いよいよ店舗予選当日。俺と
予選は、プレイヤーの住所により参加店舗が自動で決定するシステムだ。当然、住所が近い千夏とは、同じショップでの参加となってしまう。
代表の人数は、ショップの規模によって決まる。今回参加するショップの場合は二名のみと、非常に狭き門だ。
「このシステム、何とかならないもんかね」
俺としては参加するショップくらい自由に選びたいものだが、今日に至るまでこのシステムが変わったことはないらしい。
「まあ、言ってても仕方ねえだろ。不正防止とか混雑の解消とか、色々理由はあるみたいだぜ」
ショップに着くと、いつもと違う雰囲気が漂っていた。子どもたちの姿は無く、ピリっとした空気。席についている人も、ショーケースを眺めている人も。これから始まる戦いを見据えているようだった。
「こ、これがAWGの店舗予選か……」
普段感じることのないプレッシャーに、思わず気圧されてしまう。競技レベルの大会経験が無い俺にとっては新鮮であり、まるで別の世界に迷い込んでしまったかのような不安を覚えた。
「なーに固まってんだよ」
「ってぇ! 何すんだ千夏!」
肩をバシバシと叩かれ、一瞬で我に返った。ろくに運動もしてなさそうなのに、なんで力が強いのだろうか。
「緊張してたって何も良いことないぜ」と
「そうは言ってもな、俺は競技レベルの大会なんて初めてなんだよ。仕方ないだろ」
「ふーん。ま、緊張するぐらい気合い入ってるなら、それでもいいか」
そもそもアビカで緊張するというのがあまり無い経験だ。
ショップバトルの参加は最初の頃こそ緊張したものの、数回出るとショップ内に顔見知りもできてすぐに緊張しなくなった。今じゃ週末の楽しみとなっている。
勝負というより、あの場に集まる人たちとの交流が楽しいのだが。
しかし今回は違う。勝ち負けを競う戦いだ。こういうのは、やはり俺には向いてない。
「だから固まってんなって」
「ぐぇ!」
さっきより強く背中を叩かれる。表面だけでなく、身体の中まで衝撃が走った。
「どうせ、出なけりゃ良かったとか考えてるんだろうけどさ。勝てたらラッキー、負けても失うものなんてない。それでいいんじゃねぇの?」
言われてハッとした。
そうだ。元々ここで負けたって失うものなんて何もない。一回でも勝てたらラッキーだ。
受付を済ませると、次はデッキを登録する必要がある。
今日この日のために、三時までデッキを調整していたのだ。秘蔵のコンボを見せてやろう。
無限ループにより相手のライフを減らす、渾身の──
「──あれ?」
昨日、俺は調整後にデッキを赤いデッキケースに入れた。デッキのイメージカラーに合わせたのだ。
「千夏、これ何色に見える?」
俺はデッキケースを取り出し、千夏に向けた。
「青。なんだよ急に……おい、まさか」
そのまさかだ。俺は、大会用に調整したコンボデッキではなく、仮想敵として練習用に作ったデッキを持ってきてしまったようだ。
「お前、いくらなんでもそれは……」
千夏が、こいつやっちまったなぁ、という顔でこちらを見ている。
「し、仕方ねぇだろ!」
遅くまで調整をしていたのが裏目に出た。明らかにやっちまったのだが、そんなことは自分自身が一番痛感しているのだ。
「取りに帰る……のは、間に合わねえな」
デッキ登録自体は、ショップに置かれている専用のマシンにデッキを置くだけでいいのだが。締め切りまであと二十分と言ったところだ。どう考えても間に合わない。
「なんで気付かねえんだよ」
「重かったからちゃんと中身入ってると思ったんだよ!」
「いつものバカでかいバッグで来ればよかったじゃん」
「今日使うデッキ一個だけだぞ、邪魔だろうが」
今から買って組むか? いや、そんな金は無い。
誰かに借りる? 無理だ。俺のオリジナルデッキを持ってる人なんていない。
「はあ……仕方ない、コレで出るわ」
