは不敵な笑みだった。
まだゲームが始まったばかりで、俺のライフは無傷にも関わらず。さらに盤面もライフも俺が優勢であるこの状況で。
まるで、勝利を確信したかのような表情を浮かべていた。
「いくよ、結翔くん、これが僕の切り札! 〈超電獣ヴァジュラ〉を召喚!」
「ヴァ、ヴァジュラっ?」
「桂木……!」
桂木さんの盤面に君臨した一枚のカード。禍々しい妖気を放ち、他を圧倒する存在感の獣が描かれているそれは、当時少しでもアビカをプレイしていた人間なら知らない人はいないだろう。
かつて、アビカの環境を大きく塗り替えたカードが存在した。それが〈超電獣ヴァジュラ〉だ。
コストに対して割り振られているパワーは圧倒的な数値であり、自身の攻撃をトリガーに発動する効果は相手の盤面を荒らし尽くす。
一度登場すれば、圧倒的優位をもたらす一枚。
アビカ史上でも群を抜いたカードパワーで伝説となった一枚。
そして。
「桂木、〈超電獣ヴァジュラ〉はとっくの昔に禁止カードだ」
「ええーっ?」
その強さ故に、使用禁止となった一枚。
その後、桂木さんのデッキを千夏がチェックした結果、効果が強すぎてテキスト修正がされているせいでデッキとのシナジーが無くなってしまったカードや、ヴァジュラのサポートカードが入っていたりと、もはや試合どころでは無くなってしまっていた。
また、カードパワーの上昇に伴い、半数近くのカードの入れ替えが必要そうだった。
「ごめんね、みんな……時間作ってもらったのに遊べなくて……」
「あー、気にするなよ。むしろ懐かしいカードがいっぱい出てきて、こっちとしては見てるだけでも楽しかった」
これは本心だ。
「結翔の言うとおりだよ! それに、楓ちゃんのデッキをリペアするのも楽しそうだしね!」
「ありがとう、白栞ちゃん。僕もまたこの子と一緒に遊べたらいいなって思ってるから、ちゃんとデッキを作るよ」
そう言って桂木さんが手にしているカードは〈
エースにするとしたらちょっと厳しいか……? いや、単体のカードパワーじゃ足りなくても、デッキとして作る場合には結構いい仕事しそうだな。
「うん、私に任せて! 大体デッキリストは思いついたから!」
はええよ。思わず手を止めて白栞を見る。
想定より速かったので驚いてしまったが、この一瞬でデッキリストを考えられるというのも白栞らしさを感じるなと思う。
「まずこのカードを中心にするならデッキの色は青緑が良いわよね」
どちらの色もコストや手札などといった自分のリソースを増やす手段に長けているから、相性は良さそうだ。
「ということは、〈星の珊瑚礁〉とか〈勇敢な巨人〉辺りは採用候補だね」
白栞が挙げたのは、どちらも非常に強力なカードだ。
比較的低いコストで手札を増やしたり、盤面にバフをかけつつ序盤や中盤から殴りにいける。
「となると、フィニッシャーはもちろん、増えたリソースを叩きつけられる〈失われた銀河〉が良いよね」
まあ、それが定石というか、鉄板な組み合わせだ。
「と言うことで私が作ったデッキがこちら!」
白栞がスマホのアビカアプリにデッキリストを表示させた。
「なるほど、さすが白栞だ。これはかなり完成度の高い青緑デッキだな」
序盤からドロソ……効果でデッキからドローできるカードを用いてリソースを稼ぎ、中盤は妨害を差し込みながらコストを貯めていき、終盤は抱えたリソースを叩きつけて倒す。
対応力が高く、初心者にも使いやすい。また、サブプランも無理のない範囲で用意されており、苦手な相手への対策も投入されているため細くても勝ち筋がある。完璧なデッキとなっていた。
ただし。
〈守護犬トライアル・トリトル〉が採用されていない事に目を瞑ればの話だが。
「僕のトトちゃん……」
桂木さんは再び〈守護犬トライアル・トリトル〉に目を落とした。
トトちゃんって呼んでるのか。この子はこの子で、独特な感性をしているようだ。
ちなみに最終的にデッキ案は俺が前に使ってたデッキをベースに、トトちゃんが中心になるミッドレンジタイプのデッキにした。
「みんな、今日はありがとね。すごく楽しかったよ」
その後、必要なカードリストを作成した俺たちは放課後に入部届を提出し、カードショップへ向かって桂木さんのデッキパーツを調達した。
幸いちゃんとデッキは組めたので、出力を抑えた他のデッキと対戦したり、白栞と千夏のコーチングも受けたからかなり上達したと思う。
「これからいっぱいアビカで遊ぶから、相手してくれたら嬉しいな」
「おう、もちろんだ。また一緒に遊ぼうぜ」
「あ、ズルい! 私も結翔と遊ぶ!」
「お前とは何回もバトルしてるだろ」
いつもの幼馴染との日々に、新たな仲間が増えた。
こうして少しづつ変わっていく日常は、どんな景色を見せてくれるのだろう。
幸先の良い高校生活のスタートに心を躍らせながら俺たちは帰路に就くのだった。