正邪 the Paraselene   作:チャーシューメン

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以下、この章の登場人物紹介です。


○登場人物
 鬼人正邪    天邪鬼。背丈はやや低。顔色悪いのは化粧。
 犬走椛     白狼天狗。背は高く、しかも高下駄。真面目で寡黙だが耳年増。
 少名針妙丸   小人族の姫。背丈は現在、30cm前後。笑い上戸。
 博霊霊夢    博霊の巫女。守銭奴。中背。平坦。針妙丸を保護している。
 河城にとり   河童。金にがめつい技術屋。椛と仲がいい。
 
 黒天狗たち   天狗の特殊部隊。金属製の烏の面をつけ、黒い忍者装束を羽織っている。体は大きくて、明らかに男性だと分かる感じ。
 
 その他モブ東方キャラは大体心綺楼ベースな感じのデザインで。
 描写がないかぎり、公式と同じデザインの服を着ている想定。



「1」「しつこいったらありゃしない」

 <人里近くの森の中 昼>

 秋の入り口頃。

 紅く色づき始めた森のなかを、こけつまろびつ、息を切らして走る人影が一つ。

 黒い頭巾をしていて顔は見えない。

 少女の荒い息遣いが、しんと静まり返った森に響く。

 少女はちらりと振り返る。森の中を跳ねる、3つ~4つの影が見える。影はすべて翼をもった人型をしていた。

 黒い人型は烏の面をつけ、黒い忍者装束を羽織った黒天狗達。

 飛び上がった黒天狗が腕を大きく動かすと、キラリと光るクナイが空を走る。

 

 少女   「あぶねっ!」

 

 少女はかすかに身を引いて、飛んできたクナイを寸前で避ける。黒い頭巾にあたって、頭巾が破れる。

 クナイは少女の後ろにあった太い木に突き刺さり、びよぉんと金属音を立てる。

 少女は立ち止まらず全力疾走。

 風圧で、頭巾がふわりと舞い上がる。頭巾の破れ目から正邪のやつれた顔が見える。

 

 正邪   「(全力疾走しながら)しつこい! マジしつっこい!!」

 

 汗だくになりながら正邪が走る。アスリートのようにきれいなフォーム。

 正邪の走った跡に次々と突き刺さるクナイ。黒い黒天狗達が飛び跳ねながら正邪の後ろ姿を追う。

 

 正邪   「(全力疾走しながら)お前らいい加減にしろぉぉぉ!」

 

 絶叫しながら疾走。森のさらに奥へと消えてゆく。正邪の声がフェードアウト。その背を飛び跳ねながら追う、黒天狗達。

 

 

 <暗転>

 黒地に白字でおおきく「弾幕アマノジャク 二十日目」の字。

 

 正邪   「(疲れた声で)逃亡、二十日目………。」

 正邪   「(疲れた声で)十日前。八雲紫を退けたことで、ほとんどのヤツらが諦めたってのに。あの天狗共だけは、私を追うのを諦めない。まるで蛇のようなしつっこさだ」

 正邪   「(疲れたため息)」

 正邪   「(疲れた声で)あいつら、革命の暁には全員奴隷階級に落としてやる! ……まあそれはそれとして、今はとりあえず、どこかに身を潜めなければ……」

 

 

 <博麗神社 昼>

 ぬけるような青空。

 中心に輝く白日。

 ゆっくりと白い雲が空を横切ってゆく。

 チュンチュンと、雀の鳴く声がする。

 ぬっ、と出た霊夢の怒り顔が青空と白日を遮る。

 

 霊夢   「こらっ、勝手にカゴから出たら駄目じゃないの。」

 

 神社の縁側で横になっていた針妙丸は、目をぱちくりさせる。むくりと起き上がって、大きく伸びをする。

 霊夢は縁側の前の砂利道で、持っていた竹箒に寄りかかりながら、針妙丸に責めるような視線を送る。針妙丸はニコニコしている。

 

 霊夢   「こんなところで昼寝してて、野良妖怪とかに襲われても知らないわよ」

 針妙丸  「だぁってぇ、あの籠、狭くなってきちゃったんだものぉ」

 

 霊夢は視線を屋敷の中に向ける。ちゃぶ台の上に置かれた鳥籠の中にある、人形用の家具一式セット。ベッドからティーカップ、化粧台なども備える、西洋風の人形用家具。

 針妙丸は縁側から砂利道に飛び降りて、霊夢の足に抱きつく。(抱きついた針妙丸の大きさは、明らかにカゴの適正サイズを超えている。)

 霊夢は構わず竹箒で掃除を続ける。

 

 針妙丸  「(霊夢の足をよじ登り始める)小槌の魔力回収期も折り返し地点なのかもー。」

 霊夢   「新しいのを用意しなきゃダメかしらねぇ……」

 