幸い、調整用のカードがギッシリ詰まったストレージが入っている。デッキは仮想敵のテンプレだが、好みのチューニングくらいはできる。
「……ま、結果オーライか」
千夏の独り言は、俺の耳まで届かなかった
調整を済ませて、カウンターでデッキ登録を行っていると、カウンター越しに声をかけられた。
「あれ、結翔先輩じゃねーっすか。今日ショップバトルじゃないっすよ?」
茶髪をツインテールにしており、ギャル風な見た目をしているこいつは
年齢は聞いてはいないが、見た感じ俺とそうは変わらないだろう。
「知ってるわ。てか先輩じゃねえっつの」
「いやいや。自分にアビカ教えてくれたんすから、先輩は先輩っすよ~」
初めて会ったのは三年前。俺がショップで行われたティーチングイベントにスタッフとして参加した時、こいつはティーチングを受けに来た。
年が近いだろうからと俺が担当することになり、ルールや構築指南など色々教えて以降、先輩と呼ばれるようになった。
「珍しいっすねー、結翔先輩が競技レベルの大会に出るなんて」
「成り行きだ、成り行き」
「アハハ、先輩らしいっすね! ま、早めに負けちゃったら自分と遊んでくださいよ」
「うるせー、負けること前提に話進めるんじゃねえ!」
こいつは俺のことを先輩と呼びつつ、毎回楽しそうにからかってくる失礼な奴だ。
いつの間にかこの店でバイトを始めており、今じゃ週五で働いているらしい。口ぶりから学生ではないと思うのだが、そういったプライベートには突っ込まないようにしているので詳しくは知らない。
俺が知ってるのは名前と、アビカ歴が三年であること。ロックデッキを好んで使っていることだけだ。
「って、先輩デッキ間違ってますよ! 登録し直すから、早くデッキ持ってきて!」
登録情報を見たらしい
「今日はこれ使う日なんだよ!」
うっかり間違えて持ってきたなんて言った日には、バカにされるのは目に見えている。あたかも自分の意志でこのデッキを使うかのように装った。
「え~、つまんねーっすよ。先輩はもっとバカみたいな大振りロマンコンボに人生かけるデッキじゃなきゃ~」
「お前あとで泣かすからな!」
一言どころじゃなく余計な事を口走る自称後輩を尻目に、千夏の所へ戻る。
「後ろで試合見させてもらうっすからね~!」
―璃音side―
改めて、登録されたデッキリストを見つめる。
選手のリストに不備が無いか確認ができるように、店員は参加者の登録情報を見ることができるのだ。
「……いやいや、先輩。これは無いっすわ」
先輩のリストは、テンプレートなデッキをベースに独自の調整が施されたものだった。先輩らしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくない。
なにやらマニアックなカードも入ってるし、メインギミックの枠も削られている。
あの先輩のことだし、何かしら採用理由はあるんだろう。実際に対戦してる所を見ないと何とも言えないが、少なくともテンプレ構築をそのまま使うよりはよほど先輩に合っていると言えた。
てっきりコンボデッキ以外は使わないと思っていたけど、ティーチングイベントでもコンボ以外のデッキは使ってるし、用途に応じて使うデッキを変えるタイプなのかな?
「あーあ。デッキに拘りがないならロックデッキ使ってほしかったなー」
私がこっちに来てからアビカに触れたのが三年前。周りを観察してたらアビカが流行ってるのはすぐに分かったし、面白そうだから遊んでみようかな、という程度の動機でショップへと足を運んだ。
そこで先輩と出会って、アビカの楽しさを知って。そして……。
「土間ちゃーん、ケース対応お願い!」
「はーい、お伺いしまーっす!」
ロックデッキに目覚めたきっかけとなった一戦を思い出しながら、私は仕事へと戻っていった。