君がカードを引いたなら   作:七紫ノごんべえ

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AWGへ

 

 

 ▶・AWGに出る

 

 

 翌日、いつも通り駅前での待ち合わせ場所に行くと白栞(しおり)が先に着いていた。

 見たところ、どうやら千夏(ちなつ)はまだ来ていないようだ。

 

「で、結翔(ゆうと)はどうするか決まった?」

 

 挨拶を済ませて早々、白栞に今後の参加方針を聞かれた。よっぽど気になっているのだろう。輝く眼差しが俺の顔に穴が開くほどに見つめている。

 

「まあ、一応。今回はAWGに出てみる」

 

 瞬間、白栞の動きがピタリと停止した。

 

「な、なんだ? どうした」

「……ううん、ビックリしちゃって。一番意外な選択だったから」

 

 白栞の言うことは最もだ。

 

 そもそも、俺は競技としてアビカに取り組んだことなど無い。理由は明白。目の前にいるこいつに勝てないことが分かり切っているからだ。

 こいつですら全国一位ではない。このレベルのプレイヤーと競って勝てるようになるビジョンが、俺には見えなかった。

 また、チーム戦なら白栞と戦うことは回避できるのだが、AWGは個人戦だ。もし勝ち上がった場合、どこかで必ずこいつと当たることになる。だから、特に参加を考えていなかったのだが……。

 

「ま、たまにはいいかなってな」

 

 周囲の熱に()てられた、というのもあるかもしれないが。

 身近でずっと努力を続けるやつをみて、少しだけやる気になってしまった。

 

「ふーん。じゃあ、私もアビカ甲子園じゃなくてそっちに出よっと!」

 

 俺がアビカ甲子園に出ないと分かった以上、白栞も出ないことは分かり切っていた。俺に合わせず、もっと自由に行動してほしいのだが。

 白栞は昨年、全国大会でベスト8に入賞している。その際の特典で、今年の予選が一部免除されていたはずだ。

 少なくとも、そこまで戦うことは無い。俺にとって、ある種の安心材料にもなっていた。

 

「悪い、遅くなった」

 

 声のする方を見ると、もう一人の幼馴染が到着していた。

 恐らく寝坊したのだろう。髪はなんとか束ねているがややボサボサで、走って来たのであろうことが伺えた。

 

「珍しいね。千夏が寝坊するなんて」

「ちょっと夜更かししすぎてな。ギリギリ間に合ってるし、許してくれ」

 

 時計を見ると、待ち合わせ時間丁度になったところだった。俺だったら走らずに遅刻している所だが、こいつは律儀な性格をしており、約束はかなりしっかり守るタイプだったりする。

 見た目と口調の印象もあって、まるで硬派なスケ番だ。ヨーヨーを構えたらサマになるんじゃなかろうか。

 

「んで、結翔はどうするか決まったのかよ」

「ああ。なんだと思う?」

「とりあえず不参加だろ」

 

 千夏からの問いかけに問いかけで返せば、こいつは即答してきた。相当自信があるというか、疑っていないのだろう。分かり切ったことを答えた様子だった。

 

「残念! 結翔は今回、AWGに挑みます!」

 

 俺の代わりに白栞が答える。

 瞬間、千夏の動きがピタリと停止した。

 

「いや、そのネタはもう白栞がやったんだよ」

「ネタってのはよく分からねーけど……。本気か?」

「一応な。んで、白栞もAWGだってよ」

「……そうか」

 

 俺の参加は予想外だったようで驚いた様子を見せていたが、白栞の参加を聞いて表情に影が差した。

 昨日はAWGに参加すると意気込んでいたが、同時に思う所もあるような様子だった千夏。

 参加したいという言葉に嘘はないが、懸念が払しょくできていないような、そんな印象を受けたのだ。

 そして、それには白栞が絡んでいるはずだというのが俺の見解だ。

 

 そもそも、十年弱もの間アビカで直接対決してないという時点で異常だ。忙しい時期でも週五で遊んでいるような俺たちの関係では尚更である。

 俺と白栞、俺と千夏でアビカをすることはある。だが、それだけだ。三人で一緒のショップバトルに参加したのだって、この前の部活が初めてだった。

 