 針妙丸は顔を上げ、目をキラキラさせる。

 

 針妙丸  「買ってくれるの?」

 霊夢   「お金ないわ。」

 

 むー、と頬を膨らませて、またよじ登り始める針妙丸。

 針妙丸がスカートを掴んだところで霊夢につまみ上げられ、縁側のほうへ、ぽいっとほうり投げられる。

 空中に投げ出された針妙丸は一回転し、両手を広げてスタっと縁側の上に着地。

 

 針妙丸  「針妙丸選手、十点満点!」

 霊夢   「(呆れ顔)どこで覚えてくるの、そんなの。」

 

 霊夢は青い空を見上げる。

 白い雲がゆっくりと空を横切る。

 

 霊夢   「そうね……。(イイ笑顔で)また霖之助さんにでも、たかりに行きましょうかね。」

 

 霊夢は竹箒を縁側の柱に立て掛け、大きく伸びをする。

 

 針妙丸  「お出かけするの? 行く行くー!」

 

 ぴょんと跳んだ針妙丸は、霊夢の頭の上に乗って腹ばいになり、両手両足を投げ出すように大きく広げる。モモンガが飛ぶ時みたいな恰好。

 霊夢は困った顔をする。

 

 霊夢   「あの。いい加減、重いんだけど。」

 

 針妙丸はドヤ顔で霊夢の頭をぺしぺし叩く。

 

 針妙丸  「しゅっぱつしんこー!」

 

 

 <妖怪の山、滝の裏 昼>

 椛    「(振り返って)ん?」

 

 将棋盤を前に腕組みしながら、顔を明後日の方向に向ける椛。

 椛はノースリーブの紅白袴に霊夢と同じような袖を付けていて、頭襟を付けている。足には足袋と高下駄。

 太刀(包帯にくるまっている)と盾はじゃまにならないよう、脇においてある。

 その前には、同じく将棋盤の前で、頭を抱えて顔を真っ赤にし、うんうん唸っている河城にとりの姿がある。にとりはつなぎの上半身を脱いだ、黒いタンクトップ姿で、胸元には鍵を下げている。片手には何故かスパナを持っている。

 将棋盤は川のそば、剥き出しの平たい石の上に置いてあり、わずかに苔なども生えている。

 遠景には滝が流れている。さわさわと、滝の音が響いている。木々の間からは青空が覗く。

 椛の視線の先には、近くの木にクナイで貼り付けられた白い紙がある。クナイはびよぉんと揺れている。

 椛はすっと立ち上がる。

 

 椛    「ごめん、招集みたいだ。」

 にとり  「(盤面から顔を上げて)え?」

 

 椛は刺さっていたクナイを引き抜き、貼り付けられた紙に目を落とす。

 その背からにとりがひょこっと顔を出す。椛の背が高いので、背伸びしてぷるぷるしている。

 

 にとり  「えー、なになに……幻想郷の秩序を乱すテロリスト、鬼人正邪を抹殺せよ、だって?」

 椛    「マジックアイテムも全て回収せよとある。」

 にとり  「え? いまさら?」

 

 椛は紙を懐にしまう。

 

 にとり  「正邪ってあれだろ? こないだ妖怪の山に来たやつだろ。反則技ばっか使ってきたやつ!」

 椛    「(苦笑しつつ)まああれは、私達も五十歩百歩というか……」

 にとり  「ウワサじゃ、あの八雲紫すらも捕らえることを諦めたって話じゃないか。今じゃ誰も追ってないんじゃない? なんでまた、今頃になって。」

 にとり  「それに、もみちゃんだって、一回やられたんでしょ? なんで今さら?」

 椛    「(顔を曇らせて)うん……。私もよくわかんないけど、でも、命令だからね。」

 

 椛は、刀身に包帯の巻かれた背丈ほどもある太刀と、紅葉の意匠が施された大きめの丸盾を取る。円盾を背負い、背と盾の間に太刀を差す。(椛はまるで羽のように軽々と太刀を扱う。)装束についている紐で、背に固定する。佐々木小次郎のように、太刀は右肩から左腰へナナメに固定。

 にとりはそれを見ながら、呆れた顔をする。

 

 にとり  「(手に持ったスパナで肩をたたきながら)もみちゃんは相変わらずマジメだねぇ。」

 椛    「(作業しつつ)仕事だしね。」

 にとり  「わたしなら、よくわかんない命令なんて、聞いたフリしてすっとぼけちゃうけどなぁ」

 椛    「(少し笑って)にとりらしいね。」

 

 準備の終わった椛が顔を上げると、ぽいっと紙袋が投げ渡される。にとりが投げた。

 

