入部届を提出した翌日、俺たちは部活動に参加するために部室へと向かった。
本来ならまだ新入生が部活動を行う期間では無いようだが、別に参加しちゃいけない期間というわけでもない。
というわけで、部室に顔を出したのだが。
「すまない、まさか今日から来る新入生がいるとは思わなくてね。今日は部員たちは月に一度の研究会として、映像室で大会のアーカイブを研究してるんだが……いかんせん小さな部屋だから、席がないんだ」
「顧問の先生からお話はありませんでしたか?」
「あの先生は……その、あまり報連相とか得意じゃないんだ。すまないね」
「社会人としてそれはどうなんですか……」
いきなり出鼻を挫かれてしまった。
ちなみに、今対応してくれてるのが部長らしい。
「とはいえ、ただ返すのも忍び無い。ひと足先に新入部員の通過儀礼を済ませてしまおう」
「通過儀礼?」
「ああ、近隣のショップバトルに挑んで、当日の順位を提出してもらうんだ。まあ、腕試しさ」
君たちの実力も知っておきたいしね、と部長は俺たちの顔を見回しながら続ける。
「それに、勝負度胸を試したり、冷やかし入部を弾くような意味もある。場慣れして欲しいというのが一番大きいがね」
「
部室から出て早々、
「そうか、桂木さんは知らないのか……。アビカの専門店は見たことある?」
「それはもちろん。うちの近くにもあるし、この近くの駅前にもあるよね」
「まあ、普通に生きてたら意識してなくても目に入るよな。そういう専門店の中だけで行われる小規模な大会のことだ」
ショップバトルは、特に大きな景品があるわけでもない。
参加賞の限定プロモと、戦績に応じたポイントが少しだけ手に入る。このポイントによってプレイヤーには全国ランキングが付けられているが、大規模な大会で手に入るポイントと比べると雀の涙だ。
「で、ショップバトルはその日の参加者の順位が出るんだよ」
「へー、大会って結構身近なんだね。みんなは出たことあるの?」
「アタシは少なくとも毎週二回は出てるぜ。近所のショップだと、週三回は開催されてるしな」
桂木さんの問いに千夏が答える。
ちなみに、コイツは春休みに週七で参加していたのを、俺は知っている。なんでサバ読んだんだ?
「桂木はまだ復帰から間もないし、不安ならもう少し慣れてからでもいいと思うぜ」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。むしろ出てみたいかな」
「へえ、いいじゃんか。ここで緊張しないってだけでも素質あるぜ」
実際、今のうちから慣れておいた方が良いのは間違いない。部活でやっていく以上、試合に出る機会はどんどん増えていくだろう。
知らない人との対戦前や、勝敗が重要な一戦は、慣れないうちは意外と緊張してしまうものだ。
その緊張は小さなミスを引き起こす。そして、そのミス一つで負けてしまうことだってある。
本気で勝ちたいと思って臨んだ勝負において、ミスが原因での敗北というのは心にくるものがある。
まあ、今の俺には縁のない話ではあるのだが。
「でも、今日ってこの近くのショップはショップバトル無いよね?」
ほら、と白栞はスマホをこちらに向ける。
画面には近隣のショップのスケジュールが表示されているが、それを見ると確かに今日は開催日では無いようだ。
「隣町に大型店があるだろ? あそこなら今から行っても間に合うし、定員オーバーにもならないだろうって部長が言ってたぜ」
♢♢♢
「いや、普通にギリギリだったが」
最寄り駅からは、やや小走りで何とか間に合った状態だ。
「受付終了五分前にギリ着いたし、アタシらで定員キッチリじゃねーか」
辺りを見回すと、学生が八割ほどだった。まあこの時間帯だし、平日が仕事の会社員の場合は参加が難しいのは分かるが……。
それにしたって、随分と多い。
「ねえ結翔。あれって
白栞が指差す方を見れば、いかにも金持ち私立っぽい制服に身を包んでいる集団がいた。
個人レベルでも全国区の選手がいた気がする。確か、卒業生にはプロ選手もいたはずだ。
部活でのアビカに力を入れている学校とは聞いていたが、一店舗に十人も参加させるとは……いや、多分あれでも人数バラしてるんだろう。
あまり一箇所のショップに大人数を送り込む行為は周囲からも良く思われないし、マナー違反とされているからな。
「千夏ちゃん、
「それはよく分かんねえけど、アビカが強いのは知ってる。特に二年の
「
「そうだ、そんな名前だったな。よく覚てるな、白栞」
俺は比較的、人の名前を覚えるのが苦手だ。反対に、白栞はかなり記憶力がいい。
暗記科目は満点を取ることもあるくらいだ。
その記憶力を活かして、カードの能力もかなり多く覚えており、対応力に反映させていることも強さの秘訣なのだろう。
「アビカにはもっと長い名前のカードだってあるしね。結翔だって、アビカのカード名はすぐ覚えられるじゃない?」
言われてみればそうだと思うが、カード名の方が覚えられるんだよな。不思議だ。