 今回俺がAWGに参加することにした理由の一つはそれも関係していた。白栞もAWGに参加するとなれば、三人全員が同じ大会に参加することになる。もしかしたら練習のためにと、アビカで対戦することもあるかもしれない。

 決して仲が悪いわけじゃないのだ。何なら、二人だけで服を買いに行ったりすることもある。他のゲームで対戦することだってあるし、女子会と称して俺を置いてカフェに行ったりすることもある。

 それなら、何かのきっかけ一つで変わることもあるだろうと考えたのだ。

 

 だが、千夏の今の様子を見るに、事態はそう簡単ではないのかもしれない。少し早まったかという不安を押し殺しつつ、三人で学校へと向かった。

 

 

 

 

 ♢♢♢

 

 

 

 

「ってことなんだけど、楓ちゃんはどうする?」

 

 教室で桂木さんに会うと、白栞は早々にAWGの話を切り出した。

 

「うーん。正直、僕はまだ経験も実力も足りてないからね。今回は皆の応援に徹するよ」

「桂木のセンスなら、意外といいところまでいけると思うケドな。まあ、無理強いするもんでもないか」

 

 桂木さんは、今年は大会不参加に決めたようだ。やはり一人で大型大会となると不安もあるのだろうか。

 もしかしたら、アビカ甲子園でのチーム戦だったら、この四人で組んで参加していたかもしれない。そう考えると悪いことをしてしまっただろうか。

 

「何か僕に手伝えることがあれば言ってね。もちろん、息抜き程度に僕とも対戦してくれたら嬉しいな」

「もちろんだよ! よろしくね、楓ちゃん!」

 

 

 放課後、部室に行ってそれぞれの意思を伝えた。

 

「そうか。それでは、部活やショップバトルで各自練習に励んでくれ。アビカ甲子園出場選手とも切磋琢磨してくれれば、お互いwin-winだろうしな」

 

 そうは言うものの、正直白栞や千夏には物足りない相手だろう。部長もそれは分かっているようで、目線はほとんど俺を捉えていた。

 

「AWGの練習としてならば、部活の時間にショップバトルに参加しに行ってくれて構わない。大変な戦いになるだろうが、みんな頑張ってくれ」

「ありがとうございます。ちなみに、部長はどうなさるんですか?」

「ああ、私もAWGに参加しようと思っているんだ。もし当たったらお手柔らかに頼むよ」

 

 思ったよりAWGの参加希望者は多そうだ。

 アビカ甲子園の参加希望チームは四チームだけのようで、総当たり戦で代表チームを決めるらしい。

 先日見かけた極光常盤学園は、昨年度のアビカ甲子園の王者だ。あいつらも出てくるということで、昨年の雪辱を果たすべく、どのチームも気合が入っている様子だった。

 リベンジはそちらに任せて、こっちはAWGに向けて練習を進めることにしよう。

 

「結翔! 大会に向けて一緒に頑張ろうね!」

 

 正面には余裕の笑みを浮かべながらデッキの準備をする白栞がいる。その横には、どこか浮かない顔で白栞を見る千夏。

 二人の幼馴染の、俺の知らない過去。

 長い付き合いなのだ、案外何とかなるだろう。この時の俺はそう考えていた。

 

 

「実はあんまり分かってないんだけど、AWGってどんなイベントなの?」

「簡単に言えば、公式主催の世界大会の一つだな」

 

 個人戦で、基本的に誰でも参加できる。プロも紛れていたりするため、参加者にとっては自分がプロに通用するかを試す場にもなる。

 とはいえ、プロの参加にはちょっとした制限が設けられているから、一般参加者も十分勝ち上がることができるのだが。

 

 また、年齢によってもリーグが分かれている。中学生までが参加できるジュニアリーグと、全年齢対象のオープンリーグだ。

 去年白栞がbest8になったのもAWGなのだが。あいつは当時中学生でありながら、オープンリーグに参加して結果を出したことで、当時は注目を集めていた。

 

 まずは近所のショップで行われる店舗予選に勝つ必要がある。

 部内は早くも真剣な雰囲気になっていた。

 

 

 

「はい、結翔。あーん!」

「真剣な雰囲気になってるって言ってんだろ!」

「だって、暇なんだもん」

 

 そんな中、棒状のチョコレート菓子を差し出してくる白栞だけは例外だ。こいつはまるで緊張感がない。

 