 にとり  「(しゃがんで笑いながら)それ、餞別」

 

 椛がガサガサと音を立てて袋を開けると、中にはきゅうりが数本。

 

 にとり  「新鮮とれたてのきゅうりだよ。おやつにでもしてくんな」

 椛    「わあ、ありがとう。(腰の巾着に紙袋を詰め込みながら)今度、お返しをするよ」

 にとり  「楽しみにしてるよ」

 

 にとりはニカっと笑う。健康的な笑み。

 

 椛    「じゃあ、行ってくる。将棋の続きはまた今度。」

 にとり  「(しゃがみながら手を振る)おう、いってらー」

 

 立ち上がって手を振るにとり。

 にとりを残して、椛は河原を猛スピードで跳ねるように疾走してゆく。

 その行く手、遠くのほうに、小さく人間の里が見える。

 にとりは遠くを見るように手を額の上に当てて見ている。ヒュウ、と口笛を一つ吹くにとり。

 手に持ったスパナを上に放り投げる。空中て回転するスパナ。

 

 にとり  「やー、もみちゃんはやっぱ、マジメっ娘だなぁ」

 

 気取って後ろ手でキャッチしようとするが、頭に直撃して悶絶。

 

 

 <人間の里 昼>

 

 目抜き通り。行き交う人々で賑わう。ざわざわと賑やか。背景には慧音と妹紅が並んで歩き、命蓮寺勢(聖と一輪と村紗)が托鉢を行い、神霊廟一行(神子と布都と屠自古)が大道芸を披露している。

 人目を避けるように、こそこそと道の端を行く黒い影がひとつ。

 頭に笠をつけ、薄汚れたボロ布を纏った正邪。警戒するように、笠の下から鋭い目を周囲に向ける。顔はやつれ気味。

 

 正邪   「くそ、あの天狗共め……。しつこすぎるっての。私が何をしたってんだ、まったく……。」

 

 正邪の腹がグーと鳴る。犬のように舌を出して喘ぐ正邪。

 

 正邪   「あー、腹減ったなぁ……。でも、金もないしなぁ……。」

 

 キョロキョロと通りを見回す正邪。

 ふと、止まる視線。視線の先には、霊夢と、その頭上に乗っかっている針妙丸が通りの中心をこちらの方にやってくるのが見える。

 正邪はぺろっと舌を出し、邪悪な笑みを浮かべる。

 

 正邪   「針妙丸と、あいつはたしか博霊の。ようし、それなら……」

 

 くいっ、と頭の笠を下して目を隠し、そそくさと近くの物陰へと走る。

 

 

 <人間の里 昼>

 

 目抜き通りを霊夢が歩いる。頭上にはもちろん針妙丸。

 霊夢はホクホク顔。

 

 霊夢   「いやー、霖之助さんには毎度お世話になりっぱなしねぇ♪」

 

 霊夢の右手には大きめの真新しい鳥籠、左手には紙袋を二つほど下げている。

 

 針妙丸  「(ニコニコしながら)霖之助さん、泣いてたねぇ」

 霊夢   「そらもう、こんな美少女の力になれるんだもの、泣いて喜ぶに決まってるわ。健全な男子なら当然の反応よぉ」

 

 霊夢はガッハッハとのんきに笑う。

 霊夢が針妙丸との雑談に夢中になっているとき、霊夢の前方から小柄でボロ布を纏い、笠を被った人物が現れ、霊夢に軽くぶつかる。

 

 霊夢   「あ、っと。ご、ごめんなさい」

 

 霊夢は慌てて振り返るが、既に人影は霊夢を無視し、走り去って行く後ろ姿が見えるばかり。

 霊夢は首を傾げる。頭上の針妙丸がずるっと滑って、霊夢の顔にへばりつく。

 

 

 <人間の里 昼>

 

 裏通り。笠とボロ布を纏った正邪が息を切らして走りこんでくる。

 笠とボロを脱ぎ捨て、その辺に放り投げる。

 

 正邪   「へっ、博麗の巫女とか言っても、所詮は人間ってこった」

 

 戦利品のちりめんがまぐちを片手お手玉し、ニヤニヤとゲスく笑う正邪。

 

 正邪   「さぁて、中身のほうは……。」

 

 がまぐちをぱかっと開く。覗きこんだ正邪は、がまぐちの中を二度見する。

 中には穴の開いた小銭が三枚あるだけ。

 思わず目を見開いて眉をひそめる正邪。逆さにして振ってみても、小銭が3枚出てくるだけ。下から覗いても、ほこりがパラパラと落ちるのみ。

 

 正邪   「し、しけてんな~。博麗の巫女は貧乏ってウワサ、本当だったのか……。」

 