しかし、あの白栞が戦えるか気にする相手ねぇ。俺は戦わずに済むといいんだが。
「白栞ちゃんやる気満々だね。強い人と戦うのが好きなの?」
「んー、そういう訳じゃないんだけどね。強い人に勝った方が結翔が褒めてくれるかなーってね?」
「モチベーションの動機が不純すぎるだろ」
と、雑談に興じていると。
《参加登録されている選手の皆様にお知らせします。間も無く一回戦のマッチングを発表いたします》
会場にアナウンスが響いた。着いたばかりでもう開始というのはちょっと疲れるが仕方ない。
ちなみに、ここのショップバトルはトーナメント制で行われる。一敗で即終わりっていうのは結構シビアだよな……。
「やれるだけやってみるか」
うまいこと引きや相性が噛み合って二回戦までは勝てたものの、そう何度も上手くいくわけもなく。
三回戦で
ま、しょうがないよな。こういう負けは割り切りだ。俺のデッキの性質上、勝敗は圧倒的に運に左右される。トーナメント形式には向いてないデッキタイプなのだ。
大人しくギャラリーに回って観戦していくとしようと思って辺りを見ると、桂木さんも既にギャラリーに回っているのが見えた。
「桂木さん、お疲れ」
「お疲れ様。僕は二回戦で負けちゃったよ」
もうちょっとやれると思ったんだけどね、と苦笑いで戦績を報告してくれた桂木さん。
ほぼ初心者とはいえ、負けるのは悔しいもんだよな。
「一回勝ったのか。凄いじゃん」
俺は素直にそう思ったが、桂木さんは満足していないようだ。
「うーん。もっと遊びたかったなー」
「また次頑張ろうぜ。桂木さんならまだまだ上手くなるよ」
上達の秘訣は楽しむことと継続。桂木さんは、その条件を十分に満たしているように見えた。
その後、千夏が準決勝まで進んだが水城さんに敗北。これにより、決勝戦は白栞と水城さんという組み合わせになった。
「千夏、お疲れ。やっぱ
「相性は悪くなかった……ただ対策カードは流石に厚めに採用されてるな。今期のコントロールを相手にするなら序盤の火力を厚めにするか、後続の途切れないアタッカーを採用して継戦能力を……」
どうやらさっきの試合の振り返りをしているようだ。ブツブツと独り言を呟きながら、千夏がこっちに歩いてくるが……。
「千夏。千夏ー? どこいくねーん!」
「千夏ちゃーん! こっちだよー!」
俺たちの姿が目に入っていないようで、真横を素通りして真っ直ぐ突き進んでいく千夏。
そのまま進むと出口に行ってしまうが、まだ三位決定戦が残っているはずだ。
負けた試合もただでは転ばないのが千夏の良いところだが、周りが見えなくなるのが玉に瑕だな……。
「千夏ちゃん、あんなに強いのに……。もしかしたら水城さんって、白栞ちゃんより強い?」
「いや、それはないと思うぜ」
正気に戻った千夏が、桂木さんの問いに答える。
いかに水城さんが強くても、全国レベルでも──
「白栞は、モノが違う」
──あのバケモノじみた才能の塊に勝てるとは、到底思えなかった。
《決勝戦を開始します。久遠選手、水城選手は1番テーブルへお越しください》
決勝戦開始のアナウンスが響き渡る中、選手の二人は会場中央のテーブルに向かっていく。
ショップには大抵、決勝戦や注目の一戦を配信するカメラ付きのテーブルがある。この映像は店内のモニターだけではなく、ネット配信もされている。
ふと視線を白栞と水城さんに戻す。二人はデッキをシャッフルし、対戦準備を進めていた。
俺なら緊張してしまう所だが、二人ともそんな様子はまるで見られない。場慣れしているであろうことが伺える。
名前で予想はしていたが、水城さんはハーフかクォーターなのだろう。綺麗な金髪はおそらく地毛であることが伺える。長く伸びたそれをヘアバンドで上げている姿は、カジュアルなはずなのに気品を漂わせている。
透き通った青い瞳が、手元のカードをじっと見つめている。長いまつ毛も相まって、目力を感じさせた。
「コントロールタイプのデッキは厄介だなぁ」
などとぼやいている白栞。確かに、今日は相性的に少し不利なデッキを使っているはずだ。
あいつは大会前はいろいろなデッキを使うタイプで、特定の拘りがあるわけじゃない。だから戦うたびにデッキが違うなんてことがザラにある。
以前、よくカードを買い揃えられるもんだと思って聞いてみたが、どうやらインフルエンサーとしての活動や運営からの依頼でのプロモーションで得た報酬を使っているらしい。
大会の賞金もあるし、やってることはほぼプロだよなぁ……。身近にいる幼馴染ではあるが、俺と白栞の世界はあまりにもかけ離れているように思える。
「
試合開始直前。両者がグータッチでお互いの健闘を祈る。
「私こそ。水城さんの話は聞いてます。こうして結翔の前で戦えて嬉しいです!」
「結翔……さん?」
突然自分の名前が出て、息が止まった。やめろ、知らない人相手に急に俺の名前を出すんじゃない。
音声は配信に乗ってないはずだが……乗ってないよな?