「ま、白栞は予選免除対象だ。今くらいは余裕でも良いんじゃない」

「予選免除?」

 

 千夏の言葉に、桂木さんが問う。

 昨年のAWGで入賞した白栞は店舗予選が免除されている。そのため、本腰入れるのはもう少し後でも良いということだろう。

 

 だが、本当の理由はそこではない。部内で、白栞の練習相手が務まるプレイヤーがいないのだ。レベルの差がありすぎる。

 RPGで言えば、クリア後に序盤の村の敵を倒すようなものだ。得られる経験値が少ない。

 

 もちろん、白栞と戦う側は別だ。勉強になることが山ほどあるだろう。だが、白栞にはメリットがない。完全に善意ありきになってしまう。

 というわけで、白栞は部活中、俺か桂木さんとしか対戦していなかった。これは損得関係なく、純粋に遊んでいるのだろう。

 おとなしくショップバトルにでも行けばいいものを、俺を理由に部室に留まることが多い。

 

「白栞、もうすぐ結翔との対戦終わるから待ってな。このターンでアタシが勝つから」

「おいおい、勝利宣言とは余裕じゃねーか千夏。言っておくが俺のガーディアンでディフェンスしきれる物量だぜ」

 

 千夏の場にも俺の場にも、ガーディアンは三体ずつ。全部ディフェンスすれば俺のライフは残るし、千夏のガーディアンは全滅する。

 全ての攻撃を防ぐ手段がある。俺は勝利を確信していた。

 

「スペル〈白金斬撃(プラチナスラッシュ)〉を使うぜ。アタシのガーディアンはディフェンスを無視できるようになる。対応はあるか?」

 

 ……が、千夏のスペルを防ぐ手段は無い。うーむ、あと一歩だったな。

 

「くっそぅ……今回こそいけると思ったのに」

「今日もアタシの全勝、っと」

 

 そう言って、千夏はピンク色のノートを取り出し、楽しそうに対戦の記録を付けていた。表面や角はスレており、かなり使い込んだノートであることが見て取れる。

 

「あれ。千夏ちゃん、ノート間違えてない? さっき使ってたのと別のやつだよね、それ」

 

 と、桂木さんが言って俺も気付いた。

 確かに、さっき桂木さんと対戦した後は青いノートだったはずだ。多少ヨレてはいたが、ここまでボロボロじゃなかった気がする。

 

「あ、ああ。間違ってねーよ。これはまた別だ」

 

 そう言って、ノートを素早く鞄にしまい込む。何らかの条件で使うノートを分けているのだろうか。

 

「その工夫が日々の勉強でも活きればなぁ……」

「結翔、まだボコられ足りないならそう言えよな」

 

 千夏はデッキをシャッフルし始めた。

 

「ああ? バカ言うなよ、次やったら俺が勝つに決まってんだろーが!」

 

 そろそろコイツに勝たないと面目丸つぶれだ。俺もリベンジしようと、デッキをシャッフルしようとしたが。

 

「もー! 千夏、早く結翔返してよー!」

 

 と、白栞が割り込み、俺に抱きついてきた。そういえば、そんな話になってたか。すっかり忘れていた。

 

「……って、くっつくな白栞!」

「えー、なんでー?」

 

 昔からこの調子でくっついてくる事が多かったが、高校生でこの距離感は流石にやばい。俺だって思春期の男子高校生なのだ。いかに幼馴染とはいえ、異性に抱きつかれては色々思うところがあるわけで。

 こいつと恋人になどなりようが無いのだが、それはそれ。いい加減、年相応の距離感や慎ましさを持ってほしいのだが、白栞は聞く耳持ってくれないのだ。

 俺は視線で千夏に助けを求める。

 

「はぁ……。白栞、その辺にしといてやれよ。このままじゃ結翔が茹でダコだ」

 

 呆れた様子を見せつつも、助け舟を出してくれる千夏。

 こういったことはままあるのだが、千夏が助けてくれるかどうかは運次第だ。たまに見捨てられることがある。大抵そういう時は機嫌が悪そうなので、今日は機嫌が良いのだろう。

 白栞はしばし悩む様子を見せたが、仕方ないという顔をしながら腕を緩ませ、俺を解放した。

 

「ぶー……まあいっか。結翔、帰ろ?」

「いや、まだ部活中だって」

 