 正邪はがまぐちをぽいっと後ろに放り投げる。(がまぐちが地面に落ちる音はしない。正邪の後ろの背景に赤っぽいのものが映っている。)

 

 正邪   「これじゃメシも食えやしねぇ。他を当たるか」

 

 くるっと正邪が振り向くと、そこにはがまぐちを手にした、笑顔の霊夢が立っている。頭上にはドヤ顔の針妙丸。

 

 正邪   「おわっ!」

 

 正邪はびっくりして一歩引き、のけぞる。

 霊夢は優しい笑みを浮かべているが、よく見ると顔に縦線が入っていて怖い感じ。

 

 霊夢   「(抑揚の無い声で)……しけてて悪かったわね」

 正邪   「な、なんで……」

 霊夢   「私はねぇ、脇のポケットが軽くなると、胸がドキドキする体質なのよ。」

 針妙丸  「小さい胸がね!」

 

 霊夢は頭上の針妙丸にデコピンする。お餅のように弾力のある頬に食らって、あべし、と針妙丸は声をあげる。

 

 霊夢   「よりにもよって、博霊の巫女から財布をギろうなんて、おバカな妖怪がいたもんだわ、まったく」

 正邪   「(うろたえて)あ、う、いや、その……」

 霊夢   「そういえばあんた、見た顔ね。こないだのお祓い棒のときもだし、その後の懸賞金騒ぎでも。たしか、偉人芸者、だっけ?」

 針妙丸  「鬼人正邪だよ、霊夢。」

 

 ぺしっと霊夢の頭を叩く針妙丸。

 針妙丸は霊夢の頭の上で立ち上がり、腕組みして正邪を見下ろす。霊夢はその様を呆れ顔で見ている。

 

 針妙丸  「(これみよがしに偉そうに)これ、正邪や。まだこんなことをしていたのかい。早く降伏してしまいなさい。」

 正邪   「だ、誰が! やなこった! 私はあの八雲紫だって退けてみせたんだ。私が幻想郷最強の妖怪なんだ! 私こそが幻想郷の新しい支配者なんだ!」

 針妙丸  「そんなこと言ったって、もはや幻想郷にお前の味方をするものも居らず、お前は食うものにも困る有り様じゃあないか。もう下克上は無理だよ。心を入れ替えて一生懸命働けば、みんな許してくれるさ。」

 正邪   「私に懸賞金を懸けて、こんな境遇に追いやった奴の言うことか!」

 

 針妙丸はキョトンとする。

 

 針妙丸  「けんしょうきん?」

 

 正邪は飛びのいて霊夢と距離を取ると、霊夢を指さし、ツバを飛ばしつつ熱弁する。

 

 正邪   「力弱き者達が如何に虐げられてきたか、もう忘れたというのか、姫! あんたはあの屈辱の日々に戻れというのか! お前たちの口車なんかに乗るもんかよ! 私は絶対に革命を諦めないぞ! 世の中をひっくり返すためなら、私はなんだってやってやる! かかってこい、博霊の巫女! あの時みたいに、また返り討ちにしてやるぞ!」

 

 

 <博麗神社 昼>

 ボコボコにされた正邪の顔。服装もさらにボロくなっている。

 

 正邪   「(弱々しい声で)はい、もう革命なんて考えませぇん……。」

 

 博麗神社の前の境内で、正邪が砂利道の上に正座している。正邪の前には霊夢が仁王立ち。正邪と霊夢の間にはひらり布を風呂敷代わりに、陰陽玉以外の反則アイテム全てが置かれている。天狗のトイカメラ、隙間の折りたたみ傘、四尺マジックボム、亡霊の送り提灯、身代わり地蔵、呪いのデコイ人形、打ち出の小槌レプリカ。

 その脇で、針妙丸が腹を抱えて笑い転げ回っている。

 正邪が針妙丸に恨めしそうな視線を送ると、霊夢がお祓い棒を地面に叩きつける。

 

 正邪   「ひぃっ」

 霊夢   「余所見しない!」

 正邪   「すみませぇん」

 

 それを見た針妙丸は、ひぃーひぃー言いながら地面を叩き、なお笑う。

 

 霊夢   「いい? もう二度と、バカな考えは起こさないように。」

 正邪   「へえ、姐さんの言うとおりに。」

 

 針妙丸は笑いすぎて呼吸困難になって苦しんでいる。

 

 霊夢   「これからは心を入れ替えて、真面目に生きていくのよ」

 正邪   「へぇ、姐さん」

 霊夢   「これからは毎日、ウチの神社にお参りして、お賽銭を入れていくのよ」

 正邪   「イ、イエッサー、姐さん」

 霊夢   「毎日のお賽銭は最低でも諭吉が5人以上よ」

 正邪   「ハ、ハードル高すぎやしませんか、姐さん」

 