俺の不安をよそに、決勝戦が始まった。
何とも締まらない雰囲気で始まった試合だったが、その展開はあまりにも淡々としていた。
ただ淡々と、お互いが最善を尽くしていく。簡単そうに見えるが、この攻防を繰り広げるには途方もない努力や才能が必要であることは、ある程度のプレイヤーならば誰しもが分かることだ。
そして、自分との差も。
白栞にはもうこの試合の決着は見えているのだろう。あるいは最初から見えていたのかもしれない。澱みなく、迷いなくカードをプレイしていく白栞。それに対して、水城さんも白栞のカードをなんとか捌いていくが……。
「ここまで、差があるというの……?」
ターンを重ねるごとに、水城さんの顔から余裕が消えていく。力強い視線はかろうじて闘志を繋ぎとめていることを感じさせるが、内心の動揺が微かに漏れ出ていた。
「今日は結翔が見てくれてるからね。景気良く勝たせてもらうよ!」
白栞が、ゲームを決めるべくフィニッシャーのカードをプレイする。
「……っ! 妨害を使い、召喚を無効にします!」
水城さんは当然、それを通せる訳がない。温存していた手札とコストを使い、白栞のフィニッシャーの登場をなんとか防いだ。
手札もコストもまだ残しているのを見るに、妨害をもう一枚抱えているのだろう。
このターンを凌ぎきれれば、水城さんにも十分な勝ち筋が残っているように見える。しかし、それでも……。
「いいね、タイミングも悪くない。でも残念だけど想定済み。本命はこっち!」
マストでカウンターが必要なフィニッシャー、その二枚目をプレイする白栞。
「こちらも、もちろん想定済みです! 更に妨害を使います!」
それを読んで妨害を残しておいた水城さんも、さすが全国区プレイヤーだ。
「私も、大型大会を控える部員たちの前で簡単に負けるわけにはいきません」
このままではジリ貧なのは分かっているのだろうが、その目はまだ諦めていなかった。
今日に至るまで、相当な練習を積み重ね、修羅場を潜ってきたのだろう。窮地に立たされても尚、勝機を探る力強い目付き。
経験に支えられた自信、そして実力は、外野の俺にも存分に伝わってくる。
しかし、それでも。久遠白栞は越えられない。
「いいね! じゃあ、こっちも手札から妨害を使って、そちらの妨害を打ち消すよ!」
白栞は温存していた手札とコストを全て使って妨害を使用する。全てのリソースを使い切っている白栞に対して、水城さんが更に妨害を使えれば勝ちだ。
使えれば、の話だが。
水城さんは悔しげに自分の手札を見つめている。白栞はそれを見て、ゲームの終了を確信した。
「前のターンで妨害は釣り出しておいたし、このターンも二枚の妨害を切らせてる。中盤には私のカードの効果で手札から妨害を捨てさせたし、手札補充のカードは要所で妨害した。手札にはもう、妨害は無いよね?」
白栞は既に、水城さんの手札を全て把握しているようだった。おそらくはデッキの構築までも。
「水城さんの手札がもし妨害を探しに行けるカードだったとしても、そこでコストを使い切っちゃうよね。さて……対応は、ありますか?」
「……ありません。私の負け、ですね」
ここに勝敗は決した。両者一礼すると、白栞は俺の元へと駆け寄ってきた。
「ね、ね! 結翔今の見てた? ほらほら、褒めて褒めて!」
「だああ、うるせえ!」
この無邪気な表情を見ると、鬱陶しいが安心もする。真剣勝負をしている白栞を見るのは、どうにも苦手だ。
自分の才能や努力、経験。そういった自信を全て粉々に砕かれて、すり潰されたあの頃を、静かに思い出してしまうから。
俺にも、才能が有れば違ったのだろうか。こいつの真剣な表情を真正面から受け止めて、笑っていられたのだろうか。
モヤモヤとした感情が首をもたげてくるのを、必死に抑える。
こいつと比べても仕方がない。所詮俺は凡人なのだから。