 先ほどからずっと暇そうにしていたため、そう言い出す気持ちも分からなくは無いのだが。しかし、俺はそういうわけにもいかないのだ。

 普段積極的に大会などに出ることは無く、練習としてアビカをすることなど無かったのだが……。

 とはいえ、今は大会も近いし、出るからにはさっさと負けるのも嫌なのだ。そうなると練習するに越したことはない。

 

「俺らは店舗予選も近いし、もうちょっとやっておかないと」

 

 たまのショップバトルしか経験のない俺にとっては、こういった機会を無駄にするわけにはいかない。自身の実績と経験からの発言なのだが、白栞は気にも留めていないようだった。

 

「結翔なら大丈夫だよ! それに、練習なら私とやったほうがお得だよ?」

 

 前半は、本当に何の根拠で言っているのだろうか。かれこれ十年近く、こいつは俺のことを過大評価しているままだ。

 問題なのは後半部分。

 

「白栞。確かにお前は強いけど、俺はここにいるみんなとの練習だって必要なんだよ」

 

 何せ実戦経験が足りない。色々なプレイヤーやデッキと対戦し、慣れていく必要がある。

 それに、千夏や桂木さん、部長などは実力も十分と言えるレベルだ。練習相手としてはうってつけなのだが……。

 

「でも、みんな私より弱いよ?」

「白栞!」

 

 咄嗟に出た声が存外大きくなってしまったことに、俺自身が驚いた。

 部室内は静まり返っている。俺の大声によるものか、それとも白栞の発言によるものか。そもそも、あれがみんなに聞こえていただろうか。

 直前に部室がどれだけ騒がしかったか、俺は思い出せなかった。

 

「す、すいません」

 

 他の部員に頭を下げる。数秒の静寂が続いたが、部員たちは一人、また一人と目の前の試合に戻っていった。

 

「びっくりしたー。結翔、大声出すのは良くないよ」

「誰のせいだと思ってんだ」

 

 いやまあ、確かに俺にも落ち度はあるのだが。

 

「白栞、あんまり慢心してると、いつか足元掬われるぜ」

 

 テーブルを挟んだ向こう側、千夏が栞に声をかける。

 白栞は千夏を一瞥すると、完全に俺から離れ、テーブルの前に着いた。

 

「じゃあ、千夏が足元を掬ってくれる?」

 

 白栞はいつもと変わらぬ声音で千夏に問う。表情もにこやかな笑顔だ。

 この二人は、仲が悪いわけではない。むしろ幼馴染として、二人で出かけることもあるし、一番仲のいい同性の友人だろう。

 

「私はいつでも良いよ」

 

 千夏がデッキケースを取り出し、テーブルに置いた。

 

「アタシは……」

 

 千夏が言い淀む。その表情は、まるで普段と異なる。

 迷い、躊躇い、俯いて。そして、机の上に置かれたデッキに、ゆっくりと手を伸ばそうとして──

 

 

 

 ──キーンコーン、と。スピーカーから電子音のチャイムが鳴った。

 緊張感がふっと解け、視線を時計に向ける。そしてようやく、下校時刻になっていたことに気付いた。

 

「……って、時間無くなっちゃったじゃんー! 結翔、カフェデートして帰ろ?」

「あ、ああ……。って、違う! デートじゃねえ!」

 

 白栞の誘導に危うく引っかかるところだった。まあ、帰りのカフェくらいは付き合ってやってもいいか。

 俺は千夏も誘うべく声をかけようとしたが、既に荷物をまとめて部室から出ようとしているところだった。

 

「ほら結翔、早くいこ? 楓ちゃん、また明日ね!」

 

 学校から出ると、辺りは暗くなっていた。

 白栞は校門の前で足踏みして俺を待っている。この様子だと、カフェまでは走ることになりそうだった。

 ふと、先ほどの部室での千夏の様子を思い出した。千夏が白栞との対戦を避けているのは明確だ。だが、その理由は知らない。

 

「……お前らの間に、何があったんだよ」

 

 呟いた独り言は、夜の帳に吸い込まれて消えていく。

 時折考えるのだ。幼馴染三人組なのに、俺に明かされていない過去に何があったのか。なぜ俺には教えてくれないのか。

 

 その答えを聞く勇気は、今の俺には無かった。

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