 霊夢がじろりと睨むと、正邪は視線を地面に泳がせる。よだれの海の中でビクンビクンと痙攣する針妙丸が目に入る。

 

 霊夢   「そういえば、あんた、懸賞金が掛かってるんだっけ?」

 

 針妙丸に目線を落としていた正邪が、ビクッと震える。

 おそるおそる霊夢のほうを見上げると、霊夢は恍惚とした表情を浮かべている。

 

 霊夢   「助かるわぁ。今夜は久しぶりに牛肉ね♪」

 正邪   「か、勘弁して下さい、姐さん。」

 霊夢   「しゃぶしゃぶ、すき焼き、ビフテキなんかも……ぐへへ。」

 

 ヨダレを垂らす霊夢。

 釣られて、正邪も思い浮かべる。

 箸で湯から上げたばかりの、白とピンク色が混じった牛肉。グツグツと鍋の中で煮える牛肉、豆腐、ネギにシラタキ。厚さ3センチくらいありそうな、中がほのかにピンク色、外はこんがり焼けたビフテキ。

 正邪のお腹がグーと鳴る。

 

 霊夢   「あら、なによ、お腹減ってるの?」

 正邪   「(ヨダレをたらし、期待に顔を輝かせながら)へ、へぇ、かれこれ2日くらい、何も食べてなくて。」

 霊夢   「だらしないわねぇ。私なんか、一ヶ月、水だけで過ごしたこともあるのよ?」

 正邪   「とても人間とは思えないです、姐さん」

 霊夢   「うふふ、もっと私を褒め称えてもいいのよ?」

 正邪   「別に褒めてないです、姉さん」

 霊夢   「(睨みつける)ああん?」

 正邪   「いえそんな、もう、さすが姐さんです」

 霊夢   「(偉そうに)素直でよろしい。ようし、牛肉様の前祝いに、何か食べ物を恵んでやろうではないか。」

 

 霊夢は背を向けて神社の方へ歩き出す。

 すわ逃げ出そうと、正邪が身構える。が、霊夢が途中で振り返る。慌てて正座に戻る正邪。

 

 霊夢   「言っておくけど、逃げようとしたら夢想封印だからね? 自動追尾弾よ、逃げても無駄だから♪」

 

 正邪の顔色がサーっと青くなる。それを確認した霊夢は、鼻歌を歌いながら神社の中に消えてゆく。

 霊夢の姿が消えると、正邪は、はーっとため息を付き、あぐらをかく。

 針妙丸の方に目を向ける。針妙丸はまだ痙攣している。

 正邪はその辺の石を拾って針妙丸に投げつける。

 

 針妙丸  「たっ」

 

 かわいいうめき声を上げて、全身よだれと土でベチャベチャになった針妙丸が起き上がる。

 

 正邪   「お前な、笑いすぎ。てか汚ねぇ!」

 針妙丸  「何よ、レディに向かって失礼ね!」

 正邪   「笑いすぎてよだれでべっちゃべちゃになるレディがいるか!」

 

 正邪は針妙丸を右手でつまみ上げる。

 

 針妙丸   「あ、何するのよ、放せー!」

 

 神妙丸は正邪の腕をポカポカ叩き暴れるが、正邪は構わず顔の近くに持っていく。

 

 正邪   「おい、姫、よくも……ってクサッ、お前クサッ!」

 

 正邪は慌てて針妙丸を顔から離す。

 

 針妙丸  「二度も言った! パパにもそんなこと言われたことないのに!」

 正邪   「(左手で鼻をつまみながら)うるせー、よくも懸賞金なんざ懸けてくれやがったな! あれのお陰で、私がどんな目にあったことか……!」

 

 正邪は(鼻をつまみつつ)針妙丸を睨みつける。

 針妙丸は正邪に摘まれたまま、やはりキョトンとする。

 

 針妙丸  「懸賞金て、なんのことよ?」

 正邪   「とぼけんな! お前が私の首に懸けた賞金だよ!」

 針妙丸  「確かにみんなに声かけたけど、懸賞金なんてかけてないよ」

 正邪   「嘘つけ! お前が懸賞金なんて懸けたから、八雲紫とかの大物が出てきたんだろうが!」

 針妙丸  「ホントよ。大体そんなお金、どこにあるっていうのよ。小人族にそんなお金があったら、弱者なんて言われてないわよ。もちろん霊夢にだって、そんなお金あるわけ無いし。」

 

 正邪は、う、と詰まる。

 

 正邪   「た、確かに……」

 針妙丸  「別の奴が懸けたんじゃない? 懸賞金。」

 正邪   「む……。一体誰が……。」

 

 針妙丸を摘んだまま、眉を顰めて唸る正邪。ぶらりぶらりと左右に揺れる針妙丸。

 その正邪の背後の木々の間で、キラリと赤い光が走る。

 ハッ、と気づいた正邪が、とっさにその場を飛び退く。キャーという、針妙丸叫び声。

 飛び退きざま、左手でひらり布の上にあるトイカメラと折り畳み傘を掴む。

 正邪が飛び退いた一瞬後、犬走椛の太刀が振り下ろされ、着点の地面が大きく抉れる。衝撃で、ひらり布とその上の道具たちがゴロゴロと転がり、辺りに散らばる。

 

 椛    「外したか」

 

 椛は背丈ほどの太刀を軽々と扱い、叩きつけた地面から引き抜くと、素早く体を入れ替え、刀身を正邪から隠すように、脇構えの姿勢をとる。

 

 正邪   「また天狗か。ホントにしつこいな!」

 針妙丸  「あー、わんこちゃん! かーわいーいー!」

 

 宙ぶらりんの針妙丸が喜声をあげる。正邪はうんざりしたような顔になると、戦いの邪魔にならないよう、針妙丸を脇の方に投げる。

 投げられた針妙丸はくるっと回って着地すると、両手を上げて抗議する。

 

 針妙丸  「何すんのよ! 正邪、このバカッ!」

 正邪   「うるせー、下がってろ!」

 

 正邪は椛を睨みつける。

 椛は脇構えを取ったまま、ピクリとも動かない。

 

 椛    「さすがだ。いい勘をしているな」

 正邪   「お前はいつぞやの。」

 

――フラッシュバック

 

 赤く色づき始めた劇画調の妖怪の山、その上空。

 やはり劇画調で、太刀を持った椛が、雄叫びを上げながら、獣の牙状の赤い弾幕「咀嚼玩昧」を放ち、それに立ち向かう、青紫のひらり布を構えた正邪。

 

――フラッシュバック終了

 

 正邪   「また返り討ちにされに来たか。」

 椛    「あの時とは違う。」

 正邪   「どう違う? 何も違わない、結局また、お前は返り討ちにされるだけだ」

 椛    「今度は、殺す気でゆく」

 正邪   「(ちらっと、椛の剣撃跡を見て)……らしいな。」

 

 正邪の頬を、ゆっくりと汗が伝う。

 

 正邪   「天狗はスピードがご自慢らしいな。だが、私だって今は負けていない」

 

 正邪は左手にトイカメラ、右手に折り畳み傘を握りしめる。

 

 椛    「反則武器か。しかし、弾幕では強力でも、真剣勝負で役に立つかな」

 

 椛はわずかに姿勢を低め、目を細める。

 

 針妙丸  「いっけぇー、わんこちゃん! 正邪のバカをやっつけろー!」

 

 針妙丸の場違いな応援が、しんと静まり返った境内に響く。

 

 正邪   「(ヘラヘラ笑って)ビビってんのか? わんこちゃん」

 椛    「問答無用」

 

 椛は低い姿勢のまま駆け出すと、脇下から跳ね上げるようにして、太刀を一閃させる。しかし、剣を振った後に正邪はおらず、視界から消えている。

 剣を跳ね上げた椛の背後。無数の目のある異空間(スキマ)から出てきた正邪が、椛の背に飛び蹴りを放つ。

 が、素早く体を反転させた椛の左手に、正邪の足を掴まれる。

 

 正邪   「う!」

 椛    「あまいぞ!」

 

 正邪は弾幕を張ろうと両手をかざすが、それより早く、椛は正邪を前方に向かって投げつける。

 正邪は神社の中に飛んでゆき、居間の柱に激突して落ちた。

 

 針妙丸  「いいぞー、わんこちゃーん! その調子―!」

 

 針妙丸の場違いな歓声が飛ぶ。

 

 正邪   「ぐぇぇ、せ、千里眼か……! 自分の後ろも見れるとは……」

 

 赤黒い吐瀉物を吐き出す正邪。

 顔を上げると、剣を構えた椛が神社前まで肉迫している。正邪は慌てて起き上がると両手をかざし、弾幕を張る。

 赤と青の矢印弾が、部屋の中の正邪から、丁度縁側に足をかけた椛に向かって殺到する。

 椛が太刀を下段から上段へ跳ね上げるようにして切り上げると、巻き上げられた矢印弾は軌道を変え、上方向に曲がり、博麗神社の屋根を吹き飛ばしてしまう。もくもくと埃が舞い散り、居間の様子が見えにくくなる。

 砕けた木材片や瓦が衝撃で跳ね上がり、辺りに落下し始める。その中には、当たればタダでは済まないような大きい破片も多くあった。

 椛はちらとそちらを見る。

 

 椛    「ちっ……」

 

 椛は舌打ちすると、バラバラに砕け散る神社の屋根の残骸から逃れるよう、一歩引いた。

 その引く動作が途中で止まる。

 椛の背に、正邪の左手が当たっていた。

 スキマから半身を出した正邪が、淡々と言う。

 

 正邪   「余所見してっからだ。勝負に重要なのは、集中力だ」

 

 降り注ぐ瓦礫の雨の中。正邪はスキマから出てくると、傘を持つ右手で血の垂れた口を拭った。

 椛は冷や汗を一つかき、ニヤリと笑った。

 

 椛    「やるな。一瞬の隙も見逃さんとは。」

 正邪   「その一瞬の隙に背面打ちを当てられないようじゃ、生き残れなかったんでね」

 椛    「さすがだ。あの八雲紫を退けただけのことはある」

 正邪   「お前には色々聞きたいことがある。喋ってもらおうか。」

 椛    「撃つなら撃て。その代わり、貴様も道連れになって……」

 

 二人の後ろから、虹色に輝く光が発せられる。同時に、ぶぅんという、何処かで聞いたことのある音(霊夢のボム音)がする。

 虹色の光の中で、5・6個の珠が空中を八の字を描きつつ飛ぶ影が見える。その中央に、頭の部分がツノのように縦に尖った人影(リボンの影)が映る。両手を広げ、シルエットは十字架のよう。その右手にはお祓い棒が握られているのが、落ちる影からも見て取れる。

 正邪と椛は、その影を見て、やっちまった、としょっぱい顔になる。

 

 正邪   「あー……、えー……、っと。その、神社を壊したのは私たちではないですよね、犬走椛さん」

 椛    「そ、そうですね、鬼人正邪さん」

 

 人影の周囲を周る珠の数が増えてゆく。一つ、二つ……。

 

 正邪   「犯人は人里のほうへ走って逃げていったような気がしますよね、犬走椛さん」

 椛    「そんなような気がしますね、鬼人正邪さん」

 

 人影の周囲を周る珠が十を超え、光が強く、激しくなってゆく。

 正邪も椛も涙目になる。

 

 正邪   「私たちが悪くないのは確定的に明らかですよね、犬走椛さん!」

 椛    「慈悲深い博霊の巫女なら、きっと許してくれますよね、鬼人正邪さん!」

 霊夢   「(棒読み)夢想、封印」

 

 光が強くなり、辺り一面、白一色になってしまう。

 

 

 <博麗神社全景 昼>

 博霊神社とその周囲の林。

 突然、神社から光が溢れ、ドカンと大爆発する。

 ぎゃあああ、と正邪と椛の叫び声が響く。

 周囲の林から、バサバサと一斉に鳥が飛び立つ。

 

 針妙丸  「ぎゃははは、あーはっはっは、ひぃーっひひひ!」

 

 針妙丸の呆けたような笑い声がこだまする。

 

 

 <博麗神社跡 昼>

 基礎部分だけになった博麗神社の前で、正邪と椛がむき出しの土の上に正座している。正邪と椛は煤だらけで、しかもドリフみたいなアフロヘアーになっている。

 その前には腕組みして仁王立ちする霊夢。その顔は、恐ろしくてとても描写できない。昼だというのにその周囲にはドス黒いオーラが立ち込めている。その脇には、お祓い棒が地面に突き立てられている。

 その隣では、やはり正座する針妙丸。笑いをこらえているのか、顔を真っ赤にしてぷるぷるしている。

 

 正邪   「(弱々しい声で)いやもうホント、姐さん、わたしら、心から反省してるっていうか」

 椛    「(弱々しい声で)悪気はなかったっていうか、運が悪かったっていうか……。」

 霊夢   「(抑揚のない声)人の家壊しといて、そんな言い草が通ると思ってるの?」

 正邪   「ぶっちゃけわたしたちそんな壊してないっていうか」

 椛    「半分以上、姐さんが壊したんじゃね? 的な感じっていうか……。」

 

 霊夢は正邪と椛の頭をむんずと掴む。

 とても描写できないような顔を近づけて、ささやくような声で。

 

 霊夢   「あんまりいちびっとったらあかんでぇ、嬢ちゃんたち……」

 

 正邪と椛、二人華奢な背が、熱病にうかされたように、ガタガタと震え始める。

 霊夢は椛の頭を掴んでいる方の手に血管が浮き出るほどの力を込める。

 ぶくぶくと泡を吹きはじめる椛。

 

 霊夢   「天狗様ってのはお偉いんやなぁ? 人の家ぶち壊しといてその態度、文明人としてありえんのとちゃうか? それとも何か? 特権階級の天狗は人様の家を自由にぶち壊す権利持ってるってフカすんか? お?」

 椛    「(泡を吹きながら)ごめんなさいごめんなさい、勘弁してください……」

 

 椛の方の力をゆるめ、今度は、正邪を掴んでいる方の手に、血管が浮き出るほどの力を込める霊夢。

 

 霊夢   「それに角生えてるほう。人がせっかく親切で作ってやったメシまで無駄にしくさりやがって……。メシの有り難みが分かっとらんとちゃうか。いっぺん畑の肥料になってみっか? お? ワシはええんやで? キサマには懸賞金もかかってることやしなァ」

 

 正邪と椛は涙目でガタガタ震え、ごめんなさい、通報だけは勘弁してください、と呪文のようにぶつぶつ呟く。

 針妙丸は笑いを我慢しすぎて、またもや窒息しかけている。

 

 霊夢   「謝って済む問題やと思っとるのか? お嬢ちゃん達も子どもじゃないんなら分かるよな? 誠意見せるにはどうしたらいいか、分かるよな?」

 椛    「ひっ」

 霊夢   「分からんか? ほな、もっぺん痛い目見れば分かるようになるか?」

 正邪   「は、払います!」

 霊夢   「何をや? はっきり言うてみぃ」

 正邪   「お金、払いますからっ! なんでもします!」

 

 霊夢の顔がみるみる柔和になって、描写できるようになる。それとともに、霊夢の纏っていたどす黒いオーラが消える。

 

 霊夢   「分かればいいのよ、分かれば♪」

 

 椛と正邪は後ろを向いてヒソヒソ話をする。霊夢はニコニコ顔でそれを見ているが、同時に、なにやら懐をまさぐり始める。

 

 椛    「(小声で)おいバカ、何勝手に金払うなんて言ってんだ! 金なんか無いぞ!」

 正邪   「(小声で)へーきへーき、どーせこんなボロ神社、タダ同然だろ」

 椛    「(小声)しかしだな」

 正邪   「(小声)じゃあお前、あいつに殺されてもいいわけ? くしゃっ、だぜ、くしゃっ」

 椛    「(小声)う、うむ……。」

 正邪   「(小声)いざとなったら逃げちゃえばいいんだし。」

 

 後ろから、正邪と椛の首筋に、ベタっとお札が張られる。

 びっくりして目を丸くし、振り返る二人。

 霊夢は気味の悪いニコニコ顔で二人を見つめている。針妙丸はその脇で、正座したまま前かがみになってぶるぶる震えている。。

 

 正邪   「あのぉ、姐さん。今、わたしらに張ったこれって……?」

 椛    「(涙目で顔を真っ赤にして)まさか、霊力を封じてどうこしようっていう、二次同人的なアレじゃ……。」

 

 霊夢はカラカラと笑う。

 

 霊夢   「違う違う、あんた達から力とったって、何にも残らないじゃないの。それはね、目印よ」

 椛    「め、目印?」

 霊夢   「そ。夢想封印の目印。これで夢想封印の自動追尾が絶対にあたるわよ。文字通り、あんた達がどこにいてもね」

 

 話を聞くが早いか、正邪が首後ろのお札を剥がそうと、後ろ髪を持ち上げて必死に御札部分を掻きむしる。

 しかしまったく剥がれず、ただ正邪のうなじ部分が赤くなってゆくばかり。

 

 霊夢   「無理よ。私にしかはがせないわ。じゃなきゃ意味ないじゃないの。」

 

 絶望のタテ線が入った顔で、正邪と椛がゆっくりと霊夢を見ると、霊夢は満面の笑みで請求書を差し出す。

 

 霊夢   「はいこれ、請求書。」

 

 椛が紙を両手で受け取り、正邪がそれを覗きこむ。

 その額面を見て、正邪と椛の顔色がサーっと青くなる。

 

 正邪   「こ、こんなにすんのか、ボッたくってるだろ!」

 椛    「(受け取った紙をシワができるほど握りしめて)一介の天狗に払える額じゃないぞ……」

 

 ぷるぷると震える二人。針妙丸がビクンビクンとエビみたいに跳ねる。

 

 霊夢   「あんたたち、神社ナメてるでしょ。」

 

 霊夢はお祓い棒を教鞭のように振って説明する。

 

 霊夢   「木材の調達から意匠の施し、設計から実際の建築まで。一体何人の人員が必要になるか、分かってる? その間に働く人間全員の食い扶持を出さなきゃならないのよ。もちろん、その間の私の住まいも調達しなきゃいけないし。」

 

 泡を吹いて白目を剥く正邪と椛の二人を尻目に、霊夢はすこぶるいい笑顔をする。

 

 霊夢   「それじゃあ二人共、頑張ってお金、稼いでね♪」

 

 針妙丸、耐え切れず、ブフッ、と大きく吹き出す。

 

 

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